チートとは?
太一の事さ!
だんだんとぶっ飛んできました。
目が覚めた。
太一は自分が信じられなかった。
幼少より、安眠を阻害するという悪魔の如き所業を働く仇(目覚まし時計)との戦いを繰り広げてきた太一。
彼の者を正義(眠気)の名の下に叩き伏せ、数多の屍を築いた実績がある。その後最後のボス(遅刻)との生き残りを賭けた死闘が待っていると分かっていながらも、魔王の元へ赴く勇者のように、立ちふさがる敵を排除してきたのだ。
太一からすれば、睡眠は人生の栄養剤。無くてはならないもの。布団は彼にとって最大の鎧であり、最も心安らぐ場所。
だから信じられなかった。
こんな、太陽が昇り始めるのと同時に、目が覚めるなんて。
むくりと上半身を起こし、頭をバリバリと掻く。
ぐっすりと眠る事が出来て、久々に穏やかな気分だ。さて何故目が覚めたのか。異世界に来て、最初のベッドに恵まれたのに。
少し自分と向き合い、すぐ答えが出る。
「ガキかよ俺は……いやガキか」
即座に自分で解決し、そして苦笑する。
今日から、レミーアを師として魔術の練習が始まるのだ。
それが楽しみで仕方が無い。遠足を待ちきれない小学生のようだと自嘲する。
今でも面倒ごとはまっぴらごめん。近づかずに済むならそうするし、寄って来るなら離れたい。
それでも尚、自分が「魔術を使える」かもしれないという期待感は、太一を焦がした。
少年の時分、RPGゲームで操るキャラクターが、氷や炎、雷の呪文を使って並み居るモンスターを切って捨てるその姿を見て、自分も使えたらなー等と思った口だ。
はたまた小学校の頃はやった格闘アニメの光線技を見て、「俺も出せるかも!」と友人達と集まって修行したのも覚えている。
男は誰しも、修行をするのである。新たな強さを求めて。
もちろん高校生になった今では、そんな事はありえない、というのは頭で分かっている。修行なんてすれば後ろ指を指されて笑われてしまう事も。
ただこの歳になって、かつて夢見た超人的能力が、自らの身に可能性となって湧き上がってくれば、わくわくしてしまうのも仕方が無いだろう。
そんな事を考えているうちに、普段なら二度寝という黄金郷へいざなう眠気がすっかり影を潜めてしまい、太一はベッドから降りて一つ伸びをした。する事が無くてとても暇である。とりあえず顔でも洗うとしようか。
レミーアの家では、シャワーとトイレは外にある小さな小屋。顔を洗ったり、飲み水を汲むための井戸は外である。部屋のテーブルに置かれているタオルを引っつかんで、太一は部屋を出た。
扉を開けたところで、凛とばったり出会った。
「「あ」」
二人の声が重なる。凛以外に人の気配が無い。まだレミーアもミューラも寝ているのだろう。
「太一が……こんな時間に? 槍でも降るんじゃ?」
「失敬な。いや……まあ。魔術の修行ってのが頭にこびりついてさ……起きちまったんだよ、不覚にも」
「子供か。……って、バカに出来たらどんなにいいか」
どうやら凛も似たり寄ったりの境遇らしい。
お互いに若干嫌そうな顔を向け合い、これまた同じ事を考えたらしく、井戸に向かって並んで歩き出す。
「魔術かあ。使えるのかな」
「さあ。教わってみてからの話じゃない?」
「いやそうなんだけどさ。生まれつきのセンスが大事だ、とか言われたら、落ち込むしかないわけで」
「それはそれで、悲しいものがあるわね」
勝手口から表に出る。
大分明るくなってきていた。朝のひんやりとした空気がとても気持ちいい。
これなら早起きもたまにはいいかもしれない、などと考える太一。次に実行するのはいつか、と問いかければ、きっと曖昧に「……いつか」と返って来る事だろう。それとも視線をあさっての方向に向けて誤魔化すだろうか。
井戸の桶を引き上げて、よく冷えた水で三回顔を洗う。凛の為にもう一度水を汲んで、太一は視線を周囲に巡らせた。
程よく茂る木々。昨日は精神状態が良くなかった為周りを気にする余裕も無かったが、今改めてみて思う。いいところに住んでいるな、と。こんなところに住むのなら、偏屈も悪くは無いかもしれない、とレミーアに対して些か失礼な考えを巡らせる。
「お待たせ」
