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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
五章 北の呪い
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十六話

 飛来してきたのは、炎の槍。

 そのはるか遠くには偽凛の姿。

 さすがだ。

 相手は偽物だが、ミューラは感心を禁じ得ない。

 手は抜いていない。

 見た目は凛そっくりだが偽物であるのは分かっているので、気にしてしまう心を鋼の精神で抑えて、斬り捨てるつもりで全力で戦っている。


「……っ」


 束の間息を止め、炎の槍を剣で丁寧に受け流す。

 さすがに足の遅い『フレイムランス』を当てるのは、布石を打たなければ困難である。

 しかし、その威力は無視出来るものではない。

 凛を元にしているだけあって、その狙いは非常に正確。

 きちんと回避するか、受け流すかをせねばならない。

 その隙を利用し、偽凛はミューラから距離を取ったのだ。


「本当に、簡単に入らせてくれないわね」


 やれやれとため息。

 ミューラが押すタイミングを把握しているのか、偽凛はそこで巧妙に引く。

 本物と近い思考回路をコピーしているのだろうと、戦う毎に思わされる。

 隙の無い動き、その巧妙さ、戦術眼、まさに凛であった。

 さて、対するミューラは、それらすべてをかいくぐって刃を通す必要があるわけだが。

 岩の陰に見え隠れする凛の姿を視線で追い。


「はっ!」


 『ファイアボール』を一発。

 凛の近くの岩に向けて、威力よりも速度重視で。

 目論見通り絞った威力でも、岩を粉砕するには十分だった。

 爆発と砕け散った岩の破片の防御に手を取られる凛に向けて、ミューラは姿勢を低くして迫る。

 強化した身体能力を体術で十全に発揮出来るようにして。

 瞬間的な最大速度は、風魔術で自分をアシストできる凛の方が速い。

 しかし、こと身体強化のみによる移動速度は、ミューラの方が速い。

 もちろん近づけさせまいと、偽凛は水の球をばらまいた。

 あれの大半は『水弾』。

 しかしいくつかは『水砕弾』だ。

 凛もよく使う攪乱の手。

 いちいち見分けて捌く……そんなまだるっこしい真似をしていられるか。

 そう気炎を吐いて。


『赤蓮』


 発動し続けていた『緋炎』を解除。

 剣に巻きつく炎。

 それを。


「はあぁっ!!」


 地面に剣を叩き付け、解放した。

 前方に噴き上がる炎の壁。

 水の魔術による攻撃をそれで防御する。

 ミューラはそこから減速せずに炎の壁に突っ込んだ。

 これは自分で使った技。

 ミューラ一人が通過するだけなら、一瞬だけ人一人分の穴を開ける程度たやすかった。

 もちろん、それだけで全ての攻撃を防げたわけではない。

 しかし、弾幕の厚みが三分の一以下になった今ならば。


『……焦熱閃!』


 剣の先から、高熱を放射。

 自分の正面のみ、蒸発させる。

 瞬間、着地した右足でぐっと地面を噛み、斜め左前方に跳んだ。

 もちろん偽凛が動いていないわけがないからだ。

 そして、それを見逃すミューラでもなかった。

 彼我の距離は、一〇メートルというところ。


『赤蓮!』


 もう一度、魔術剣を発動。

 この距離、一歩だ。

 そう思った瞬間、ミューラは偽凛の目の前に踏み込み、剣を振り出していた。

 さすがにこの距離では、ミューラの方が有利である。

 だからこそ、凛は間合いを取ろうとするのだから。それは偽凛も同じだ。

 ミューラの攻撃は魔術剣。

 当然、偽凛はいまだ手にしたままの石の剣で受けようとする。

 狙い通り。

 剣と剣がかみ合う直前。

 ミューラは剣の軌道を変えながら自身もかがみ、からみついた炎を伸ばして偽凛に向かわせる。

 偽凛は咄嗟に身体を逸らす。

 しかし完全には避けられなかったのか、右の上腕をえぐった。

 痛打を受けながらも反撃で石の剣を強く振り、ミューラの剣に叩き付ける。

 ミューラを強引に後退させると、偽凛も後ろに跳んだ。

 どうやら骨まではいかなかったようだ。

 杖を取り落とさせるところまではいかなかったが、力は入らなそうである。


「……つぅ」


 剣を持っていた右手がややしびれている。

 やはり、あの剣の威力は脅威だ。

 今の一撃も、剣の刃の立て方を間違えていたら。

 防御用に『赤蓮』を残していなかったら。

 そのどちらかが無かっただけで、ヒビが入っていただろう。

 ともすればへし折られていたかもしれない。

 しかし、この程度ならば剣を振るうのに支障は無い。

 黒字側はミューラ……と言いたいところだが。

 あれだけ知恵を振り絞って、それでも致命傷を避けられるとは。

 今の攻撃、ミューラはもちろん決めに行ったのだ。

 盤石の体勢だったが、仕留めるには至らなかった。


「厳しいわね……」


 同じ事を続けていても凌がれ続けてしまう。

 決め手が足りない。

 凛相手に、いたずらに長引かせるのは悪手だ。

 これを打開するには、やはりやるしかないのだろうか。

 まだ、安定していないのだが。

 しかし出来ないとは思わない。

 あの時も、別に余裕があったからやったわけではないのだ。


(それに……リンはぶっつけ本番を成功させてきた)


