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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
第一章:普通だと思ってたら異世界ではチートでした。
10/257

美少女と偏屈魔術師さんの登場

悪ノリした結果がこれだよ!


 魔力を測定する部屋からカウンターに戻った太一と凛の登録手続きは終了間際まで進んでいた。

 というのも、魔力を測定した後はギルドカードを受け取り、それについての説明を受ければ終わりだと、マリエが告げたからだ。

 ギルドの奥の方で机に座り、なにやら数枚の書類を捌いているマリエを遠目に見ながら、太一と凛は空いた時間をボーっとしていた。呆然、というのが適切な表し方かもしれない。

 魔力を測定してみて、驚くべき状況に置かれていると知った。

 これが一般的な魔術の才能だったなら。魔物が跋扈する世界だ、自分達の身を自分達で守ると言う当たり前の事が可能になって、素直に喜んでいただろう。不幸中の幸いとして。

 得た力が強いのも、困る事は無い。それだけ生き残る可能性が高まるだけだ。

 今回のケースでは、得た力が強すぎて外部からの干渉が来る事が考えられる。それが問題だ。

 生き残るための力。身を守るための力が祟って、己の身が危うくなる。これでは本末転倒ではないか。

 何故この世界に来たのか。何故自分たちはここにいるのか。

 理由。

 意図。

 そのどれもが不明だ。

 

「……なあ凛」

「……ん?」

「ホントなら授業受けてたはずだよな俺ら」

「そうね。太一は授業というより昼寝ね」

「四月だからな。気持ちいいんだよ」

「暑くても寒くても寝てるじゃない。テスト前に先生しなきゃなんないのこっちなのよ。四月の陽気が気持ちいいのは同感だけど」

「まーそー言うなって。……今頃『不動のヅラ』が貴史に俺達の行方聞いてるかな」


 不動のヅラ。それは毎年一年生を担当する数学教師についている渾名である。明らかにヅラだと分かるのに、どんな事が起きても一切ずれる事無く、剥き出しの頭皮を守る鉄壁の盾。この渾名は命名されて既に六年経過している、生徒達のみに伝わる密かな伝統。

 かつて数多の先輩達がかの盾を破ろうとさまざまな作戦を立てては突貫し、そして夢半ばにして散っていった。あらゆる攻撃を弾き返す不可侵の城壁。

 脈々と受け継がれた伝統は、太一たちの代になっても健在。入学後、二年の先輩達が一年のグループに突入、早速『不動のヅラ』の伝統を受け継いだ。初めて受ける数学は噴出しそうになる自分との孤独な戦い。一部の気にしない生徒を除き、皆地獄の苦痛を味わう。太一も貴史も、凛も例外ではなかった。

 華の高校生になってから最初に訪れる試練である。

 不動のヅラの名誉の為に言っておくが、出来と飲み込みが悪い生徒がいるととても親身になり、出来るようになるまでは根気良く幾らでも生徒の為に身を粉にする。他の教師が敬遠するような素行の悪い生徒相手にも自分から果敢にコミュニケーションを取りに行く教師の鑑のような男である。学校内で生徒から掛け値無い信頼を置かれている数少ない教師の一人。少し大きな事件を起こしてしまった不良生徒が泣きついたのは、親でも警察でもなく不動のヅラだったというのは有名な話だ。

 不動のヅラ、という渾名も生徒たちが寄せる信頼の照れ隠しだったりする。


「あーそうかも。説明なんて、できっこないだろうけど」


 この世界に飛ばされたとき、足元から吹き上がる光を、太一も凛も覚えている。そしてその外側で、驚愕と心配そうな顔をした親友の顔も。


「そうだよなあ。貴史、心配してるよな」

「きっとね。不動のヅラも、内心では心配する先生よね」


 それ以上は、二人とも何も言わなかった。

 親。兄弟。貴史以外の友だち。教師。……二人に関わりのある人たち。

 自分たちを心配する人が想像以上に多い事に今更気付き、何も言えなくなってしまった。

 言えば。続きを口にすれば。出てくるのは恐らく「帰りたい」の一言。それは、日本に戻る為にこの世界で何とか生きていこうとする二人の心を、あっさりと挫いてしまう事が分かったから。

