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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
第四章:見聞を広めようとしたらやっぱり色々巻き込まれました。
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帝国立魔術師養成学園の騎士候補生 十七

10日と25日前後に投稿予定です。前後に多少ずれることもあります。

 周囲の景色が猛烈な速度で後ろへ流れていく。

 森というほどではない。はえている木の密度は林といったところか。動体視力と反射神経を強化し、速度を落とさぬまま駆け抜ける。

 あの紅く輝くナイフを放った存在との距離は一向に縮まらない。

 太一の移動速度を感知し、同じ速さで動いていると思われる。

 それが何のつもりかは、太一にも分からない。

 向こうの思い通りに動くのは癪だが太一としてもこの移動は渡りに船だ。

 このまま進めば進むほどコロシアムとの距離が開いていく。

 すなわち、戦闘の余波が届きにくくなるのだ。

 赤光しゃっこうを放つナイフ。

 そして今の移動速度。

 判断材料はこれだけだが、これまでの敵とは一線を画す相手なのは間違いない。

 そんな相手との戦闘になれば、正直半径三キロは即死レベルの危険域である。安全圏を意識するなら大げさなくらいでちょうどいい。

 相手との相対距離は縮まらないまま、コロシアムとの絶対距離は広がっていく。

 体感では、更に数分走っただろうか。もしかしたら一〇分以上かもしれない。

 ふと、追いかけている敵が止まった。どうやら、鬼ごっこはこれで終わりらしい。

 木の数が減り、間もなくまばらに、そして、その姿が見えなくなった。

 地面も下生えの草が無くなり、茶色い土が肌を晒している。開けた土地が目の前に現れた。

 走る速度を落とす。

 眼前に、エメラルドグリーンの湖が広がっている。かなり大きな湖だ。その奥には、まばらに緑が散らばる小高い山。

 周囲に何故植物が少ないのか。それは、ところどころに点在する白い結晶が教えている。

 太一はぱっと答えに行き着かなかったが、湖は塩湖であった。

 周囲の自然状況の観察はそこそこにして後回し。戦うのに十分な広さがあることを確認できればそれで良かった。

 元居た場所から最低でも一〇キロは離れたはずである。

 上空に浮かぶ人影。

 そこに、太一が追っていた存在がいた。

 湖畔まで歩み寄り、太一は少し顔を上に向けた。

 ちょうど、湖の真ん中付近の空中に浮いている男を見据える。

 撫でつけた銀髪はオールバック。整った顔貌、モノクルの向こうの瞳は紅。耳は尖っており、全体的に肌は青白い。

 上質な布で縫われた、タキシードを元にしたような服は、この世界に来たばかりの太一が見たならば「時代錯誤」と感じたことだろう。あるいは、「コスプレ」か。

 けれども、王族や貴族とも接する機会を多数得た太一は、その姿に疑問を覚えない。そもそも、太一自身がコスプレをしているようなものなのだ。

 そして、その背中から左右に伸びる、二対の蝙蝠の羽。

 相手がどのような存在なのか、太一はその全身を目にして答えに行き着いていた。


「……吸血鬼」


 決して嫌味ではない、しかし、強者として年季の入った凄みを感じさせる笑みを浮かべていた男は、愉快気に笑みを深めた。


「我がどのような種族であるか、貴様は知っているようだな」


 知っている。太一の知識は、日本で培ったものだ。

 そして、その知識に基づけば。


「日差しは、克服したのか」

「くっくっく……。どうやら、改めての説明は要らぬようだ。話が早い」


 太一のその言葉で、吸血鬼について一通りの知識を持っていることを看破したのだろう。男は芝居がかった動作で両手を真横に広げた。

