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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
第一章:普通だと思ってたら異世界ではチートでした。
14/257

太一は自分の力を思い知った。凛は火の魔術を覚えた。

今までで一番のボリュームになりました。

分けようと思ったけど、キリが悪いのであえてつなげました。

 昼食はパスタだった。

 カリカリのベーコンとほのかに効いたガーリックの香ばしい香りが鼻をくすぐって食欲を刺激する。アクセントの唐辛子がピリリと引き立てる至高の一品。オリーブオイルもいいものを使っているのだろう、その辺のファミレスで食べるより余程旨かった。

 まごうことなきペペロンチーノ。

 この世界は地球と食文化が似通い過ぎている。文化や常識はまるで違うが、こと食べ物に関しては今のところ全く違和感を感じない。名前もペペロンティニと物凄く似ている。

 フォークでパスタをくるくる巻くところすら一緒なのだから、もう似ているとかそういう言葉すらぬるい。

 食事は人を幸せにする。人間の三大欲求は伊達ではない。

 旨い飯で英気を養った太一と凛は、意気揚々と午後の修行を開始する。


「さて。ここからはそれぞれ別に修行を開始しよう」


 開口一番、レミーアの言葉はそれだった。

 意図を理解出来ない二人に揃って疑問符が浮かぶ。


「リンは四大属性それぞれの基本魔術で良いのだが、タイチはそうはいかんからな」

「ああ、なるほど」


 太一はユニークマジシャン。発現するまで魔術は使えない。先日受けた説明を思い出し、納得する凛。納得いかなそうに、凛を羨ましげに見詰める太一はスルーする。


「リンはミューラから詠唱を教わってやってみるとよい。四属性の基本魔術全て使えたら私が見てやろう。さてタイチだが、引き続き魔力操作だ」

「ええー……もう出来てるのに……」


 うんざりとした顔を隠そうともしない。


「無論理由がある。ユニークマジシャンの魔術は効果が凄まじい代わりに魔力も物凄く消費する。試しに使っただけで昏倒したくはなかろう?」

「うえ……」

「……」


 予想外の言葉に絶句する太一と凛。


「だから、魔力の使い方をきちんと覚えておくのだ。魔術師として腕が互角なら、最後にものを言うのは魔力の運用力だ。一流と呼ばれる者であっても欠かせない事なのだぞ」

「レミーアさんもですか?」


 レミーアは頷いた。


「無論だ。魔力をもっと上手く使えていれば……と後悔したことは数えきれぬ。むしろ二つの事を並行しなければならんリンの方が大変、という考え方も出来る」


 凛に向けられるざまーみろ、という太一のやっかみの視線。ウザい。


「忘れてはいないと思うが、冒険者として依頼もこなさねばならんのだからな。欠伸などしとる暇は無いぞタイチ」


 ばーか、と目で告げる凛。

 仲のいい事だ。


「時間が惜しい。リンは向こうでミューラから教わるといい。何からやるかはミューラに言ってあるからな」

「はい」

「さ、行くわよ」

「ええ。よろしく」


 連れ立って歩く美少女二人。眺めているだけで眼福だ。


「さてタイチ。お前には、魔力操作をやらせる理由をもう少し説明しよう」


