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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
第四章:見聞を広めようとしたらやっぱり色々巻き込まれました。
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帝国立魔術師養成学園の騎士候補生 三

 アクト・バスベルは普段通りに学園に登校し、普段通りに教室に向かい、普段通りに自席に座り、教師の到着を待った。

 いつも通りの一日の始まり。

 しかしそこに、普段にはないうわついた空気を感じ、アクトは疑問を覚えた。今日何かあっただろうか。だが、アクトには思い当たる節はない。


「よお、アクト」


 解決出来ない疑問を持て余していると、背後から掛けられた声。


「あ、おはようシェルトン」


 鈍い灰色の髪を丸刈りにした少年が、人懐っこい笑みを浮かべていた。

 シェルトンはそのままアクトの席に歩み寄り、その机にどかっと腰を下ろした。

 不躾そのものだが、行った方もされた方もまるで気にしていない。いつものやり取りなのだ。


「なあシェルトン。これ、どういうことなんだ?」


 アクトは友人に問いかける。ざわめく教室の中で、アクトの声はシェルトンに届いた後、雑音にかき消された。


「ああ、これな」


 周囲を見渡し、シェルトンは頷く。情報通の彼はネタを仕入れていた。無論、ネタは鮮度が命である。


「何でも編入生がこのクラスに来るらしい」

「編入生?」


 アクトは新たに浮かんだ疑問に首を捻る。


「この学校、編入なんて出来たんだ?」


 帝国立魔術師養成学園は、中途入学を認めていない。入学したければ、然るべき試験を受けて合格ラインを突破しなければならない。その後年に一度の入学式に出席して初めて学園生として認められるのだ。

 もちろんアクトもシェルトンも入学試験を突破した。

 アクトとシェルトンは入学して三年目。少なくても過去二年、そのような事例はなかったと記憶している。


「それがよ」


 「これは殆どの奴は知らねえだろうがな」と前置きし、シェルトンは声をややひそめた。


「何?」


 やはりこの情報通は何か掴んでいるらしい。シェルトンに合わせてアクトの声もボリュームが下がる。

 いずれ明かされるのでそこまで神経質になる必要はないのだろうが、それでも内緒話をする時はつい声が小さくなる。


「何でも留学生らしいんだよ」

「留学生?」

「ああ。で、留学元がエリステインって話だ」

「うん」

「でな。編入してくる連中ってのは、どうやらエリステインの宮廷魔術師の弟子らしくてな。その宮廷魔術師の貴族が帝国に打診して来たらしいんだよ」

「へえ。相変わらず耳が早いな。流石だ」

「ま、それほどでもあるけどな!」

「図に乗るな」


 ピシャリと言われ、胸を張る坊主頭が肩を竦めた。

 エリステインの宮廷魔術師。その肩書きだけで、この世界では一目置かれる程の卓越した魔術の使い手。更に貴族でもあるという。隣の魔術大国との外交の結果ということなのだろう。

 ここガルゲンでエリステインの宮廷魔術師並の力があれば将来は安泰。高額な報酬で国に雇って貰えるはずだ。

 余談だが、エリステインの宮廷魔術師よりも、年額で三割ほどガルゲンで支払われる報酬の方が高い。帝国で慢性的に優秀な魔術師が不足しているための苦肉の策だが、『エリステインの宮廷魔術師』という世界で通用する名誉と比べてどちらを取るかは難しいところだ。

