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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
五章 北の呪い
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四話

 あくまで任意である同行と聴取。

 任意であったというのは、詰め所では応接室に通され、座り心地の良いソファで話をしたからだ。

 相手は、その詰め所の責任者でもある、第九騎士団中隊長マルグリッド。

 給仕の女性が控え、常に暖かい茶が出されたことも大きい。太一が座ったのは大きな窓を背にした奥側で、背後にも横にも兵士がいなかった。

 敵対する気はない、という意思表示なのだろう。

 部外者のそばに兵士を配置しない。騎士団のルールとしては特例なのかもしれないが、もちろんとやかくは言わなかった。その配慮をそのまま素直にありがたく受け取った。

 油断させて敵対、といった、うがった見方ももちろんできる。できるが、そういったことについて、太一は気にしない。

 そうなってからの対症療法で、切り抜けられるだけの力を持っている。

 友好には友好を、敵意には反撃を。

 その行動指針のまま、騎士団の詰め所でのひとときを穏やかに過ごして帰宅した太一は、起きたことを待っていた面々に説明していた。


「リヴァイアサン、か。滅多に姿を見せなかった守護竜が、頻繁に出てきているとはな」


 レミーアは腕を組んで逡巡している。

 シカトリス皇国にとっては、国難ともいうべき大事件。

 これだけの出来事であるなら、いくら箝口令を敷こうとも隠し通すのは不可能だ。

 三国ともに密偵を送りあっており、暗黙の了解で見逃し見逃されているのだ。お互い様。今回の出来事も、情報を持った諜報員が本国に急行していることだろう。

 それ以外にも、入出国する商人のネットワークは馬鹿にできない。

 いずれ各国の市井にも伝わるはずだ。

 そしてそれは、すべて少し遅れて影響が出る。

 現地で解決しても、周辺国の情報では事件が起きている真っ最中、ということは普通に起こる。

 事件が起きた五分後に、地球の裏側まで情報が共有できるようなネットワークなど望むべくもない。


「竜、となると、頼みの綱は太一かな?」


 あくまでも平常を装い、凛が言う。

 忸怩たる思いを押し殺した彼女の言葉に、太一は気付かなかった。レミーアやミューラも、彼女の内心を知っているからこそ押し殺していると分かったくらいだ。


「そうね。あたしたちがしゃしゃり出ると、むしろ邪魔になるわね」


 太一は、そんなことはない、と言いたくなる。

 が、それは不適切だ。闇雲なフォローなど、目を曇らせる要因だ。ひとつのミスが命に関わるのだから、軽率な判断などできない。

 もはや夜も遅い。

 レミーアは、ひとまず寝て、続きは明日考えようと言った。

 寝不足では、正常な判断も難しい。

 全員、異論を唱えることはない。

 事件発生と言うことで万一に備えて待機していた女性陣はもちろん、出動していた太一も寝る準備はできていない。

 遅くなった就寝の準備をして、床につくことにしたのだった。






「……ん?」


 これは夢である。

 気がついたとき、太一は即座にそう理解した。太一はベッドに潜り込んで寝たはずだし、シカトリス皇国は一面雪に覆われていた。

 この場所には見覚えがあったからだ。

 広がるのは草原。

 なだらかな勾配のついた丘が見渡す限り広がっている。

 空は良く晴れており、綿飴のような雲がぽつぽつと浮かんで、ゆっくりと流れている。

 かつて、シルフィに声をかけられた場所だ。

 いや、その時はまだエアリィだったか。

 ミィと話したときは起伏の一切無い草原だったか。

 まあ、それはどちらでも良い。

 太一から五メートルのところに、シルフィとミィが並んで立っていたからだ。

 

「どうした?」

 

 何か用があるのだろう。

 ただ会話したいだけの時は、シルフィもミィも起きているときに普通に話しかけてくるからだ。

 こうして場を整えるということは、何かしら伝えたいことがあるのだと予想がつく。


「お城に行ってくれる?」


 口火を切ったのはミィが先だった。

 小柄ながらスタイル抜群の少女は、そう言って太一を見上げた。

 

「お城? 皇城のことか?」

 

