一話
五章、第一話です。
視聴者様よりご指摘がありましたが、五章より奏の名前を書籍準拠、凛に統一させていただいております。
名前の混同が幾度となく発生しているためになります。
活動報告にも書いてましたが、2018年頭のことでしたので。。。改めて一話の時点でその旨記述すべきでした。すみません。
ご了承のほど、よろしくお願いいたします。
買い物の最中である太一は、王都ウェネーフィクス大通りを歩きながら街の賑わい具合を横目に眺める。
王都の地を歩くのも久しぶりだ。
そして、こうした本来の姿を見るのは初めてのことである。
「やっぱ、これくらい賑わってるんだなぁ」
以前来たときは、内戦のさなかだったために人通りはほとんど無いに等しかった。
それも今は昔。王都はかつての姿を取り戻したようで、活気に満ちあふれている。
歩きながら、レミーアに会って経緯を報告したときのことを思い出す。
帝国で過ごした数ヶ月、国境を越えて久々にエリステイン魔法王国に足を踏み入れた太一たちは、アズパイアのレミーア宅を訪れて帰っていないことを確認すると、一休みだけして王都ウェネーフィクスに向かった。
クロの健脚のおかげで、以前アズパイアから王都に向かったときよりもはるかに速くウェネーフィクスに到着した太一一行は、その足でレミーアの元を目指す。
真夜中であれば時間を置こうと思っていたが、到着したのは夕方の前。この時間であれば非常識ではないだろうと判断した。
貴族街の邸宅にいることは知っていたので、区画の入り口で場所を聞いてたどり着いた。
レミーアは、日が出ている時間帯は、図書館にいるか自宅にいるかのどちらかだという。今回は運良く、レミーアが在宅だった。
久々の再会に喜びを分かち合った後、帝国で起きたことを彼女に共有した。
古城での戦い。
精霊の暴走。
帝国で起きていた陰謀。
皇帝とできたつながり。
新たな友との出会い。
現れた襲撃者。
エレメンタル・ノーミードの契約と、アルガティ・イリジオスとの戦い。
そして……闇の精霊、魔王とも呼ばれる、シェイドとの対談。
夕食の時間に始まった情報共有は、ずいぶんと長引いて、終わったのは深夜も深夜だった。
もちろん、ただ情報共有をしていたわけではない。雑談なども多々挟まれたのだが、それでも、簡単に終わる話ではなかった。
何せ、数ヶ月分。それも、ただ無為に過ごした数ヶ月ではない、濃密な数ヶ月だったのだ。
その上で、一つ一つに対してレミーアからの質問も相次いだ。太一、凛、ミューラがただ一方的に話していたわけでは無い。
「そりゃあ長引くよな」
苦笑する。
かなりの夜更かしになってしまった数日前。翌朝はみんな眠そうであった。太一は寝坊したが、その日ばかりは咎められることはなかった。
一晩明けて、頭が痛そうなレミーアの姿が印象的である。
寝不足などではない。太一らが持ち帰った情報が理由であることは、聞くまでもない。
申し訳ないとは思いつつも、しかし話をしないという選択肢はない。
太一一人では、いや、凛もミューラも、持て余す情報だったのだ。
少し考える時間をもらう、とレミーアが言った。すぐに答えなど出るはずがない。
続いてやってきた、旅の道具を取りそろえた商店で、品物を眺める。
「帰ってきたばっかなのに、すぐに出ることになるなんてな」
レミーアの元に帰ってから数日経ってからのこと。
シルフィとミィが太一に告げてきた一言が原因だった。
『北の海で、水の大精霊、ウンディーネがSOSを出している』
と。
シェイドが言っていた、残りのエレメンタルとの契約。
そのことは、四大精霊に伝わっているのだと推測するに足ることだった。
シェイドの話を全員が知っている以上、これを断る理由はない。
出発は、まもなくだ。シルフィとミィが、今すぐでなくてもいいからなるべく早く、と言い添えたからだ。
時間はそう残されていないために、旅の準備を進めることになったのだ。
「都度補充してたとはいえ、結構使ったよな」
旅の間に必要なものは多い。日々使うもの、たまに使うもの、滅多に使わないが持っておくべきものと様々だが、アズパイアではウェネーフィクスに戻るために必要な分しか補充しなかったため、旅に出るには買っておくべきものがたくさんあった。
あれこれと品物を手に取って、十分だと判断した太一は会計をして店を出た。
