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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
五章 北の呪い
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十八話

 思わず目を閉じてしまった光がおさまったのが分かる。

 まぶしくなくなったのでまぶたをあけてみる。

 そこは石を組み上げて作られた通路だった。

 幅は広く、大人が五人横に並んでもまだ余裕があるほどだ。

 背後には扉が一枚。

 通路、というか床から壁、天井に至るまで、石ひとつひとつが淡く発光しており、それが光源になっていた。


「ここは……。!?」


 どこなのだろうか。

 そう思って思わず呟いた矢先。

 凛の左右に人間大の光が生まれ、凛は思わず肩をはねさせた。

 しかし、警戒する必要はなかった。

 すぐに光は収まり、光の中から現われたのはミューラとレミーアだったからだ。


「ミューラ! レミーアさん!」


 二人とも、無傷ではない。

 凛と同じく、厳しい相手と戦ったようだ。


「リン! 師匠!」

「無事クリアしたか、お前たち」


 ここに来たということは、レミーアの言うとおり全員が試練を達成したということだろう。


「お前たちは、どんな試練だったのだ?」

「私は、ミューラの偽物を倒すことでした」


 尋ねられて、凛が答えた。

 それに、ミューラが驚いた顔をした。


「あたしはあなたの偽物だったわ、リン」

「ミューラも?」


 逆に凛も驚いた。

 偽物とはいえ、それぞれが相方と戦っていたのだ。


「……ではリン、どうだった?」

「そうですね……偽物だったので勝てた、というのが正直なところでしょうか」

「ほう? 何をしてそう思った?」


 凛はその理由を説明する。

 魔力の消費、スタミナを考慮せずに波状攻撃を仕掛け、大技を打ち込んだ。

 その大技は盤石の「ここしかない」という状況ではなく、ミューラにとって対処可能なタイミングで放った。


「ミューラなら、ここでは慎重な手を選ぶだろうな、ってところで、私の誘いに乗ったんです」


 凛のことをよく知っているミューラならば、そんな強引な攻め手を見せられれば、むしろ何かあると警戒するはずだと。

 しかしそこで、凛の強引な力勝負に応じる形で乗ってきた。

 そこを罠にかけたのだと、凛はいった。

 話を聞いている途中で、ミューラは凛の言うことを肯定するようにうなずいていた。


「そうか。確かにお前ならば、そこでは一度引くだろうな」

「はい……相手はリンですから。勝負をかけてきていると分かっていて、手拍子で乗るのは恐ろしいです」

「そうだな。その戦術眼、さすがだな」

「ありがとうございます」

「うむ。ではミューラ。お前はどうだ?」

「はい……あたしは、『魔封剣』に挑戦して成功したから、です」


 アルヴィースとの戦いで見せた技、『魔封剣』。

 これの成功率は、お世辞にも高いとは言えなかった。

 その後も訓練は続けてみたが、安定感は低かったのだ。

 しかし相手は凛。魔術剣も駆使して戦ったが、いまいち決め手に欠けた。

 なので、ここはやるしかないと腹をくくり、挑戦したのだ。

 成功しなければ状況は打開できない。

 そこで、偽凛が選んだ手が『フリージングランス』だったのも功を奏した。


「対処し続けなければならない、けれども対処自体はそこまで難しくない、という攻撃だったのが良かったですね」


 その後は『電磁加速砲』を『魔封剣』で無力化し、偽凛を倒した。


「なるほどな……後のない状況でそれに挑戦したこと、そして、そのタイミングを正確に見極めたと。無謀でもあるが……見事だ」

「……ありがとうございます」


 師匠に褒められたミューラは少し照れくさそうだったが、素直に礼を言って頭を下げた。


「では、レミーアさんの試練は何だったんですか?」


 凛は逆に聞いてみた。

 この魔術の鬼を試すには、どんな相手が用意されたのかが気になったのだ。


「私か。私の相手はスミェーラだった。まあ、手強い相手だったよ」

「……」

「あの、将軍ですか……」


 さすがに凛もミューラも言葉が出ない。

 あの強者と一対一。