 太一は女心を除けばそこまで鈍感ではない。だから、レミーアの言葉に真剣味が強まったのを察し、聞く体勢を整える。


「お前の魔力量が一二〇〇〇〇、魔力強度四〇〇〇〇というのは覚えているな?」

「覚えてますよ。夢だったらいいのに」

「同感だ」

「え?」


 太一はただ呟いただけだ。それに本心から同意したレミーアの意図が分からず、首を傾げた。


「タイチの異常具合を結論から述べるとだな、一人で国相手に喧嘩を売れる。そして無傷で勝てる」

「……。……は?」

「恐らくそれだけやっても、まだ魔力を使い切る事は無いだろう。明確にすると非常識さを思い知らされるな」

「ち、ちょい待ち! それ、マジ?」

「嘘を言ってどうする」

「ですよねー……」


 自分が戦略核ミサイルと同格と言われているのだ。しかも使い捨てではないときた。


「さて。少し想像力を働かせろ。そんな馬鹿みたいな力をきちんと扱えず、暴発したらどうなるか。その近くに私達がいたら」

「……」

「言っておく。私が今使える最も強固な結界で防ごうとしても、その結界ごと目に見える範囲全てを粉微塵に吹き飛ばすのがタイチ、お前の持つ力だ」

「粉微塵……」

「死体すら残らんぞ。関係無い命を無慈悲に巻き込んでな。悔やみきれんだろう?」


 悔やみきれないどころの話ではない。恐怖しか感じない。黒曜馬に襲われた時以上の脅威を感じる。


「恐ろしさを自覚したか。脅して済まなかったな」


 済まなかったで許されるか。文句を言おうにも言葉にならない。


「そうならないために、魔力操作を覚えてもらう。安心しろ、誰が教えると思っている」

「安心……? 今の話を聞いて安心だって? 正気かあんた」

「正気だとも。お前が使いたい時に使いたいだけ使えるようにしてやる。間違えるな、私の教えを受ける以上、出来る出来ないではない。決定事項だ」

「その根拠は?」

「根拠? そんなもの、私が世界で最も魔力運用に長けているからに決まっている」

「え?」

「魔力運用能力の未熟さに何度も後悔したからな。世界一と自負できるまでに訓練を繰り返した。魔力量が多かろうが、魔力強度が強かろうが、扱うのは魔力。何も問題ない」


 太一は呆然とレミーアを見る。


「今私がお前と入れ替わっても、問題無く操れる自信がある。どうだ、少しは信用出来たか」

「そこまで言われたら教わるしか無いじゃないか……」


 自信満々に豊満な胸を張るレミーアに、思わず毒気を抜かれてしまう太一。普通なら自意識過剰ともとれる態度だが、余りにも堂々と「自分は世界一」と告げる姿が似合っており、今までの空気が全て吹っ飛んでしまった。


「まあ、あれだけ脅してなんだが、勿論いい事もある。むしろ恩恵の方が多い」

「これで無かったら凹むわ」

「タイチは世界最強になれる可能性が大いにある。どういうことか分かるか?」

「いや?」


 レミーアは勿体ぶるように言う。


「国相手にたった一人で戦争して勝てるような存在に、どれ程敵がいると思う。力を扱えるようになれば安全を享受出来るのは自分だけじゃない。自分の周りも守ることになる」

「そうかも」

「国を相手に優位に立った取引すら出来るようになる。そうなれば何もかも思い通りだぞ。地位も名誉も、金も女もだ。いわゆる権力ってやつだな。どうだ、男として心が踊らんか? 少年」