 これは、忘れたほうがいい。少なくとも、今は。

 後ろ向きになりかかる思考をしていたら、結構時間が経っていたようだ。

 マリエがこちらに向かって歩いてきていた。その手にはシルバーのプレートが二枚。

 

「お待たせしましたタイチさん。リンさん。こちらがギルドカードです」


 太一に一枚。凛に一枚。それぞれ手渡して、彼女は二人を見る。

 

「それでは、ギルドカードの説明をしますね」


 マリエは特に何も言わずに、自らの職務を全うしようとする。

 実は二人が先ほどまでの鬱々とした表情を隠そうとしているのを、彼女は見抜いていた。会話までは聞こえなかったため、恐らくは先ほどの魔力測定の結果についての事だと勘違いはしているが。

 魔術について二人が殆ど何も知らないのは彼女も知っている。いきなりあんな事を言われて不安になっているのだろうとあたりをつけた彼女。これでも冒険者ギルドの受付。様々な人物と出会い、言葉を交わした経験から、多少のポーカーフェイスは彼女の前では意味を成さない。触れられたくないだろうと思って黙殺したのだ。

 

「このギルドカードには、持ち主のお名前、クラス、冒険者ランク等の情報が刻まれています。そちらを持ってみてください」

 

 促されるままカードを手に取る。レリーフが彫られていて美しいが、クレジットカードよりも一回り大きいただの銀のプレートだった。それに、薄っすらと文字が浮かび上がる。その文字は日本で知りえた文字とはまるで違い、全く読めなかった。この時に文字を読めない、という事実も知ったのだが、パンフレットを受け取っている事は忘れている太一と凛。後で見ようとして二人して途方に暮れるのだが、色々ありすぎて今はすっかり頭から吹っ飛んでしまっている。

 

「そちらの文字は、お二人の魔力の紋様に反応し文字が出るようになっています。他の方がそれを持っても、文字が浮かび上がる事はありません。詐称防止対策です」


 試しに交換してみてください、と言われ、太一と凛でカードを入れ替える。なるほど確かに文字は浮かばなかった。銀色のプレートのままだ。

 

「こちら、紛失しますと三〇万ゴールドお支払い頂かないと再発行できませんので、厳重に管理なさってください」

「たかっ!?」

「三〇万!?」


 二人はこの世界の貨幣価値をおよそ日本円と同じ程度と捉えているが、決して遠くは無い。

 この世界での一般的な四人家族の一ヶ月の平均収入はおよそ二〇万ゴールド強。紛失した時のペナルティはとても厳しいと言えるだろう。

 

「こうしないとダメなんですよ~」

 

 はあ、とため息をつくマリエ。

 このルールを作るまでは、ギルドカードをなくしても平気な顔をして再発行を依頼してくる冒険者が多数いた。

 わざわざ値が張る貴金属である銀に、意匠を施したギルドカードを採用しているのは、冒険者に箔をつけるため。粗野で乱暴者が多いという先入観を持たれやすい冒険者を良く見せようと言うギルド側の苦慮によるものだ。更に個人を判定する魔術もかけられているこのカードは、結構なコストをかけて作られていると言う。

 ギルド側も最初は冒険者への期待値を込めて再発行含め無料にしていた。しかし再発行にかかるコストがバカにならず、ギルド全体の財政を逼迫させたため、このようなペナルティを設けたらしい。ルール施行当時、冒険者側からの反発はもちろんあったが、ギルド側が強硬な姿勢をとったため、徐々にそれも沈静化し、カードを無くす冒険者の数が減ったという。

 

「なので、いかなる理由があろうとも、再発行には費用が掛かります。故意、過失、不可抗力いずれも一切考慮しませんのでご注意くださいね」


 こうまではっきりきっぱり宣言されてしまったら、聞いていない、というのは通用しない。マリエも有無を言わさない姿勢を見せている。

 尤も、物を無くせばペナルティがあるのは不思議な事ではない。自分のものではなく貸与されていると思えばいいのだ。

 法律が発達した日本からやってきた二人はすんなり受け入れる事が出来た。

 因みに冒険者として依頼をこなし始めると、あっという間に三〇万程度稼いでしまうのだが、それはもう少しだけ先の話である。

 

