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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
第四章:見聞を広めようとしたらやっぱり色々巻き込まれました。

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帝国立魔術師養成学園の騎士候補生 十六

 テロリストたちが腰を抜かしている姿を、太一たちは見下ろしていた。

 太一の横には、エメラルド色の髪を膝まで伸ばした少女が、ふわりと浮かんでいる。

 まるでそうして浮いていることこそが自然であるかのように。

 地面に足をつけて立つのが普通である人間との差を、顕著に感じさせる。

 見渡せば、会場中のテロリストたちが、動きを封じられていた。

 立っている者は一人もいない。膝を突くだけならばマシな方だ。

 耐えられなかった者の中には、太一たちの目の前の男たちのように腰を抜かして尻もちをついていたり、両手両足をついていたり、地面にはいつくばってしまっている者もいる。

 それも当然である。

 シルフィから発せられているのは、指向性を持った、四大精霊の一柱のプレッシャー。

 特に、それを真正面から至近距離で浴びた三名のテロリストたちは、尻もちだけでは収まらず、粗相までしていた。

 風を操って広がらないようにしているため、その臭いが届くこと自体はなかったが。

 どこに誰がいるのか。

 誰を標的にすればいいのか。

 太一だけでは困難を極める対象の選定だが、シルフィの力を借りれば造作もない作業に変わる。


「これで、テロリストたちは沈黙したはずだ」


 太一は振り返り、メリアに向けてそう言った。彼女は目を丸くしたまま、反射的に頷いていた。

 万が一漏れていた場合を考慮して「はず」という言い回しをした太一だったが、彼自身、成功を疑ってはいなかった。

 続いて、太一はその視線をアクトたちに向ける。


「アクト、エルザ、カピーオ。悪かったな。俺たちは皇帝陛下の依頼で身をやつしてこの学園に潜入していた、エリステインから来た冒険者だ」

「そういうことなんだ。騙す形になっちゃったのは、申し訳ないと思ってる」

「ま、依頼だから、としか言いようがないことだから……騙す結果になったことについて、言い訳はしないわ」


 太一に続いて、凛、ミューラも言葉を紡ぐ。


「た、タイラー……君は……一体……?」

「あ、貴方たちは……エリステインの、内乱を鎮めた……」


 アクトは知らなかったが、エルザは、知っていた。彼女も帝国の上位貴族。隣の大国で起きた内乱という大きな事件。そこで何が起きたかを知る機会があったのだ。

 今やエリステインのみならず、シカトリス皇国も、そしてもちろん、ここガルゲン帝国でも、その中枢において話題となっている少年少女たち。

 Bランクの冒険者として活動しているが、凛とミューラは実力でいえばAランク相当。太一にいたっては計測不能、という結論だったはずだ。

 そして、彼らがどのような特徴なのかもまた、ある程度の爵位があり、力がある貴族であれば、知るところだったのだ。


「うん、それで間違ってない。さて、これでこいつらを取り押さえればいいわけだが……」


 そこまで言いかけて、太一はふと、その視線を虚空に向けた。

 首筋に、ぞわりとするものを感じたのだ。


「……太一?」


 唐突な行動。しかし、その視線の鋭さは、意味のない行動だとは思わせなかった。


「……来る」


 太一がつぶやいた直後。

 はるか彼方の空に、紅い光が瞬く。


「シルフィ」


 相棒の名前を口にするのと同時、太一は手を素早く動かした。

 人差し指と中指で、飛来した何かを挟む。


「っ……」


 誰かが息を呑む。

 太一の指の間には、紅に瞬く、ナイフの形をした光。

 ある程度の、魔術に対する素養があれば分かる。

 その、地味な輝きを宿す無骨なナイフに込められた、尋常ではない魔力の量が。


「こいつは……俺が行かないとダメっぽいな」


 凛やミューラでは受けられない、と暗に告げ、太一はそのナイフを握りつぶした。

 この二人はもちろん、レミーアやスミェーラでも無理だろう。

 それほどの隔絶した差があった。

 光が霧散し空中に溶けていく。


「……そうね。あたしたちじゃ、ついていっても邪魔になりそうだわ」

「うん……そうだね」


 強敵を相手取る太一を送り出すことしか出来ない二人には、忸怩たる思いがある。

 けれども、及ばぬ領域にしゃしゃり出ていくことの無意味さは、よくわかっていた。

 守るべき者を背後に庇う戦いが、どれだけ厳しいものなのか。

 たとえ、敵対した者に、凛とミューラを狙う意思がなかったとしても。

 太一が出るべき戦いは、流れ弾一発はもとより、戦闘の余波さえも致命傷になりうる。

 そしてそのすべては、太一が捌くことになる。

 やがて、ここでは戦いにくいと、敵対者と共に戦場を移すだろう。

 ついていった結果、そうなることは目に見えている。

 これは極めて楽観的な予測であり、敵対者が積極的に凛とミューラを人質代わりに狙ってくるのが普通だろうし、太一が戦場を移そうとしてもそれを妨害してくる可能性の方が高い。

