第十一話 不死身の男とダンジョン攻略のすすめ
舗装されていない道を、ガタガタと音を立てながらヴェルたちの乗った馬車が走る。
2日前に町を出た時から、景色の変わらない広いだけの草原を、ひたすらに進む。
「うーん、これはちょっと無理かもしれません」
ヴェルの横で首を傾げながら、彼女は悩んでいた。
その手にはゴツい錠前を持っており、真新しいピッキングツールをその鍵穴に差し込み、カチャカチャと音を立てていた。
彼女の周りには、曲がりくねった針金を組み合わせた玩具や奇怪な形をしたパズル、錠前などが複数置いてある。
「そうですねぇ、鍵開けは初級、仕掛けを見破るのは中級といったところでしょうか」
ともに馬車に乗る少年——レイという名前は先日知った——がセシルに対して適切に評価を下す。
その姿は生徒に試験を課す試験官のようで、実に微笑ましい光景だ。
ヴェルは、2人のやりとりを聞いていたわけではないが、セシルの握った錠前に視線を落とす。
——以前にヴェルもやらされたことがある。後少しだと思うが。
そして無言でセシルの手に触れ、刺さったままのピッキングツールに、少し力を入れて繊細な動きで横にずらす。
セシルは、突然触れられた手にビクッと反応し、ヴェルを見上げる。
「……あ!」
それと同時に、錠前がガチャリと解錠する。
「開きました。すごい!」
セシルがヴェルと錠前を交互に見る。
ヴェルはすでに興味を失ったようで、また視線を虚空に彷徨わせる。
錠前が開き喜ぶセシルだが、レイは少々面白くない視線をヴェルに向ける。
「テストなんですから、答えを教えちゃダメですよ」
「なぜだ?開けばいいのだろう?」
ヴェルの言葉にレイが反論する。
「いやいや、自分で開けられないと意味ないじゃないですか」
「そうか」
ヴェルはそれだけ言うと、セシルの握った錠前をガシャンとおろす。
ああーと言うセシルの嘆きには、ヴェルは見向きもしない。
「それと、忘れないで欲しいんですが、今回の依頼はギルドを通した国からの依頼です。あまり派手に壊したりはしないでくださいね」
「ああ、わかっている」
レイは不機嫌な顔を隠しもせずに続けて忠告する。
「それと、中で死ぬのは極力控えてください。時間がかかりすぎます。——今回の遺跡は小規模のものなので、探索は3日程度を想定しています」
「ああ、わかっている」
同じ返事を繰り返すだけのヴェルに、本当にわかっているんですかと、レイはぶつぶつと小言を言う。
だが、仮にもヴェルは国から依頼が来るような冒険者だ。
レイよりも経験は豊富である。
その事実をわかっているからか、レイは表情は曇ったままだ。
「レイ君レイ君! もう一度教えてください」
そんなレイの気持ちなど露知らず、セシルは錠前と格闘を続けていた。
レイは錠前を受け取り、視線をヴェルから離すことなく一瞬で錠前を開けた。
セシルが瞬きをしている間に終わってしまった。
「あ、それと、探索中はしっかりと食事と休憩を取ってくださいね! 中で倒れられたら、セシルさんが運ぶことになるんですから」
「……ああ、だが最低限でいいだろう」
ヴェルの返事はやや間があった。
何度も忠告するレイに煩わしさを覚える。
(やっぱり、食べるのが嫌なんでしょうか?)