 レミーアが黒い笑みを浮かべている。

 太一も似たような顔をしている。

 含み笑いでにやつく姿はさぞかし不気味だろう。


「分かった。よろしく頼むよレミーアさん」

「うむ、任されよう」

「でも」

「ん? 何か気にかかるか?」

「いや。権力とかめんどくさそうだな、って。ぶっちゃけいらないかも」

「権力に溺れる愚物に聞かせてやりたいわ……。その気になれば幾らでも手に入るのだぞ?」

「俺は小市民だからな。端っこでちっちゃくしてるのが合ってるよ」

「……世界最強になれる男の台詞じゃないな」

「重要なのは『何を』扱うかじゃない。『誰が』扱うかだ。俺はそんな器じゃないよ」

「それはその通りだが、若造の分際で分かったような事を言うじゃないか」

「だろ? 口先だけは自信があるんだ」

「くくっ。そのようだな。ああ、今後もその話し方でいいぞ。堅いのは苦手でな」

「それは助かる。俺も実は敬語苦手なんだ」


 ひとしきり笑いあい、太一とレミーアは修行を始めた。

 その様子を遠巻きに眺めていた凛とミューラだが、二人が修行を始めたのでどちらともなく向き合った。

 二人の声までは聞こえなかったものの、暗い顔をしたかと思えば不気味に含み笑いしてみたり、どんな会話していたのか気になったのだ。


「なに話してるんだろう」

「さあ。ろくでも無いのは確かね」

「言えてる」


 怪しい顔だったのは間違いない。


「さて。こっちも始めましょう。レミーアさんが言うとおり。あまり時間も無さそうだし」

「そうね。よろしく、ミューラ」


 凛の言葉に、ふん、とそっぽを向くミューラ。それが照れ隠しなんだろうな、と何となく分かった凛は、苦笑するばかりだ。


「さて、と。まずは全ての属性の基本魔術ね。ったく、全ての属性とか、冗談みたいだわ……」


 こればっかりはいまいち実感は沸かないが、この世界の常識からするとやはりズレているのだろう。


「一つずつ説明するわ。まず火は午前中に見せた『火よ』ね。水属性は『水よ』で、風属性は『風よ』。土属性は『土よ』の四つ。安直だから想像は出来てたと思うけど」


 確かに想像通りだったので頷く。


「で、言ったと思うけど魔術はイメージよ。火を起こすなら、どうやって火が燃えるのかをイメージしながら唱えるの。『火よ』って言葉にするのはイメージを精霊に伝える発動キーのようなものね。これを『詠唱』と言うわ。慣れてくれば、詠唱を省いてイメージだけで発動させる事も出来るけど……まずは詠唱しながらの掴みやすいと思うわ」


 ミューラは説明しながら、ぽつりと『火よ』と呟いた。指先に小さな火が灯る。オレンジ色の火が、ゆらゆらと輝いている。


「じゃ、まずはやってみて。出来ても出来なくてもどっちでもいいから」


 言われたとおりに、イメージしてみる。姿はライターの火。風が吹けば消えてしまうような、小さな火。


『火よ』


 指先をじっと見つめて唱えてみる。が、火は灯らなかった。

 何故だろう。イメージは結構明確だったはずなのに。


「リン。魔力が指先に来てない。魔術にあてがう魔力を準備しなきゃ」

「あ、そうか」


 午前中の感覚を思い出す。身体の中心から、魔力を指に。ふわりと輝く人差し指の先。その魔力を元に、火が灯るイメージを重ねる。


『火よ』


 魔力の準備もOK。火が灯るイメージも完璧。なのに魔術は成功しなかった。

 何がいけないのだろうか。首を傾げる凛。


「火が灯るイメージそのものは簡単だから問題ないはず。その火が『何故』燃えるのかをイメージしてみて」


 火が燃えるイメージ。

 そう言われてぱっと思いついたのは、『燃焼』という概念だ。発熱と発光を伴う酸化反応。授業で習った事だ。

 燃焼が起こるためには、三つの条件が揃う必要がある。

 燃える物質がある。

 酸素の供給が行われる。

 物質の温度が発火点以上。

 酸素は問題ない。地球人である凛が呼吸できている時点で、酸素はあると断定して問題ないはずだ。

 物質の発火点は……対象の物質の温度が上がるイメージで合っていると思う。

 では、何を『燃やす』のか。

 足元の木の枝を見る。火をつければ燃える。これを媒体にするか? そう考えて、止めた。ミューラは指先から直接火を出した。

 だが媒体無しで何かが燃えるイメージは出来そうに無い。何かしらが燃えているイメージでなければ。

 うんうんと悩む凛を見て、やはりここだったか、と思うミューラ。

 最初につまずくのは大抵『イメージ』の部分だ。どうしてその現象が起こるのか、そのイメージを明確に出来なければ魔術は発動しない。ミューラも魔術の練習を始めて、最初に苦労したのはここだったから、凛が悩むのもよく分かる。

 ひとまず悩むだけ悩むといいだろう。それで何かつかめればよし。ヒントを求めてきたら、何が分からないのかを聞いて答えてあげればよし。ミューラに魔術の手ほどきをしたレミーアも、思う存分悩む時間をくれたのを思い出し、懐かしさに浸るミューラだった。


(燃えるのは……木。紙。油。髪の毛も燃える。人体発火……は怖いからなし! えっと、他には)


 雑念も浮かびつつ、燃えるもの、といざ考えると出てこないものである。日本にいたころ、身近には燃えるものばかりだったはずなのだが。

 ふと、気付く。ミューラが出した火を見て、何を思い浮かべたか。


(ライター……。あれは、液体燃料が気化したものに火をつけるもの。気化? 気体? ……そっか)