 それはそれでいいとして。シェルトンの話を聞いて、アクトは引っ掛かりを覚えた。


「待った。連中、って言った?」

「おう」


 満足げに頷くシェルトン。


「ってことは、編入生は複数なのか?」

「その通り。人数は三人だ。で、こっからが大事だぞ」


 その言葉に、アクトはより注意深く耳を傾けた。


「実はな?」

「実は?」

「三人のうち、二人は美少女って話だ!」


 小声で叫ぶ、という器用な真似をしたシェルトン。


「……」


 そんな彼を、変わらぬ表情で見詰めるアクト。

 二人の間に訪れる沈黙。


「……で?」


 肩透かしを喰らったシェルトンは、ガクッとこけて見せた。いいリアクションである。


「でっ、てお前……とても大事なことだろうが。美少女だぞ、美少女」

「興味ないな」

「……お前相変わらず、ホントに女の子に見向きもしないのな」


 アクトのあまりにあっさりとし過ぎた物言いに、シェルトンは呆れを隠さない。


「同じことまた聞くけどよ。お前、恋愛否定派?」

「同じ答えを返すけどさ。誰が誰と付き合っても、別にとやかく言う気はないよ。ただ、僕は興味ないってだけさ」

「考えは変わってないってか」

「そんな簡単に変わるなら、最初から考えたりしないよ」


 しばしアクトを見ていたシェルトンだが、訂正の気配がないのを感じ取り、やれやれと首を振った。


「勿体ねえなあ。お前こんなに可愛いのに」


 言いつつ、わっしゃわっしゃとアクトの頭が乱雑に撫でられる。

 誉められたはずのアクトは、むしろ冷え気味の半目をシェルトンに向けた。


「……それ、褒めてる?」

「ったりめえだろ。お前みたいなやつはな、お姉さま方に人気が出るってのが、俺の分析結果だぜ」


 自信たっぷりだが、何をどう分析したのだろうか、とアクトは思う。

 アクトの顔の造形は中々整っている方だ。やや小柄で中性的ではあるが、心構えや引き締まった身体がそうさせるのか、精悍な印象を相手に与える顔つきをしている。

 そこにアクセントを加えるのが、男子にしては少し長い、肩で切り揃えられたライトブラウンの髪に同じ色のふさふさ犬耳と尻尾。

 この二つの要素が、アクトはお姉さまにモテる、としたシェルトンの論拠だ。徹底して確認したわけではないが、個人的に懇意にしている数名のお姉様方にそれとなくアクトを引き合わせ、感想を聞いた結果からの予測である。


「はいはい。どうもありがとう」

「……ホント、勿体ねえなあ」


 これ以上は無意味と感じたシェルトンは、アクトに聞こえないように小さく呟いた。

 女の子と深い仲になるのを夢見る少年としては、待っていても女の子が寄ってくるだろうアクトの素質は羨ましい限りなのである。


「それはそうと、シェルトン……」

「あん?」


 そんな考えに没頭していたシェルトンは、アクトの言葉に現実に戻ってきた。


「その編入生たちには、あまり僕と関わらないよう言っておいてよ?」

「……お前」


 自らの諦めたような物言いに、わずかに込められたシェルトンの憤りを感じたアクトは、小さく苦笑した。


「僕としては、いくら君でも、これだけ僕と絡んでて、立場が悪くならないのが不思議なんだけどね」

「……」


 それは、彼の人徳がなせる技ではあるが、もう一つの要素も大きく絡んでいる。座学の成績は振るわないものの頭が悪いわけでもないシェルトンは、現状という結果の原因は冷静に分析出来ていた。