これでだいたいのものはそろった。
後は、メンテナンスに出している馬車を受け取ったら終わりだ。
旅の間も定期的に点検はしていたが、改めて本格的に見てもらっているのだ。必要だと思ったら金に糸目はつけない、すべて職人にお任せするとも言ってある。
「確か……点検が終わるのは明後日だったかな?」
馬車を作った職人は、預ける際にそう言っていたのを思い出す。作業自体は二日程度だそうだが、他のスケジュールも詰まっているためにそれ以上要するとのことだったはずだ。
今日、全員共通で使うものは太一が買ったので、後はそれぞれ個人で揃えるべきものを揃えるだけだ。
さすがに女の子特有のものは、太一に買うことはできない。
「さて、行くか」
太一は現在手ぶらだ。買ったものはいったん店で預かってもらっているからだ。今日はこの後、ある依頼をこなすことになっている。そのため、帰宅は明日になるのだ。
そのためにそれぞれの店に預かってもらっているのだが、取り寄せのため明日にならないと受け取れない品物もあり、ちょうどよかった。
買うものをピックアップしたメモに書いたものはすべて購入、または取り寄せの手配済み。
それをもう一度確認すると、メモをポケットにねじ込んで、太一は依頼主のところに足を進めるのだった。
「さて、相談がある、とのことだったな」
近日中にシカトリス皇国へ旅立つと王城に報告しに行ったレミーアは、夕食を食べて人心地ついてから、おもむろにそう切り出した。
外は日が落ちてすっかり暗くなっている。
太一は昼前から出かけていて邸宅にはいない。
それぞれ用事があるからと、太一には一人で買い物に出てもらったのだ。ついでにひとつ、頼まれごとをこなしてくると言う。そのため、彼が帰宅するのは明日になる予定だった。
太一は特に疑問を持たずに街に繰り出した。
神妙な様子の凛、そしてミューラを前にして、レミーアはおもむろに笑って見せた。
「お前たちが言いたいことは、なんとなくだが想像がついている。自分たちの力では、太一にはついていけない……そうだろう?」
ずばり言い当てられ、しかし凛もミューラも驚きはしない。
自分たちが遭遇した事態。
太一が戦った敵。
シェイドの話。
それらを考えれば、これから先、太一と同じステージに立つには、今のままでは無理なのだ。
人外だなんだとからかっていた太一の領域とまでは言わないまでも、人間の枠を飛び越えなければ、並び立つことすら不可能。
このままでは、太一に守られるべき対象となってしまう。
それでは、納得ができない。
「ふむ……そうさな。お前たちだけの問題ではない。それは、私にも言えることだ。だが……」
レミーアは顎に手を当てる。
分かっている。
相談をした、凛も、ミューラも。
今以上に強くなれるのならば、とうに強くなっていることは。
レミーアはもちろん、凛、そしてミューラ。三人とも、人類としては掛け値無い強者。上から数えた方がいい実力の持ち主だ。
そう、世界でも、上位の実力者なのだ。
そのように考えれば、太一がどれだけ外れているかが分かろうというもの。
そして、これから必要になるのは、太一の外れた力なのは明白だ。
正直、自分たちが何人集まろうと、太一が戦う領域では有象無象に過ぎないだろう。
薄々感じていたことではあった。それが今回、問題として顕在化しただけのことだ。
これまでは活躍の場はあった。けれども、今後どうなるかは分からない。
とはいえ。
「太一の強さは、並外れた魔力の資質に、エレメンタルと契約できる召喚術士だから……常人には、真似できるものじゃありません」
凛は、思ったことを言う。
相談したことが、どれだけ難しいのかの再確認。
それに対して、ミューラとレミーアは頷いた。
太一の過剰な力に疑問を持っていた頃が懐かしい。
まさか、太一の力こそが必要で、自分が足手まといになるとは。
今のままでは戦いの場に立つ資格すらないのだ。
太一はきっと、自分しか戦えないとなれば、その場に立つことにためらいはしないだろう。
時に、自分たちを、守るために。
己の身も守ることさえ、ままならない。
「リンは巻き込まれたんだったわね。あれだけの力を発揮できるタイチだから狙い撃ちされた形だけれど……納得がいくわね」
太一が戦った敵の強さは、彼でなくてはならない相手ばかりである。
