十四話
無数の火柱が、岩棚の上に断続的に立ち上った。
ざっと砂煙を立てながら、レミーアが滑りつつ着地する。
「ふん。偽物とはいえ、さすがはスミェーラか」
黒煙の向こう、抜き身の剣をぶら下げた偽スミェーラがたたずんでいる。
今のところ、戦況は互角である。
剣術の腕前はミューラ以上。
もともとの身体能力も優れている上に、強化魔術の実力が飛び抜けている。
そのスピード。そのパワー。
いわば、魔術師の天敵である。
ミューラでも、凛でも厳しい。
彼女たちが当たらなくてよかったと思うべきだろう。
二人同時ならば、どうだろうか。
結果は読みにくい。
読みにくいと言うことは、つまり二人ならば勝つ可能性もあるということだが。
やや脱線した方向で考察しつつ。
この互角の状況を動かすにはどうするか、レミーアは高速で頭を回転させていた。
偽スミェーラが剣を持ち上げる。
その姿がぶれると同時に、レミーアは杖の石突きを地面にカン、と突き立てた。
彼女を中心に、三六〇度放射されるのは炎の弾丸。
その隙間を縫うように、背後から偽スミェーラが迫る。
一発も当たらない。
回避能力、体捌きは見事なものだ。
だが。
それ故にレミーアへの接近がわずかに遅れた。
そして、その「わずか」が、レミーアにとっては欲しかった時間である。
反転しながらバックステップ。
待機させていた『風月輪』を放つ。
スミェーラの迫る速度は、今度は衰えない。自分に当たる分だけに対処しながら、レミーアに迫らんとする。
「実に面倒だ」
人差し指と中指を揃え、偽スミェーラに向ける。
『火炎破』
次の瞬間、偽スミェーラの足下から業火が噴き上がった。
更に距離を取ると。
レミーアはやおら背後に向けて水を圧縮した剣をかざす。
そこに、偽スミェーラの剣が叩き付けられた。
『火炎破』を避けきれなかったのか、ところどころに火傷が見て取れる。
しかし、それによって姿が消えたのを利用し、最大の武器であるスピードにものを言わせてレミーアの背後を取ったのだろう。
「これだから、油断できん……なっ!」
身体強化。そして剣を払う。
偽スミェーラはそれに逆らわずに跳んだ。
先ほどから、こんなことの繰り返しだった。
無傷なのはレミーア。
ところどころにレミーアの魔術を受け、小さくとも怪我をしているのが偽スミェーラ。
ダメージ量で換算するなら、レミーアの方が有利だろう。
しかし、それでもレミーアが互角であると分析する理由。
それは今の攻防に凝縮されていた。
偽スミェーラは避けるべき魔術と耐えられる魔術を分けて、ダメージと引き換えの一撃必殺が主な狙いだ。
数手攻防をして気付いたことだが、スミェーラの偽物は、一撃必殺と同時に魔力切れも狙っているというわけだ。
そうたやすく切れるような魔力量と魔力運用はしていないレミーアであるが、さすがに無限にわいてくるものではない。
「やはり、私の方が魔力を使わされているな」
レミーアは、主な攻め手は当然魔術である。防御や回避には身体強化魔術も併用している。
一方の偽スミェーラは、使っているのはほぼ身体強化魔術のみ。牽制に飛び道具の魔術を使う程度。
よって魔力を多く使っているのはレミーアの方。
魔力の総量はレミーアの方が多いが、このままではじり貧だ。
だから、対剣士の場合は速攻が望ましい。
さて、どうするか。
速攻を狙う相手にみすみす速攻をさせるような者が、エリステイン魔法王国で頭を張れる訳がない。
戦争、戦闘に関しては天賦のものを持っているスミェーラ。
彼女自身が言う「この国の騎士、冒険者の誰よりも強い」という言葉は、謙遜でも強がりでもなく事実だった。
「ふぅむ……そう劣らぬと思っていたが、相性はやはり最悪だな」
総合力に大きな差はない。
スミェーラとレミーアの見解は同じだ。
無数の『水砕弾』をばらまき、更に『フリージングランス』で逃げ場を塞ぐ。
それらに対して遅滞なく効率的な防御をしながら、偽スミェーラは距離を詰めんとする。
威力はどれも、偽スミェーラの強化された防御力を貫いて骨を砕くほど。
しかし彼女の武器である速さは、単に移動力だけではない。
いや、移動力も非常に厄介ではあるのだが。
「剣を振るう速度だな。化け物じみている」
冷静に慌てることなく観察し、相対して改めて理解する。
かつて、エリステインの王城、その大闘技場で行われた太一とスミェーラの模擬戦闘。
その時に振るわれた剣術。
そして格闘術。
あの常識外れの太一にきちんとついていっていた。
レミーアの魔術を剣で拳で蹴りで防ぐその一撃一撃の速さが、すさまじい。
ぱちん、とレミーアが指を鳴らす。
すると、彼女の前方、扇状に地面が爆発、吹き飛んだ。
突っ込んでくる偽スミェーラを十分射程に収めていた。
避けられるはずのないタイミング。
更に広範囲の一撃。