 だからこそ、憤る。

 こんな状況に置かれてもなお、真っ直ぐ目標に突き進む愚直な彼に、かける言葉のない自分に。


「……分かったよ」


 教室内の喧騒を遠く感じながら、渋々と、友人の言葉を受け入れるしかなかった。


「おーい、お前ら席につけー」


 ガラリと扉を開ける音と共に入ってきたのは、この教室の担任である若い男だった。

 噂話に花を咲かせていたクラスメイトたちが、慌ただしく席に戻っていく。

 しん、とこれまでの騒がしさが嘘のように教室が静まり返る。

 学園に通うには、そこそこの資金が必要だ。よって、それなりに裕福な家庭か、貴族が生徒の大半を占めている。内実はともかく、表面上の規律はよく守られているのだ。

 教壇に立った教師はぐるりと生徒たちを見渡すと、彼らの目に浮かぶ期待の色を読み取り、苦笑を浮かべた。


「おはよう」

『おはようございます』

「……全く。人の口に戸は立てられないというが、お前ら耳が早いな」


 生徒たちは一切無駄口を叩かない。噂の編入生がこのクラスに来るのは分かっている。教師の話を中断すればするほど、紹介が遅れるのだ。


「普段からそれくらい、一致団結してくれればいいのにな」


 教師の本音であろうその言葉に、心当たりがある何人かの生徒はわずかに視線を泳がせた。


「まあいい。時間も限られていることだし、早速入ってきてもらおうか。君たち、入りなさい」


 入室を促され、三人が教室に入ってきた。

 途端に上がるどよめき。それは喜びと驚き。生徒の半数以上だ。

 うち喜んでいるのは男子が殆ど。驚いているのが女子だ。


「ほらほら。気持ちは分かるが落ち着け。まずは私から簡単に説明するぞ」


 教師の一言で、ざわめきは瞬く間に収束した。


「この度学園に編入してきた、エリステインからの留学生だ」


 どうやらシェルトンの言った通り、留学生という情報は知られていなかったのか、教室内がどよめいた。


「まあ、何でエリステインからなのかってのは、どうやらお偉いさんたちのご都合ってやつらしいから、私は詳しいことは知らん」


 ぶっちゃけた教師に、生徒たちは苦笑いした。


「すると、次は何故彼らなのか、って疑問に思うだろう。彼らはな、何とエリステインの宮廷魔術師の直弟子だ」


 エリステインの宮廷魔術師という名誉に、教室が驚きに包まれる。

 他国に轟くほど。金を幾ら積んでも得られない名誉ある肩書き。

 そんな宮廷魔術師に見初められるとはどんな実力の持ち主なのか。

 生徒たちの興味を煽るには十分すぎる肩書きだ。


「さて。私の声は聞き慣れているからいいだろう。彼らに自己紹介をしてもらおうか」


 教師は編入生三人に目配せする。それを受け、まずは少年が口を開いた。




 先程はシェルトンにああ言ったものの、アクトとてその編入生とやらには興味はあった。

 騒がしくなる教室。男女問わず生徒の大半が声を上げる理由は、アクトにもとても良く分かった。

 シェルトンの言う通りだったのだ。ピンク色の髪を頭の後ろで結っている少女も、エメラルド色の髪を腰まで伸ばしている少女も、そんじょそこらでは見られないレベルの美少女だった。

 ピンク色の髪の少女は、一〇人に聞けば九人は美人、或いは可愛いと答えると思われる。残り一人は好みの問題、誤差の範囲だ。エメラルド色の髪の少女も似たようなものだろう。

 それに対して、彼女らと共にいる少年。こう言ってはなんだが、正直平凡な印象が拭えない。比較対象が悪いのだと思う。横に並ぶ二人が非凡過ぎるのだ。

 アクトは視線をさっとクラスメイトに向けた。

 果たして、彼らの見た目に騙されていない者がどれだけいるのかを確認した。


(半数……いや、三割? 少ないな)


 騒いでいるクラスメイトの数は多い。その殆どはただ騒いでいるだけだが、騒ぎながらも瞳に知性の色を残す者もちらほら。

 分かりやすいのは、雰囲気だろう。

 実力は見てみなければ実際のところは分からない。でも、この三人組は間違いなく既に実地を経験している。

 佇まいが、違う。


(何だろう……貴族とは違う。貫禄、っていうのかな?)


 貴族の子女は、人前に立つことに慣れている者も多い。しかし、この学園に所属する貴族の生徒たちで、編入生三人組に匹敵する貫禄をも備える者はそう多くはいない。

 かくいうアクトも、経験値では圧倒的に劣るだろう。気になった。話を聞いてみたくなった。彼らは、どんな経験をして来たのか。

 教師からの簡単な紹介が終わり、それぞれの自己紹介がなされた。少年はタイラー・ミラク。ピンク色の髪の髪の少女はリーリン・キャロール。エメラルド色の髪の女の子はミレーユ・エルディラと名乗った。


(話して、みたいけど……)