 この都市で城と言ったらそこしか思い浮かばない。

 確認のために聞けば、大地の精霊は頷いた。

 何故城なのか。別にここでも問題ないのではないか。

 太一がそう考えることは想定していたのだろう。

 シルフィが続ける。


「その方が話が速いんだって」

「ふうん……」

「ウンディーネが待ってるよ」


 ウンディーネ。水の大精霊。この国にやってきた一番の理由である。

 その内容までは分からないが、ウンディーネには思惑があるらしい。

 太一たちを呼んだ本人であるウンディーネが言うのならば、それに従うのがいいだろう。

 

「分かった。明日起きたら城に向かうよ」

 

 アポなしで入れるかどうか。一瞬そう思ったが、問題ないだろうと考え直した。

 海で激突する巨竜の攻撃から都市を守った際、騎士団の中隊長から事情聴取を受けた上で感謝の言葉をもらったのだ。

 あの竜たちは、ただの兵士では荷が重い。と、いうよりも、レミーアやミューラ、凛と言ったAランク冒険者でも厳しいものがある。

 太一がどうにかしなければあの場にいた兵士たち全員の命があぶなかったし、そういう事実があったことは今頃皇城に報告が上がっているだろう。

 それを止めた功労者、という認識が正しく共有されていれば、正規の手続きで皇城の敷地内へ入ることも問題ないと思われる。

 伝えるべき事はそれで終わりらしい。

 もう少し話がしたいという二柱に付き合って、他愛も無い雑談に花を咲かせる。

 

「んん……?」

 

 気付けば、太一は目が覚めていた。

 起きる寸前までお喋りをしていたのを覚えているが、何を話していたかは覚えていない。

 はっきりと記憶にあるのは、ウンディーネが待っているから城に行って欲しい、というシルフィとミィの願い事だ。

 起きていたかのような記憶がある割に身体も頭もしっかり寝た後と同じように鮮明だ。

 寝不足からくる二度寝の欲求に悩ませること無くすっぱりとベッドから抜け出した太一は、顔を洗って身だしなみを整え、リビングに向かった。

 既に起きていたのはミューラ。ほどなくして凛が、最後にレミーアがやってきた。

 朝食を食べながら、見た夢のことを話す。風の精霊と土の精霊に皇城に行けと言われたと。

 これまでは、ずっと権力者側から呼ばれて城に案内された。常々受け身だったのだ、

 今回もどのみち皇城、権力者との出会いは避けられそうもない。

 ならば、こちらから乗り込んでいくのもありだろうと太一は言ってみた。

 太一の言葉に、レミーアやミューラはもちろん、凛も賛同した。

 その度合いはどうあれ、皆同じようなことを考えていたのだ。

 それなら話は速いと、四人は食事を終えて後片付けをすると、さっそく家を出る。

 足を向ける先はもちろん皇城だ。

 平民などではなかなか尻込みしてしまう目的地だが、太一たちはもう恐れ入ったりはしない。

 ある意味では感覚が麻痺するほどに、王侯貴族との接点が多かったのだ。

 特に足取りが鈍ることも無く道中を歩ききり、皇城の正門前までたどり着いた。


「ちょっといいか?」

「何だ、お前たちは」


 声をかけると、門衛を務める兵士に警戒の目を向けられるが、仕方ない。彼らはそういう仕事である。

 いつもならレミーアが会話の役目を担うが、今回は太一に騎士団中隊長との面識があった。なので、レミーアではなく太一が引き受けたのだ。

 太一はあらかじめポケットから取り出して手のひらに収めていた冒険者ギルドのカードを提示する。

 これがあれば、ひとまず身元不明者ではなくなる。まあ、ただの冒険者が城に用事があることなど滅多に無いが。


「俺はこういう者だ」

「む……」


 冒険者ギルドカードとそのランクは、ギルドが身分を保証する証明書だ。兵士たちの視線もやや柔らかくなった。


「……確認した。その歳でそのランク、実に立派なものだ」

「それはどうも」


 兵士は素直に賞賛した。太一もそれを素直に受け取る。


「では、そなたらは何用でここに来られたか。ここは事前の約束なしに入れる場所では無いが」


 心なしか兵士の当たりも柔らかくはなったが、それでも出るのは拒絶の言葉。言うまでも無く、兵士の言葉が正しい。

 日本でだって、会社が持つオフィスビルにアポなしで入ることなど出来ないのだから。


「約束はない。ただ、俺のことは第九騎士団中隊長のマルグリッド・ラミタールさんという女性騎士が知ってるはずだ」

「何? 中隊長殿が?」


 騎士団の中隊長と言えば、その身分は下級貴族位に相当する。これは現場での軍事行動に支障が出ないように与えられたもので、その街の代官程度では権力で太刀打ち出来ない代物だ。