そしてレイを諭すように、セシルがレイに言う。
「ほら、レイ君もその辺で。ヴェルさんだってわかっていますよきっと」
セシルの言葉にレイは同意しかねる、と態度で示すと、セシルの耳元でコソコソと話す。
「いいえ、どうでしょうね、ヴェルさんって長期の探索においては、目標を3つ程度に絞らないと、色々と忘れてることがあるんで」
そしてレイはセシルに耳打ちするように、小声でこうも言う。
「セシルさんも気をつけてください。——ヴェルさんは、集中力が長く続かない傾向にありますので」
「そうなんですか? 確かに何を考えてるかわからない人ではありますが……」
セシルもつられて声量を下げて話す。
「あと、なんとなくですが、食事をした後は動きのキレが良くなります。それに口数も増えます」
「まぁ普通に考えれば、ご飯を食べれば元気が出るのは当たり前ですよね」
そう思ったところで、セシルは何かを思い出したのか、レイに答える。
「あ、そういえば、私と初めて会った時も、ヴェルさんが果実を一口食べてから動きが良くなったような」
(まぁ、あれは少々特殊な実でしたけど……)
セシルは自らの失態を思い出し、顔を赤らめる。
レイは顔を伏せるセシルに疑問を持ちながらも、その言葉には同意を示す。
「ですよね? 普通に考えたら、常に脱水症状に加えて空腹の状態なんです。集中力が続くわけないんですよ」
レイは錠前をセシルに渡して、それきり話さなくなった。
そしてセシルは風になびく髪を抑えて、長く伸びる轍の先を見つめる。
(店に戻ったら、今度はお茶と一緒に朝食も作ってみよう)
食べてくれなくてもいい、ただセシルがそうしたいと思ったのだ。
——————
ダンジョンの入り口は、竜王国との国境付近。
丘の上に、影を落としたかのような大穴が開いている。
中を見通すことはできず、ただ不気味なまでに静寂を返すのみ。
こんなに目立つものが、最近まで見つかっていなかったと言うのだから不思議だ。
セシルは入り口に立つ見張りの兵に、「こんにちは」と声をかけるが返事はなく、代わりに兜がわずかに傾く。
「準備はいいか?」
セシルに声をかけるヴェルは、いつも通りの格好で、黒い薄手のシャツとズボン。
そしていつもより少し大きめな革袋と、見慣れない杖を肩に引っ掛ける。
とてもダンジョンに挑む格好には見えないが、彼にはこれで十分らしい。
「はい! 準備できてます!」
「では、くれぐれも気をつけて。何かあったらすぐに戻ってくださいね」
元気よく返事をするセシルに、レイは少し不安げな表情で2人を見送る。
かくしてふたりは、大口を開けた魔物のような、暗くジメジメとした入り口に踏み込んでいった。
ダンジョンの入り口は洞窟となっており、緩やかに下へと下っている。
歩き始めてしばらくすると、陽の光は届かなくなり、辺りを暗闇が包む。
夜目が効くセシルでも、ここまでくると周りは見えない。
ヴェルは担いでいた長い杖を手に持ち、床をコンコンと叩く。
そうすると杖の先端についた魔石が、白く光り、周囲を淡く照らしだす。
「へぇー、便利ですね、その魔道具」
「ああ、ダンジョンで火は危険だ、消えない光の方がいい」
そしてしばらく下って行くと、道は平坦なものになる。
洞窟の底に着いたようだ。
「見えた、あれが入り口だろう」
光に照らされた先に、石造りの城が現れた。
天井は遥か上にあり、洞窟というより地下の大空間だった。
崩れかけた石壁の奥に、かつての栄華を物語る古城が静かに眠っていた。
その眠りを呼び覚ますように、ヴェルは城の入り口へと歩いて行く。
セシルが入り口だと思っていたものは、ただの洞窟であり、本当のダンジョンはここから始まるのだった。
セシルの知るダンジョンとは、冒険譚に出てくる迷宮のことである。
目の前の古城は思い描いたものとは違ったが、セシルの胸は期待に膨らんでいた。
ヴェルへ話しかける声も、いつもより弾んでいる。
「ねぇヴェルさん! 今までにどのくらいダンジョンの調査に行ったんですか?」
ヴェルは特に視線を向けることなく、城へ向かって歩いて行く。
「10回ほどは訪れたことがある。どれも奇妙な場所だった」
「へぇー。ここよりも大きなダンジョンにも行ったんですか?」
「ああ、1番大きなものは、行って帰るだけで3ヶ月ほどかかった」
ヴェルは、なんでもないことのように淡々と言ってのけた。
「そのダンジョンの概要を説明したら、調査は中止になり、封鎖することが決まったようだ」
