十六話
飛来してきたのは、炎の槍。
そのはるか遠くには偽凛の姿。
さすがだ。
相手は偽物だが、ミューラは感心を禁じ得ない。
手は抜いていない。
見た目は凛そっくりだが偽物であるのは分かっているので、気にしてしまう心を鋼の精神で抑えて、斬り捨てるつもりで全力で戦っている。
「……っ」
束の間息を止め、炎の槍を剣で丁寧に受け流す。
さすがに足の遅い『フレイムランス』を当てるのは、布石を打たなければ困難である。
しかし、その威力は無視出来るものではない。
凛を元にしているだけあって、その狙いは非常に正確。
きちんと回避するか、受け流すかをせねばならない。
その隙を利用し、偽凛はミューラから距離を取ったのだ。
「本当に、簡単に入らせてくれないわね」
やれやれとため息。
ミューラが押すタイミングを把握しているのか、偽凛はそこで巧妙に引く。
本物と近い思考回路をコピーしているのだろうと、戦う毎に思わされる。
隙の無い動き、その巧妙さ、戦術眼、まさに凛であった。
さて、対するミューラは、それらすべてをかいくぐって刃を通す必要があるわけだが。
岩の陰に見え隠れする凛の姿を視線で追い。
「はっ!」
『ファイアボール』を一発。
凛の近くの岩に向けて、威力よりも速度重視で。
目論見通り絞った威力でも、岩を粉砕するには十分だった。
爆発と砕け散った岩の破片の防御に手を取られる凛に向けて、ミューラは姿勢を低くして迫る。
強化した身体能力を体術で十全に発揮出来るようにして。
瞬間的な最大速度は、風魔術で自分をアシストできる凛の方が速い。
しかし、こと身体強化のみによる移動速度は、ミューラの方が速い。
もちろん近づけさせまいと、偽凛は水の球をばらまいた。
あれの大半は『水弾』。
しかしいくつかは『水砕弾』だ。
凛もよく使う攪乱の手。
いちいち見分けて捌く……そんなまだるっこしい真似をしていられるか。
そう気炎を吐いて。
『赤蓮』
発動し続けていた『緋炎』を解除。
剣に巻きつく炎。
それを。
「はあぁっ!!」
地面に剣を叩き付け、解放した。
前方に噴き上がる炎の壁。
水の魔術による攻撃をそれで防御する。
ミューラはそこから減速せずに炎の壁に突っ込んだ。
これは自分で使った技。
ミューラ一人が通過するだけなら、一瞬だけ人一人分の穴を開ける程度たやすかった。
もちろん、それだけで全ての攻撃を防げたわけではない。
しかし、弾幕の厚みが三分の一以下になった今ならば。
『……焦熱閃!』
剣の先から、高熱を放射。
自分の正面のみ、蒸発させる。
瞬間、着地した右足でぐっと地面を噛み、斜め左前方に跳んだ。
もちろん偽凛が動いていないわけがないからだ。
そして、それを見逃すミューラでもなかった。
彼我の距離は、一〇メートルというところ。
『赤蓮!』
もう一度、魔術剣を発動。
この距離、一歩だ。
そう思った瞬間、ミューラは偽凛の目の前に踏み込み、剣を振り出していた。
さすがにこの距離では、ミューラの方が有利である。
だからこそ、凛は間合いを取ろうとするのだから。それは偽凛も同じだ。
ミューラの攻撃は魔術剣。
当然、偽凛はいまだ手にしたままの石の剣で受けようとする。
狙い通り。
剣と剣がかみ合う直前。
ミューラは剣の軌道を変えながら自身もかがみ、からみついた炎を伸ばして偽凛に向かわせる。
偽凛は咄嗟に身体を逸らす。
しかし完全には避けられなかったのか、右の上腕をえぐった。
痛打を受けながらも反撃で石の剣を強く振り、ミューラの剣に叩き付ける。
ミューラを強引に後退させると、偽凛も後ろに跳んだ。
どうやら骨まではいかなかったようだ。
杖を取り落とさせるところまではいかなかったが、力は入らなそうである。
「……つぅ」
剣を持っていた右手がややしびれている。
やはり、あの剣の威力は脅威だ。
今の一撃も、剣の刃の立て方を間違えていたら。
防御用に『赤蓮』を残していなかったら。
そのどちらかが無かっただけで、ヒビが入っていただろう。
ともすればへし折られていたかもしれない。
しかし、この程度ならば剣を振るうのに支障は無い。
黒字側はミューラ……と言いたいところだが。
あれだけ知恵を振り絞って、それでも致命傷を避けられるとは。
今の攻撃、ミューラはもちろん決めに行ったのだ。
盤石の体勢だったが、仕留めるには至らなかった。
「厳しいわね……」
同じ事を続けていても凌がれ続けてしまう。
決め手が足りない。
凛相手に、いたずらに長引かせるのは悪手だ。
これを打開するには、やはりやるしかないのだろうか。
まだ、安定していないのだが。
しかし出来ないとは思わない。
あの時も、別に余裕があったからやったわけではないのだ。
(それに……リンはぶっつけ本番を成功させてきた)
しびれた手が、余計な力を抜いて柄を握るのにちょうどいい。
凛と組む自分が、相方が出来ることを出来ないのでは、格好がつかないではないか。
逡巡していると、偽凛が火球をばらまきながら距離をとった。
ミューラはそれをその場でするするとやりすごす。