「また、Fランクでは依頼を一ヶ月に三度受けなければ、ギルドカードの効果は失効します。再度有効化するには手続き料として一〇万ゴールド必要ですので、定期的に依頼を受けるようにしてください」

 

 このルールも、ギルドカードを持つ事で発生する恩恵を狙った、空登録する輩を防ぐ目的だ。

 ギルドカードの恩恵を一ヶ月間受け、失効したら売却。それを実行した愚か者もいるが、これは身分証明書である。売却すれば足が出て一〇〇パーセント捕まるため、貴金属的な価値を狙った転売も不可能。捕まれば厳罰なのは言うまでも無い。

 因みに、EランクやDランクになれば、依頼完遂までに要する期間が長くなる事も十分考えられる。討伐での遠征、長期護衛の依頼などがそれだ。

 その場合一ヶ月に三回依頼を受けるのはどんなにがんばっても難しいのではないか。

 そう尋ねた凛に、マリエは安心してください、と笑った。Eランク以上になれば、受ける依頼の数は三ヶ月に一度で良いという。長期になる事が少しでも見込まれる場合も考慮されるらしい。依頼を受けているうちに三ヶ月が経過して、戻ってきたら失効してました、という事態はさすがに無いようだ。またCランクになれば半年に一回、Bランクになれば一年に一回、Aランク以上ともなれば永久に有効だという。

 また個人的な事情等で依頼を受けれない事もあるだろう。依頼遂行中に怪我をしたり、また病気に罹ってしまったり等が考えられる。その時もギルドに事情を話して活動の一時停止を申し出れば、冒険者としての活動を凍結できるという。

 ギルドカード失効については、色々と考えられている。理不尽に失効しないと分かって、一安心できた。

 

「さて。説明は以上になりますが……何かありますか?」

 

 特には無い。二人は念のため確認しあって質問は無い事を彼女に告げた。

 分からない事があれば都度聞けばいい。何度聞いたって問題は無いだろう。

 

「分かりました。……大変ですね。私は気持ちを分かってあげる事は出来ませんが……愚痴くらいなら聞けますから」


 同情は同情だが、下手に分かったような事を言わない彼女に好感を覚える。

 全くです、と凛は答え、苦笑いを浮かべた。

 

「どうやら済んだようだな」


 ギルドマスターが筒を手に持ってやってきた。どうやら、例の物らしい。

 太一はそれを受け取る。丁度卒業証書を入れる筒と同じくらいの大きさに思えた。これが今後の運命を左右する書筒である。学生カバンに入れて、厳重にすぐさま背負った。どこかに置き忘れたとなったら目も当てられない。是が非にでも届ける必要がある。

 

「さて。あまりここに長居してもお前さんたちに得るものは少ないだろう。早く行くと良い」

「えっと……そのレミーアさん、でしたか? どこにいらっしゃるんですか?」


 レミーアという女性に頼ればいいのは分かる。しかしまず人相が分からない。どこに住んでいるのかも分からなければ、そもそも遠いのか近いのかも分からない。

 この街にいるなら歩いていけるだろう。しかし別の街にいるのなら、馬車などを考えなければならない。せめて地図くらいは欲しいところだ。

 

「心配要らん。ギルドの外に馬車を待たせてある。急な用立てでちぃとばかりみすぼらしいが、まあ目をつぶれ」

「それに乗るだけでいいんですか?」

「うむ」

 

 わざわざ馬車で行く。これは結構遠いのではなかろうか。そう思ったのだが、違った。

 

「いや。馬車に乗って一時間もすれば着く。ワシは、ヤツを偏屈だと言ったな?」


 つい先ほどの事で忘れるはずも無く、太一も凛も頷いた。

 

「ヤツはこの街から一時間ほど離れた森の中にログハウスを建てて、そこで暮らしておる。人里では暮らしたくないが、かといって山奥まで離れて暮らす気も無いらしい。偏屈じゃろう?」

