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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
第四章:見聞を広めようとしたらやっぱり色々巻き込まれました。
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帝国立魔術師養成学園の騎士候補生 四

遅くなりましたが、お年玉投稿。

 初老の男の前にある窓からは、広大な学内の敷地が一望出来る。先に見える修練場には、生徒たちが出てきたところだ。ここからだと人ひとりの大きさがゴマ粒ほどに見える。

 学園の最奥部にある、最も高い尖塔。その最上階。


「全く、陛下も無茶をなさる……」


 窓からその様子を眺めていた彼は、ため息をついてクーフェをすすった。

 芳醇な香りが鼻から抜け、心地よい苦味が喉をすり抜けて胃に流れ落ちていった。


「午後一は戦闘訓練の授業ですな」


 男に向かって投げられる中年男の言葉。主語が全く足りないが、初老の男には彼が何を言っているのか良く分かった。


「ふむ。中央からの情報によれば、この学園の生徒では相手にならない、とのことだが……」


 事前情報では、皇帝から預かった生徒(名目上)三人は、数か月前にAランク冒険者への昇格の打診を受けているという。それも、例の召喚術師の少年だけでなく、仲間の少女二人も。

 この学園とてエリートの卵を数多く輩出してきた歴史と自負がある。が、過去を紐解いても在学中にAランク冒険者の領域に達した者は片手で数える程しかいない。

 Bランクの水準まで辿り着けるのは一握り。Cランクでも学内を歩けばちやほやされるだろう。Dランクまで達せられれば十分もろ手を挙げて歩ける成績である。

 現時点で在籍している生徒の中で最高の成績を収める『戦闘』の生徒は、冒険者ランクでB相当が二人。

 それも、実地の叩き上げでランクアップした現役冒険者と比べれば、経験量が半分にも満たない生徒たちの方が一歩二歩と後れを取るだろう。


「それは間違いないと思われます」

「ほう?」

「彼らのうち、リン・アズマ……今はリーリン・キャロールと名乗っているのでしたな。彼女は『相克』という現象を知っておりました」

「『相克』か……」

「はい。そしてミューラ……ミレーユ・エルディラは、上級魔法薬の材料の一部を淀みなく回答したそうです。それだけでなく、特級魔法薬の材料と精製方法も知っている様子だったと報告が入っております」

「上級に特級だと?」

「はい。薬学の講師が彼女の不真面目な態度を窘めるために出した問いでしたが、さらりと答えられて返す言葉が無かったそうです」

「うぅむ……」


 今の話を聞くだけでも間違いなくこの学園で学ぶレベルを超越している。

 流石は世界中の魔術師が権威と賞賛する『落葉の魔術師』の秘蔵っ子たち、といったところか。


「して、タイラー少年はどうだったのかね?」


 今の話には、召喚術師の仲間の少女二人しか登場しなかった。初老の男が一番気になる少年はどうなのだろうか。


「いえ。彼は授業では特に目立つことは無かったようです」

「そうか」


 中年の男は報告する。知識レベルの水準は学園内でもかなり高い方だが、リーリンとミレーユに比べればどうも霞む、と。

 それも事前情報として受け取った彼自身の言葉で分かっていることではある。彼は自分で「俺は頭脳担当じゃない」と言ったからだ。


「なるほど」

「彼の真価は、この学園にいるうちは場を整えない限りはなかなか分かりづらいでしょうな」

「やはりそうか」


 顎髭を撫でつけ、大分ぬるくなったクーフェのカップを執務机に置いた。


「では、場を整えよう。おあつらえ向きの催し物もあることだしな」

「随意に」

「少しで構わぬ、祭りの前に保守派と革新派の対立を煽っておけ」

「承知致しました。……荒療治ですな」

「あまり時間を掛けるのも良くないだろう。残された時間は、そう長くはない」

「はい。では早速取り掛かります」

「うむ。ゆけ」


 中年の男は一礼し、退室していった。

 その気配が遠ざかり、やがて届かなくなった頃。初老の男は再び窓の向こうに顔を向けた。


「さて。帝国に弓引く愚か者ども。我々は貴様らに膝はつかぬぞ。努々、忘れぬことだ」


 誰に言った訳でも無い決意。帝国最高学府の長の言葉は、執務室の空気に溶けていった。



 広い修練場。これでグラウンドの一角というから恐れ入る。

 運動着に着替えた総合科三年の生徒たちは、そこに集合していた。


「ジャージとか着るの久々だなぁ」


 タイラーこと太一は、己の格好を見下ろしてそう呟いた。

 上下エンジ色のジャージ。足の外側には、三本の白い線がある。生地が違ったり色が違ったり線の数が違ったりしたが、このジャージは中学の頃着たものと似ているため、太一は違和感を感じずに袖を通していたのだ。