 太一たちは、侯爵伯爵はもちろん、ガルゲン帝国の皇帝とも顔を合わせたことがあるため感覚が麻痺しているが、一般常識で言えば最下級位の貴族であっても平民は平身低頭しなくてはならない相手である。


「ああ。アポなしで来ているから、今城にいなければまた改める。ひとまず、確認を取ってくれないか?」

「……少しそこで待て」


 衛兵の一人が詰め所に戻っていき、その後城内に入っていった。

 脇に避けて待つことしばし。


「ああ、すまないな。来てもらってしまったか」


 果たして、やってきたのはマルグリッド本人だった。

 どうやら城内の駐屯所にでもいたようだ。

 後ろでは衛兵が持て余した感情を抑え込んだ顔をしていた。門番は、やって来た者が最初に合わせるその施設の顔である。よって実力のない兵士に任せることのできない、一般兵にとっては出世頭として羨ましがられる配属だ。

 しかし、門番の中で騎士は小隊長のみで後はほぼ一般兵だ。

 マルグリッドのような中隊長は一般兵からではよほど勲功を積まなければなれない雲の上の存在である上、兵士達の憧れでもあった。


「うん?」


 彼女の言い回しに引っかかって首をひねる太一に、マルグリッドは苦笑する。


「うむ。貴公の話は既に上に通してある。城に招く手配が終わったところなのだ」

「なるほど」


 一歩先んじた形になったわけだ。

 招くつもりだった客が、入れ違いでやってきた。


「手間が省けてこちらも助かるというものだ」


 そう言ってマルグリッドは笑った。


「さて、こんなところでお客人方を立たせておく訳にはいかないな。応接室まで案内しよう」


 敬語では無いが、態度は丁寧なもの。

 敬意は十分に伝わってきていた。

 マルグリッドを先頭に、太一たち四人は皇城敷地内への進入を果たした。






「何? 件の冒険者達が来た?」


 イルージアの手が思わず止まる。

 沿岸地域および港関連の補填を乞う嘆願書と、文官が作成した嘆願書に関係する経費の試算表を読んでいた時のことだった。

 昨今の状況に鑑み、この嘆願書は無視できないものであったため、重要案件として財務関係の部署に調査させていたものだった。

 判断は性急に、しかし慎重に行う必要があるものだ。

 そんな重要案件を机に置いて、報告をしてきた文官に目を向けた。

 マルグリッドは、門番から太一たち来訪の知らせを受けた際に、自分の側近を中枢へと向かわせていたのだ。

 昨晩、マルグリッドは太一の事情聴取を終えて直ちに登城し、第九騎士団長と共に事の顛末を報告した。

 報告を受けたイルージアは、太一たちの登城を早めるように指示を出したのだ。

 それが昨晩の話。

 文官が執務室を訪れたのは、朝食を摂って一服してから早速政務に取りかかり始めた矢先のことだった。

 早めるとは言っても、ある程度の手続きと手順が必要だ。この辺りは、国家元首の命令とはいえ省くことはできない。それそのものが格式であったりするからだ。

 イルージアも煩雑だと思わなくもないが、それが重要であることも理解していた。

 彼らが到着するのは早くても午後になるかと思っていたのだ。

 それが、嘆願書を読み始めた途端だ。

 この嘆願書は、なるべく早く片付ける必要があった。

 だからこそ最優先、朝一で手に取ったのだ。

 しかし。

 受けた報告の内容は、その嘆願書を一度置くに足るものだった。


「今はどうなっている?」

「申し上げます。現在は、第九騎士団中隊長が応対しております。おそらくは、応接室へご案内差し上げているかと」

「そうか」


 マルグリッドは軍部でもそれなりの地位。

 恐らくは、ある種の箔をつけるために冒険者側が呼び出したものと思われた。

 イルージアは、その小さな手を口元に当てると、少しだけ考えて決めた。


「案内する部屋を、白雪はくせつの間に変更。その旨ラミタールに伝えよ」


 白雪の間は、謁見を控えた者が待機する場所だ。イルージアにお目とおりがかなう者に対する敬意を示すため、城内でも一、二を争う上等さでこしらえられた一室である。


「かしこまりました。ひいては兵を一名お借りしたく」

「構わぬ。部屋の外の騎士を使え。騎士には走って行けと伝えろ」

「御意」


 文官よりも騎士の方が足が速い。

