十三話
試練開始直後。
逃げる偽凛を追うミューラ、という図式である。
これは、模擬戦闘でも変わらない。
そこいらの魔術師よりも接近戦に恐怖心を持っておらず、対応力がある凛。
しかしロングレンジがもっとも強いというのは変わらない。
あくまでも、懐に入られても簡単には倒れないというだけである。
さてこの偽凛。
本物がよく使う偏差射撃を普通に使ってくる。
ただ外見だけを真似たわけではないということだ。
「ぐっ!」
向かってきた『フレイムランス』を剣で弾く。
重い。
模擬戦の時ではまず感じない攻撃の重さ。
凛と訓練で戦うときは、攻撃に威力は求めず、いかに相手より先に有効打を与えるかという形式になることが多い。
凛の攻撃の威力はかなり低いが、それはミューラの攻撃も同じこと。
それはそれで、勝負勘のいい試合巧者の凛を相手にする難しさと面白さはある。
しかし、この偽凛は、本物と同じスペックのままにミューラを倒しに来ている。
敵を倒す凛のことは、よく知っている。
しかし、それが自分に向けられたことは、考えたらほとんどないことに今更ながら気付いたミューラである。
近寄るまでは砲台型の魔術師の舞台で、近寄ってからは剣士の独壇場。
それは、実力が同レベルならどの領域であっても変わることはない。
「……ふう、なかなか、入らせてくれないわね」
本物の凛のガードの高さは折り紙付だ。
懐に入ることができればミューラが勝ち。
逆に距離が開いたままなら凛が勝つ。
詰めて離されての繰り返しのシーソーゲームで、どちらかが勝ちを拾うか、というのが大体の流れだ。
一方的な決着など、どちらが勝つにせよ負けるにせよ、ほとんど起きない。
実力は拮抗しているのだから、ある意味当然である。
凛に迫ろうとしたところで、目くらましの『砂塵瀑布』。
しかしそこは土属性を持つミューラ。
限定的に魔術に干渉して制御を一部分だけ奪い取り、人一人が通過できる穴を作る。
ミューラも時に舌を巻くほどの凄腕魔術師である凛だ。
彼女の魔術の制御を全て奪うのは、出来なくはないが隙が大きくなる。
だから一部分だけ、という選択だ。
魔力制御の訓練を続けてきたからこそのたまもの。
更に速度を一時的に向上させて、偽凛のタイミングを外す。
このあたりの巧妙さは、接近戦主体のミューラに一日の長がある。
そして接敵。
「ふっ」
短く鋭い呼気。
小さい弧で振り抜いた剣は、しかし間一髪のところで身体を後退させた偽凛に回避される。
離されるものか。
即座に体勢を低くして更に潜り込んだ。
剣での一撃と見せかけ、左手に待機させていた『フレイムランス』を発動。
弾速の遅いこの魔術だが、この至近距離ならそれも関係はない。
しかし。
「しまっ!?」
同じ『フレイムランス』で迎撃される。
両者の間で起こる爆発。
その規模は、『ファイアボール』同士をぶつけたときとは比較にもならない。
「ちぃっ!」
思わず舌打ち。
至近での爆発に、吹き飛ばされてしまったのだ。
ダメージも無視出来ないが、それは偽凛も同じなので痛み分けだ。
何より強制的に距離を取らされたのが大きい。
ダメージ覚悟で撃ち合いを選ぶとは。
今の場面、本物の凛ならどうしただろうか。
案外、この偽凛と同じ事をするような気もする。
あれで結構、戦い方は強気な方だから。
頭の片隅でそんなことを考えながらも、偽凛が行使する物量攻撃を捌く。
この場合、手加減なしのぶつかり合いでは凛がどうするかを予測するのが、勝利につながる。
少なくとも、ここまでを見る限りでは、この偽物の凛は本物に似ている要素も持っているから。
さて。
向かってきた風の刃を体捌きと剣捌きでやり過ごし、ミューラもそろそろ本腰を入れることを決める。
『緋炎!』
ミューラの剣から炎が上がる。
攻撃力増加が主な用途の魔術剣だが、もうひとつ。
これは、受け目的にも有効な手だ。
剣に宿る尋常ではない攻撃力が、オートカウンターのような役目も果たす。
また、撃たれた魔術に対する防御でも生きる。
「ま、やっぱり一番有効なのは接近戦主体の相手だけれど」
そんなことをぽつりとつぶやき、ミューラはやおら偽凛との距離を詰めにかかる。
魔術剣のことは分かっているのか、後退しながら魔術を放ってくる偽凛。
ただし、これまでのように妨害はさせない。
「はっ!」
放たれた『水砕弾』や『フリージングランス』を、一太刀のもとに切り捨てる。
この攻防一体となる魔術剣を使用したことによって、防御力が格段に上がった。
何せきちんと斬る必要が無い。
魔術を剣で斬って防ぐというのは、これまで何度もミューラが見せてきた防御術。
しかし、普通に対処するのは神経を使う。
けれども、魔術剣ならば。
極端なことを言えば、刃筋さえ立っていれば、適当に刃を入れてもいいのだ。