サッパリした顔を向けてくる凛。
彼女はすっぴんでもあまり気にしない。よく彼女の女友達に「ちょっと位化粧しなよ!」と諌められているくらいだ。尤も、化粧などせずとも素のままで十分いけるため、凛の友人達はそれを羨んでいたのも事実だが。
「さて。やる事が無くなっちまったぞ」
「どうしようか」
これが自分の家なら、コーヒーでも淹れてのんびりしているところなのだが、如何せんここは他人の家である。昨日の今日で人の家で勝手できるほど、図太い神経を持っているわけでもなかった。
「あのさ、太一」
「何だよ、改まって」
振り返れば、凛が真面目な顔をしていた。
どうも、普段どおりのノリとは違うらしいと考えて、太一も向き直る。
「折角だから、腰を据えて話しよう。今後、どうするかについて」
「ん。それだったら外のがいいな。音立てて起こすのも悪いし」
凛が家の壁に寄りかかる。太一は井戸の縁に腰掛けて、凛の言葉を待った。
「えっとね……」
話をしながら思った。
これは、二人きりで話す機会があって良かった、と。
怒涛の時間を異世界で過ごし、冷静に考えられる状態にいなかったのだから。
思わず話し込んでしまい、起き出して来たミューラと鉢合わせる頃には、すっかり日が高く昇っていたのだった。
「さて。それでは、魔術の修行を始めるとしよう」
朝食を摂ってクーフェにて食後の一服も済んだ。因みに朝食のメニューはパンとスクランブルエッグと野菜スープ。慣れ親しんだ食事にありつき、太一も凛も思わずがっついてしまった。
十分にまったりとして英気を養い。
太一と凛はレミーアに連れられて家の前の広場に来ていた。家の裏手は井戸やトイレ、シャワー室があり、更にそこで洗濯物を干したりするのだろう、結構なスペースがある。
レミーアはくるぶしまで丈がある裾が擦り切れたローブを羽織り、手には身長ほどある杖を持っていた。物凄く魔術師っぽい。見た目から入るタイプなのだろうか。
「さて。いきなり呪文を教えても良いのだが、ここは焦らずじっくり、基礎の基礎からみっちり叩き込んでやる」
「うぇ……」
いきなりの面倒くさそうな宣言を受け、太一が呻いた。
もっと簡単に魔術を唱え。
華麗に。
どかーんとか。
ぴしゃーんとか。
そういったのを手っ取り早くやりたかった太一としては芳しくない流れである。
「上手い話はないですよね」
「それは当然だ。まあ焦るな。お前達の資質にもよるが最短で一ヶ月。最長でも三ヶ月で頑丈な土台を仕込んでやる。この恩恵をいずれ、身を持って体験する事になるぞ」
「隠れて勉強して、テストでいきなり高得点取るみたいですね」
「間違ってはおらん。冒険者として必須のスキルである以上、遅かれ早かれ気付くのさ。自分と周囲の冒険者との力関係にな。その時に、おのずと分かるであろう。私の教えを受けた者が、常識の枠で収まるはずがないからな」
もちろん、太一の思考など手に取るように分かる凛が、すかさず楔を打ち込み。
彼女の意図を察するくらいには機微に優れるレミーアがそれに乗っかり。
結果的に太一のもくろみは口に出す前に霧散した。
「で、まずは何をするんですか?」
「それだがな。ほれ」
太一の問いに、レミーアは懐から何やら木の板を取り出して二人に投げた。運動神経にはセンスがある太一と、硬式テニスで時には時速一三〇キロを超えるボールを打っている凛は、不意打ちにも関わらず危なげなく受け取った。
「これは?」
「お前さんたちの魔力値と魔力強度を測るものだ。ああ、素材自体はただの木だ。私がそれに、魔力を測る魔術を掛けたのだ」
「魔力値?」
「ギルドでは測らなかったですよ?」
ギルドでは、属性の適性しか調べなかった。
「当然だ。国のトップ機関位だろうな、この技術を持っているのは。まあ優れた魔術師なら相手の魔力を大体測る事は出来るが、正確に数値として目視できるような技術は持っておらん。このように専用の魔術を使わなければな」
常識を説くような口調。至極当たり前のことのようである。
「……国のトップ機関にしかないような魔術が、何故ここに?」
それは浮かんでしかるべきの疑問だった。