 魔力をライターから出る気体燃料に見立てる。指先はライターだ。


「よし」


 何かを掴んだ様子の凛を見て、ミューラが彼女を注視する。もし失敗したら抑えてやるのもミューラの役目だ。彼女とて魔術の腕には覚えがある。基礎魔術の暴発程度は抑えてやれる。だからこその役割分担だ。


『火よ』


 凛の指先から、オレンジの小さな火が生まれた。魔術が、成功した。


「あはっ! 出来た出来た! 火が出たよミューラ!」

「ええ……掴むの早いわね。驚いたわ」

「うん! 出来ちゃった! 魔術出来ちゃった!」


 はしゃぐ凛。感動もひとしおだ。

 まさかこの短時間で発動させるとはこれっぽちも思っていなかったミューラは素直に驚いている。


「ライターに見立ててみたんだ!」

「ライター?」


 ミューラには聞いた事の無い言葉だった。

 興奮している凛は、地球にしか存在しない科学技術の産物を不用意に口にしている事に気付いていない。


「うんそう。液体燃料が気化した時のガスが燃えるイメージで……ん? ガス?」


 ガス。その言葉を音に出して、思い出した。そういえば理科室にあるではないか。ガスを使って実験を行うバーナーという器具が。

 ガス漏れしないようにゴム管をきっちり繋げよー、と、実験授業のたびに教師に口酸っぱく言われたのを思い出す。ガス漏れという危険な事故はガスという気体がガス管から漏れることで起こる。

 あの炎は、最初に見たときに衝撃だった。あんなに真っ直ぐ、力強く燃える火は見たこと無かったからだ。

 燃える気体。対象がガスだったなら、発火点も相当低い。ライターと同じく常温でも火がつく。


「やってみよっと。イメージはガスバーナーで……」


 再び聞いた事の無い言葉を呟く凛。その指先に魔力が集まり、そして。


『火よ』


 ボ、という独特の音がして、凛の人差し指の上で、天に向かって真っ直ぐ伸びる、暗く青い炎が生じた。

 これもできた! と大喜びの凛。

 対するミューラは、驚きを外に表さないように必死に抑え付けていた。早速アレンジして見せた応用力も驚くべきものだが、気にする点はそこではない。


(早い……こんなにすぐ使えるようになるなんて……。ううん、そうじゃないわ。あれは、本当に火? ……一体何をイメージしたというの? あんな安定感、私には出来ない。それに、青? 青い火なんて、聞いた事無い。魔道書にも載ってないのに……)


 ミューラは、魔力そのものを燃やすイメージを浮かべる事で火を灯した。この世界では常識と呼べる火の魔術の使い方であり、それが火属性の魔術師の全てである。魔力を木や紙など、燃えやすいものに例えてイメージするのだ。オレンジ色の火が、ゆらゆらと燃えるもの。それが、ミューラの基礎火属性魔術だ。

 一方、凛がイメージしたのは気化したガスを酸素と共に絶え間なく供給する事。同じ燃焼でも、その質や原理が全く異なる。

 それを再現しようとして最も簡単にイメージ出来たのは、ガスと酸素の流入量を使い手が調節する事で、望む状態の燃焼を生み出せるガスバーナー。

 青い炎が綺麗な形で上に伸びるのは、ガスが燃焼する前に十分な酸素量が供給される事で、完全燃焼が起きているからだ。その分高温となり、暗く青い炎になる。これは化学が発展した現代の地球では、子供の頃に習う基礎的な化学知識。机上の理論だけでなく、ガスバーナーを使って実際にそれを肌で感じ取る。

 凛はそれを、魔力をガスに見立て、周囲の酸素を十分に供給するイメージを持たせる事で実現した。

 日本の学生なら、当たり前に持つ知識である。

 だがこの世界では、それは当たり前ではない。

 物が何故燃えるのか。原理を知らずとも魔術によって火が起こせるためだ。燃えるものに火をつければ燃える。火は火傷するほどに熱い。水を掛ければ消える。その程度の知識しか持っていない。そしてそれでも、生活するうえで十分なのだ。

