十七話
ふわりとした柔らかい動作で、レミーアの方から距離を詰める。
偽のスミェーラはもちろん迎撃だ。
剣閃は鋭く、ミューラよりも速い。
が。
手にした風の弾丸を放たずに、受け手とする。
振られる剣に風の弾丸を押しつけ、クッションとした。
ふわりと剣を飛び越え、偽スミェーラを飛び越え着地。
振り返りながら切り返される剣。
まだ手には風の塊がある。
今度は真正面から押しつけるようにし、触れる寸前で前方に炸裂させる。
先と同じ手だ。
偽スミェーラに同じ手が通じるわけがなく、今度はその勢いに乗って後退した。
その姿を目で追いながら、つま先でとんと地面をたたく。
大地を割って噴き出す業火。
避けられるはずのないタイミングだが、見事に回避して見せた。
「……ふむ」
跳んだ先で、簡単には接近戦ができないとにらんだか、彼女は慎重に間合いを測っている。
偽物である彼女に感情があるかは分からない。
色素が薄く、姿形を似せて剣と魔術を入力しただけのゴーレムのようにも見えるのだ。
しかし、どうやら肉があるのだろうか。
レミーアと戦闘して、無傷でいられるなどありえない。
さすがのレミーアも、スミェーラと戦闘して無傷ではしのげないのと同じ事。
双方、直撃はないものの余波や紙一重の回避で掠るなどして細かい傷を負っていた。
その傷から、血が流れているのだ。
「どういった理屈なのだろうな……」
呟きながら、無造作に放つのは『風月輪』である。
次の瞬間には、レミーアは偽物の真横に回り込もうと動いていた。
動きながら『ファイアボール』や『水弾』を牽制にばらまく。
やはりこの程度では、ダメージは負わせられない。
「面倒な」
太一に劣るのは間違いないが、それでスミェーラが弱くなるわけではないのだ。
負ける気はしない。
太一に比べれば遅い。
だが、レミーアにとっては危険な速さであるのは間違いない。
レミーアの魔術が集中する。
起きたのは巨大な爆発。
着弾に合わせ、『火炎破』も放っていた。
爆風がまき散らし、レミーアの黒髪をあおる。
その黒煙を引き裂き、偽のスミェーラが飛び出した。
やはり最初はそんなに速くはない。
しかしすぐに最高速になる。
先ほどの焼き増し。
しかしだまされない。
(正面)
走っている偽スミェーラはまたしても残像だった。
レミーアの正面やや右。そこから剣を突き出す。
狙いは顔面。
それを首を傾けることで回避する。
さらに追加で振られたのは右足。
狙いは顔面。
それを左腕で受け止める。
どん、と強い衝撃がレミーアの左腕を苛んだ。
「ちっ」
これで素直に顔面を蹴られていれば、戻された顔が剣に食い込んでいた。
くい、と手首の動きのみで刃がレミーアに迫る。
しかし、そう来るのは最初から分かっていた。
顔の横には、風の塊を浮かべていたのだ。
剣が弾かれる。
今度はレミーアが蹴りを放つ。
受け止められる。
が。
カウンターで偽スミェーラの左足がまっすぐ振り上げられる。
レミーアの腹に直撃した。
「ぐっ」
斜め上に吹き飛ばされながら、追撃避けのために『ファイアボール』を数発撃っておく。
さすがに、レミーアが放つ魔術を受ける愚は犯せないのだろう。
偽スミェーラは一発直撃を受けながらも、残りは体捌きのみで回避した。
咄嗟に身体強化で腹部を強化したおかげで、そのダメージは軽減されている。
無論痛くないわけではないのだが。
「ちっ。まだ足りんか」
腹をさすりついた足跡を払いながら、レミーアは情けないと笑う。
まあ、今の攻防は痛み分けだ。
代わりに一発だけだが直撃をさせたのだから。
だいぶ見えてはいる。
追えるようになっている。
しかし、まだまだ遠い。
理想とすべきは、この程度ではない。
今のままでは、まだ勝ちは拾えない。
負けないように均衡を保たせている段階なのだから。
しかしそれもあと少しだ。
だいぶ感覚は掴めてきていた。
レミーアが広範囲を爆破して吹き飛ばせば、最小限のダメージで凌いだ偽のスミェーラが逃れる。
偽スミェーラを実力で将軍に上り詰めさせた冴え渡る剣術を、レミーアがあの手この手で回避する。
これが本物のスミェーラなら、そろそろ焦れて来る頃だろうか。
いや、将軍として戦場を見通す目を発揮して、冷静でいるかもしれない。
レミーアは、こうして競っていることそのものが狙い通りなので、このまま推移していくのがベストだ。
「ふむ……」
ずいぶんと長い時間、戦闘を続けている。
めまぐるしく動き、派手な魔術が飛び交う時間があれば、相手の出鼻を潰し合いながら一〇分以上にらみ合っている時間もあった。
集中力を維持し続けるのは、さすがのレミーアでも難しい。
肉体的、魔力的にも負担は小さい物ではないが、それ以上に精神力が消耗する。
加えて、今は新たなことにも挑戦していた。
人生でも五指に入るほど頭が疲れているが、まあ、当然であった。
しかしその甲斐あって。
「うむ。そろそろ良いだろうな」
確かな手応えが、レミーアには積み重ねられていた。