「はは……」


 乾いた笑いは誰のものか

 いや、誰でもいい。皆の心境を見事に表した物だったから。

 

「じゃあ、行きます」

「うむ。定期的に依頼は受けに来るようにな。歩いても一日でこの街に来れるからな」

「歩いて一日は御免こうむりたいなあ……」


 割と本気でそんな事を呟いて、太一と凛はギルドを出る。ギルドマスターの言うとおり、外には馬車があった。馬車? と思いたくなるようなものだったが。具体的には荷台を馬が引くもの。その荷台が、農家のおじさんが引いている二輪車のようなもの。みすぼらしい、と言われていなければ、苦笑だけでは済まなかっただろう。辻馬車とは比べるべくも無い。

 あの短時間でこれを貸し切れるだけ、あのギルドマスターは仕事が速いと思う。

 

「お前達が客か。とっとと乗りな。すぐ出発するぞ」

「あ、はい」


 まず太一がひょい、と持ち前の運動神経で荷台に飛び乗り、凛の手を引いてサポートする。彼女がスカートなので、先に乗せると色々と拙いのだ。主に凛のご機嫌的な意味で。

 

「乗り心地はわりぃから、覚悟しとけや。まー一時間の辛抱だ」

「分かりました」


 言葉遣いが粗い中年の男だが、仕事はきちんとするらしい。予め忠告もする辺り、客商売なのは分かっている様子だ。

 …………。

 率直に言えば、すこぶる尻が痛い。

 のんびりかっぽかっぽと歩く、馬の蹄の音に浸る余裕などありはしない。

 ほんの少しの凹凸で馬車の荷台が跳ね、堅い板が尻を苛める。太一は尻を摩っており、凛も摩りたいのだろうがそこは女の子、顔を顰めるだけで耐えていた。

 

「乗り心地わりぃって言ったろ。さ、間違いなく届けた。こんなとこに用なんてお前達一体……」


 そこまで言って、続きの言葉を出そうと開かれた口が、閉じられる。

 

「いや。止めとくわ。あんまし首は突っ込みたくねぇ」

「それがいいと思います」


 凛は笑みを浮かべてそう言った。自分たちの境遇を考えたら、間違いなくその方がいいだろう。

 

「よし。じゃあ俺ァ行くからな。もし入用なら俺んとこの馬を借りにきな」


 さりげない宣伝をして、馬車(?)はかっぽかっぽと、のんびり来た道を戻ってゆく。

 少しの間見送って、太一と凛は踵を返した。

 木で出来たログハウスが目の前にある。

 そして周囲は森だ。

 ギルドマスターが言っていた住処の特徴と酷似している。

 驚いたのは、そこそこの大きさがあるという事だ。てっきり小屋か何かだと思っていたから、想像以上に立派な造りのログハウスは予想外だった。

 周囲の窓はカーテンで遮られており、中を窺う事は出来ない。まあレミーアは女性だと聞いているから、家の中を窓から覗くなど変質者のする事だ。まして彼女に救いを求める立場。うかつな事は出来ない。

 

「偏屈って言ってたけど……大丈夫かな?」

「さあ……」


 気休めなど言う気が起きない程度には、太一も不安がある。

 とはいえ時刻も夕方に差し掛かって来た。森はそこまで深くはないようで、空も十分に見えるし、そこから太陽の光も注いでいる。その光が、周囲をオレンジに染め始めているのだ。

 

「よし。行こう」

「うん」


 ここで突っ立っていても始まらない。

 最早手段など選んでいられないのだから。尻込みしている暇は無い。

 せっかくのギルドマスターのお膳立て。更に心の底から心配してくれた、立場上取引相手であるマリエ。

 踏みとどまっていたら彼らに申し訳が立たないというものだ。

 太一は一度鋭く息を吐いて、扉をノックした。

 

「すいませーん! レミーアさんの家であってますかー!」


 ………。

 シーン、という擬音がふさわしい静寂が辺りを包む。一切のリアクションが無く、扉の奥から物音も聞こえない。

 太一はもう一度ノックした。

 