凛の問いかけに、レミーアは顔色一つ変えずに答えた。
「ん? それは私が開発した魔術だからな。国にしかないのは、私が国にしかこの技術を売っていないからだ。冒険者ギルドではこの魔術に対する対価を用意できなんだ」
つまり、この世界の最先端技術の一つ。それが、太一と凛の手の中にある。
レミーアは実は凄いのではないか。ギルドマスターが言った『超一流』の片鱗を垣間見た。
「まあ、そんな事はどうでもいい。まずは魔力値と魔力強度について簡単に説明しよう」
最先端の魔術を、どうでもいいと切って捨てた。
「魔力値とは、その名の通り、属性の適性を持つ者の魔力容量。魔力強度は魔力の強さだ。分かりやすく言えば魔術をどれだけたくさん使えるか、どれだけ強い魔術を使えるかの目安だな」
「MPとかみたいだ」
説明を聞いた太一がそうこぼし、凛もそれに頷いた。太一の例えはとても分かりやすかった。主に、凛に対してのみ。
「『えむぴー』が何かは分からぬが、要はコップに入れられる水の量と、コップに注ぐ水の勢いの強さと思えばよい」
「強い魔術を使うとたくさん減って、簡単な魔術なら少ししか減らないんですね。後はその人の強さそのものですか」
「うむ。話が早くて教えるのがラクだ」
凛はこれを、彼女がやった数少ないテレビゲームから例えた。
あれは確か、暗黒騎士が聖騎士になり、地底を経て最終的に月まで行く物語だったはずだ。あのゲームでは、初級の火を起こす魔法は大してMPを消費せず、逆に隕石を呼び寄せる最強の魔法はどんなにキャラクターを強くしても一〇発しか行使できなかった。
そしてレベルが低い時に使用する火を起こす魔法と、ラストダンジョンに乗り込めるまでに強くなったキャラクターが使用する火を起こす魔法では、当然ながら威力は違う。
因みにだが、これを理解するのに、この世界の者は結構苦労する。
幼少期から勉学に触れてきた現代人には分からない苦労だろうが。
「その容量を知っておけば、どの程度までなら余裕があるのか、どこまでいくと危険なのかが分かりやすいだろう。普通それは感覚で覚えるのだが、感覚でやり始めるとモノにするまで数年掛かる事も珍しくない」
数年掛かる事を一瞬までショートカットしてしまうのだから、この木の板に込められた魔術の価値は計り知れない。
「もっと説明がいるかと思ったが、具体的なイメージで解釈出来ているなら御託はいらんな。早速測ってみるとしよう」
レミーアは杖を翳した。そこにほのかな光が灯る。目の前で魔術を行使され、太一と凛は等しく感動した。あの時のメヒリャほどの迫力は当然無いが、レミーアが起こすのは彼女オリジナルの魔術。また違った驚きがあった。
『その者の力を示し給え』
詠唱はとてもシンプル。
レミーアの杖の光が少し強くなり、それに呼応するように、太一と凛が持った板が輝き始めた。
目の前で起きた奇跡に、驚きを禁じえない。しばらく呆然と様子を眺めていると、板になにやら文字が浮かび始めた。
「レミーアさん! 文字が浮かんできましたよ!」
「うはは、すっげー!」
子供のようにはしゃぐ二人に、レミーアは苦笑した。
昨日魔術の説明をしたときもそうだが、これだけの理解力を持つほどに聡明なのに、魔術に触れた事が無いかのように驚いてみせる。そのギャップは、レミーアには新鮮だった。
「いずれお前達も使えるようになるさ。さあ、こっちへそれを寄越せ」
太一と凛はレミーアにその板を手渡した。
そこに浮かんだ文字を見て……レミーアの顔が、途端に凄まじい真剣さを帯びた。
今までとの明確な差に戸惑う太一と凛。
昨日セクハラを受けた時でさえ、笑って受け流すほどの器量を持つ女性が、ここまで余裕の無さそうな顔をするのは意外だった。
場に下りた沈黙に耐え切れなくなった太一が、おずおずと呟いた。
「もしかして……魔力持ってない、とか?」
「うそぉ……でも、魔力を持ってないと、ギルドの水晶って光らないんじゃ?」
「でも、持ってるだけでちょびっとしか無いとかじゃね?」
「ああそっか。どれ位持ってるかまでは、教えてもらえなかったもんね」
不安を払うように会話したのに、あまり歓迎できない可能性が見えてしまって尻すぼみになる二人。
