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第八話 銀猫の少女とその後


「——ちょっと!起きて!起きなさいよー!」


 ヴェルが意識を取り戻すと、妖精がヴェル頭上でけたたましく声をあげていた。


「……なんだ?」


 起きぬけのヴェル声は、普段の無機質な声よりも、さらに一段低い。


「なんだ、じゃないわよ!いつまで寝てるの!?どーすんのよこの後、それにこの子は大丈夫なの!?」


「どれくらい時間が経った?」


 ヴェルの質問に妖精は困惑したように首を傾げる。


「時間? 時間なんて知らないわよぉ!——月があっちからあっちまで移動したくらいよ!」


 妖精が忙しなく空を指差す。

 ……2時間くらいだろうか。

 ヴェルはそう結論づけると、周囲と己の状況を確認する。

 

 まずは自分の状態、腹の傷は塞がりつつある。

 少なくとも皮膚は繋がっている。

 だが、ピクピクと痙攣しているところを見ると、内側の方はまだ治りきっていないらしい。

 

 そして右腕、こちらは完全に砕け散ってしまったため、まだかなり時間がかかりそうだ。

 現在は肘までしか再生できていない。

 

 最後に左足。

 だがこちらは意外にも治っていた。

 再生したのではなく、繋がったようだ。

 妖精が足をつなげようとして、そばに置いたらしい。


「あー、それ。あたしじゃくっつけられなかったんだけどぉ、そばに置いたら勝手にくっついてたわぁ」


「そうか、助かる。1から再生するより、繋げた方が早い」


 妖精はうえぇと舌を出して、嫌悪の表情を浮かべる。

 

 だが足があるのならば歩ける。

 それならばすぐに森を出ることもできるだろう。

 

 そして妖精の言う「この子」がヴェル横に寝かされていた。

 ヴェルたちはトレントのそばで、木の葉を敷き詰めた柔らかい寝床の上にいたようだ。

 その横で静かな寝息を立てる彼女がいた。


「その子の傷は直しておいたけどぉ、全然目を覚さないのよ、多分魔力の使い過ぎで動けないんだと思うけど…」

 

 (魔力枯渇《マインドダウン》か)


「あの果実は、やはり出せないのか? ——でなければ、早めに連れ帰えらなければならん」


 ヴェルの言葉に、妖精はやや考える仕草をしながら答える。


「いや、あそこまでのものは必要ないわ。ちょっと魔力を補充してあげればいいなら、この子を通じてできるんだけど……」


 妖精はそう言うと、立派に成長したトレントを見上げる。


「こっちも今寝てるみたいなのよ。植物みたいなものだから、あんまりこういうことってないんだけ……」


 妖精の言葉はどれも歯切れが悪く、少々不安げな様子が声から伝わる。

 ヴェルも彼女とトレントをみて魔力の澱みがないか確認する。


「問題は無さそうだが、なにぶん普通の個体ではない。何が起こるかわからん。——だが報告はしておく、そのうち誰かが来るだろう」


 ヴェルの言葉に妖精は、ムッとした表情で腕を組む。


「誰かって誰よ!変なのは寄越さないで!来るならあんたが来なさい。それ以外はダメ」


「そうか、ならばまた来よう。それまではお前が見ていてやればいい」


 妖精はフンと顔を逸らし、当然よ!と言葉を残して飛び去って行った。


 さて、ヴェルの方もそろそろ動いた方が良さそうだ。

 彼女の状態も良くない、依頼も達成した。

 ヴェルは粉々になった巨大蜘蛛の残骸の中から、大きな牙を一つ皮袋の中に押し込み、討伐の証明とする。

 

 ——あの少年も随分と待たせてしまっている。


 そして彼女の元へ戻り、肩に抱えようとして、ヴェルは思い直す。


「……せめて背負って欲しい、だったか」


 ヴェルは彼女を背中に乗せると、歩き出す。

 右腕がないためバランスがとりづらいが、なんとか支えて、ゆっくりと出口に向かって歩き出した。



——————

 


「今回は、意外と早かったですね」


 少年は安堵したような表情で、馬車の上からヴェルを見下ろす。


「急いで戻ってくれ」


 ヴェルの言葉に、何かを感じ、少年は馬車から降りてくる。

 そしてヴェルが背負っている何かに気がつく。


「この方は、まさか」


「ああ、昨日森に入ったという冒険者だろう」


 言いながらヴェルは、彼女の名前を聞いていなかったことに思い至る。

 これではギルドに引き渡すまで身元の確認が取れない。

 ——まぁ今後会うこともないのだから、どうでもいいことだが。

 