 しびれた手が、余計な力を抜いて柄を握るのにちょうどいい。

 凛と組む自分が、相方が出来ることを出来ないのでは、格好がつかないではないか。

 逡巡していると、偽凛が火球をばらまきながら距離をとった。

 ミューラはそれをその場でするするとやりすごす。

 『ファイアボール』がすべてミューラの後ろに飛んでいった後。

 ミューラと偽凛の距離はまたかなり開いていた。

 構わない。

 戦闘の最中に気もそぞろだった自分が悪い。

 けれども、おかげで気持ちが固まった。

 トライするのだ。

 安定しているだのという言い訳を封印して。

 ミューラは短剣を左手で抜く。

 二刀流を見せたミューラに、偽凛からの更なる弾幕が届く。

 石の剣を消し、左手に持った杖をまっすぐミューラに向けている。


「『フリージングランス』ね」


 無数のつららが、まっすぐ飛ぶ。

 一本一本の長さは五〇センチほど。

 ただの氷と思うなかれ、見た目以上に殺傷能力は高い。

 試すには、好都合。


『魔封剣!』


 エルフの里で、アルヴィースを退ける決め手になった技。

 魔術剣の応用技術。

 自身の魔力を通わせ、剣に魔術を付与するのが魔術剣。

 相手の魔術を、魔力に変換、さらに他者の魔力を自身の魔力であるかのように扱い、奪い取るのが『魔封剣』。

 応用技術であり、不可能ではない。

 しかし魔術剣とは難易度の桁が違う。

 付与魔術について母から改めて聞いて、何となく思いついたことだったのだ。

 あの時のアルヴィースは、接近戦に魔術を混ぜる、いわゆるミューラと同じタイプ。

 一方、今の相手である偽凛は、接近戦の実力は低い代わりに、魔術の腕前は間違いなくアルヴィースより上だ。

 そんな相手の魔術に『魔封剣』を行う難易度はいかばかりか。


「偽物、なんかにっ!」


 飛来するつららを、長剣と短剣で次々と切る。

 最初はたたき折るだけだった。

 しかし、休む間もない試行が功を奏したのか。

 『フリージングランス』が終わろうという頃、ミューラの『魔封剣』は無事成功した。

 一度出来ていた、という成功体験も重なった。

 これが偶然でないことを祈りつつ。

 杖の先に電流をまとわせる偽凛を見て、ミューラは一瞬躊躇した。

 あれは『電磁加速砲』。

 本物が持つ、単体を対象とする魔術では最強の技だ。

 しかし、退けるか。

 ミューラの事情など全く斟酌せず、偽凛は『電磁加速砲』を放った。

 『魔封剣』の成功を偶然ではなく実力に昇華するには。

 実にちょうど良い試練だった。


「……ぁぁぁああああああああっ!!!!」


 一瞬で目前まで迫った死を予兆する光に対し。

 ミューラは既に、長剣と短剣を外側から内側にクロスするように振り出していた。

 刃が交差するところに『電磁加速砲』が直撃する。

 ドン、と炸裂音。

 ミューラの視界を、白光と黒煙が包んだ。


「ぐ……く……っ」


 すさまじい威力。

 すさまじい魔力。

 さすがに、凛が奥の手とするだけはある。

 敵に撃っているその姿は非常に頼もしくあったが、こうして撃たれると、これほどとは。

 だが。


「あたしの勝ちよ」


 両手の剣は、無事振り抜くことができた。

 電気をまとった魔力が、身体を駆け巡るのが分かる。その身体から電光が発せられる。

 煙が晴れ、無事なミューラを見た偽凛が、更に距離を取ろうとする。

 しかし。

 次の瞬間、ミューラは偽凛の背後におり。

 その剣は心臓がある場所を貫いていた。

 何故かは分からないが、『電磁加速砲』から奪った魔力で行った身体強化魔術は、すさまじい速度を発揮するにいたった。

 身体に満ちていた偽凛の魔力は、移動が終わってほどなくして霧散してしまったが。

 偽凛の身体からがくりと力が抜ける。

 すると、その身体は光の粒となって消えていった。


「……終わった、かしら?」


 さすがに消耗が激しい。

 『フリージングランス』の魔力を奪って多少は回復したものの、『電磁加速砲』の魔力を使った時にミューラ自身の魔力も持って行かれた。


「すごいよ。無事、ウンディーネ様の試練クリアだ」


 座り込んでしまったミューラのそばに、とぐろをまいた蛇、ミドガルズが現われる。


「そう……良かったわ」


 ついつい、安堵のため息を漏らしてしまった。


「ちょっと、休みなよ。大丈夫、そのくらいの時間は与えられるよ」

「なら、お言葉に甘えさせてもらうわね……」


 魔力も体力も、精神力もすり減っている。

 サシで戦った相手としては、間違いなく過去最強だった。

 ミゲールやアルヴィースも間違いなく強敵だった。

 しかし、彼らには申し訳ないが、軽く二枚は偽凛の方が上だ。


「最後のにはオレも驚いたよ。ウンディーネ様が、真似出来なかったもんな」


 最後の、というのは、『魔封剣』のことだろう。


「あれは…・・・あたしだけの技だから」

「そうだろうね。他人の魔力を取り込むなんて技、さすがに真似るのは無理だ」


 相克という現象は、マナ同士が反発しあうことで起こる。

 それが起きる前にマナを自分のものにしてしまうのが『魔封剣』だ。

 取り込んだ魔力は一過性のものに過ぎないが、それでも尋常ではない技である。


「うん、本当にすごい。じゃあ、準備ができたら声をかけてくれ。呼べばオレはすぐ来る」

「……ええ」


 凛との敵対は心の底から勘弁願いたい。

 そんな未来が訪れないことを祈る。

 そう思いながら、ミューラは顔を伏せ、体力と魔力の回復に努めるのだった。

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