 ずいぶんと堂に入っている自然な仕草。


「そうとも。我は動くのに時を選ばぬ。在りし日は忌まわしさしか覚えなんだこの日差しも、今となってはむしろ心地よいくらいだ」

「……デイライトウォーカー、ってやつか」

「ほう。なかなか。悪くない表現だ」

「俺が思いついたんじゃないさ」


 こうして会話を重ねてはいるものの、両者は既に戦闘態勢に入っている。

 太一はいつでもトップスピードで地面を蹴ることが出来るし、また魔法を放つことも可能だ。

 そして、それは上空に浮かぶ男も同じことであろう。


「まあよい。それでは、少々順番が前後したが改めて名乗りをあげるとしよう。我の名はアルガティ・イリジオス。全ての吸血鬼の祖にして王である」


 蝙蝠の羽がはためき、ゆらりと紅の魔力が吹き上がる。


「此度は我が主の命により、貴様と一戦交えるためにはせ参じた」

「……主? 王?」


 太一の前にいるアルガティの存在感は、紛れもなく覇者のものだった。その彼が、命令されてきた、という。

 彼よりも上が、彼に命令できる者が、いるとでもいうのだろうか。


「そうとも。……だが、今の貴様に教えてやることはできぬ。聞きたくば、我に口を開かせて見せよ」

「そうかい」


 分かりやすくて結構なことである。

 太一は戦闘態勢に入る……前に、自己紹介をしておくことにする。


「ピンポイントで狙ってきたんだ。もう俺のことは知ってるだろうけど、改めてな。西村 太一。異世界から来た召喚術師だ。今は、シルフィード――シルフィと契約を交わしている」

「ご丁寧に痛み入る」

「アルガティ。始める前に、一つ聞きたい」

「よかろう。が、すべてに答えるわけではないことは肝に銘じておけ」

「分かってるよ」


 答えられない、の一言で済まされるのなら、それでもいい。

 そうこられた場合に返す言葉は決まっているのだから。


「なんで、このタイミングだったんだ?」


 ちょうど、コロシアムにゲリラが突入してきたタイミングだったのだ。アルガティが干渉をし、太一を釣り出したのは。

 狙っていたのか、偶然か。

 吸血鬼の王は、尊大に、しかし威厳のある笑みを浮かべ、太一を見下ろした。


「好きに解釈するが良い」

「……やっぱ、勝って口を割らせるしかねぇな」

「ふっ。勝者の特権とあらば、口を割ることもやぶさかではないぞ?」

「どこまで本当なのやら……いや、悪魔だし、本当なんだろうな」


 アルガティが面白そうに笑った。悪魔にとって、契約とは絶対。契約の履行によって縛られ、契約の履行によって力を得る。たとえ口約束であっても、それが「契約」であるならば、悪魔にとって破るのはありえないものとなる。

 これは太一が日本で得た知識だったが、どうやらこちらでもそうらしい。

 日本とは、地球とはまるで違う常識や法則があれば、似ている部分もある。


「さて、雑談はこのくらいで良かろう」


 アルガティは右手を天に掲げると、その魔力を凝縮し始める。

 その速度、密度、濃度全てが、これまでと次元が違う。

 そもそもの最大値も、それを操る技量も、桁が違うということだ。


「我が一撃、対処して見せよ。我と同じ舞台に上がるのであれば、まずはこの程度、どうにかしてもらわねばな」

「おいおい、挑んできておいてその言い草はねぇよ」

「くっくっく。我は悪魔なのでな。悪魔とは総じて傲慢なものだ」

「確かにな!」


 太一は納得した表情で腰を落とした。

 逃げも隠れもしない、迎え撃つ構えである。堂々と魔力を溜め、大技を撃つと傲慢に宣言しているアルガティに対する意地のようなものだ。ご丁寧に受けてやる理由など何一つなく、これがバカなことだと分かってはいる。批判されて当然。誰かに理解されなくても良かった。理解してほしいのならば、このような真似をする必要はないのだから。