 先程、シェルトンに釘を刺したばかりだ。そして、アクトはそれを自分から違えるつもりはない。相手が何度も友好的に来るなら仲良くなるのもやぶさかではないが。まさしくシェルトンとはそんな感じで友人になったのだ。


(ま、僕は遠くから見てるだけで十分だな)


 アクトは目を閉じて黙考する。己の状況を鑑みて、そう結論付けた。

 目を閉じていた彼に、編入してきた三人のうちの少年がアクトに視線を向けていたが、ついに気付くことはなかった。



 帝国立魔術師養成学園は、帝都ガルゲニアの南東にある。

 巨大な敷地、建物を持つ学園を中心に学生を対象とした店が立ち並び放課後には市場も真っ青の賑わいを見せる区画だ。

 学園は幾つかの学科に分かれている。

 武術科、騎士科、文官科、魔術師科、総合科の五つだ。

 武術科は武器を問わず接近戦と強化魔術を主に学び、騎士科は剣術と中距離までの魔術を。魔術師科は生徒個々が持つ属性の魔術を徹底的に。総合科は上記三つを満遍なく。

 文官科は、卒業出来れば国に仕えることが決まる。最低限の護身術以外は殆どが座学という、他四つとは毛色が違う学科だ。校舎も文官科だけ別である。

 生徒たちの間では、文官科は『内政』、武術科などは『戦闘』と呼ばれて区別されている。どちらも国には必要なため、いがみ合いなどはない。

 どの学科も完全実力主義だ。学年末で合格ラインに達しなければ進級出来ない。即退学とはならないが、在籍期間は最大で八年と決められている。その期間内に四回合格ラインに届かなければ夢は潰え、『内政』所属の者は商人など、『戦闘』の者は冒険者や自警団、一般兵を目指すことになる。もっとも四年まで進級出来れば、卒業出来ずとも世間からは「即戦力」として扱ってもらえる。卒業出来れば、「即戦力」が「エリートの卵」に変わるのだ。

 貴族屋敷の敷地面積にも匹敵する巨大な校舎。その中にある無数の教室の内一つが、太一たちが編入した総合科。

 予想通り、話し掛けようとするクラスメイトで太一たちの席周辺はごった返し、教室は一時騒然となった。特に、珍しい……というより、この学園において特例中の特例である編入生となれば尚更である。

 その教室は、現在は静寂に包まれていた。


「……このように、魔力を持つ、というのは、それだけである種特別ということができます」


 柔和な笑みを浮かべた中年女性の教師は、そこで一旦言葉を区切り、教室を見渡した。


「では、魔力を持つ者と持たない者、その差分は何故生まれますか? 答えて頂きましょう、シェルトン君」

「うげっ!」


 指されないと思っていたのだろう、パスを取りこぼして漏れた呻き声に、クスクスと笑い声。陰険なものではなく、クラスの雰囲気は悪くない。

 銀髪の少年は立ち上がり、「えーと……」と考え込む。

 答えられないということはない。もしそうなら、彼は進級は出来ていない。ここは、そういう場所なのだ。


「精霊に選ばれた者が魔力を持ちます。両親のどちらかでも魔術を使える場合、精霊に選ばれる可能性は高くなります」

「はい、正解です」


 シェルトンはホッとため息をついて席についた。

 今のは基礎中の基礎である。現に、この学園に入学して早々に学ぶ魔術学の基礎なのだ。

 だが、油断はならない。進級して尚、唐突に過去習ったことが出てくるのだ。それに答えられないと、自己研鑽を怠ったとして、進級の査定に少なくないダメージが残る。


「では、少し踏み込んでみましょう」


 生徒たちの目の色が変わる。ここからは点数稼ぎ。先の復習に誤答すると減点されるが、踏み込んだ質問に正答すれば加点される。一歩抜け出す、或いは巻き返しの場だ。


「魔術とは、与えられた属性の精霊に魔力を捧げ、力を借りて発動するものです」


 魔術師を本気で志すなら必ず知っておくべき事柄。誰も疑問は覚えていないようだ。


「ではここから質問です。詠唱が間違っていないのに、魔術を失敗しました。失敗した魔術師は、魔術師と自称して恥ずかしくない程度、つまりひとかどのレベルがあるものとします。では、原因が分かる人は手を上げてください」


