帝国立魔術師養成学園の騎士候補生 二十五
あけましておめでとうございます。
年明け早々ですが謝罪を。
12/25の更新できず申し訳ありませんでした。
次の更新分の出来上がりは見えていますので、1/10に更新できると思います。
太一がコロシアムに戻ると、やはり全て終わっていた。
「怪我らしい怪我もなさそうだな」
「ええ、あたしたちは大丈夫よ」
「うん。強い敵はいたけれど、どうにか無傷で倒せたよ」
凛とミューラはそれぞれ、近い実力の敵と戦った。
凛の敵の方がより強く、それに比べればミューラの敵は一枚から二枚落ちるようだったが。
「太一は怪我大丈夫なの?」
傷自体は治っている。
けれども、服に滲んだ血はごまかしようがない。水で洗って少しマシになったものの、完全には落ちなかった。
凛は心配そうに太一を見る。
太一は視線を受けて頷く。
深刻さがなるべく伝わらないように。
「大丈夫だ。体力と魔力は消耗してるけど、怪我自体は残ってないよ」
傷自体はほぼ残っていない。
ノーミード――ミィと契約したことにより、外傷の治療に魔法薬を用いる必要がなくなったのだ。
魔力に余裕があること前提だ。太一だからこそ、といえる。
「そう。ならいいのだけど」
特に痛みを我慢しているようにも見えず、それが演技でないことが伝わった。
ミューラが納得した顔で頷いた。
「あの二人か」
激しい戦闘の跡が伝わってくるコロシアム。
そこかしこで傷の治療を行っていたり、後片付けがされている。
戦う力を持たない観客たちは一堂に集められ、それを兵士や生徒が誘導している。
最初の雰囲気は見る影もない。
しかし、ここがしのぎを削る場所であることを考えると、焼け焦げたり破壊された跡が別の印象を醸し出している。それもまた、似合うように思えた。
その一角で兵士たちに囲まれているのは、貴族の女性と少女。そして、その側近たち。
彼女たちが主犯格らしい。
「そうだよ。今は帝都に応援の騎士団を呼ぶために早馬を飛ばしてるところ」
「じきに騎士がここに来るわ。騎士が到着したらあたしたちはお役御免ね」
「そうだな。そしたら、俺たちはここを引き上げてもいいな」
その後太一たちは帝都に戻り、皇帝に報告である。
無事アクトの地位を回復した。
更には、テロリストを捕縛した。
仕事は十分にこなしたと言っていいだろう。
メリアは上級貴族の子女として陣頭指揮を執る一団にいる。その横ではエルザベートが彼女を補佐をしている様子が見られた。
気丈にふるまっているが、メリアの顔色は良くはない。エルザベートの補佐は、今のメリアにとっては必須であった。
まあそれも、事情を聞いた今となってはさもありなん、といったところである。
アクトは傷と体力を癒すために簡易ベッドの上で治療中だ。
太一との戦闘にすべてを出し切ったアクトは、傷の治癒と体力の回復が何よりも最優先事項である。
このように、視線自体はそこそこ集めているが、友好を深めた相手からの注目は外れていた。
「丁度いいわね。このまま消えるとしましょうか」
「今がチャンスだね。捕まったら動けなくなるよ」
凛とミューラも同じことを考えていたようだ。
「俺たちがいてもできることはなさそうだしな。行くか」
貴族の子息や子女が中心となり、体系だった動きがなされている。そこに、一冒険者である太一たちの出番はなさそうだ。戦闘中ならばまだしも。
ここまで馬車で半日。
太一たちであれば、自分の足で走ってもそれ以上の速度で進むことができる。
三人はそのままコロシアムの出口に向かって歩いていく。
彼らを止めるものは、誰もいなかった。
「良くぞ戻った。報告は聞いている」
帝都までの道のりを数時間で踏破した太一たちは、一時間ほど休息をとってから、皇帝メキルドラを訪ねていた。
最初に顔を合わせた執務室で、皇帝は三人を丁重に出迎えた。
ソファに腰掛けるメキルドラと、彼に相対する太一たち。
四人の前に湯気を立てる紅茶が置かれたところで、メキルドラは言う。
「すぐに話を聞きたいところだが、少し待て。今、セロフを呼んでいる。すぐに来るだろう」
セロフ・ケンドル・ベルリィニ。
メリアの父にして、太一たちのバックアップを行った侯爵家当主だ。
活動中に顔を合わせることはなかったものの、代理を務めたメリアが優秀だったため、特に問題とはならなかった。
紅茶を飲みながら待つ事少々。
外の扉がノックされる。
