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4「お出かけとは何ですか」

 琉太とマオは買い物に行くため、出かける準備をしていた。

 魔王の服装では目立つため、新しい服を買いに行きたいわけだが、そもそも着ていく服がほかに一着もない。


「まあ、そろそろ冬だしコートでも着せるか」


 琉太はクローゼットからコートを取り出し、マオに羽織らせた。

 前のチャックを閉め、頭にはフードを被せる。


「これである程度角も隠せただろう」


 しかしマオは角が隠れてしまうことに不満だ。


「我のアイデンティティーではないか!」


「うーん、とりあえず着いたら何か探すから、今は我慢していてくれ」


 そうなだめる。


 午前九時ごろにやっと家を出る。

 ちょうどアパートを出た時、白崎さんにばったり会った。


「おふたりさん、これからお出かけですかー?」


 彼女の甘い声にマオは少し震える。


「私、今ゴミを出しに行ってたところなんです」


「そうなんですね。これから買い物に行くんですよ」


 可愛い従妹のために服を買いに行くという演技を貫き通そうとする琉太。


「おい、オデカケってなんだ?」


 マオからの唐突な発言に琉太は舌を噛む。


いっへぇ(いってぇ)……ほーあ(ほーら)アオひゃん(マオちゃん)早くいくよー」


 白崎さんの横を通り、手を振りながら急いでアパートを後にした。

 

 駅に向かう道中、コンビニの前を通り、マオは昨日一人でいたことを思い出す。


「ユウシャ」


「琉太」


「リュタ、昨日ひとりで家に残っていて思ったのだ。我もリュタのように働きたい」


「なんで急に?」


 マオの発言に琉太は驚いていたが、本人も相当驚いていた。


「魔王として働いたことがない。だがこの世界では魔王だからと言ってほしいものは手に入らぬ。貴様は仕事をして我を泊めてくれているのだろう?」


「そうだけど……」


「我はあのコンビニというところで働きたいのだ」


 琉太は少し考えた。

 彼からして、働きたいという人は稀だ。一般の人からしてもそうだろう。

 働かなければ生きていけない。それが強制化されていることで、仕事が嫌になる。

 ほとんどの人が毎日仕事に行くのを嫌々言う中、たまに進んで誰もやりたくないことをする人がいる。そう言った人は他人とは違った育ち方をしたものだ。

 

 マオの場合、彼女は働いたことがない。魔王というステータスだったため、生まれた時から全ての魔物、魔族から優遇された。食事はサキュバスのお姉さん方が作り、ベッドは毎日吸血鬼の執事が直してくれた。身の回りの世話でさえも、全てが彼女の代わりにされていた。

 

 しかし、それを普通だと思っている人間のお坊ちゃまなどではない。

 マオは自分の目で人間たちが働いているところを、魔族が働いているところを見た。コンビニで店長にしばかれる前から働くということに興味を持っていた。

 

「まぁ、あそこなら店長も良い人そうだし、何かあったらアパートが近い……」


 琉太は後ろに振り返り、コンビニを見た。


 何か災難が起こる前提で琉太は考えた。そして結論、彼女を働かせても問題ないだろうということだ。その上、コンビニでの収入はふたりの狭いアパートでの生活を安定させるためにも大事なことである。


「でもまずは店長に聞かなきゃだぞ」


 琉太はマオに注意する。

 マオは彼の言葉を受け入れられず、キョトンとしている。

 

「働くのにテンチョーの許可がいるのか?人間は働かなくちゃいけないのにか?」


「そうだよ。だってなぁ……」


 琉太は言い返そうと思ったが、マオが何も考えずに放った言葉は思うよりもずっと深く彼に刺さった。

 働くのは義務だ。しかし、働きたければ仕事に採用されなければならない。採用されなければ働きたくても、働けても、働くことができない。

 できる仕事はどんどん枠が埋まっていき、近年は人件費削減で仕事を失っている人もいる。その上、働きたければ何年以上の経験が必要だ、などという理不尽な仕事もある。

 働きたくても、働かなくちゃいけなくても、働けないのだ。

 自分が異世界に行っていた間に職を無くしていたら。クビになっていて、異世界から返ってきてニートだったかもしれないと思うとゾッとした。

 