杖を持っていない、空いている左手を軽く握ると、スミェーラの攻撃に手を添えてするするとやり過ごした。
これの何がすごいかといえば、これまでのしのぎ方とは明らかに違った。
あの手この手というのは誇張でもなんでもなく、それくらいしないとスミェーラから距離を取れなかったのだ。
それが今、こうして特に魔術も使わず、肉体だけで偽物を遠ざけた。
すっかりスカされたスミェーラは、ややバランスを崩している。
ほぼ全ての者からすれば、スミェーラにスキはない。しかしレミーアから見ればありがたいスキ。
遠慮無く、魔術を直撃させた。
炸裂音が連続する。『水砕弾』だ。
吹っ飛ぶスミェーラを見据えながら、手のひらを一瞥する。
わずかに皮が切れ、血が滲んでいた。
「……ま、この程度で済めば安いものか」
『落葉の魔術師』の『水彩弾』を、複数まともに受けた偽スミェーラ。
吹っ飛び転がった先で遅滞なく受け身をとりすっくと立ち上がったのは見事。
しかしダメージは隠し切れていない。
「その忍耐力は賞賛に値する。私でなければ、欺けただろうな」
レミーアにとって偽スミェーラの攻撃が一度でも直撃すれば危ういのと同じように。
偽スミェーラにとってもレミーアの魔術の直撃が一度でもあれば危ういのだ。
これで、趨勢は決まった。
「さて、引導を渡してやる」
今度はレミーアから距離を詰めにかかる。
遠くから撃っても届かないのは相変わらずだろうと、接近戦からスキを見出すために。
偽物もまた、近づいてくるなら望むところと駆け出す。
……しかし。
「精彩に欠けるな」
そっとレミーアが、偽スミェーラの豊かな胸、心臓の位置に手を添えたのは。
お互いが接敵し、数合のやりあいの後だった。
「終わりだ」
ドッ!!
レミーアの手から前方。
すさまじい勢いで衝撃波が走り抜け、それを追うように砂煙と黒煙が舞う。
偽スミェーラの身体が、まるで枝葉のように軽々と吹っ飛び、地面を転がっていく。
レミーアは、その様子をじっと観察する。
その手のひらからは煙が出ていた。
偽スミェーラは、胸のど真ん中に足が簡単に入るような大穴が空いていた。
やがて、その身体は光の粒となって、空中に溶け込んでいった。
「素晴らしいわ。見事、試練は突破よ」
小鳥がひらりと舞い、空中に着地した。
まるでそこに地面があるかのようだが、風の精霊であるブリージアにとっては普通のことなのだろう。
レミーアは深く考えるのを止めた。
「ふぅ……」
やっと戦いは終わり。
レミーアは疲れた身体と頭を休ませるため、ゆっくりと腰を下ろした。
先ほどの戦闘を、ゆっくりと思い出す。
最初は、偽スミェーラの攻撃をしのぐのが精一杯だった。
必死さが表に出ないように装ったが、実際はギリギリであった。
それが最後には偽スミェーラの攻撃を手でいなすことさえ出来るようになった。
レミーアがしたこと。
それはあの偽スミェーラに太一の姿を重ね合わせて上書きすることだ。
太一の五〇の強化を思い出す。
レミーアをして、目で追うのがやっと。
凌ぐとかそういうレベルの話ではない。
四五でやっと、身体が反応して何とかしばらくやり過ごせるといったところだ。
その四五の速度やパワーを偽物に被せ、イメージを書き換える。
異世界からきた召喚術士の少年を相手にしているのだと、頭にすり込んだ。
それによって、偽スミェーラにも対応できるようになったのだ。
簡単なことではないため、ここまで時間がかかってしまった。
困難なことだが、まあやり遂げたので結果が良ければいいだろう。
「一つ、聞きたいんだけど、いい?」
頭の片隅で考えながらぼんやりと休んでいると、ふとそんな声が届く。
「……何をだ?」
精霊からの疑問。
応えるのはやぶさかではないので、レミーアはそう応じた。
「最後の魔術、アレは何? 込めた魔力に対して、威力がとっても凄かったわ。どんなからくりなの?」
最後の、とは、スミェーラを仕留めた魔術のことだろう。
「ああ、あれはな……」
レミーアは解説する。
魔術の性能からなにからを極限まで突き詰めたものであることを。
これまでは『ファイアボール』しか完成していなかったが、このほど、風の魔術である『ショック』の術式が実用段階に至ったこと。
試練を超えるために使用したのは、その『ショック』と『ファイアボール』を混ぜたものであると。
「ふうん、すごいのねあなた。そんなことができるの」
「精霊に賞賛してもらえるとは、お褒めに与り恐悦至極」
無垢な言葉は、心からの賞賛。
かつてレミーアの力を欲して接触してきた有象無象が発した、奥底に欲がよどんだおべっかとは違う。
故に、レミーアも素直に受け止めることができた。
「ゆっくりと休んでいいわ。そのくらいの時間はあるから」
「そうか……お言葉に甘えさせてもらおう」
試練突破者への気遣いだろうか。
理由は何であっても、休んで良いというのなら。
レミーアは、お言葉に甘えることにした。