「なんだ」
メキルドラの問いかけに、「失礼いたします」という言葉と共に扉が開かれる。
「陛下。ベルリィニ侯爵閣下が参られました」
「そうか。通せ」
「はっ!」
ベルリィニ侯爵は、本当にすぐにやってきた。
「陛下。セロフ・ケンドル・ベルリィニ。参上仕りましてございます」
神妙な面持ちで入室すると、彼は主上に向かって最上級の礼をとった。
「良く来た。まずは座れ」
皇帝に促され、セロフは空いているソファに腰を下ろした。
セロフが来たことで、全員の紅茶が淹れたてになった。
一流のメイドによる一流の茶葉を使用した一流の紅茶。
かぐわしい湯気がのぼるカップを手にし、まずは皇帝が一口飲む。
それを皮切りに、他の者たちも次々に紅茶を飲んだ。
「さて、セロフ。貴様を呼んだのは他でもない。……まあ、貴様も聞いているだろう?」
「はっ。仰る通りにございます」
「うむ」
メキルドラはセロフに向けていた視線を太一たちに戻した。
「さて。では改めて、報告を聞こう」
メキルドラの言葉を受けてまず口を開いたのは太一だった。
「アクト・バスベルは、学園における地位を盤石なものにしました」
「うむ、聞いている。お前といい勝負をしたそうだな。具体的にはどれほどのものだ?」
「闘技場での戦闘での感触からすると、冒険者換算でBランク程度ですかね」
言いながら、太一は凛とミューラに視線を向ける。二人の所感もまた同じようなものだったのか、同時に首肯が返ってきた。
冒険者ランクB。
ここまで腕を上げた冒険者ともなれば、かなり侮れない実力を持つ。
単純な戦闘力でも騎士と同格と言えるし、特に対モンスターの戦闘ともなれば、騎士以上の実力を発揮する。
盗賊や犯罪者の討伐が得意だったり、またトレジャーハントが得意分野である冒険者もいるため一概には言えないが、冒険者にとって戦闘力は重要なファクター。戦闘が得意分野でなくとも、かなりの腕前を誇るのだ。
太一たちも冒険者ランクはBだが、当然ながら同列に語ることはできない。
「なるほど、冒険者ランクBか……。相当なものだな、セロフ?」
「そうですな。あの年でBランクに迫るとなると、学園では最上位の集団に入るでしょうな」
メキルドラの問いに対するセロフの回答は淀みなかった。
だが、回答するセロフの表情の微かな変化を、皇帝だけは見逃さなかった。
「……アクト・バスベルはかなりの風の使い手であると聞いたが」
「はい。アクトが使う魔術『風人脚』は、かなりの機動力になります。ショートスピアを使う軽戦士ですが、『風人脚』を使うことで、スカウト、レンジャーにも匹敵する速度を駆使する軽戦士になります。また『中空疾走』を使えるので立体的な戦闘も可能ですし、何よりここぞというときにリスクを取る度胸があります」
正念場でリスクを取る度胸。
いうほど簡単なことではない。この資質は得難いものであると若き皇帝は判断した。
「将来有望だな……彼奴が学園を卒業した暁には、予の元に来させるのも面白いな」
「手配いたしますか、陛下?」
メキルドラの言葉に彼の補佐を務めるメイドが即座に応じた。
「準備はしておけ。今はそれで良い」
「承知いたしました」
たとえ平民であろうと、一芸に秀でているのならば引っ張り上げる。そういうことを普通に行うのが皇帝メキルドラである。
メキルドラは明言しなかったが、もはやアクトが将来皇帝によって重用されるのは確定したと言っていい。
気に入った獲物を、この男が逃がすはずがないのだ。
アクトに目を付けた貴族たちには気の毒でしかないだろう。皇帝が相手では分が悪い。
「アクト・バスベルについてはそれで良いだろう。では、次だ。テロリストが襲ってきた件。それとタイチ、お前がコロシアムから離れた件についてだな」
まず話すのはテロリストのことである。
呼んだのが誰であるのか。
状況からして、企んだのは凛とミューラが倒した貴族の夫人と少女であるのだが、明確な証拠を得られたわけではない。
証拠も集められたら良かったが、それ以上に、強敵に対応するのが太一たちの役目である。
なので、どのような敵だったのか、というのが話の焦点だ。
「私が戦ったのは、ダゴウというハンマー使いの男です。私が捕らえた貴族の子女が雇ったと思われます。かなり腕は立ちました」
「ダゴウか……聞いたことがあるな」
凛から聞いた名前に、メキルドラは腕を組んだ。