ややあって、我に返ったようにハッとするレミーア。
「おお、すまんすまん。久々に使ったからきちんと発動するか確認してたんだ。大丈夫だ、実用に耐えうる魔力を持っているぞ。ちゃんと魔術は使えるようになるから安心するといい」
ホッとした様子の太一と凛。
二人をもう一度見やって、レミーアは再び視線を手元に落とした。
(想定外、だな。まさか、これほどとは……)
フォースマジシャンとユニークマジシャン。
その素質から考えて、並ではないと腹を括ってかかっていたレミーア。
フォースマジシャンである凛の魔力値は三七〇〇〇、魔力強度は五〇〇〇。これは一流と呼べる魔術師が持つ魔力である。宮廷魔術師部隊で最強クラスの力を持つ者と同じ土俵に立てるだけの力を持っている。
普通、魔術師のエリートである宮廷魔術師になるために必要な魔力値の最低ラインは一〇〇〇〇、魔力強度は二〇〇〇である。並の宮廷魔術師二人分から三人分の力を、凛は一人で持っていることになる。更に、その宮廷魔術師を持ってして、デュアルマジシャンはそこまで多くは無い。魔力量とフォースマジシャンの万能さを持ってすれば、彼女の実力は魔力値で単純に測る事が出来ない領域まで行ける事は容易に考えられた。
凛だけでもレミーアを驚かせるには十分なのに、太一のそれは輪を掛けて凄まじい。
いや、凄まじいという言葉で表すのすら生ぬるい。
(魔力値一二〇〇〇〇……魔力強度四〇〇〇〇……? 桁が違うではないか……)
今レミーアは、自身の測定魔術に欠陥があったのではないかと仮説を立てている。
しかし同時にその仮説がとても頼りない事にも気付いてしまっていた。
レミーアが記憶する限り、この魔術を使用して計測した結果は、他人を納得させるだけの効果が実証済みである。
いくつかテストをして確認したから間違いは無い。
その根拠として。
魔力値一五〇〇〇同士の、同じ属性を持つ魔術師二人に同じ魔術を行使してもらい、魔力消費量がほぼ同等であること。
魔力強度二〇〇〇と四〇〇〇の、これまた同じ属性を持つ魔術師二人に同じ魔術を使ってもらい、その威力に約倍程の差があった事。
これらのテスト結果から、この測定魔術は正確な測定が出来るとお墨付きだ。
因みに世界最高の魔術師の一人としてその筋ではとても名が通っていて、自身も火、水、風のデルタマジシャンであるレミーアの魔力値は四三〇〇〇、魔力強度は六〇〇〇。彼女の七倍近い魔力強度でもって放たれる魔術がどれほどのものなのか、想像も出来ない。
宮廷魔術師を比較対象とすればその差は更に顕著だ。魔力消費量が一〇〇の魔法を同時に使い続けたとして、並の宮廷魔術師の二〇倍の威力を持つ魔術を一二〇〇回放ち続ける事が出来る計算だ。
魔術の知識量は世界でも有数だと自他共に認めるレミーアでも、魔力値の常識はどんなに多くても五桁、魔力強度は四桁。六桁の魔力値を持つ者が存在するなど、見たことが無いし、聞いた事も無い。魔力強度が五桁など、驚きを通り越して薄ら寒さを覚える。
(これは、説明せねばならんな。誤魔化して良いものでもないだろう)
魔術が使える、という可能性を潰されずに済んで、素直に喜んでいる目の前の少年少女に、レミーアは背筋を伸ばして声を掛けた。
感想&ご指摘下さった皆様、ありがとうございました。
感想については土日で返信する予定です。
また指摘を受けて設定の見直しも行いました。徐々に反映してゆきます。土日で全部反映……出来たらいいなあ。。
~舞台裏~
ミューラ「出番少なくない?」
作者「あ、もうちょい後だから」
ミューラ「あれ? 設定で私の事メインヒロインにしてなかった?」
作者「うんしてたね。メインヒロイン(笑)ではないけど」
ミューラ「笑うな! ヒロインなのに二話連続でセリフ無いの?」
作者「次ももしかしたらセリフ無いかな?」
ミューラ「ちょっと!?」
ミューラさんはヒロインです。
2012年4月22日改稿しました。
今回の修正について活動報告にスレッドを立てました。何かあればそちらにお願いいたしますm(__)m
2019/07/16追記
書籍化に伴い、奏⇒凛に名前を変更します。