これはミューラをかなり気楽にし、故に距離を詰めるスピードが一切下がらない。
こうして近寄ってみると、本当に凛にそっくりである。
仲の良い少女に似ているため、つい鈍りそうな剣に檄を入れる。
これは試練。
負けるわけにはいかない。
ついに接敵。
ミューラの鋭い一撃の先に。
凛が産みだした石の剣が差し挟まれる。
「っ!」
その石の剣は冷気をまとっており。
ミューラはとっさに『緋炎』の威力を最大に上昇させた。
ガァンと硬質の破裂音。
距離を取る。
まさかあれを向けられる経験をしようとは。
あれは、凛が行使する接近戦対応手段の中でも、最大の殺傷能力を持った一手。
威力は折り紙付。あの強敵グラミが『雷神剣』の被弾を甘んじてでも避けたという実績がある。
高威力同士の攻撃がぶつかりあったことで、周囲は大きく荒れていた。
愛剣を見る。
ヒビや欠けは生じていないようだ。
『緋炎』の威力を高めたのが功を奏したようである。
「危なかったわね……」
威力を高めなければ、剣にダメージが入っていた可能性は高い。
凛は剣の心得はそれほどではない。
時折太一に混ざって剣の訓練をするものの、袈裟斬りや横薙ぎなど、基本的な振り方を忘れないように練習する程度だ。
剣を修練するよりは魔術の腕を磨け、というのがレミーアの指示だからだ。
まさに必要最低限、である。
とはいえ、そこは根が真面目な凛である。
剣の振り下ろし、横薙ぎなどの基本的な剣に限れば、素人よりは間違いなく使える。
だからこそ、凛は『雷神剣』での一撃離脱を時折戦術に組み込むのだから。
技術ゼロでない状態で振るわれる、あの石の剣が、どれだけ脅威か。
誰よりもミューラが、恐ろしく感じていた。
「面白くなってきたわ」
奇しくも、凛が戦っている偽ミューラと、状況は同じ。
ただし、偽ミューラが、凛の攻撃を防いだ際に剣を欠けさせたのに対し、ミューラは剣へのダメージを回避している。
当人たちが知らないところで、本物と偽物に、差が顕われてた。
太一は、手のひらをまっすぐティアマトに向けていた。
少しだけ様子を観察して、すぐに撃つことを決める。
ティアマトは、ブレスを即座に撃つのではなく、魔力を溜めて威力を増大させるのが目的のようだ。
『させぬ!!』
リヴァイアサンの、遠心力の効いた尾の一撃が、ティアマトに直撃する。
いくらティアマトが強大だろうと、同格のリヴァイアサンの渾身の一撃はなかなかのダメージをもたらしたようだ。
口から血を流しながらも、しかしブレスの準備を止めることはない。
(……なんだ、何を考えている?)
リヴァイアサンを巻き込まないようにしながら、太一も風の刃を放った。
威力は抑えながら、速度を上げて。
風の刃はあっという間にティアマトに到達。
半端なダメージで止められなかった、では意味は無い。
ここは痛手を負わせる。
ティアマトは、太一から何らかの攻撃が放たれたことは分かった。
しかし、それを視認、知覚することは敵わなかった。
あっという間に、過ぎ去ったからだ。
『……?』
「……」
ティアマトの視線が太一に向けられる。
太一は、手のひらを向けたまま相変わらずじっとティアマトを見据えていた。
直後。
パッと、血の華が空に描かれる。
『…………!!?』
深い。
あまりのダメージに、ティアマトは目を見開いた。
ティアマトは、二足歩行、三つ首のドラゴンである。
長い首を支える胴は大きく長く、強固な鱗で覆われている。
間違いなくツインヘッドドラゴンよりも巨大だ。
尾も体格に見合った長さで、全体のシルエットはリヴァイアサンよりもたくましく見える。
その巨体の右半身。
上下のほぼ真ん中を、鋭い風の刃が通り抜けていった。
斬られた瞬間はそれに気付かず、噴き出した血によって、ようやく自身がダメージを受けたと理解したティアマト。
右足からがくりと力が抜ける。
看過は出来ない被害である。
もう少し上だったら、首が一本飛んでいた。
腹側から背中まで突き抜けているのだ。そのくらいは余裕だろう。
もう、少しの猶予も、なかった。
ブレス用に溜めていた魔力は、まだ霧散していない。
撃つことは、できる。
ならば、撃つしか、ない。
ずっと考えていた。
どうすれば、裏をかけるかを。
むしろ、今が絶好のチャンスではないか。
ティアマトが大ダメージを負った今が。
止めることが出来たと、勘違いしているのではないか。
ティアマトは、そう考えた。
『ガアアアアア!!』
咆哮。
撃つのを止めないと理解したリヴァイアサンと太一が身構える。
ティアマトは、ブレスを放った。
自身の真下の地面に。
『何!?』
「……!!」
大爆発。
ティアマトが根城にしていた島は、その三割が跡形もなく消し飛んだ。