煙が晴れると、一五〇メートルほど離れたところに、ノーダメージで凌いだ偽スミェーラの姿が。
「こうも何でもなさそうに凌がれると、さすがに自信を無くしそうになるな」
レミーアは腰に手を当てて、苦笑した。
この戦い。
レミーアだからこそ、こうして戦えている。
偽スミェーラを相手に、魔術師ながら互角の戦いを演じているのは、レミーアだからこそと言えるだろう。
相性は非常に悪い。
接近戦もかなりのレベルで収めているレミーア。その戦い方は凛と同じだ。
距離を詰めようとする戦士のしのぎ方も十分に分かっているレミーアだが、さすがにスミェーラほどの実力者と相まみえたことはない。
けれども。
こうして慌てず騒がず、冷静に戦えているのは。
太一を相手に凌ぐ訓練を幾度かしていたからだった。
「くっく。あいつは、お前以上に理不尽だからなぁ。スミェーラよ」
レミーアとて、自分と同格の戦士との相性の悪さは自覚している。
戦闘では、総合力は同じくらいだろう。
役割が、立つべき土俵が違うのだ、どちらが優れてどちらが劣るという評論は無意味だ。
その相性の悪さを補うため、太一には付き合ってもらっていた。
四〇の強化。四五の強化。そして五〇の強化まで経験している。
そのでたらめさに比べれば、スミェーラはむしろ人間らしいとさえ言えるだろう。
ゆらりと剣を構え、レミーアに向かって歩き始める偽スミェーラ。
間を置かずに駆け足になり、やがてその速度はあっという間にトップスピードに乗った。
それを見せつけられて尚、レミーアに驚きはない。
太一の動きを。
あの防御能力を。
あのスピードを思い出す。
スミェーラよりも、どれだけ理不尽だったか。
「そこだ」
レミーアは、くるりと振り返った。
そこには、剣を振り上げる偽スミェーラの姿。
走っている偽スミェーラの姿は、残像だ。
前置きは、ここまで。
振り下ろされて神速の剣を、レミーアは手のひらに溜めていた空気の塊で受けた。
ドパァン!!!
空気が弾ける。
その威力は、込められた魔力からはまったく想像不可能なものだった。
偽スミェーラはもちろん、術者のレミーアも吹き飛ぶ。
さすがに、あれを至近距離で受けて、ノーダメージではない。
お互いに、だ。
レミーアはぷっと血を吐き出し、笑う。
「いくらお前が強かろうと、四五のタイチには劣る」
分かっていたレミーアは吹き飛びはしたものの綺麗に着地したが、偽スミェーラは転がってからやっと受け身を取った。
その結果一つとっても、ダメージはずいぶんと違うことが分かる。
あの理不尽の権化のことを脳裏に描く。
弟子の少年の動きをスミェーラと比べれば。
世間一般がどうだろうと、相性がどうだろうと、スミェーラがどう思っていようと。
やはり、どう考えても、負ける気はしなかった。
「くっ!」
爆風をとっさに防御する。
すさまじい威力。
これぞ竜。
最強種の名に恥じない一撃だった。
さすがに、威力はアルガティの方が強いのは間違いない。
太一が経験してきた攻撃の中では、ダントツで最強だ。
しかし。
アルガティに劣るから、ティアマトのブレスが弱い、とはならない。
何せ小さくはない島の三割を消し飛ばすほどの威力だ。
その爆風ひとつとっても圧倒的で、眼下ではリヴァイアサンが身動きを封じられている。
直撃はしていないが、爆発に巻き込まれてダメージも受けているようだ。
そして、だからこそ、気付いた。
太一は慌てて爆風に干渉して方向を変える。
リヴァイアサンを拘束していた風が弱まった。
『む……』
自身の動きを鈍らせていた風が突如収まり怪訝そうなリヴァイアサンに向かって降下。
「ティアマトがいない!」
『何!?』
太一が言うと、リヴァイアサンは険しい声で応えて周囲を探る。
そう間を置かずに。
『今の爆発で潜ったか!』
「引きずり出せ!」
『言われるまでもない!』
リヴァイアサンもまた潜っていく。
シルフィとミィの力も借りて探知をしてみるが、大まかな方向しか分からない。
やはり、海中はさすがの二柱も力が及びにくい。
それは分かっていたことだ。
「……くそ!」
あんな自爆じみたことまでやるとは。
いや。
「何で、その選択肢を思いつけなかった」
何をおいても、封印解除の妨害が最優先。
そう言われていた。
今思えば、自爆だって立派な選択肢の一つである。
心のどこかで、「そこまではやらないだろう」と決めつけてしまっていたのだろう。
一度、飛距離に重きを置いた風の魔法と土の魔法をそれぞれ放ってみた。
しかし、海水の前に減衰されてしまい、ティアマトには届かなかった。
もはやリヴァイアサンに任せるしかあるまい。
リヴァイアサンとティアマトの戦いが続いている証拠である衝撃が、海面を何度も波立たせている。
太一が負わせた深手があるのだ。
リヴァイアサンなら、足止め出来るだろう。
こちらまで、引きずり出せれば最高だが。