「すいませーん!! レミーアさんに用があるんですー!!!」


 先ほどよりももっと大きな声で。日本でやったら変な目で見られるくらいには声を張り上げた。

 またも静寂。だが二度目のそれは、長くは続かなかった。

 どたどたと大きな音がして……。

 

「何ようるさいわね! 近所迷惑でしょうが!!」


 バン、と猛烈な勢いで扉が開かれる。蝶番が吹っ飛びそうだ。

 因みに。

 それは外開きな訳で。

 太一は扉のそばで扉をノックしていた訳で。

 

「ぶごっ!」


 鈍い音と無様な悲鳴。太一は思わず痛みに鼻っ柱を押さえて蹲る。

 

「あ、あら?」


 不意打ちの強襲を実行した本人は、あまりの勢いに目を丸くしている凛と、ドア一枚挟んだところでしゃがんでいる太一を見て一瞬硬直。徐々に状況を理解してきたのか、頬を一筋の汗がつつ、と流れた。

 

「ぐおお、いってー……」


 真っ赤になった鼻を押さえながら、太一が立ち上がる。鼻血が出ていないのは不幸中の幸いか。

 こんな森の中で近所迷惑もクソもないだろう。涙が滲んだ目でその犯人にそう文句をつけてやろうとして、驚いた。

 腰まで伸びる見事な金髪。綺麗な蒼い瞳。顔のパーツも全てが美しく、それを黄金比でもって並べたかのような顔立ち。美少女、という言葉が裸足で逃げ出す、お人形のような美貌を湛えた少女が立っていた。耳は尖っているが、不思議と彼女にはよく似合った。

 テレビをつければ美しさ自慢の女性タレントを何人も目に出来る日本と比べても、彼女はそれを軽く上回っているように見える。

 可愛い女の子を見て太一が言葉を失うのはまあ、思春期の少年として良くある事だろう。

 凛までも、彼女の美貌に当てられて声を失っているのが、目の前の少女の美しさに声を失っていた。

 マジマジと四つの目を向けられ、少女は少し照れたように軽く頬を染めた。純粋な驚きの視線に少し押されながらも、太一たちを見てジトっとした目を向けた。

 

「な、何よ。用が無いなら帰りなさいよ。こっちは忙しいの」


 言われてハッとする。いやそれは拙い。

 わざわざここまで来て放り出されるわけには行かない。

 

「いやいや! 用があるんだって!」

「何よその用って。とっとと言ったら?」


 迷惑そうな顔を隠そうともしない。何が原因かはわからないが、とても不機嫌そうな目の前の少女。

 これは遠まわしな事をしたら逆効果だな、と思いつつ、とはいえ社交辞令は省いていい工程ではない。


「貴女が、レミーアさん?」


 気を取り直した凛た問いかける。言外に「レミーア」という人物に用があるという意味を含ませて。

 レミーアの名を聞いた瞬間。本当にほんの一瞬だが、少女が眉をひそめた。

 それは太一と凛は気づかないほどの短い時間。だから、目の前の少女が急に微笑を浮かべたその理由を、理解できなかった。

 

「そうよ。あたしがレミーアだけど、何の用なの?」

「レミーアさん!? 良かった! やっと会えた……!」


 凛が安堵のため息をついた。彼女だけではない、太一も安堵した顔を見せている。警戒心などまるでない。本当にただ純粋に、彼らは『レミーア』に会えた事を喜んでいる。

 それが少女の心にちくりと何かを残すのだが、それを完全に無視して、彼女は『レミーア』を名乗ったまま二人を見つめている。

 やがて太一が背負っていたカバンを下ろす。何と出来の良いカバンだろうか。『レミーア』が知る限り、これほどの一品は見たことがない。これを市場に流したらどれだけの価値が着くか予想も出来ない。

 そんな関係ない事を考えていると、太一はカバンから筒を取り出した。

 