「と、とにかく必要なんだ」


「そうなのか……」


 マオは理解できない様子だった。


「今日上司と社長に何かお土産買っておこう……」


 ふたりは大通りに出ると、すぐさま駅に着いた。

 日曜日で他の市民も出かけようとしているのか、駅は出入りする人で混雑していた。


「なんだここは!軍隊のように人間が多いぞ!」


 マオは初めて見る人だかりに恐縮した。異世界でこれほど人が多いのは大抵魔王を倒しに来る討伐軍の類である。


「駅だからな。これから向かうところの駅はもっと混んでると思うぞ」


 琉太は驚いていたマオを見て、少し自慢げに言った。


「戦争でも始まるのか?」


 マオは顔を(しか)めてエスカレーターに乗っている人たちを見た。彼女には行進しているように見えたのだろう。


「違うよ。駅は、そうだな。大きな馬車が人を沢山運ぶところだよ」


 琉太は彼女の想像しやすいようにできるだけ異世界の中の様子を思い浮かべながら言い表した。


「ほほう……」


 ふたりは券売機でマオに切符を買うと、改札に差し込んだ。

 反対側から出た切符を取り忘れず、無事ホームへ。

 そして、人に埋め尽くされたホームにて電車が来るのを待った。


「馬車はこんなに沢山の人を?」


「電気っていう魔法の様なもので動いてる大きな馬車だからね」


 琉太がマオに説明している間に電車が到着し、彼らは乗り込んだ。


「おお!」


 混みあった車内をすり抜け、窓の外を見るマオは目を光らせた。

 ビルが目の前を過ぎ去っていき、雲とともに動く。異世界人の馬車とは比べ物にならないほど速いということなど一瞬で分かった。


「電気とはすごい魔法なのだな」


 マオは電車の窓から、大通りを走る車、高層ビルにあるネオンサインを見て、記憶の中の異世界と照らし合わせた。


「ああ。帰って来てからつくづく実感するようになったよ」


 琉太は日本で暮らし、異世界に飛ばされ、戻って来た。どちらの世界も経験していて、どちらにもメリットデメリット、楽しいこと、嫌なことがあると学んだ。現代の日本はとても便利で、休みの日には気軽にお出かけができている。


「こんなのが当たり前だなんて、すごいよな」


 琉太はマオの思っていたことをそのまま口にした。


「ああ。ただ……ちょっと狭いな」


 ぎゅうぎゅうの電車の中で揺らされ、目的地の駅に到着。

 人の流れに押されてホームから改札へ。

 出るときに切符が出てこなかったことにマオは少し残念そうだった。


「ほら、行くぞ」


 琉太に呼ばれ、マオはトボトボ着いて行く。


 改札を出てすぐに目にしたのは、道の反対側にあった巨大なガラスの建物だった。

 マオのいた世界でガラスは貴重じゃない。だが魔物と人間が互いの領地に攻め入る歴史的背景があり、建物は耐久性を重視してあまりガラスは使われなかった。

 

「ガラスがこんなに……」


 つまり、マオにとってガラスの多い建造物があるということは、平和ということだ。ショッピングモールがガラス一面の入り口だったので、マオは先ほど駅での戦争疑惑を晴らすことができた。


「まずは靴だな」


 琉太はマオの足元を見ながら言った。


「それ、俺のスリッパだから」


「確かに我の足の大きさには合わん」


「じゃあなんで履いてきたよ」


「我の靴より履き心地が良かったのだ」


「あらそう……それはどうも」

 