 だから、ミューラの火と凛の火に、明確に温度差がある事も分からない。


「……ラ? ミューラ!」

「っ! な、なに?」


 少し強く呼ばれて我に返る。

 声の主を見れば、訝しげな顔をしている凛。

 どうやら不自然に思考の渦に巻き込まれていたようだ。


「どうしたの? 急に黙り込んで」

「え、えっと、うん。あまりに上達が早いからびっくりしたのよ。まさか教えて当日に使えるばかりか、応用まで出来るとは思わなかったから」

「え? そんなに時間かかるもの?」

「普通はね。火をつけるだけとはいえ、『何故』火がつくかのイメージを固めるまでが大変なのよ?」

「そうだったんだ。私は知ってたから早かったんだね」


 知っていた。

 いや、知っていて当然というニュアンスを含んでいた。

 つまり、あの青い火を、確固たる理屈を元にイメージし、生み出したという事。もう一度やれと言ったところで。苦も無く再現するだろう。

 底が知れない。

 あの太一という少年の規格外さに隠れがちだが、彼女のポテンシャルも大概である。

 脅威と興味。

 ミューラの心に芽生えたのはそれだ。

 まだ水と風と土が残っている。後の三つでは、一体何を見せてくれるのだろうか。興味が尽きない。彼女の正体ももちろん気になるが、今は魔術に対する知識欲が上回った。

 認めよう。彼女の底は自分では計れない。たった一度成功しただけの、しかも基礎魔術でこれなのだから。質がまるで違うのだ。

 人に教える事は、自分が教わる事だとも言うが、凛に教えているこの状況は幸運なのではないか。強かになった方が得策ではないか。

 そう結論付けたミューラは、冷静を装って魔術の講義を続ける事にした。





◇◇◇◇◇





「盛り上がってんな」


 離れたところできゃいきゃいと楽しそうに修行する凛とミューラ。

 それを視界の端に収め、太一はそう呟いた。


「今のところは順調そうだな。良い傾向だ」


 レミーアの言うとおり、何か問題があるようには見えない。

 とてもいい事だ。

 一方太一はといえば。


「なーレミーアさん。俺もやっぱ、魔術使いたい」

「だから無理だと言っているだろう。聞き分けの無いやつだな」

「だってさあ」


 先ほどから太一が取り組んでいるのは、魔力を右手に宿す事。

 ただそれだけ。

 指先に纏うのを、右手全体に範囲を広げる事。

 尤も、一度やり方を教えただけで出力の調整もざっくりと出来ているため、レミーアが内心で舌を巻いていることには気付いていない。

 教えてもらっている立場でワガママを言うのは態度としてはあまり良くないが、出来がいいためあまり強く窘められないのがレミーアの本音だ。


「魔力を操る大切さは分かっているのだろう?」

「そりゃあ、もちろん。未熟だったから、他人まで巻き込みました、ってのはゴメンだ」

「ならば続けるのだ。次は右手と同時に左手にも魔力を宿すんだ」

「うえ」

「みっともない声を出すな。全身に宿せるまでは同じ事を続けるのだぞ」

「マジかよ……」


 右手に宿す魔力は、お世辞にも安定しているとはいいがたい。見た目はとても穏やか。右手が淡く明滅しているだけだ。なのに、とても重労働だ。体力が凄まじい勢いで奪われる感じがする。

 そんなに長時間維持してはいない。せいぜい、数分といったところ。なのに、その時間中全力に近い速さで走り続けたかのような倦怠感が太一を襲っていた。


「結構きついだろう? 雑念を抱えていると余計に疲れるぞ?」

「ああ、それは……言われてたとはいえ、マジできつい……」


 予め知ってなかったら相当やばいなー、と間延びして言う太一。

 太一が取り組んでいるのは、魔力を操作して身体に宿し、それを力に変換するというもの。魔力そのもので身体能力を向上させる、と説明を受けている。

 効果はバラダーも使っていた身体強化の魔術と似ているが、実際は魔術ではない。

 どうやらこの手段は、身体強化の魔術と比べても非効率的らしい。なので、使い手は世界に殆どいないという。術式に則って効果を得る身体強化は、発動時に消費する魔力だけで身体能力の向上が得られる。一方魔力そのもので身体能力を強化する場合、強化している間はずっと魔力を垂れ流し続けるというのだ。