「レミーアさん。これ、ギルドマスターから預かったんです。俺達を保護して欲しいんです」

「……!」


 保護とは穏やかではない。

 彼らは一体何をやらかしたのだろうか。

 しかしギルドマスターからの書簡を預かっている時点で、無碍に出来る相手ではない。そもそもそれが本当なら、

 太一から書簡を受け取り、どうしようかと考える。

 逡巡した結果、とりあえず中身を見てみよう、という事で落ち着いた彼女は、書簡を読むべくフタを手で掴む。

 

「ミューラ。客か?」


 そのタイミングで現れた、もう一人の声。目の前の美少女よりは幾分落ち着いた声色で、

 ミューラと呼ばれた金髪碧眼の少女が振り返る。そして、目を丸くした。

 

「何だ。客人なら中に入れてやればよかろう」

 

 奥から現れる事で、その姿が太一と凛にもはっきりと見えるようになった事で、二人して動きを止めた。

 これは全くの想定外である。

 まさか、ブラジャーとパンツのみの半裸状態で、客人の前に姿を見せるとは思わなかったから。

 

「私がレミーアだ。この金髪はミューラ。でだ。おぬし等は何ぞ用か?」

「あー、うー……」

 

 言葉に詰まってしまう太一。大人向けのビデオを見てそういう物を知ってはいる。しかし、女性とはそこまで縁のある人生ではなかったのだ。女性の下着姿など、見るのは完全に初めてだ。思わずテンパってしまうのも無理の無い話だろう。

 少しくすんだ金色の髪は肩にかからない程度の長さ。ミューラと呼ばれた少女に匹敵する人間離れした美貌。ミューラと違い大人の色気満載の顔立ち。

 そして何より、彼女を大人の色気満載たらしめているのは、胸元の二つのメロンである。下着からあふれんばかりのそれは、男子にとっては他から意識を奪う究極兵器と言ってもいい。太一の視線がそこに釘付けになっているのは、重ねて言うがお年頃故に仕方の無いことだ。本人にとっては不可抗力極まりないだろう。

 そして、そんな太一を見てご機嫌を右肩下がりで悪くしているのは、彼と共に異世界に渡った、中学時代からの友人。

 

「太一……」

「は、はひっ!」


 背後からのどす黒いオーラに背筋が伸びてしまうのは習慣だったりする。

 

「いつまで見てんのこの変態ッ!」

「不可抗力だぁぁっ!!」

 

 後頭部に放たれた見事な回し蹴りが、太一を吹き飛ばす。

 急激な後頭部への一撃にバランスを崩した太一はつんのめる。思わず手を伸ばして、それは温かくやわらかい何かを掴んだ。

 むにゅう。

 擬音にするならそれである。

 

「……発情するのは結構だが少年。早過ぎると嫌われるぞ?」


 これは事故だ! 不幸な事故だったんだ! そう叫ぼうとして、レミーアが意地の悪い笑みを浮かべている事に気付く。

 ああ……この女……わざと、か……。

 そして、びくりと身体が震える。恐る恐る振り返ると……凛の背後に、虎が見えた。

 これは拙い。下手をすると黒曜馬よりも怖い。

 

「ねぇ。一発殴らせてよ☆」


 嫌とは言わせない雰囲気で歩み寄ってくる凛。セクハラしてしまったのは紛れも無い事実である。これは、殴られるしかないのかなあ……。そう考えて、虚ろな目で振り上げられる拳を眺め……そして見たのは、横合いから迫ってきた肌色の何かだった。

 

「誰が無乳だーーーーっ!!!」

「んな事言ってねぇーーーーーー!!?」


 異世界の夕焼けに向かって、太一は鳥になったのだった。

 

「あの……私はどうしたら……?」

 

 準備を終えた拳は行き場をなくし、振りかぶったまま動きを止めるしかない凛だった。

ちょっと駆け足になりました。

うう、雑ですみません。。


5月2日追記

最後のギャグパートについては賛否両論頂きました。否定意見が多かったですね。

今作品は練習を兼ねています。

どのように描いて、結果どのような意見を頂いたかの記録としたいので、あえて修正はしません。

それでもよろしければ、今後もご意見頂けると嬉しいです。

またご意見下さった皆様ありがとうございますm(__)m


2019/07/16追記

書籍化に伴い、奏⇒凛に名前を変更します。

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