 実はこのジャージ、学園内での実戦形式の授業での制服である。特殊な付与魔術が施されており、また裏地には攻撃が直撃した際に発動する防御結界が仕込まれ、身体のどこに当たっても刃の直撃を防ぐ仕組みになっている。見た目に反して防御力は折り紙付きなのだ。

 授業開始時に都度貸与され、授業終了後着替えたら返却しなければならない。優秀なもののため持ち出せば結構な値段になりそうだが、このジャージ、持ち出すとどれだけ成績優秀でも問答無用で留年が決定する。しかも二度目となるとこれまた問答無用で退学。

 余談だが、専門の業者が使用後のジャージを丁寧に洗濯しているので常に清潔らしい。

 それはさておいて。


「まさか、ブルマがあるなんて……」


 凛が自身の下半身を見詰める。ジャージの長ズボンに隠れて見えないが、その下はブルマである。


「それも、まさかだよなぁ」


 太一と凛は日本の中学高校で、ブルマを見た記憶は無かった。男女ともにサイズ違いのハーフパンツだったのだ。


「まさか」


 ちらりと太一が隣に視線を向ける。

 

「まさか」


 凛が太一の視線を追う。


「……何?」


 視線の先には、ミューラ。


「まさか、下はブルマのままとは」

「大サービスだね」


 太一と凛が上下ジャージなのに対して、ミューラは上にジャージを羽織ったのみで、下はブルマである。

 透き通るような白く長い足が惜しげもなく白日の下にさらされている。

 当然かなり視線も集まっているのだが、注目を浴び慣れているミューラはどこ吹く風だ。

 

「いいのよ。あたしはあまり着てると動きにくくて嫌なの」


 まあ、戦闘時の彼女の格好も防具の類いは最低限のため筋は通っている。実際、上のジャージも袖すら通さず肩にかけているだけだ。

 実際に動くとなればそれも脱ぎ、白い運動用のシャツにブルマになるのだろう。


「そもそも、ここで怪我とかしないでしょう?」

「あんまり、舐めない方がいいと思うけどな」

「舐めるつもりはないわ。だからこそ、動きやすい格好で臨むのだから」


 彼女も人の子のため何もかも完璧とはいかないが、基本的に手を抜く、という言葉とは無縁の少女だ。

 もちろん相手が誰だろうと全力全開、という意味ではない。相手に合わせつつ、その中で誠心誠意物事に尽くす。


「それよりタイチ。貴方こそ、きちんと節度を持ってやるのよ?」

「ああうん。ま、俺はその辺は大得意だけどな」


 太一の手加減はシンプルだ。強化の度合いをどの程度にするかで、発揮する力を制御出来る。

 レミーアの修行のたまものだ。


「太一。アレは使うの?」

「ああ、そのつもりだけど」


 「アレ」とは、シルフィの力のことだ。

 力の使い方を制御すれば、常識の範囲内の風魔法を使う事も出来る。


「ふぅん。ま、今のタイチなら大丈夫かしらね」

「ああ。下手な真似はしないよ。……多分」

「最期の一言が余計」


 これまでの太一を見ていれば、彼の制御能力がどれほどのものかはすぐに分かる。

 ミューラも特に心配をしている訳ではない。

 そもそも自分より下のレベルの相手と戦う事が殆どだったのだから。


(んー。やっぱり、気になるよね)


 その横で二人のやり取りを見ていた凛は周囲を軽く一瞥した。

 自分たちにちらちらと向けられる視線には、もちろん気付いていた。特徴は太ももや胸元に向けられる劣情混じりの視線が比較的少ないことか。

 理由は分かる。太一とミューラの武器だろう。

 自分達は宮廷魔術師の弟子としてここに来ている。

 その三人のうち二人が、杖ではなく剣を持っていれば、否応なく気になるというもの。

 別に近接戦闘主体の者でも魔術を使うため、広義では魔術師とするのも間違いではない。


(太一とミューラは剣だし)