 使い手が少ないはずである。そんな非効率な事、もし太一が魔術を使えたとしたら、絶対に使わない。詠唱を封じられたときの奥の手として用意しておくくらいだ。

 そしてなにより。折角魔術がある世界にいるのに、魔術よりも原始的な手段の修行をしている。それが太一には納得が行かない。


「まあ、納得はいかんだろうな。だがユニークマジシャンの宿命でもある。それにだ」


 まだ説明をしていない事があったのだろうか。右手に意識を集中させているため、耳を傾けるのも結構大変である。


「これは、ユニークマジシャンとして属性が判明するまではタイチの主な戦闘手段となる」

「これが、戦闘手段、だって? 維持するだけで、こんなに辛いのに、戦えるようになるの、か?」

「それはタイチの魔力運用が未熟なだけだ。もっと上達すれば、ほれ」


 レミーアが右手を見せる。均一な光に包まれている。光ったり消えたりする太一の右手と比べて、なんと安定している事か。技量の差を痛感する太一。


「結構強く纏わせているが、きちんと運用すればそこまで負担ではない。……どれ、これでどんな恩恵が得られるか、ちょっとやる気になるデモンストレーションを見せてやろう」


 最初からやってくれよ! といいたい気持ちは山々だが、大声は出したくない太一。結果として黙って頷くだけになった。


「これからこの木を右手でへし折る」


 世間話でもするようにぽんぽんと左手で叩く木は。

 そんなに太くは無いが、とても素手で折れるような代物ではない。最低でも斧。出来ればチェーンソーを用いて伐採するのが現実的と思わせるような木だ。


「折っちまって、いいのかよ」

「薪がいるのでな。そろそろ足りなくなってきたところだ」

「そいつはおあつらえ向き」

「そういう事だ。まあ、見ていろ」


 特に格闘技の構えを取るでもなく、レミーアは無造作に右手を振りかぶった。

 殴ったら手が痛いだろう。皮が破れて血が出るかもしれない。そんな不安をよそに、当のレミーアは涼しい顔だ。


「ほれ」


 軌道は右フック。徒手空拳としては不恰好と評してしまっていいくらいの動作。空手をやっている貴史の技のキレ、綺麗さとは比べるべくも無い。

 だが、不恰好なのは、見た目だけだった。

 バギャア!! と凄まじい音がして、レミーアの右手が振り抜かれた。

 見たまま表すとこうなるのだが、その表現がとても変な事に、太一は自分で思って気付いた。

 振り抜かれた?

 そんな阿呆な。

 あの立ち位置で、右フックの軌道で腕を振り切るには、木をぶち抜くしか実現手段は無い。

 そう思ってレミーアの前にある木を見ると。

 木の皮の内側が外気に晒されており、豆腐をスプーンで掬ったかのように抉られていた。


「な……っ」


 そんな意味不明な出来事を引き起こした張本人はといえば、「おや?」と首を傾げていた。


「浅かったか。倒れんな」


 本人はぷらぷらと右手を振っている。見る限り、そこに傷などは無い。

 顔も痛みを感じているようには見えず、至って平静だ。

 普通倒れるどころか、傷すら付きませんが。

 そんな事を考える太一をよそに、くすんだ金髪を揺らしながら、再び腕を振りかぶるレミーア。


「よっ」


 ドガン! 空気が振動し、真っ直ぐ放たれた突きが、再び木を貫いた。レミーアの方に傾き始める木。当然だ。あんな抉り方をしたら、自分のほうに倒れてくるに決まっている。

 倒れる方向を計算しながら切れ込みを入れるのが伐採の仕方のはずだ。あんな何も考えずに力任せに……。

 傾く木はゆっくりだ。徐々に重力と遠心力で加速していくだろう。だが、その前にレミーアは腕を引き戻していた。

 倒れてくる木を右手だけで支え、傾くのを受け止める。まるでクッションにでも倒れたかのように、木がぴたりと止まった。


「どうだ?」

「……」


 この間、レミーアは一歩も動いていない。動かしたのは口と右手のみ。踏み込みもせず、腰をひねりもせず、重心すら落としていない。

 それでこの威力。

 建築現場の重機並ではないか。それも、華奢といっていい女性が、片腕のみで。

 絶句する太一に、レミーアはにやりと笑った。


「これは右手だけ強化したからこの威力になった。全身に纏わせて強化しようとすれば、流石にここまでのパワーは出せんよ。まあその分、素早くもなれば全身が頑丈にもなるし、バランスよく強化出来るのだがな」