それだけ危険なダンジョンだったのだろう。
——ヴェルさん以外には、立ち入ることすらできないなんて……
そんな話を聞くと、目の前の古城がとても恐ろしいものに見えてくる。
「で、でもこのダンジョンはそんなに危険じゃないんですよね?」
セシルの問いにヴェルはようやくこちらを向いた。
「……それを調査しにきているのだが?」
当たり前のことを尋ねてしまった。
なんでも聞きたがるのはよくない。
「まぁ、規模は小さい。危険度は低いと思うが、俺の基準で話しても、参考にはなるまい」
ヴェルは途端に不穏なことを言い出す。
そしてセシルが次に口を開こうとした時、ヴェルの手のひらによって遮られる。
「門番だ」
セシルたちは、城へ続く長い橋の真ん中あたりで立ち止まる。
セシルも目を凝らすと、確かに城門の前に何かが立っている。
「あれは……スケルトンか」
——スケルトン、本で読んだことはあるが、実際に見るのは初めてだ。
死してなお動き続ける、死霊の類だと。
「ヴェルさん、あれって、生きてるんですか?」
「いや、生きてはいない。あれらは生物ではなく、現象に近い」
「現象……」
「ああ、死んで生き返ったわけではない。——強い意志を持つものが死ぬと、たまにああなる。思念と魔力が混ざり合い、肉体に宿る。そうして生前の行動を繰り返すようになる」
セシルはヴェルの説明に、ほぉー、と素直に感心する。
それにしても、今日のヴェルはよく喋る。
——やっぱり事前に食事を摂ったからでしょうか?
「強い意志って、なんですか?」
「さぁな、それは俺にもわからん」
ヴェルは遠目にスケルトンを観察したのち、危険度は低いと判断したらしい。
足音も殺さずにそれに向かって歩く。
ガン!
スケルトンがその手に持つ槍の石突を鳴らす。
それでも構わず進むヴェルに槍を傾け、道を阻む。
骸骨の口がカクカク動いているが、肉が無いため声にはならず、カタカタと乾いた音だけが響く。
セシルにも"彼"が言いたいことはわかる気がする。
(『何者だ?ここは通さん!』でしょうね)
その姿にはかつての騎士の勤勉さが滲み出る。
セシルは少し、悲しい気持ちになる。
そして歩みを止めないヴェルに、ついに門番がしびれを切らす。
ドス!
ヴェルの右肩に、槍の穂先が突き刺さる。
セシルが驚いて小さく悲鳴を上げる。
だがヴェルは槍の刺さった肩にちらりとだけ視線を向ける。
筋肉がなく、骨だけの体の一撃は、速度も威力も並以下だった。
ヴェルは槍の柄を左手で掴み、そのまま強く引き寄せる。
ヴェルは右手に魔力を集中させる。
体勢を崩したスケルトンが、ヴェルの胸元へ倒れ込んできた。
そこへヴェルの硬質の拳が、スケルトンの肋の間に突き刺さる。
ぱきん、と軽い音がして砕け散り、カラカラとその身体が地面に散らばる。
「役目は終わった。——もう眠れ」
なんともあっけない最後だった。
ただ、セシルはかつて栄華を誇った古城の騎士に敬意を払い、その場に膝をつき静かに祈りを捧げた。
「これからいくらでもいる。いちいち祈っていては、キリがないぞ」
祈るセシルに、ヴェルは冷たく言い放つ。
「ええ、そうですね。でもこれくらいは……」
そうして、今しがたヴェルが放ってしまった門番の槍を拾ってくる。
そして砕けた骨の傍にそっと供える。
——感傷はここまでだ。
ここから先は、未踏のダンジョン。
セシルは一層気を引き締めて、門の鍵の解錠に取り掛かる。
解錠には5分ほど時間がかかった。
最後の方でヴェルが、「壊すか?」と言ってきたが丁重にお断りした。
無闇に壊すなと言われているのだ。
そうして城門を開け放ち、城内へと侵入して行く。
城の外壁はところどころ朽ちており、城の中央に掘られた紋章も風化してしまって読み取るのは難しそうだ。
それでも、数百、数千年と立ち続ける雄大な城に、セシルは言い知れぬ感動を覚える。
「ダンジョンというからには、魔物の巣窟だと思っていましたが、意外と普通の遺跡ですね」
「今のところはそのようだが、ダンジョンと単なる遺跡は違うものだ」
ヴェルとこんなにたくさん話をするのは初めてだ。
セシルは少しばかり、緊張を緩めて顔を綻ばせて城内を探索する。
「ダンジョンは、魔力の"澱み"から発生する」
聞いたことのない単語だ。
「"澱み"ってなんですか?」
「なんらかの理由で、巡ることができない魔力のことだ」
……?