「その意気やよし! 受けてみよ!」


 紅の光の塊が放たれる。

 それはあっという間に太一に到達した。


「シルフィ!」


 太一は両手に強く強く力を込め、障壁をはってその紅を受け止める。

 拮抗は一瞬。

 エネルギーが暴発し、炸裂した。


「っ……!」


 極光が、目を閉じた太一の瞼の向こうから、容赦なく真っ白に染め上げる。

 太一を中心に、数百メートルの範囲に渡って火球が発生、それが間もなく弾け、爆発が起こった。

 爆炎が巻き上がり、爆風が、土も、水も、木も、石も、岩も、何もかもを一挙に薙ぎ払っていく。

 その凄まじい暴虐の化身を生み出したアルガティは、猛烈な爆風に服や髪をはためかせるのみで、その場からわずかも動くことはない。

 瞳はまばたき一つせず、口元に獰猛な笑みを浮かべたままじっと爆炎の中心を見つめている。

 やがて、黒煙が晴れていく。

 爆発によって削れた地面のその中心に、アルガティの一撃を受け止めた姿勢のまま、太一が立っていた。

 服はところどころが焦げ破れ、肌や顔にも無数の傷がついている。だが、どれも浅い。

 それなりのダメージは受けているが、それなりでしかない。


「……やはり、耐えたか」


 アルガティとて、全力ではなかったが、さりとて手を抜いた一撃ではなかった。

 戦闘の最後、勝敗を決めるために全力を出すとなれば今以上の攻撃を放つが、戦闘中ならば相手よりも与ダメージで上回ることに主眼が置かれる。目まぐるしく状況が変わる戦闘中に全力をいちいち振り絞るわけにもいかない。そういう意味では、全力ではないが、間違いなく相手から優勢を引き寄せるために放った攻撃だったのだ。

 太一が耐えたこの結果は、想定したとおり。そして、望んだとおりだった。

 構えをとき、身体の様子を確かめる太一。

 特に痛みを覚えている様子もなく、ふらついたりもしていない。

 ダメージは深くはないようだ。

 自身の確認を終え、太一は周囲に視線を向ける。彼を中心に大地はなめるように削られていた。湖の形も変わっており、位置がずれた湖岸に向けて水が移動してきているところだった。