『ファイアボール』がすべてミューラの後ろに飛んでいった後。
ミューラと偽凛の距離はまたかなり開いていた。
構わない。
戦闘の最中に気もそぞろだった自分が悪い。
けれども、おかげで気持ちが固まった。
トライするのだ。
安定しているだのという言い訳を封印して。
ミューラは短剣を左手で抜く。
二刀流を見せたミューラに、偽凛からの更なる弾幕が届く。
石の剣を消し、左手に持った杖をまっすぐミューラに向けている。
「『フリージングランス』ね」
無数のつららが、まっすぐ飛ぶ。
一本一本の長さは五〇センチほど。
ただの氷と思うなかれ、見た目以上に殺傷能力は高い。
試すには、好都合。
『魔封剣!』
エルフの里で、アルヴィースを退ける決め手になった技。
魔術剣の応用技術。
自身の魔力を通わせ、剣に魔術を付与するのが魔術剣。
相手の魔術を、魔力に変換、さらに他者の魔力を自身の魔力であるかのように扱い、奪い取るのが『魔封剣』。
応用技術であり、不可能ではない。
しかし魔術剣とは難易度の桁が違う。
付与魔術について母から改めて聞いて、何となく思いついたことだったのだ。
あの時のアルヴィースは、接近戦に魔術を混ぜる、いわゆるミューラと同じタイプ。
一方、今の相手である偽凛は、接近戦の実力は低い代わりに、魔術の腕前は間違いなくアルヴィースより上だ。
そんな相手の魔術に『魔封剣』を行う難易度はいかばかりか。
「偽物、なんかにっ!」
飛来するつららを、長剣と短剣で次々と切る。
最初はたたき折るだけだった。
しかし、休む間もない試行が功を奏したのか。
『フリージングランス』が終わろうという頃、ミューラの『魔封剣』は無事成功した。
一度出来ていた、という成功体験も重なった。
これが偶然でないことを祈りつつ。
杖の先に電流をまとわせる偽凛を見て、ミューラは一瞬躊躇した。
あれは『電磁加速砲』。
本物が持つ、単体を対象とする魔術では最強の技だ。
しかし、退けるか。
ミューラの事情など全く斟酌せず、偽凛は『電磁加速砲』を放った。
『魔封剣』の成功を偶然ではなく実力に昇華するには。
実にちょうど良い試練だった。
「……ぁぁぁああああああああっ!!!!」
一瞬で目前まで迫った死を予兆する光に対し。
ミューラは既に、長剣と短剣を外側から内側にクロスするように振り出していた。
刃が交差するところに『電磁加速砲』が直撃する。
ドン、と炸裂音。
ミューラの視界を、白光と黒煙が包んだ。
「ぐ……く……っ」
すさまじい威力。
すさまじい魔力。
さすがに、凛が奥の手とするだけはある。
敵に撃っているその姿は非常に頼もしくあったが、こうして撃たれると、これほどとは。
だが。
「あたしの勝ちよ」
両手の剣は、無事振り抜くことができた。
電気をまとった魔力が、身体を駆け巡るのが分かる。その身体から電光が発せられる。
煙が晴れ、無事なミューラを見た偽凛が、更に距離を取ろうとする。
しかし。
次の瞬間、ミューラは偽凛の背後におり。
その剣は心臓がある場所を貫いていた。
何故かは分からないが、『電磁加速砲』から奪った魔力で行った身体強化魔術は、すさまじい速度を発揮するにいたった。
身体に満ちていた偽凛の魔力は、移動が終わってほどなくして霧散してしまったが。
偽凛の身体からがくりと力が抜ける。
すると、その身体は光の粒となって消えていった。
「……終わった、かしら?」
さすがに消耗が激しい。
『フリージングランス』の魔力を奪って多少は回復したものの、『電磁加速砲』の魔力を使った時にミューラ自身の魔力も持って行かれた。
「すごいよ。無事、ウンディーネ様の試練クリアだ」
座り込んでしまったミューラのそばに、とぐろをまいた蛇、ミドガルズが現われる。
「そう……良かったわ」
ついつい、安堵のため息を漏らしてしまった。
「ちょっと、休みなよ。大丈夫、そのくらいの時間は与えられるよ」
「なら、お言葉に甘えさせてもらうわね……」
魔力も体力も、精神力もすり減っている。
サシで戦った相手としては、間違いなく過去最強だった。
ミゲールやアルヴィースも間違いなく強敵だった。
しかし、彼らには申し訳ないが、軽く二枚は偽凛の方が上だ。
「最後のにはオレも驚いたよ。ウンディーネ様が、真似出来なかったもんな」
最後の、というのは、『魔封剣』のことだろう。
「あれは…・・・あたしだけの技だから」
「そうだろうね。他人の魔力を取り込むなんて技、さすがに真似るのは無理だ」
相克という現象は、マナ同士が反発しあうことで起こる。
それが起きる前にマナを自分のものにしてしまうのが『魔封剣』だ。
取り込んだ魔力は一過性のものに過ぎないが、それでも尋常ではない技である。
「うん、本当にすごい。じゃあ、準備ができたら声をかけてくれ。呼べばオレはすぐ来る」
「……ええ」
凛との敵対は心の底から勘弁願いたい。
そんな未来が訪れないことを祈る。
そう思いながら、ミューラは顔を伏せ、体力と魔力の回復に努めるのだった。