 少年は心底意外そうな顔で、少女を見つめる。


「生きていたんですか! 血がこんなに…早く治療しないと!」


 慌てる少年の声を、ヴェルは遮って言う。


「いや、これは俺の血だ。彼女に怪我はない。魔力枯渇の方が深刻だ。早めにギルドに引き渡す」


 ヴェルは馬車の椅子に、彼女を静かに寝かせると反対側に座る。

 少年は彼女に毛布をかけてやり、ヴェルに尋ねる。


「それで、依頼の方はどうでしたか? 相手は確認はできましたか?」


「ああ、でかい蜘蛛だった」


 ヴェルの言葉に、少年は苦虫を噛み潰したような顔で唸る。


「そうですか……ロックさんの予想通りですね。ならやはり最低でも銀級のパーティを派遣する必要がありそうです」


「その必要はない」


 ヴェルの言葉に少年は、首を傾げる。

 何を言ってるんだこいつ、と口には出さないが、顔にはでている。

 人の機微に疎いヴェルですら、彼の表情は読みやすい。


「もう殺した」


「はぁ!? 殺したって、あなた1人で!?」


 ヴェルは皮袋から、少年の腕ほどもある大きな牙を取り出し、放る。


「うわっ!」


 渡された牙に驚きつつも、少年は真剣な眼差しで検分する。


「……間違いなさそうですね、でもどうやって1人で、まぁ後でいいです。今は街へ戻りましょう」


 少年は御者に一声かけると、馬車は反転し走り出す。

 僅かに喧騒の戻った夜の森を眺め、ヴェルは深く息を吐く。


 ——今夜は、少し疲れた。



——————

 

 

 セシルは、柔らかいベッドの上で目を覚ます。

 視界にあるのは木造の天井と、据え付けられた灯りだけ。

 あの淡い光は、火ではなく、魔石の光だ。

 どことなく、あの小さな妖精と似ている気がした。


「——よう、目が覚めたかい?」


 部屋の隅から、声が聞こえた。

 少々ガラついた、通りの良い声だった。

 声の主は、赤い鱗の蜥蜴男。

 にやついた顔で、起きぬけのセシルを見下ろしていた。


「えっ? あの、その、ここは? えーと……」


 突然知らない場所、知らない男、セシルが混乱するには十分な状況だった。

 だが、蜥蜴男の方も、その反応は見越していたようで、至って冷静に話し始める。


「まぁ待て、質問は受け付ける。だが、まずは言っておくことがある」


 蜥蜴男は、離れた場所に腰掛けており、それ以上こちらに近づく気配はない。


「俺はロック。この街で情報屋をしている。ここは水の街フォンティア。その冒険者ギルドの医務室だ」


 ロックと名乗った蜥蜴男は、セシルの相槌も待たずに続けて話す。


「あんたは、セシル・レイト。西の街で依頼を受けて、森へ入った。——そんでそこで倒れた。一緒に男がいただろう? そいつがここまで運んできた」


 セシルの名前から、行動まで大筋は合っている。

 現在地が分かったのはいいが、目の前にいるロックという男は、なぜこの場にいるのだろうか。


「あんたは魔力枯渇で倒れて、ここで治療を受けた。これ以外で聞きたいことがあれば、答えてやる」


 蜥蜴男は腕を組んで、こちらに水を向ける。

 聞きたいことは、概ねロックの情報の中にある。

 だが一つ気になったことがある。


「あの、私を運んでくださったという方は……」


 セシルの言葉に蜥蜴男はにやけ顔をさらに歪めて牙を剥き出す。


「……ほう、最初に気にするのはそこか。」


「あ、いえ、ヴェルさんは私を助けてくださった方ですし、それになんだかんだで、ちゃんとしたお礼もまだですし……」

 

 セシルはしどろもどろになって答える。


「そうかい、それで?」


 蜥蜴男は、意地の悪い顔を隠しもせず、再び水を向ける。


「えと、それでって…、だからあの、一度ちゃんと会ってお礼をと……」


「聞きたいことは、あいつの所在か。——まぁいい、俺もあんたに聞きたいのはあいつのことだ。あいつと一緒に戦ったんだろ。——率直に聞くが、あいつのことどう思った?」


 セシルは、先に情報を与えられたことにより、質問に答えなければいけない、という義務感のようなものが生まれていた。

 根が真面目なセシルは、ロックにとってさぞ扱いやすい相手だろう。


「えっと、どうって、それは、命を救ってくださった方ですし、感謝はしてます。…それに」


「——それに?」


 ロックはオウムのようにセシルの言葉を繰り返す。


「最初はちょっとびっくりして逃げちゃいましたけど、強くて、意外と優しい人だと思います。少し線は細いですが、(ちょっとかっこよかったですし……)で、でも種族も違うし、そういうつもりはないですけど、その、お礼くらいは……」