 今の二人では、どう抗っても勝てるとは思えなかった。


「レミーアさんでは、対処は厳しいのでは?」

「そうだな。拮抗させることは可能だが、いかんせん相性はどうもしがたい」


 ミューラの言葉はレミーアとスミェーラを比較してレミーアを下に見た言い方だが、当の本人はそれを気にした様子はない。

 正確な戦力分析であることを素直に認めていた。


「どのようにしてひっくり返したんですか?」

「うむ。戦い続けた結果、やはり私がスミェーラの動きについていけていないことが原因と分かった」


 だから、相手よりもより強い者に、基準を合わせたとレミーアは言う。

 イメージの上書きだと。

 誰なのか、凛もミューラもすぐに分かった。

 レミーアが上書きしたのは太一だろう。

 弟子の予想を肯定し「四五の強化をしたタイチだ」と言いつつ、苦笑する。


「やはり、どうしても目の前にいる者に引っ張られがちでな。なかなか上書きするのに苦労した」


 より速い相手を知っているから、それよりも遅い相手の対処は難しくはない。

 そんな簡単な話ではないと、凛は良く知っていた。

 分かりやすいのはサーブだろうか。

 二三〇キロを超えるサーブを打つ選手に勝ったことのある選手が、二〇〇キロ前後のサーブを攻略できずに負ける。

 相手の動きに対処出来ていないから、より優れた者だと思って戦う。

 出来れば勝てるが、出来なければ負ける。

 試合ならばともかく、それを命がけの勝負でやろうとして実際に成功させて勝つあたり、やはりレミーアはただものではない。


「タイチのことを知らなければ勝率は三割行くかどうかだが。この対処法があると分かれば……まあ、少しひいき目に見積もって勝率は五分五分だろうな」


 苦手な相手に二回に一回勝てるとなれば、それはもう克服したと言えるだろう。

 相性が良かったはずの相手が、その優劣を気にせずにかかってくるとなれば、その厄介さはいかほどか。

 逆に相性の悪さを克服されたというプレッシャーものしかかってくる。

 凛とミューラは、その恐ろしさに舌を巻いた。


「話は終わったかしら?」


 ふと、三人に声がかけられる。

 そちらを見ると、氷の精霊、土の精霊、風の精霊が揃っていた。


「ああ、うん。ごめんね、待たせた?」

「問題ございませんわ。することは決まっていますもの」


 凛が謝罪すると、気にしなくていいとアヴァランティナは微笑んだ。

 アヴァランティナはすい、と通路の奥を指さした。


「これから皆様がすることですが」

「この精証石を祭壇に奉納して」

「三人が均等に魔力を込めて、封印の解除を願うことよ」


 精霊たちの身体から光が発せられる。

 氷のアヴァランティナは淡い青色の光を。

 土のミドガルズは淡い黄色の光を。

 風のブリージアは淡い緑色の光を。

 それらが細かい光の粒に変わり、三者の中心で集まり渦を巻き始める。

 最初はゆっくり。

 徐々に速く。

 最後には個々の粒を目で追うのも難しいほどの速さになり。

 全てがひとところに凝縮され、白い光と変わって形作られていく。

 そして光が消えると、角ひとつ無い滑らかな表面の、ティアドロップ型の水晶のようなものが宙に浮いていた。

 常識の埒外のできごとに、三人例外なく言葉を失っていた。


「これが、精証石、か?」


 もっともはやく再起動したのは、レミーアだった。


「そうよ。精霊が、試練をクリアした人だと証明する石」

「なるほどね。だからその名前なんだ」

「左様ですわ」

「まあ、安直な名前さ」

「それを精霊であるあなたが言うのかしら」

「何、分かりやすくていいではないか。シンプルが一番だ」


 精証石は、三人の真ん中、その上空に浮かんだ。


「そのまま進んでいただければ、精証石もついていきますのでご安心を」

「所定の場所に立ったら、それは勝手に祭壇まで移動するからさ」

「後は、一人ずつ順番に、魔力を捧げるのよ」


 ここから先は、見届け役はついてこないらしい。

 精霊たちに送り出され、凛、ミューラ、レミーアの三人は通路の奥へ向かって歩き出す。


「あ、悪い。言い忘れてたよ」


 三人の背中に、ミドガルズが声を投げかけた。

 思わず振り返ると。


「魔力、結構必要になるわ。覚悟しておいてね」

「ウンディーネ様の封印を解くのですから、多少では済まないのです」