 そして、その結果待っているのは太一の敗北。そして、全員の死である。

 姿も見えない場所からの超長距離の狙撃を成功させる相手だから、太一がここを庇いながら戦う必要性があるのは変わらない。

 けれども、戦闘によって発生する余波は気にしなくて済むだろう。

 そして何より、戦闘の余波だけならともかく、太一からの攻撃を前に、こちらを狙撃する余裕があるとも、考えにくかった。


「俺がいなくなっても、少しの間はシルフィの拘束が残ると思うから」


 つまり、その間に片づけろと、そういうことだろう。

 そう猶予がある話ではない。

 ただ離れた場所にプレッシャーを届けるだけならば可能だ。それは、ウェネーフィクスの内乱で証明されている。

 が、今回は、戦いながらこの場所へのプレッシャーを継続する余裕があるのかは未知数。あるかどうか分からない不確定要素をあるものとして作戦に組み込むことはできない。

 なので、シルフィのプレッシャーによる拘束はほどける前提で動くべきである。

 シルフィの力によって行動が制限されるほどのプレッシャーを受ければ、それが無くなっても、まともに動くには幾ばくかの時間が必要だ。残滓を振り払うまでは動きが鈍くなったままだ。

 一度腰砕けになってしまったら、即座に立て直すのは困難。それは、凛もミューラも、訓練においてシルフィのプレッシャーを浴びてみて体験済みだ。

 逆に言えば、テロリストたちが立ち直るまでの時間は、ざっくりとであれば把握できるということ。

 そのタイムリミットまでに、この会場内の勢力図を完全にこちら側に持ってくる必要があった。


「わかった。こっちは、あたしたちに任せなさい」

「気を付けてね、太一」

「ああ、そっちもな。下っ端だけってことはないだろうしな」

「ええ、奥の手はあって当然ね」

「見た限り、まだ出てきていないのも分かるよ」

「なら大丈夫だな」


 その想定について、太一は自分でも気付いたのだから凛もミューラも気付いていないはずがない、とは思っていた。

 その通りだったことに安心する。

 無論、想定以上の強敵が出てくることについての心配はある。

 が、太一も、正直ひとの心配をしている場合ではない。

 あのナイフを捌いた限りでは、敵は相当な実力者だろう。

 凛とミューラを心配するのは太一にとっての当然の感情だが、それを横に置いてでも、まずは自分のことに集中する必要がある。

 太一にしか相手取れない敵。太一が負ければ、止められる者は誰もいないのだから。


「じゃあ、行ってくる」


 太一の姿が消える。

 次の瞬間には、コロシアムのもっとも高い壁の縁に立っており、そこを蹴って外に飛び出していった。

 あっという間に遠ざかっていく気配は、すぐに探るのも困難になる。

 そこに意識を割いている意味は、今はない。


「さて、聞いていたわね?」


 ミューラは振り返り、メリアを見た。

 シルフィの姿を見て、その存在に圧倒されてはいたものの。

 彼女は、それで無駄な時間を費やすことはなかった。ミューラの問いに、即座に頷く。


「千載一遇のチャンスですわ。これを逃す手はございません。皆さん、動けますこと?」


 メリアは、エルザ、カピーオの順に顔を向けた。彼女たちは一も二もなく頷く。まだ試合をしていないエルザは、この日に備えて整えた万全のコンディションのままだ。カピーオはミューラとの戦闘をこなしていたが、エルザの護衛として、いつまでも疲れてはいられなかった。試合終了からすぐに回復に努めたため、万全ではないもののだいぶ元に戻っている。

