幕が落ちた夜
事故が起きたのは、三度目の大型公演だった。
会場中央には、半透明の幕。
そこへ投影される、巨大な光。
その裏側で、言葉が踊る。
システムが現実と幻を重ねる。
いつも通りの構成。
つまり、壊れる時は、だいたい、こういう時である。
四曲目のサビで、不穏な金属音がした。
次の瞬間。
頭上の幕が傾き、そのままステージ前方へ落ちた。
観客の悲鳴。
スタッフの怒声。
演出の幻が剥がれ、むき出しのステージが現れる。
そこにいたのは、誰も知らない少女だった。
言葉は固まった。
照明が、そのまま当たり続ける。
客席の無数の顔が見える。
スクリーンには中途半端に乱れた光の映像。
そして、観客の瞳から、驚きが一斉に冷たいものへ変わっていくのがわかった。
「誰?」
「は?」
「光じゃないの?」
「何これ」
「詐欺?」
ざわめきは、数秒で怒号になった。
映像は当然、拡散した。
『光の正体は別人だった』
『ファンを騙していた』
『代役ビジネス』
『終わったコンテンツ』
ネットは燃えた。
運営の管理責任。
隠蔽体質。
光本人への非難。
そして代役だった言葉への嘲笑。
ファンの怒りは、裏切られたという正当性を持ち、悪意はそこに乗っかった。
この手の炎上において、事実と快楽は、たいへん相性が良い。
言葉は、しばらく何も見られなかった。
スマホも開けず、部屋の隅で膝を抱える。
数日後。
光が会いに来た。
まだ杖をついていた。
以前より痩せて見えた。
場所は病室ではなく、事務所の小さな会議室。
向かい合って座る。
どちらも、すぐには話せない。
先に口を開いたのは光だった。
「ごめん」
言葉は反射的に首を振ろうとした。
だが、光はそれを止めるように続ける。
「今回は、ちゃんと最後まで私が言わないといけない」
声は震えていた。
だが、逃げなかった。
「あの日、私、事故で落ちたんじゃない」
言葉の身体が強張る。
「……え?」
「自分で、踏み外したの」
会議室の空気が止まった。
光は視線を落としたまま、途切れ途切れに話す。
「怖かった。ずっと。期待されるほど、苦しくなってた。次はもっと、次も完璧に、って言われて……少しでも崩れたら終わる気がして」
「私は“光”でいるために、どんどん自分が空っぽになっていった」
「でも休めなかった。休みたいって言ったら、光じゃなくなる気がしたから」
「だから……逃げた」
言葉は何も言えない。
これは重い。
しかも、ただ重いだけではない。
言葉がずっと抱えていた罪悪感の前提を、根元から破壊するタイプの重さである。
「たまたま事故みたいに見えただけ。ほんとは、自分で壊れにいったの」
「あなたに代わりを頼んだのも、守るためなんかじゃなかった。私は、自分が消えた穴を誰かに埋めてほしかっただけ」
そして光は、初めて真正面から言葉を見る。
「ごめん。あなたを巻き込んだ」
言葉の胸の中で、何かが崩れた。
もっと早く気づいていれば防げたかもしれない。
その考えは、少なくとも完全な事実ではなかった。
だが、だから楽になるわけではない。
新しい現実が現れたからだ。
自分は、光を守っていたつもりだった。
けれど実際には、光が壊れていく過程を、何一つ見ていなかった。
好きだ。理解している。近づきたい。
そう願ってきたくせに、見えていたのは、理想化された“光”だけだった。
言葉の憧れは、光を救えていなかった。
「……私、ずっと」
やっと出た声は、掠れていた。
「ずっと、光さんにもらってきたんです」
初めて見た配信。
学校でうまく話せなかった日。
光の曲だけが、頭の中をまっすぐにしてくれたこと。
どうしようもなく自分が嫌いだった時期に、光の踊りを真似している間だけ、自分の身体を少し好きになれたこと。
「私、勝手に救われてました」
「だから今度は私が返さなきゃって、そう思ってた」
「でも私……光さんの真似ばっかりして、自分が何を歌いたいのか、一回も考えてなかった」
光は黙って聞いていた。
「代わりじゃなくて、私として、やります」
言葉は顔を上げた。
「光さんのために、じゃなくて。私自身の言葉で。私の歌で」
それは、初めて光をなぞらない宣言だった。
光はしばらく黙り、それから、小さく笑った。
泣きそうで、でも少し楽になった顔だった。
「うん」
「それを見たい」