 とはいえ、宮廷魔術師の弟子ならば、普通に考えれば凛のような後衛タイプの魔術師であると予想されて不思議ではない。

 それが蓋を開ければ二人が刃物なのだから、三人に対する期待の他に、疑問の視線も当然といえた。


(ま。杖だけが型って訳じゃないからね)


 そう、凛は口の中で呟く。

 接近戦主体の者を魔術師と呼ばないというなら、レミーアを見習うべきだ。かつてマーウォルトの会戦で、魔術師を相手に接近戦を仕掛けて勝負の流れを引き寄せたと聞いた。

 凛とて、戦闘時に必要とあればあえて間合いを詰めることもあるし、レミーアの戦闘を知った今は杖術も会得したいと考えている。魔術師に近接戦闘技術は不要、という考えはやや凝り固まっていると、凛は感じざるを得ない。


「よーし。揃ってるな」


 始業の鐘が鳴り、教師がグラウンドにやって来た。

 細身の体躯を持つ、男勝りな笑みが似合う女性だ。身長は平均的。身のこなしと佇まいが、ただ者ではないと物語る。左腰にくくりつけられたレイピアと、その反対、右腰にたばさんであるショートスタッフ。彼女は接近戦も長距離戦もこなすオールラウンダーなのだろう。


「時間が惜しい、早速始めよう。前回提出した自分の課題は覚えているな?」


 生徒たちが頷いたのを見て、女教師は満足げだ。


「いつもと同じ、二人一組で模擬戦をしてもらう。しばらく経ったらペア変更だ。自分の課題を意識して模擬戦闘に臨むこと。すぐに解決しろとは言わん。しかし、伸びようという意識がないのが一番の害悪だ」


 女教師はぐるりと生徒たちを一瞥した。


「今後つまらんことで死にたくなくば、死に物狂いで課題と向き合うのが基本だ。何度も言うのは、基本とは簡単なことではなく大切なことだ」


 そう、基本は何よりも大事だ。基本を限界まで昇華した先に、一年間に渡って挑んでくる世界中のトッププロを退け続け、頂点からの陥落を許さなかったスポーツ選手を凛は知っている。


「それでは、ペアを組んだ者から始めろ。何かあれば聞きに来い」


 教師の言葉を最後に、生徒たちは次々とペアを組んでいく。


「キャロールさん! 僕と組んでください!」

「エルディラさん、良かったら私とやりません?」


 凛とミューラの元にも、男女問わず数人があっという間に集まり、黒山の人だかりが出来上がった。


「おっとと」


 その輪から押し出された太一。「やっぱ野郎より美少女だよなー」などと一人納得しつつ、誰かいないかと首を左右に振る。すると、ぽつんと一人、

所在なさげに立っている、ショートスピアを持つ少年が一人。太一は彼に見覚えがあった。珍しい転校生に話し掛けてくるクラスメイトのおかげで、ほぼ全員と会話をすることが出来た。その中で、たまに視線をくれるものの、ついに一言も話さなかった唯一の人物だ。

 もう一度周囲を見渡す。他にあぶれている者はいないようだ。

 ならば彼とやるしかあるまい。それに、話したことがないので自己紹介にもちょうどいい。

 太一はそんなことを考えながら、少年の元に向かった。



 アクトはこちらに向かってくるタイラーを見て、ため息をついた。

 転校生の太ももにテンションが上がっていたシェルトンと組もうと思っていたが、彼はいつの間にか別のクラスメイトと組んでいた。気付いたら、アクトは既にあぶれていたのだ。

 同じくペアがいない同士、転校生の彼が自分の元にやってくるのは、至極当然と言えた。


「君もあぶれたんだな」

「……そうだね」


 転校生には関わらない、と決めたのに。

 タイラーは自分の正面二メートルの位置にいる。

 自分の後ろにいる誰かに話しかけている、というひどく無意味な希望的観測をしつつ、最後尾にいたアクトの後ろには誰もいないと分かっている。アクトは諦めて返事をした。


「俺の名前は知ってるよな?」

「……うん。タイラー・ミラク君でしょ?」

「そうそう。君は?」

「僕はアクト。アクト・バスベルっていうんだ。アクトでいいよ」

「そっか。俺もタイ、ラーでいいぞ」


 タイラーが思わず偽名でなく本名を名乗りそうになったこと以外は、おおむね普通の自己紹介だ。


「あぶれちまってさ。俺と模擬戦やらないか?」


 アクトはいまいち乗ってこない気持ちが悟られないように努めて平静を装って頷いた。


「いいよ、やろう」

「よしきた」


 タイラーはアクトから五歩離れ、そこでくるりと振り返って剣の柄に軽く右手を添えた。柄や鞘の拵えから見るに、剣は武器屋なら何処にでも置いている鋼の剣。簡単に手に入るが、扱いこなすには相応の実力が必要な、駆け出し卒業の証でもある剣だった。