 右手だけで十分脅威なのに。全身に纏わせると凄まじい事になるらしい。もちろん威力は落ちるとの事だが、現実を考えればそちらの方がよほど厄介だ。


「それに、私でもこれを一〇分以上維持するのは難しい。魔力の消費が並ではないからな。魔術の方が効率が良い」


 だったら身体強化魔術を教えて欲しい。そんな届かない願いを浮かべる太一。


「それでもタイチ、お前ならこれを扱う意味は十二分にある。よし、一端魔力を解いて良いぞ。少し休んだら両手でやってみよう」


 まだ続くきつい修行に辟易しながらも、少しでも休めるとあって、太一は右手から魔力を霧散させた。

 途端にどっと疲れが押し寄せ、思わずその場にへたり込む。


「あああきついい!!」

「ははは。最初にしては上出来だ。お前さんよりも魔力運用力に優れていても、並の魔術師では数十秒と持たん」


 倦怠感と戦いながら、今のレミーアの言葉を吟味してみる。

 普通は数十秒と持たない。

 だが、太一は?

 右手に魔力を纏わせてから、数分間経っていないか?

 あれ? と思った太一は顔を上げる。今太一が何を考えていたのかを分かっていたように、レミーアが頷いた。


「そうだ。タイチが魔力で身体能力を強化する理由がそれだ。お前の魔力量が尋常ではないからだな」

「一二〇〇〇〇」

「うむ」


 レミーアは説明を始めた。非常に燃費が悪いという欠点に目をつぶれるほど、太一の魔力量が多い事。

 人並みに魔力を運用できるようになれば、一日合計で一時間以上、並外れた運動力での動作が可能になるという。しかもその威力は魔力強度に依存するため、レミーアが見せたデモンストレーション以上の攻撃力という水準で全身を強化出来る、というのが彼女の見解だ。


「うわー。スーパーマンだ」

「超人、か。言い得て妙だな」


 更に、その中で一点のみを強化すれば、攻撃力だけを格段に跳ね上げる事も出来るし、頑丈さだけより高める事も出来るし、素早さを更にあげる事も可能だという。

 この世界で最初にして唯一見た魔物である黒曜馬を引き合いに出してみる。太一からすれば脅威の基準は件の肉食馬なのだが、返ってきた答えは「問題外だ。雑魚だ雑魚」だった。


「黒曜馬に襲われたんだったな。この近辺ではあやつが最も脅威となる魔物だが……お前にとっては敵ですらならなくなるぞ。憂さ晴らしにおちょくる相手としてならちょうどいいな。どうだ、少しはやる気が出ただろう?」

「口惜しいけど、確かに。やって無駄じゃないって分かっちまったからなぁ」

「くくく。素直でいいぞ。いざ属性が覚醒したときにも、効率のいい運用が出来るようになっている事を忘れるな。私の基準で『効率がいい』だからな、世界でもトップクラスの魔力運用能力を与えてやる」

「くそー、聞けば聞くほどやらない理由がねぇ!」


 分かっていて乗るしかない口車。目の前にそれを見せられるととても厄介だと、一つ学んだ太一だった。


「さて。そろそろ続きを始めよう。期待しているぞ、タイチ」

「よーし! やってやろうじゃねぇか!」


 ここまでされては流石の面倒くさがりやも燃えるというもの。

 二度と愚痴らないと決めてレミーアに与えられる課題をこなし始める太一。

 一時間後、やっぱり愚痴くらいならいいかもしれない、と、先ほどの勇ましい決意をあっけなく撤回する現代っ子だった。

 

太一君だけではなく、凛ちゃんも桁違いの一部を発揮しました。


化学とファンタジー魔術の融合! 鉄板ですが大好きです(笑


2019/07/16追記

書籍化に伴い、奏⇒凛に名前を変更します。

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