 つまり、最初期の凛が躓いたイメージ不足や魔力の操作能力は含まれないということだ。

 さっと手が上がる。全員だ。クラスの全員が挙手をした。

 教師がある男子生徒を指すと、立ち上がった少年は「術者の魔力の枯渇が原因です」と答える。それでも、上がった手は全く下がらない。次に教師が女生徒を指す。彼女は「マナ不足が原因です」と回答した。

 この時点で、八割強の生徒が悔しそうに手を下ろした。指されなかったのは教師の気まぐれ、運が悪かった。だが、運によって生き残ることもまた日常茶飯事のこの世界。この学舎は、運が悪かった、という理不尽に慣れる場でもあるのだ。

 残ったのは八人の生徒。太一、凛、ミューラは挙手したままだ。残る五人は、明らかに高位貴族と分かる。幼い頃から高等教育を受けてきたのだろう。

 ここから先は授業では習っていないところ。予習のレベルが問われる。


「それでは、エルザベートさん」

「はい」


 エルザベートと呼ばれた少女が優雅に立ち上がる。


(おお、あいつが指された)


 太一は感動していた。

 エルザベートが伯爵家令嬢だからではない。

 豪奢な金髪に、キツ目の整った顔立ちに見とれたからではない。


(縦ロールキター!)


 そう、どのようにセットしているのか、腰まで伸ばされた彼女の豪奢な金髪の毛先は、中心に空間を作るように渦を巻いているのだ。

 少しカール、なんて生易しいものではない。一番太い根本では直径三センチ、渦を巻きながら細くなって下に伸びている。物語の中だけだと思った髪型に今、出会っているのだ。

 エルザは優雅に「マナの飽和が原因ですわ」と答えた。正解である。何人か訝しげだったが、教師の「正解」の声に驚きに変わった。また、幾つかの手が下がる。


「まさかそれをご存知とは。エルザさんはきちんと勉強なさっていて素晴らしいですね。そう、マナは枯渇していても、飽和していてもダメなのです。それでは……おや? まだ手をあげている人が居ますね」


 そう、挙手しているのは太一、凛、ミューラの三人である。


「編入生の皆さんですね。それでは、リーリンさんに答えて頂きましょう」


 そう柔らかな声で凛を名指しした女性教師。声と裏腹に、その目がわずかに光る。

 凛は立ち上がり、特に何か思うでもなく口を開いた。

 同時に、太一とミューラも手を下ろす。


「マナ同士が反発し合って、魔術が失敗することがあります。『相克』という現象です」


 答え合わせを確認することなく、凛は席についた。確認するまでもない。驚きに染まる教師の顔を見れば結果は明らかだ。教室がざわめいた。


「よく、それをご存じでしたね……? 一部の高位な学者しか名前も知らないような現象なのですよ?」

「私の師は優秀ですから」


 そうにこりと微笑んで答える。その笑顔を見て、教室が別の意味でざわめいた。

 これでエリステインの株は上がっただろう。そんなことを考えながら、凛は己の師であるレミーアを思い浮かべる。『相克』は彼女の研究題材の一つ。

 あの魔術学の鬼であるレミーアが研究を続けている題材。それだけで、その高度さは知れるというものだ。


「さすが、エリステインの宮廷魔術師の弟子ですね。皆さんも、彼女に負けじと研鑽してください。では、次の……」

 

 凛が自分のレベルを見せつけたように、ミューラもまた、自身の実力を知らしめる。

 続いての授業は薬学。

 本日は教室での授業だが、日によっては実習のため移動教室にもなるらしい。


「と、ここまでが、回復、毒消し、麻痺消しの初級魔法薬の作り方だ」


 三〇半ばの神経質そうな男性教師が、板書を終えて向き直った。


「一ヶ月後、この三つからランダムで作ってもらう。もちろん、材料集めからだ」


 教室が緊張に包まれた。蓋を開けるまでどれを作らされるか分からない課題。クリアのためには、三つ全て習熟の必要があるということ。しかし課題としては理にかなっている。冒険者や騎士も、遠征中に手持ちの薬が切れた時、材料が揃えられるなら自分で作ることも稀にあるケースだ。