「……魔術師なのに、剣なんだね」


 腰を落とし、槍を石突きを背中側に、穂先を身体の右に、斜めに流す。

 対近接戦闘武器用の、迎撃の構えだ。


「ん? 魔術師が剣を使っても変じゃないだろ?」


 それもそうだ。

 タイラーは言う。魔術を使えるなら、皆魔術師と呼ぶことも出来る、と。

 そもそもアクトとて、メインウェポンこそショートランスだが、戦闘では攻撃補助含めて魔術も使うのだ。自分だって魔術を使う者──魔術師と呼べなくもない。


「なるほどね。先入観に囚われるのは良くないね」

「そういうことだ。じゃあ、俺から行くぞ?」

「いつでもいいよ」


 さて。タイラーはどんな戦いをするのか。エリステインの宮廷魔術師の弟子、という肩書きを持ちながら、剣を扱う少年。初手は魔術か、それとも、剣か。

 第一印象通り、タイラーからは隙と言うものが見当たらない。戦闘における貫禄は、アクトが知る中でも五本の指に入るだろう。


「!」


 軽い足取りでタイラーが走り出す。


(剣か!)


 ならば対応手は絞られる。正面か、右か、左か。はたまたフェイントか。

 元々五メートルと離れていなかったのだ。接敵までは一瞬。相手のいかなる手にも対応できるよう目を凝らす。指先の末端にまで神経を巡らせる。


「っ!」


 瞬きをした記憶はない。タイラーが、アクトの視界から消えた。

 警鐘を鳴らす本能に従って、アクトは身体を回転させて槍を真後ろに向かって薙ぎ払った。


「へえ。勘がいいな」


 鼓膜に響くタイラーの声と鋭い手応え。金属同士がぶつかり、火花が散る。アクトの槍の穂先を、垂直に立てた剣で受け止めているタイラーの姿があった。剣の腹に腕が添えられ、衝撃が完全に塞き止められている。


「なん……っ!?」

 

 そして、その手のひらが開かれ、アクトの身体の中心、鳩尾の僅か下を狙っているのを捉え……


「うあっ!」


 戦慄と、直後に衝撃が走る。

 弾き飛ばされたアクトは、空中で一回転して着地。しかし勢いを殺しきれずに地面を滑った。


(今のは風属性魔術! 僕と、同じ……!)


 鈍痛に眉をしかめつつ、タイラーに目を向ければ。網膜が認識したのは、剣を袈裟懸けせんと振りかぶったタイラーの姿。

 剣が届かないのは明らか。だが、そんな物理的な現実よりも、同じく武器を取る者としての勘の方を信じた。


『風の旋刃!』


 腰の捻りのみで、アクトは短槍をタイラーに向けて突き出した。

 鋭い風が一筋の錐となり、その周囲を渦巻く旋風をも刃とした、貫通力に特化したアクトの魔術。


『エアカッター』


 タイラーが放ったのは、珍しくも何ともない、風属性魔術の一つだった。

 しかし、アクトは『風の旋刃』を放った瞬間に、身体を左に投げ出して転がった。

 破裂音が響き、自分の魔術が破壊され、今自分がいた場所を風の刃が通過したのを転がりながら感じ取ったアクト。そのまま身体を跳ね上げようと両手を地面について。


「うっ!」


 だん、と、目の前で激しく踏み込まれた足に身体が一瞬硬直する。

 そして、ぴたりと添えられた剣の腹が、金属の冷たさを、無情に伝えてきた。


「ここまでかな?」


 平坦なタイラーの声。思わず顔を上げれば、不敵に笑うタイラーの姿。アクトは一瞬目を見開いて、その後微笑んだのだった。

活動報告にも書きましたが、前話の誤りは修正しました。



2019/07/17追記

書籍に合わせて、奏⇒凛に名前を変更します。

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