 マルグリッドを捕まえるなら、鍛錬を積んでいる騎士の方が文官よりも確実に速い。

 一刻も早く伝達するため、普段は禁止されている、城内を走ることも許可した。

 文官が退室する。

 扉が閉まってから一拍おいて、イルージアも立ち上がった。

 彼女が何を考えて政務を中断するのか。

 問う意味すら無いほどにわかりきっていた。


「色を直してくる。ここはそなたらに預けるぞ」


 イルージアが処理せねばならないものばかりではない。皇王でなくとも構わない案件は存在する。そして、イルージアが裁決だけすればいい状態に持って行くことは、皇王執務室つきの文官の本業である。


「かしこまりました」


 イルージアが立ち上がった瞬間に、文官全員が立ち上がっていた。

 そしてこの場を預けられた文官達は一斉に頭を下げた。

 それにイルージアは一つ頷いて応じると、外に待機していた騎士と傍付きの侍女五人、執事一人を引き連れて部屋を出た。

 完全な特例だ。

 政務を中断してまで、謁見の間で迎えるなど。

 しかもその相手は冒険者でアポなしと来ている。

 けれども、その特例に文句を言う者は、この国にはいない。プライドの高い貴族でさえ同様だ。

 非常事態である。国家存亡の危機と言ってもいい。今のところプレイナリス市民に深刻さが見られないのは、そうなるように情報操作に苦心している成果だ。敷かれている厳戒態勢が、国が真剣に対応していると市民に示すことになっているのも大きい。

 歩きながら、イルージアは目的の落としどころに必ず落とすと決意を固める。

 出会いまで、もういくらもない。






 通された応接室でマルグリッドと会話しつつ待つことしばし。

 改めて感謝などをされ、それを受け取った後は他愛の無い世間話に終始した。

 マルグリッドが、昨晩の二頭の竜に関する話を出さなかったのだ。

 最初それに違和感を覚えたものの、レミーアの一言によってその違和感は霧散した。

 曰く「この後話があるから、ここでする意味がないのだろう」とのこと。

 マルグリッドはレミーアの言葉に神妙に頷き、太一たちもその意味は理解した。

 この部屋の豪華さ。高位貴族が案内されても、蔑ろにされたとは一切感じないだろう。

 更にここは、城のかなり奥側と言っていい場所だ。マルグリッドが道中で何か指示を受けていた。おそらくは、それで行き先を変更したのだろう。

 それだけの部屋に通される来訪客が、次に行くところと言えば。

 室内の様子を見計らっていたわけでは無い。ただ、重なっただけである。

 しかし、このタイミングでのノックは、見計らっていたように錯覚させた。

 給仕のために控えていた侍女が楚々と扉に歩み寄り、ノックの主に誰何する。

 はたして返答は、「準備が整いましたので、ご案内に参りました」というものだった。

 外の案内役に待つように伝え、侍女はマルグリッドに耳打ちした。

 報告を受けたマルグリッドは一つ頷くと、太一たちに視線を向ける。


「それでは、ご案内させて頂くが、よろしいか」


 太一たちは例外なく聴力も優れている。魔力強化をしていなくても、冒険者の仕事で自然と五感が鍛えられているからだ。エルフの血が流れるミューラとレミーアは、種族特性から言うまでもなかった。

 聞こえているにもかかわらずマルグリッドを介したのは、それが当然の手順であり、この場にいる誰も例外なく疑問には思わなかった。

 否やなどない。

 話が早いのは、太一たちも望むところだったからだ。

 マルグリッドと共に部屋を出て、再び彼女の後をついていく。今度は、マルグリッドの先に更にもう一人、案内役と思われる執事が歩く。

 程なくして、謁見の間と思われるひときわ立派な扉にたどり着いた。

 案内役が扉の前に立って一拍。重厚な音と共に謁見の間の内側に開いていく。

 国力としては、エリステイン魔法王国に半歩から一歩ほど後れを取ると言われるシカトリス皇国。

 しかしその絢爛さはさすが三大大国の謁見の間。

 少なくとも太一は、エリステインに劣るとは思わなかった。

 そして謁見の間の一番奥。

 立派な玉座には、小柄な少女が腰掛けているのが見えた。

 彼女が、この国の国主、イルージア・シカトリスである。


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