 中古で買ったスリッパを褒められ、少し恥ずかしくなった琉太は、マオを引き連れてショッピングモールの中に入った。


「この中には店がいっぱいあるんだよ。えーっと、地図は……」


「わあ」


 マオは琉太が地図を見ている間に辺りを見回した。天井は飛べるくらい高く、店は見えなくなるまで並んでいた。

 マオも女性であるためか、魔王なのに女性の本能が出始めていた。


「全部行きたい……」


 そう思うのは、彼氏と買い物デートに出かけた彼女が絶対使わないものまで爆買いする三秒前の台詞である。


「ほらこっちだ」


 一番近くの店に早速入ろうとしていたマオの袖を琉太は掴み、無意識に阻止した。

 琉太は靴屋まで彼女を連れると、足のサイズを測ってやった。


「んー、小さいのか大きいのか。女性の基準が分からん」


 琉太は合うサイズの靴を手あたり次第引っ張り出し、マオに履かせた。


「これはどう?」


「とてもいい靴だぞこれは」


「これは?」


「これも履き心地がいい」


「これは?」


「素晴らしい」


 マオが履いていた靴は革の靴。戦闘でボロボロになった靴だ。そりゃ何を履かせても彼女はいいと思ってしまうであろう。だがそんなマオにも目に留まる靴があった。


「あれはあるか?」


 彼女が指さしたのはサンダルのような靴。


 琉太は首をかしげながらサイズを探し、マオに履かせた。


「どうだ?」


「いいぞ!他の靴より開放的だ。より蹴りやすい」


 マオは足を上げて床すれすれで蹴った。そのただの小さな蹴りが、ものすごい暴風を引き起こし、両サイドの棚から靴の入った箱が降ってくる。


 ドサドサドサ……


 床に箱が散乱する。


「あちゃー」


 琉太はため息をつく。


「しまったー」


 ついついあふれ出てしまった力にマオは棒読みの反省をしたが、きちんと後で琉太に叱られるのであった。


「大丈夫ですか?!」


 すぐに店員が駆け寄る。


「すみません、ぶつかってしまって……」


 琉太は信じてもらえるかギリギリな状況を知っていたが、この大惨事の原因としてすぐに言い訳が聞くのはそれしかなかった。

 店員は靴を履いているマオを見て、床に散らばる箱を見た。ほとんどの箱は大丈夫そうだが、なかにはどの靴がどの箱に入るのか、さっぱりの物もあった。

 

「ほらマオも手伝え」


 店員とともに箱を積みなおしていた琉太がマオに言う。


「その今はいてる靴が入ってた箱を探してくれ」


「お安い御用」


 マオはそう言って床の箱を漁り始めた。


 何とか片付き、マオの靴の箱も見つかった。

 琉太は箱をマオから受け取り、申し訳なさそうに店員に渡した。


「これお会計お願いできますか?」


「はい、今すぐに」


 彼らはカウンターに行くと、マオが気に入った靴を履いたまま購入した。


「6490円です」


 琉太とマオは靴屋を出ると、ショッピングモールを探索し始めた。


「靴は高いなぁ。マオ、いいか?無駄にはしゃいで人に迷惑かけてはいけないんだ」


 琉太は何百年と生きた魔王ではなく、小さな子供に注意しているように話した。


「もしもっと壊れやすいものだったらあれ全部買わされてたからな」


「努力をしよう」


 マオはにやりと笑いながら琉太に着いて行った。

 

「次は服屋だ」


 琉太はマオを女性用の衣服店に連れ込んだ。

 自分では入ったことがなかったため、いてはいけないような雰囲気があり、今すぐにでも他へ行きたかった。が、マオは数々のハンガーにかけられた洋服を観察していた。


「これはなんだ?!布がつるつるだ!」


 化学繊維の衣服に驚くマオ。


「プラスチックってやつでできてんだよ」


 琉太はタグを確認しながら伝えた。


「試着室あるみたいだから、好きなの選んでみてよ」


 店中全ての服、どれでも試せるのはなかなかにいいことだが、どんな服が良いか、どんなデザインが良いか分からないマオは新しく目に入ったものをすべて試したくなってしまった。