「スラムに居を構える何でも屋です。何でも屋と自称していますが、実際は実力行使がメインで傭兵や用心棒で生計を立てております」
「そうだったな。そんな報告を受けたことがあった」
帝都内の人材を常に探させているメキルドラである。暴力しかできないとはいえ、並みの騎士をも一蹴するダゴウのことは、当然調査対象だった。
「よし、取引を持ち掛けろ」
「はっ。そのように」
今回の件について、お咎めなしにする代わりに……というところだろう。
「しかしダゴウか。ヤツがレージャ教に関係あると思うか?」
「可能性がゼロとは断言できませぬが……ないでしょうな」
「だろうな。念のためだ、それも調べろ」
「承知いたしました」
念のために調べるものの、ないと想定しているメキルドラとセロフ。
その見解には、相対した凛も同意だった。
ダゴウは良くも悪くもシンプルだった。自分の命と契約を大事にしつつ、それ以上に強い敵との戦いを好む。
今回は敵を取り逃がさないために途中から一気にレベルを上げたため倒すことができたが、ダゴウが凛との力量差を最初から分かっていれば、戦闘にはならなかったように思うのだ。
「さて、お前はどうだ。エルフのミューラよ。どうやら、一歩のところで敵を取り逃がしたようだが」
歯に衣着せない物言いに、ミューラは思わず苦笑してしまった。
「戦った感触としては、あたしよりも二枚ほど格下でした。取り逃がしたのは、偏にあたしが油断していたからにほかなりません」
ミューラは素直におのれの不手際を認めた。不用意な言葉を重ねることもなかった。
取り繕うつもりはなかったからだ。
「そうか。勝てない相手であれば潔く逃げる算段を立てていたようだな。腕前は劣れども、油断ならない相手だな」
「はい。件の男がついていた貴族の夫人の様子は尋常ではありませんでした。かの男がキーマンであったと思われるので、手傷は負わせたものの悔やまれる結果になりました」
ひとつ頭を下げながら、ミューラは言葉を続ける。
「良い。確かに捕縛できた方がいいのは間違いないが、企みを潰せただけでも十分だ。よくぞやってくれた。ここから先は、予の仕事だ」
メキルドラの目には不退転の決意が宿っていた。
この若さで帝国の皇帝になるほどの男にプライドがないはずがない。けれども、そのプライドよりも結果を優先したために、メキルドラは太一たちに助力を要請した。
それだけの想いがあるのだ。必ずや、達成することだろう。
「さて」
ミューラとの話が終わったことを、メキルドラは視線の行く先をかえることで示した。
皇帝が見るのは、当然ながら太一である。
襲撃したテロリストの対応を凛とミューラに任せてその場を放棄したことは、メキルドラの耳に入っている。
皇帝も、理由もなく放棄したわけではないことは分かっていた。
遥か遠方から放たれた紅の光を受け止めた太一は、そのもとに向かって飛び出していった。
それはメリアやエルザベートらも目撃していたし、何より太一たちが包み隠さず報告していた。
「最後にお前だ、タイチ」
気にならないはずがない。
これで質問が来なかったらむしろおかしいとさえ、太一は思っていた、
「お前はテロリストの鎮圧に参加しなかったと言っていたが」
「はい。そう言いました」
「リンとミューラがこの若さにして卓越した力量を持つことは認めよう。だが、鎮圧にあたるには実力者が多い方がいいのは言うまでもないな? テロリストを放置すれば犠牲は大きくなる。それを知ったうえで、お前が出なければならない理由があったのだな?」
頷く太一。
それを認めれば、次は当然――
「では、その理由とはなんだ?」
――この質問が飛んでくる。
さて、どうしたものか。
太一は、シェイドの言葉を反芻した。
『この話を他の誰かにするのは構わないよ。けれど、相手は選んだ方がいいね。……その意味は、自分で考えてみることだ』
太一は言葉に詰まった。
メキルドラは、話をすべき相手であるのは間違いない。エリステイン魔法王国の王、ガルゲン帝国の皇帝。この二人に話をしないなどありえない。
ただ。
今ここで、皇帝に話をするのが正しいのかどうか。
太一が気になっているのはそこだ。
だが、シェイドの話を聞いた今、事は帝国だけでどうこうできるものではない。
太一は今回、ノーミードの力を得て、吸血鬼の祖であるアルガティを退けた。
そんな太一で、まだまだ力が必要であるという事実。