 セシルの途中の言葉はごにょごにょとして聞き取れなかった。

 だが想定と違う反応に、ロックは少々面食らう。

 だが、これはこれで面白いので、もう少し泳がせようかとも思ったが、本題はそこではない。


「まぁいい、あいつの話だとあんたも戦いに一役買ったって聞いたが、——てことは見たんだろ? あいつの戦いを」


「え、ええ。見ましたけど、不思議な方です。死んでも生き返り、傷も再生する……あ、でもあの戦い方は良くないと思います!」


 またしても想定と違う回答だ。

 こいつ面白いかもしれない。


「気持ち悪いとは、思わなかったのか?」


「……え?」


 セシルの反応は、心底意外だと言葉にされなくてもロックには分かった。

 セシルは少し考えるように虚空を眺め、当たり前のことのように、告げる。


「最初に見た時はリビングデッドだと思ってたから怖かったですけど、でもちゃんと話してみたらとてもいい人でしたし…」


「くくっ……いい人、か」


 セシルの言葉にロックは思わず笑いがこぼれた。

 そもそも、人間かどうかもわからないあいつを『いい人』ねぇ。

 ますます面白い。

 いいな、合格だ。


「な、なんですか?」


 ロックの態度に少しむっとした表情のセシル。

 手をひらひらと降り、ロックは無言でなんでもないと言うと、話題を変える。


「それはそうと、あんたの依頼はキャンセルされてる。それに依頼の薬草も取ってこれてないだろ?」


「あ……」


 セシルはロックの言葉に、青ざめる。

 危険な森での採集依頼。そこそこの報酬額だった。

 そのついでにセシルの目的である、世界樹の探索をしようと思っていたのだ。

 結局どちらも行えないまま、今に至る。

 当然セシルの荷物もない。

 と言うことは現在セシルは無一文だ。


「あんたが待ってたのはこれだけだ」


 ロックはベッドの脇にあるローテーブルを指差す。

 セシルが腰につけていたベルトとポーチ。

 中身は小さいナイフと懐中時計。


「その時計なら多少は金になる、買い取ってやろうか?」


「いえ、これは、いいです……」

 

 ロックの言葉にセシルは、一瞬何かを懐かしむような顔になり、すぐに時計をしまう。


「あ、ここの治療費って……?」


 セシルは直近の金の問題に思い至り、ロックを見返す。


「ああ、それなら心配いらねぇ。あいつが払って行ったよ」


「ああ、そうですか」


 何から何まで世話になってしまった。

 セシルは申し訳ない気持ちで、あの青年を思う。

 お礼を言うにしても、まずは自分の問題を片付けねばなるまい。

 幸い目の前のロックという男は何か知っているようだから、いずれ聞く機会もあるだろう。


「そんで、お前さんはこれからどうする?」


 ロックの言葉に、セシルは考える。

 知らぬ街で、女1人、依頼を受けようにも装備もない。

 頼るあてなどない。

 

「もし、あんたが望むなら、仕事を紹介してやれないこともないが」


 ロックはセシルの現状を知ってか知らずか、選択肢のない提案をしてくる。


「えと、ちなみに、どんな仕事なんでしょうか?」


 おずおずとセシルは聞き返す。


「それは行ってから、雇い主に聞くんだな。ただ、住み込みだぞ?——それに今日から入れるが、どうする?」


 セシルは最初から、この蜥蜴男に会話の主導権を握られ、選択の余地のない選択肢を提示されている。

 

 もうこうなったら最後まで泳いでやろうと、セシルはにやけ顔の蜥蜴男に向かって、ゆっくりと頷いた。



 ——————


 

「従業員募集」


 上等な紙に書き殴られたその文字は、薄ぼんやりとした視界の中でもセシルははっきりと見えた。

 普段の彼女なら目に留めることもない張り紙だが、今の自分にとっては救いのように思えてならない。

 彼女は紙切れの貼られた建物を観察する。

 

(……紹介されたお店はこちらで合っているんでしょうか?)


 建物自体はまずまず立派で、手入れも行き届いているように思う。

 ただ、従業員募集の張り紙には仕事内容などは一切書かれておらず、そもそもなんのお店なのかも知らされていない。

 にやけ顔の蜥蜴男が言うには、困ってるならいってみればいい。とのこと。

 ここはこの地域では比較的大きな街だが、大通りを外れれば、街の明かりも少なくなり、薄暗い。

 だいたい看板すらも掲げていない怪しい店で、一体何をやらされるのだろう。

 

(夜の……お店だったりするのでしょうか。)

 

 うーん、と悩んでいる視界の端には「日当銀貨1枚」と書かれた文字を捉えて目が離せない。

 日当で銀貨1枚は相場の倍以上だ。それにすぐに手に入る現金は今の自分には大変ありがたい。

 穴でも空いているのかと思うほど、今の彼女の懐はずいぶんと風通しがいい。

 

 じきに日も暮れる。彼女自身の影も長く伸びつつある。

 ここで悩んでいても、余計にお腹が空くだけだ。

 幸いカーテンの閉まった窓から明かりが漏れている。

 中にまだ人はいるようだ。

 

 なに、自分にも荒事に対して多少の心得はある。

 いざとなれば自分1人逃げるくらいは可能だろう。

 そして彼女は窓に映った自身の姿を見る。

 土と埃に塗れた薄汚れた格好である。

 明らかに訳ありといった格好だった。もしかしたら門前払いかもしれない。

 だが彼女もここを逃すと、今夜は野宿だ。

 知らない町で夜を明かせば、明日には冷たい眠りについているかもしれない。

 

 彼女は意を決した。

 入り口に貼られた紙切れを千切れんばかりに握りしめ、ノックを3回。


 相手の返事も待たずに、彼女は得体の知れない店に踏み込むのだった。

 

 


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