「すぐになんとかできる問題ではないし、気合いなどという精神論は論外だ。人間の、限界に挑戦する、という話だからな」
レミーアはそう言って、凛とミューラを順に見た。
二人の顔つきを見て、師は満足そうに頷いた。
「うむ。尋常ならざる道であることは正しく認識できているようだな。結構」
それを踏まえて、とレミーアは続けた。
「私も協力は惜しまぬ。取り組むに値する題材だ。それに、私自身がそのような領域にたどり着くというのも面白い」
レミーアが人差し指を立てる。
「普通の手段では無理であるのは間違いない。その覚悟もしておくべきだ。その上で、チャンスが転がってきたならば、恐怖をねじ伏せて飛びつくくらいでなくてはならんな」
凛が、そしてミューラが頷いた。
彼女たちのリアクションに、レミーアは不敵に笑う。
「では……挑戦しようではないか。常識に対してな」
三人が決意を固めている様子を見つめる存在が一人。
彼女たちを見つめる視線には、凛もミューラも、レミーアでさえも気づけない。
太一の協力がなければ、姿を見ることすらできないのだ。仕方ないことだろう。
太一は、王都のそばにある海を進み、広い無人島に一人立っていた。
「さって! ボクの力をもっともっと使えるようになってもらわないとね!」
気合いを漲らせ、両手を胸の前でぐっと握るのは、土のエレメンタル・ノーミードである。彼女の後ろでは、シルフィがまるでそこに椅子があるかのように、空中に腰掛けている。
そう、新たに契約した四大精霊の一柱であるミィが、己の力を十分に使いこなせるようになってほしいと、特別訓練を所望したのだ。
目指すは、シルフィと同様に、土の属性を手足のように扱えること、とのこと。
シルフィと契約している経験から、ある程度は直感でミィの力を扱える太一だが、何ができて何ができないか、それを事細かく認識しているわけではない。
ガルゲン帝国から帰国する道中、折に触れてそのことの検証はしていた。
けれども、地面を操るという性質上、ミィの力を行使した際に周囲に与える影響は、シルフィの比ではない。
もちろんシルフィの力も周囲の環境へ与える影響は甚大なものだが、行使した力を上空に逃がすことができるため、ある程度気楽に使うことができるのだ。
その点ミィの力は、シルフィのように気楽に扱うわけにはいかなかった。
太一が降り立った無人島は、足下はむき出しの土がほとんどで、まばらに草や木が生えている程度。
全体的に海抜は非常に低く、起伏はほとんど無い。ほぼ真っ平らに近いのだろう、水平線のわずか手前に海岸が見える。
ここならば、被害はほとんどないだろう。実験などにはうってつけだった。
「大規模な魔法はまだ使ってないし、完全に把握してるわけじゃないからな」
太一としても、願ったり叶ったりである。
せっかく得た力。これを十分に生かし切るというのは、必ずやっておくべきことである。
シェイドという存在を知った後は、特に。
まさか、エレメンタルシルフィード、ノーミードと契約した後で「まったく歯が立たない」と思わせられるとは。
世界は広い。もしくは、太一が見てきた世界の範囲が狭かったのか。
その両方か。
どちらにしても、いい機会だったと言えるだろう。
エレメンタルの二柱と契約して、強敵だったアルガティを退け、図に乗ってもおかしくなかったところだったのだ。
増長したかもしれないところで、鼻っ柱をいいタイミングでへし折ってもらった。そう考えるようにしていた。
「さて、やるか。まずは……」
それはひとまず横に置いて、太一は新たな力と向き合う。
何が得意なのか。
何が苦手なのか。
感覚的に掴みやすいもの。
その逆で掴みにくいもの。
風と土の力の親和性など。
そのほかエトセトラエトセトラ。
確認する事柄は多岐にわたる。
すぐには終わらない。
じっくりと力に向き合い、試行を繰り返した結果。
太一が降り立った無人島は破砕され、海の藻屑として沈んでしまった。
しかしその結果、太一は一つの大技を取得することに成功した。シルフィもミィも口を揃えて「えげつない」と言わしめる技だ。
何を隠そう、無人島が破砕された原因は、感触を掴みきっていなかった太一が加減を誤った結果。
感触を掴むことが目的であったため、試行錯誤の機会を設けて良かったと、三人は顔を見合わせるのだった。失敗があればこそ、次の成功につながるのである。