レミーアに相談してから……そのように考えていた太一だったが。
ふと思いなおす。
ここで話さなければ、メキルドラの耳に届くのはいつになるか。
太一が空を飛べばいいのかもしれない。が、一度それをしてしまうと際限がなくなってしまうように思えた。太一が自分で動くより速い伝達方法はそうない。都度伝令などを行うのは、彼としてもごめんであった。
益体もないはずのその想像は、きっと外れないだろうというネガティブな方向の確信があった。
すべては無理かもしれない。けれども、話してもいいと思う範囲で、メキルドラに伝えることを決意する。そのさじ加減は、今は自身の直感に従うことに決めた太一であった。
太一の言葉であれば、この皇帝は端から疑ってかかるようなことはしないだろう。
「……俺を攻撃してきたのは、アルガティ・イリジオスでした」
端的に、事実だけを述べる。
この名前を知っているかどうか。知っているのなら話は早い。
「何……?」
メキルドラの表情がわずかに動く。
皇帝ともなれば、感情を表に出さないポーカーフェイスはお手の物だろう。
そんな彼が、感情を隠し切れなかった。
アルガティ・イリジオスの名が与えた影響だろう。
知らなければここまで驚きはすまい。
「ご存知ですか」
「ああ。名前はな。太古より生きる吸血鬼で、凄まじい力を誇っている。文献にそうあると聞いた覚えがあるな」
詳細までは知らないようだが、十分である。
脅威的な存在として認知されているからこそ、記録が残っているのだろうから。
国を統べる者として、そういった存在がいるという情報は非常に重要であろう。
「アルガティと一戦交えて来ました。一時は敗北しましたが、エレメンタル・ノーミードとの契約が成立して、どうにか退けることに成功しました」
余計な情報は加えず、淡々と述べる太一。
「む、う……」
メキルドラは皺が寄った眉間をもみほぐした。
淡々としているからこそ、太一の言葉には真実味があった。
アルガティと戦った?
帝国を一瞬で陥落させられる太一が敗北した?
エレメンタル・ノーミードとの契約が成立した?
どれもこれも、尋常ではない情報の数々。
めまいがするのを辛うじて抑え、脳内で情報を精査するメキルドラである。
メキルドラが考えている間にも、太一の話は続く。
「現状の俺の力は足りていないようです。エレメンタルの残りの二柱、ウンディーネ、サラマンダーと契約する必要があります」
エレメンタル・ノーミードを契約を成した太一をして、力量が不足している。
更に二柱との契約をする。つまり、エレメンタルと呼ばれる精霊全てと契りを結ぶと言っているのだ。
太一の戦闘力をはかる物差しを、メキルドラは持っていない。
大国を治める術を太一が知らないように、メキルドラもまた、太一の領域での戦闘について、どうこう言えるものを持っていなかった。
「……どうやら、予の及ばぬ次元のやり取りがあったようだな」
そして、自身が至らないことを取り繕うようなつまらないプライドは、メキルドラとは無縁である。
太一が何を言っているのかが分からないと、メキルドラは素直に認めた。
いや、分からないことはない。字面を聞いて分かることは分かる。
ただ、正確な意味での理解は不可能であると、両手を上にあげたのだ。
「ただならぬことが起きているのはおぼろげながら理解ができる。とすれば、予から問うことは一つ。それは、我が帝国にまで累が及ぶことか?」
為政者として、自分が収める国にどのような影響があるのか。
一個人で国の根幹を揺るがすことは、できないとは言わないが現実的でもない。
けれども、太一であれば話は別である。
太一個人で収まる話だとは思えなかった。
ただの勘ではあったが、もしもその懸念が的中していた場合、メキルドラも今後に向けての動きが変わってくる。
メキルドラの問いかけに、太一は真っ直ぐ目を向けて。
「……帝国だけではないです。国という垣根を越えて……そういう話になってくると思います」
そう答えた。
「今はまだ、全てを伝えることはできません。帝国もそうですし、エリステイン魔法王国も、シカトリス皇国もそうです。ですが、そう遠くない未来、お話しする時がやってきます」
そう締めくくった太一に、メキルドラは重々しく頷いて、目を閉じるのだった。
2019/07/17追記
書籍に合わせて、奏⇒凛に名前を変更します。