 太一が立つ場所も、今や湖の中となっている。ここに到着した時は、確かに河原に立っていたのだが。


「……ふぅっ。やべー、マジかよこれ」

「良く言う。大してダメージもなかろうに」


 その破壊力に嘆息する太一に、アルガティは愉快気に言う。


「もう少しダメージを受けると思っていたのだよ。これは予想外だ。嬉しい誤算というものだな」

「お眼鏡に叶ったようでなによりだぜ」


 アルガティはおもむろに両手を広げ、太一を睥睨した。


「……?」


 その行動の意図が読めずに疑問符を浮かべる太一。

 アルガティは笑った。


「次は貴様の番だ。我は逃げも隠れもせぬ。我の防御を貫き、この体躯に見事ダメージを刻んでみせよ」

「へえ。フェアだな。悪魔には似合わない言葉だ」

「くっくっく。悪魔のくせに変わり者だと、幾度か言われたことがあるわ」


 愉快気に笑う辺り、その評価を受け止めているのだろう。

 太一としても、受けたダメージというハンデを帳消しにできる機会が得られるのならば、それを生かさない手はない。

 右手を握り込み、思いっきり引き絞る。

 シルフィの力を集め、凝縮していく。

 合わせて高まる魔力にアルガティは口の端を吊り上げた。

 今太一が凝縮している魔力は、人間では到底たどり着けない領域。

 太一の防御力が図抜けていることは今しがた思い知った。では、攻撃力はどうか。防御力も、集約すれば魔力をどれだけ持っていて、いかに扱えるかだ。

 あれだけの防御をして見せたことで、アルガティの期待は否応なしに高まっている。

 後は、実際に受けてみること。


「行くぜ!」

「来い!」


 太一がアルガティに向かって右手を突き出す。

 間髪入れず。

 アルガティをもってしても回避は困難と言わざるを得ない攻撃速度で。

 大気が、弾けた。

 爆発的なエネルギーが伝播する。

 空間が歪んだかと錯覚するほどの炸裂。

 激烈な衝撃波が三六〇度に拡散する。

 音速に至るそれは、未だ残っていた黒煙をかき消し、雲を吹き飛ばし、大地を舐め、水面を押し流した。

 ここに建物があったなら、窓ガラスは砕け散り、外壁にもひびが入っていただろう。

 それほどの一撃だった。

 目の前で炸裂し、そのエネルギーをあますことなく全身で受けたアルガティ。

 両腕を交差させ身体をやや縮めて防御態勢を取っていたものの、その上からダメージを与えていた。


「……」


 かざしていた右手と腕の延長線上には、防御体制のアルガティ。

 狙ったところで完璧に炸裂した。ゆっくりと腕を下ろしながら、太一は標的を観察した。

 肉眼では人差し指ほどの大きさにしか見えない程度には距離が離れているが、強化した視力の前ではその程度は無いに等しい。

 両腕の複数個所から血が流れ、その服装も、至る所がほつれ破れている。

 アルガティの攻撃のように爆発による熱がなく、太一の攻撃は副作用によるダメージが期待できない。そこを気にしても無いものは無いのだから仕方がない。

 その分、別の要素で見るべきものがあったはずだ。

 そう、放った瞬間には目標で炸裂している、その攻撃速度である。

 知らなければ、初見で対応されることはほとんどないと太一は自信をもって言うことができる。

 また、知っていても、発動の予兆の時点で避ける動作に入らなければ攻撃を喰らう。

 これは拡散する衝撃に巻き込む技。少々避けた程度では意味はない。厳密な直撃を狙う必要のない、良い意味でのファジーさも武器である。

 アルガティがこういった点に気付かないはずがない。出会って間もないので根拠など何一つないが、この攻撃の武器には気付くだろうという確信があった。


「くく……なるほどなるほど。我の防御を貫く攻撃力もさることながら、この厄介さ、実に見事な術だ」


 手の甲についた傷から流れる血を舐めとり、嗤う。

 そこには愉悦がたっぷりと含まれていた。


「気付いたか」

「気付かぬはずがない。これは知っていても対処が難しいな。術の予兆の段階で見切れなければ、我の能力をもってしても完全な回避は困難だ。被弾は免れまい。だが……」


 ――そう簡単な話ではあるまい?

 言葉を切ったアルガティに、そう言われたような気がして、太一は苦笑を漏らした。


「ああ……こいつでダメージを与えるには、相応の溜めが必要になるな」

「やはりな」


 速射も可能と言えば可能。だが、威力はどれだけ溜められたかによって決まる。この技は強敵を相手取るために考案したのだが、まだ習熟中なのである。シルフィの技は威力も規模も膨大過ぎて、威力を落とさず範囲を狭める場合などは、太一の制御能力が追い付かない。

 アルガティほどの相手ともなれば、溜めなしで撃っても大したダメージにはなるまい。むしろ、ノーダメージということもありえる。


「けどまあ、それならそれで使いようはある。牽制には十分だ」

「そう割り切られるのが一番厄介だったが、仕方あるまい」


 ダメージが通らないだけで、使いどころがないわけではない。

 滅多に撃たないのだとしても、牽制を常に警戒させる、という点で十分効果があるのだ。


「それで、俺は舞台に上がってもいいのかな?」

「無論だとも。貴様は十分に、召喚術師としての力を我に見せつけた。さあ、改めて始めるとしよう」


 アルガティは右手の指に紅のナイフを三本挟むように生み出し、そのナイフ越しに太一を見据えた。

 それを受けて、太一は右手に風を纏わせて腰を落とす。

 二人が構えを取ったことで、緊張が物理的に圧力を持っているかのごとく周囲にのしかかる。

 先に動いたのは、アルガティ。

 腕を水平に薙ぎ払ってナイフを放つ。

 太一はその姿がぶれるかという速度でその場から離れ、行動を開始。

 その直後にナイフが到達するが、既にそこに太一はいない。

 むなしく、地面を破壊しただけだった。

 アルガティもまた、太一を見失ってなどいない。その場から消えるように動く。

 湖のど真ん中上空で、二人が激突した。

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