「これと、あれと……」


 試着してみたいものを次々と手に取り、持てなくなりそうである。


「一旦ストップ!」


 琉太は彼女を手伝いながら試着室に誘導した。


「これ全部上だけかよ」


 マオの選んだ服の山を見て琉太はコメントした。


「マオ、三着くらいに絞ってくれ」


 琉太に頷き、カーテンの後ろでマオが試着を始める。

 コートを脱いでいるところがカーテンに映るシルエットで外にいる琉太から見えていた。

 そして新しい服を試すために魔王の服を脱いでいる時だった。

 外にいる琉太の目にはマオが上半身だけでなく、下半身も脱いでいるように見えた。


「見てくれ!」


 マオが勢いよくカーテンを開けると同時に、琉太は目を瞑って後ろを向いた。

 彼の予想通り、マオは下半身を丸出しにして、上半身だけ試着していた。半裸の状態で後ろにポーズをとっているのがよくわかる。


「おいマオ!下を着ろ!」


 琉太は急いで近くのズボンを取り、後ろを振り返えず、マオに手渡した。


「ワハハ、すまない。動きやすさと着心地を試したかったのだ」


 マオは笑いながら答えたが、勇者の恥ずかしそうな態度にマオも彼の反応を楽しんで少し赤くなっていた。


 「これでどうだ……?」


 今度はちゃんと上下を着た状態で出てきたマオが、腰に手を当てる。


「おお。結構似合ってる……じゃないか……」


 琉太はマオを下から上へと眺める。やはりモデル級に美しい顔と体の彼女は、確かに決戦のあの時、勇者琉太の心を射止めたものだった。


「もう少し褒めてくれてもいいんだぞ?」


 マオはその場で一回転する。

 黒いスカートがふわっと上がり、白のニットのセーターが揺れる。


「うん、すごくかわ……良いと思う。」


 可愛いと言いたかったが、そんな褒め言葉を使ったら耐えられないであろう自分に配慮し、琉太は言葉を変えた。


「こ、これから寒くなるし、ピッタリじゃない?」


 何となくマオの試着した服装を気に入っていた琉太はそう言った。買わせようという感情を気づかずに込めて。

 しかしそれはマオが美しいから何でも似合ってしまうせいかもしれない。

 それは彼女が後に試着したセットで立証された。

 カーテンを開けるたびに新しい服装のマオが現れる。そのたびに琉太は彼女を褒め、爆発しそうな心臓を抑え込んでいた。


「で、結局どれにするんだ?」


 琉太は服の山を見て聞いた。

 さすがに全部買うわけにはいかない。コンビニの店長からマオの給料分をもらったからって、お金が無限になったわけではない。少し余裕ができただけだ。


「うーむ、決め難い」


 マオは悩んでいた。悩んで悩んで悩み続け、三着に絞ることができた。


「全部同じようなのだけどいいのか?」


 琉太は彼女のセレクションを見て思ったことを口にした。


「動きやすいからな。我にはこれらが一番快適だ」


 その言葉に琉太は感動した。過去の彼女となれば、動きづらい、年に1回しか着ない、数週間で流行遅れだと言って着なくなる。彼のプレゼント代をどれだけ服や装飾品に使ったことか。世の中の女性にマオを見習ってほしいと思うのであった。


「あとはこれを何とかしないとな」


 琉太はマオの角を突いた。


「どうすりゃ隠さずに隠せるんだ?」


 服屋から出てショッピングモールを歩きながら考える。両手にバッグを持ち、下を向いて歩いていたその時。


 ジリリリリリリ!


「強盗だ!」


 ふと見上げると、前方のアクセサリー店の方から全身黒い服装の二人組が走ってくる。周りの人を突き飛ばし、彼らの後ろには割れたガラスが散らばっている。

 二人組は両手に大量のネックレスや指輪を持っていて、ポケットからもポロポロ落としている。彼らのさらに後ろには警備員が追いかけてきていて、全速力でこちら目がけて走っている。


「やっば!」


 琉太は異世界ならば勇者の力でコテンパンだが、この世界ではただの人間。彼は逃げるつもりが、足がすくんでその場から動けなかった。


「さすが勇者!」


 隣からマオの賞賛の声が聞こえる。


「へ?」

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