「まあ、キミらなら、じゅうぶん余裕はあると思うよ」

「……覚えておくよ」


 先に足を進めるのがおっくうになる情報だった。

 まあ、事前に知らせておいてもらえるのは素直にありがたいと思うべきだろう。

 試練の後休憩時間があったのも、捧げる魔力を回復するためだったわけだ。

 淡い輝きに包まれながら歩くこと少し。

 通路はそう長いものでは無く、すぐに開けた場所に出た。


「っ……」


 その、あまりの力の奔流に、息を呑んだのは誰か。

 円形の一室。

 非常に広大で、半径は一〇〇メートルほどである。

 天井も高く、数十メートルはあるだろう。

 大きさも些細なものだ。

 正面、一番奥には、立派な祭壇が設けられていた。幅三〇メートル、高さ一〇メートルは超えているだろう。

 真ん中に、小さく輝くものがひとつ。視力を強化してみれば、球体の宝石のようなもの。あれが、宝玉だろう。

 立ち止まっていても仕方ないため、その祭壇に向かって歩いて行く。

 部屋の中心を越え、更に進むと、祭壇の手前一〇メートルほどのところに、台座がひとつあった。

 数人が横に並んで立てるその台座は、祭壇に比べて二段ほど劣るものの、それでも立派といって差し支えないものだ。

 三段の階段をあがり、三人並び立つ。

 すると、凛たちの上に浮いていた精証石がひとりでに祭壇に向かっていき。

 その真上で弾け、光が祭壇に降り注ぐ。

 数拍の間を置いて台座が軽く振動すると、その中心に石柱がせり上がってきた。

 石柱の頂点には、手のひら大の球体が半分ほど頭を出している。

 恐らくは、これに魔力を込めるのだろう。


「……」


 一瞬固まった三人だが、顔を見合わせて頷くと、まずはミューラが一歩前に出て、その球体に手を置いた。


「っ……あぁっ」


 苦悶の声。

 苦しさと吐き気を覚えるスピードで魔力が吸い取られていく。

 かなりの量を持って行かれたところで、ようやく止まった。


「うっ……」


 ミューラは、やや顔を青くして元の位置に戻った。

 休憩で魔力を回復していなければ、間違いなく欠乏症で昏倒していただろう。

 全快時から見ればそこまで大きな負担ではないが、厳しい戦闘後の今は、この負担もかなりのものだった。

 このミューラの状態を見ていると、足を出すのを躊躇してしまう凛である。


「なるほど。この状態ではなかなか厳しいようだ」


 ためらったからか、レミーアが二人目として前に出た。


「むぅ……」


 かの師匠を持ってして、声を抑えきれるものではなかった。

 魔力の奉納が終わると、レミーアはゆっくりと深呼吸してから元に戻った。

 顔には出ていないが、わずかに吐き気も覚えている。

 最大値の差からか、ミューラほどの症状ではなさそうだが。

 最後に凛だ。

 レミーアの様子を見ながら、覚悟を決めていた。

 凛が前に出る。


「あ……ぐっ」


 声は抑えきれなかった。

 相当につらい。

 むしろ、この程度声を出すだけでよくこらえたと、褒められてもいいくらいだった。

 まだ終わらないのか。まだ終わらないのか。

 かなり長く感じたが、実際には一瞬。

 魔力の奉納が終わった。

 凛が一歩引いて、様子を見る。

 結構気分が悪いので、葉っぱを一枚取り出して口に含む。

 漢方薬のようなものと凛は理解している。これを噛んで滲んだ液は、吐き気を和らげてくれるのだ。

 帝国のダンジョンで口に入れた、精神を落ち着かせる葉っぱと使い方は同じ。

 ミューラとレミーアも、それぞれ同じものを口に含んでいた。

 即効性はないので、ゆっくりと和らいでいく気持ち悪さにほっとしたところで。

 石柱が輝きだした。

 その輝きは地面をあっという間に通って祭壇に吸い込まれる。

 そして、祭壇が大きく輝き始めたところで。


「きゃっ!」

「何!?」

「これは……」


 部屋全体が大きく震動する。

 そして感じる、巨大な気配。

 すぐ近くにいる。

 これには覚えがあった。

 あのリヴァイアサンに劣らぬ圧倒的な存在感。

 竜のものだった。

 もうダメかと思った直後。

 すさまじい魔力の奔流が、祭壇がいる間を駆け抜けていった。


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