ヴェルの言葉は時折難しい。
彼の中では、それで説明したつもりなのかもしれないが、セシルにはさっぱりわからない。
「つまりはどういうことです?」
セシルの言葉にヴェルは、言葉を選ぶように間をおき、そしてゆっくりと話し始めた。
「魔力は巡る。水や風と同じように、一箇所にとどまり続けるものではない」
だが、とヴェルは続ける。
「高濃度の魔力が、この地下空間のような場所にとどまり続けると、澱む。そして澱んだ魔力は生命には毒だ。長く浴びれば、正気を失う」
「その澱みが、ここにも?」
セシルはヴェルの言葉を引き継いで問う。
「ああ、ある。小規模だがな。だが、小さいとはいえ魔力が澱んだ場所は、不可思議なことが起こりやすい、気をつけろ」
そしてセシルは城内の探索を進めるが、セシルは階段や壁に施された細工や、飾られた調度品などに目を奪われて、ちっとも前に進めない。
キョロキョロしながら階段を登ると、セシルは不思議なものを見つけ、足を止める。
「ヴェルさん、あれは? 澱み……ですか?」
セシルの視線の先には、"渦"があった。
自分でも何を言っているのかわからなかったが、そうとしか表現できない。
何もない空間に、浮かび上がる渦。
大きな渦の中に小さな渦が無数に浮かんでおり、ゆったりと螺旋を描きながら生まれては消えていく。
向こう側の景色が蜃気楼のように歪んで見えている。
「おそらく違うな。澱みが原因ではあると思うが、それ自体は澱みではない」
「じゃあ、なんなんでしょう?」
「さぁな、わからん」
ヴェルもわからないとなると、セシルはどうしていいのかわからない。
このダンジョンには調査に来ているのだから、未知のものは調べなければならない。
だがセシルは経験の浅さから、動くことができない。
ちらりとヴェルを見上げて、視線を送るが……
「っっ!? ちょっと! 何して……」
セシルが言い終わる前に、ヴェルは得体の知れない渦の中に迷わず手を突っ込む。
セシルは思わず目を瞑ってしゃがみ込む。
「……何も起きない?」
「いや、抜けんな」
セシルが再度渦に視線を戻すと、ヴェルの腕が渦の螺旋に沿ってギュルギュルと捩れている。
「ヴェルさん! 腕が!!」
「ん?」
ヴェル腕が捩れながらどんどん渦の中に飲み込まれていく。
その速度は次第に速くなり、ヴェルの半身を飲み込んだあたりで、セシルはヴェルの腕を掴んで引き抜こうとする。
「よせ、巻き込まれる」
ヴェルはパシンとその手を払いのけ、冷たい視線を残すと、それを最後に音もなく渦の中へ飲み込まれていった。
「え……ヴェル……さん?」
払われた手がヒリヒリと痛む。
それよりも、突然1人で取り残されたセシルは、ぺたんとその場に座り込んでしまう。
頭が真っ白になってしまった。
セシルは目の前の渦を呆然と眺めながら、自らもその渦の中へ手を伸ばす。
ドォォン!!
その直後、背後の階段の下から轟音が響く。
セシルは驚き、渦に伸ばしかけた手をビクッと引っ込める。
そして、鼓動が早くなる心臓を抑えながら、恐る恐る振り返る。
「……え?」
——そこには、上空から落下してきたと思われるヴェルが、血溜まりの中に倒れていた。




