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憧れのその先で  作者: ハイカラな人


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2/6

代役のステージ

 それから先は、現実感がなかった。


 救急隊員。

 青ざめたスタッフ。

 閉ざされた控室。

 責任者たちの怒号と沈黙。


 言葉は何度も言った。


「無理です」


 それは事実として妥当だった。

 無理なものは無理である。


 だが、病院に運ばれた光の状態は想像以上に悪く、代替演出への全面切り替えには時間が足りず、そして何より、本人が強く指名している。

 それら全部が積み重なった結果、空気は、ものすごい速度で『無理だけどやるしかない』方向へ固まっていった。


「動きだけでいいんです」

「歌は事前収録とリアルタイム補正で何とかします」

「顔も姿も、表向きは従来通り“光”として出せる」

「お願いです。今日中止になれば、関係各所への損害が――」


 そんな説明が飛び交う。


 言葉にとって、損害の話はどうでもよかった。

 そんなことより、頭から離れなかったのは、担架の上で見た光の顔だった。


 泣きそうだった。

 助けを求めているようにも見えた。


 そして、言葉の胸には、最悪の棘が刺さっていた。


 もっと早く気づけていたら。


 もっと早く階段の異変に気づいていれば、もう少し上で受け止められたかもしれない。

 もっと早く手を伸ばせていれば、怪我は軽かったかもしれない。


 それが事実かどうかは不明。

 だが、不明だからこそ、人を一番きれいに苦しめる。


 気づけば、言葉は控室の鏡の前に座っていた。


 身体にはセンサー。

 耳にはインカム。

 周囲ではスタッフが慌ただしく動く。

 モニターには、調整中の光のアバターが映っている。

 自分が腕を上げると、モニターの中の“光”も腕を上げた。


 それを見た瞬間、言葉は吐きそうになった。


 こんなの、冒涜だ。


 そう思った。


 同時に、もっと暗い場所で、別の声が震えた。


 ――それでも、光を守れるなら。


 開演五分前。

 暗転。

 客席のざわめき。

 地鳴りみたいな歓声。


 言葉は、震える膝を押さえた。


「大丈夫です」


 誰かがそう言った。

 たぶん、自分にも言い聞かせていた。


 イントロが始まる。


 身体が動く。


 考えるより先に、何百回と繰り返した振りが出る。

 一拍早くなりそうな心臓を、曲のテンポで押さえ込む。

 ターン。

 ステップ。

 視線。

 指先。

 ブレス。

 照明の熱。

 床の反発。

 歓声の圧。


 モニターの中では、光が完璧に踊っていた。


 言葉の身体を使って。


 一曲目が終わる。

 客席が揺れた。

 周囲のスタッフの呼吸でわかる。成功したのだ、と。


 二曲目。

 三曲目。

 進むにつれ、言葉の恐怖は別の何かに変わっていった。


 自分が踊っているのではない。

 光を通して、光のために動いている。


 そう思った瞬間、体が軽くなる。

 危険で、美しい勘違いだった。


 ライブは成功した。


 終演後、スタッフたちは安堵と興奮で半ば錯乱していた。


「信じられない」

「乗り切った」

「奇跡だ」


 だが、そんな言葉は全部遠い。


 病院で知らされた光の怪我は重かった。

 足の骨折。打撲。靭帯損傷。

 全治三か月。


 三か月。


 その長さを聞いた瞬間、言葉の中で何かが決まる。


「私、やります」


 自分でも驚くほど、声は硬かった。


「光さんが治るまで。代わりに、立ちます」


 スタッフは驚き、次の瞬間には現実的な計算を始める。

 ツアー日程。収録。イベント。契約。

 言葉は、そのどれにも興味がなかった。


 ただ一つ。


 自分が立たなければならない。


 そう思った。

 あの日守れなかった分まで。

 光が倒れた穴を、埋めなければならないと。

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