 主従二人は問題ない。

 そして、アクトの消耗具合に、どうするかと思考を高速回転させる。

 直前まで、手加減していたとはいえ、召喚術師である太一を相手に奮戦していたのだ。最後まで力を振り絞ったため、せいぜい立つのがやっと、といったところだろう。

 時間がない。

 太一の言葉の通りであれば、こうしている間にもどんどんと時間が失われていく。


「じゃあ、私がここに残るよ」


 ひとまず、魔法薬で応急処置を。そう考えたメリアが口を開く前に、凛が案を出した。

 正直、彼女ほどの実力者をここに縫い付けておくのは惜しい。実際の戦闘力換算で冒険者ランクA相当の彼女は、むしろ陣頭に立って動くべきだ。

 それだけの腕があれば、遠距離狙撃も可能だと思われるので、その場から動かなくとも戦闘は可能だ。だが、出来る事ならば、彼女には彼女の判断で自由に動いてもらいたい、というのがメリアの考えである。

 既に、腕に覚えのある学生や、まだ残っていた警備兵なども、ごく少数だが動き始めている。テロリストたちも、動きにくいながらも必死の抵抗を試みているが、徐々に制圧されている。

 学生たちを発奮させ、一気に制圧してしまいたい。そのためには、凛というカードをここに置き去りにするのは惜しすぎた。しかし、彼女の提案以上のものがないのも現実だった。

 仕方ない、そう割り切ることを決意した。思考に費やしたのはほんの数秒もないだろう。が、それは間違いない、意識の空白。ただでさえ実力差があるのに、意識に空白まであっては、一歩遅れるのは必然だった。

 ミューラが唐突に手のひらをかざした。いつの間に構築したのか、凝縮された火球が発動待機状態になっている。凛もまた、杖に魔力を纏わせていた。

 そして、その手が、杖が示す先には、両手を上げた三名の黒衣の者。


「……アクト・バスベルは我々が引き受ける」

「誰よ、あんた」


 メリアは、その姿に見覚えがあった。

 ハッとして、メリアは黒衣の者とミューラの間に割り込む。


「ご安心を! 彼は味方です!」

「……そう。ならいいわ」


 緊迫した空気も一瞬。メリアが思った以上にあっさりと、ミューラが退いた。合わせて、凛も杖を下げる。


「……良いのですか?」


 急に現れた彼らが怪しまれるのは当然。もっと疑われると思っていたメリアは、思わず声をあげた。凛とミューラが退いてくれるのならば最良なので、本当に反射的にリアクションしてしまったのだ。


「この状況で、迷っている暇はないわ。それに、もしもこいつらがグルなら……」

「その時は、メリアさん。貴女もろとも、テロリストとして叩き伏せるだけ」


 二人に迷いはなかった。

 もしも、メリアがそのような企てをしていた場合、彼女たちは躊躇しないだろう。

 間違ってもそんなことはないため、彼女たちの牙がこちらに向くことはないのが救いだった。


「……安心してほしい。陛下の名にかけて、我々は裏切らぬと約束しよう」

「そう。よろしくね」


 ミューラも、凛も。それ以上黒衣の者たちに声をかけることはなかった。

 追及するだけの時間がないのが一つ。そして、もう一つは、仮に敵であったとしても、叩き伏せられると判断したのが一つ。

 黒衣たちは気配を消してここに現れたのだが、凛とミューラは、それをきちんと察知して攻撃の体勢に入っていた。

 そのことから、彼らは二人に敵わないことを知り、また、二人は黒衣の者たちを勝てる相手と判断した。

 もちろん、多少ではあるが疑ってはいる。けれども、メリアが身体を張って割って入ったため、そこまで心配はいらないと考えていた。

 ただ、メリアしか正体を知らない増援に対して、必要な手順だっただけだ。後ろを気にせずに戦える状況が大事なのだから。

 それよりも。


「ずいぶんと話し込んでしまったわね」


 実際はそこまで経っていないが、現状余裕がないため、早く行動を開始するにこしたことはない。


「じゃあ、行こう」

「え、ええ……」


 凛の静かな号令に、思わず拍子抜けを味わったメリアが気を引き締めなおし。


「参りますわよ」


 口を挟んで場がややこしくなるのを避けていたエルザが、場がまとまったのを確認してはきはきと応じる。

 その斜め後ろで、主を守るべく、カピーオも戦意を高めていた。


「素早く制圧するわよ! 散開!」


 この会場の勢力図を、まずはこちら側に塗り替えること。

 それを、手早くやる必要があった。

 そのためには、シルフィの存在感に圧倒されて固まっている生徒たちを動員するのが一番良い。

 太一の拘束も、もうじき解ける。

 時間との勝負だ。


2019/07/17追記

書籍に合わせて、奏⇒凛に名前を変更します。

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