 生徒たちの気が引き締まったのを見て満足げだった教師だが、ふと教室の一角を見て頬をひくつかせた。


「……余所見とは余裕だな、ミレーユ・エルディラ」


 窓際に座っていたミレーユことミューラが、ぼんやりと外を見ていたからだ。


「……ごめんなさい」


 ついていた頬杖を解き、反省しているのかしていないのか分からない声色で答える。本人としては上の空だったのを反省しているが、運悪く伝わらなかった。


「では、上級魔法回復薬の材料のうち三つ言ってみろ。答えられたなら不問とする」


 ミューラはきょとんとしつつ立ち上がった。

 上級魔法回復薬は高級品。魔法薬の完成品ですら滅多にお目にかかれないのに、製法を知ろうと思えばかなり苦労する。この学園の図書館でも手に入らない。教師からすればミューラが困るところまで想定済みだ。

 いくらエリステイン宮廷魔術師の弟子とはいえ、上級回復魔法薬の材料までは知らない筈だ。特に秘匿されている訳ではないが、上級を作れる薬師たちはあまり表に出したがらないため、浸透していないのだ。教師としては、それで反省を促すつもりだった。いっそ叱りたいが、相手はエリステインの客員生徒。建前上は平等だが、そう簡単にはいかないのが大人の事情である。

 他の生徒たちからの視線を受けつつ。現実は、想定の予想斜め上を行った。


「えーと、リーサンの花の花粉、ヘイトベアの胆、ミハガの樹液……でいいでしょうか?」


 教師が目を白黒させた。

 正解だった。

 世界中の高級図書を収集しているレミーア宅に長く住んでいたエルフ。上級魔法薬といえど、その程度の情報は修行の片手間に得ていた。

 ミューラがぼんやりしてしまったのは、あまりに初歩過ぎて聞くまでも教わるまでもなく知っていたからだった。


「……」


 神経質そうな教師は、現在進行形で硬直していた。まさか答えられるとは思っていなかったのだ。

 そこに、ミューラが追い討ちをかける。


「間違っていましたか? それでは、特級魔法薬の材料と作り方で答え直します」

「い、いや、いい。上級魔法薬の材料は正解だ」

「そうですか」


 その口ぶりからは、正しい答えを知っている、と伝わる。恐らく材料さえあれば特級魔法薬も作れると教師は予測し、そしてそれは当たっていた。

 ならば、初級魔法薬など読書の片手間にでも作れるだろう。

 それほどの技術を会得する者に、初級魔法薬の作り方の話を真面目に聞けとはさすがの教師も口にしにくい。


「退屈なのはよく分かった。しかし、授業は授業。聞いてもらわねば困る。済まないが今しばらく辛抱してくれたまえ」

「分かりました」


 たったそれだけのお小言で済んでしまった。生徒たちにとって、この男性教師に目をつけられると、理路整然と正論で長いお小言をもらうのが普通だった。

 多少問題があっても、力があれば、実績があれば世の中から欲される。ミューラの態度は授業を受ける態度としてはいささかふさわしくなかったが、自身が持つ力によってお咎めなしとなった。

 今の一幕は、間違いなく社会の縮図の一つだった。

 肩書きは伊達ではないと片鱗を見せつけつつ、授業は進み、午前中の授業終了を告げる鐘が響いた。

 昼食を挟んで午後、グラウンドでの戦闘訓練の実習が始まる。

太一「俺は?」

作者「次の話で」



マナ=精霊という感じで解釈してもらえばOKです。


年内、もう一回投稿したい。



2019/07/17追記

書籍に合わせて、奏⇒凛に名前を変更します。

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