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15「デスティニーを捨てた!」

「ど、どうしたんだ?」


 仕事でマオよりも後に帰った琉太。アパートに入った瞬間見えたのはソファで液体のようにぐったりと座るマオだった。瀕死の状態で指も上がらない。


「おかえり……」


 霞んだ声でマオは琉太の方を見ずに迎える。


「今日なんかあったのか?」


 龍太はマオの前に立つ。


「色々と」


 マオは無力そうに答える。


 「破壊神ジュレタの面倒を見てたのだ。何とか破壊を止めさせることができたが……」


 マオはその日に起こったことを琉太に話す。


「確かにそれは大変だったね」


 琉太はソファーでぐったりしているマオの隣に座り、彼女の穴あき帽子を取ってから頭に手を置いた。


「でも、マオは乗り越えたじゃないか。偉いぞ」


 そう言われたマオはソファーに顔を埋める。


「我はリュタのようにちゃんと社会に馴染めているか?人間のように」


 マオはくぐもった声で言う。


 しばらく静かになるが、琉太が沈黙を壊す。


「――最初は魔王がコンビニで働いてるなんて驚いたけど、その魔王が破壊神まで働かせちゃうなんてね」


「我は、()()じゃない」


 自分のしてきたことを振り替えるマオ。やはり異世界から来た異物は、馴染むことができないのだろうか。


「いいや、()()じゃない。でも馴染めてはいる。()()じゃない、マオの形で。ここがマオの家だよ」


 琉太の言葉はあたかもその場にいてマオがコンビニで働いていたところを見ていたかのよう。


 マオの足がピクリと動く。


 またふたりの間に静かなときが訪れる。遠くに救急車のサイレンが鳴り響く。


「そうか、我は……」


 起き上がり、琉太の目を見る。初めて彼の目を見た、異世界で出会った時のようなときめき。


 マオは琉太が帰って来た時の、毎日彼に会う時の安心感を思い出す。


「我は()()を追い求めながら、本当に必要だったものを見落としていたのかもしれぬ」


 マオは琉太の顔を見上げる。


「っ……おいそんな目するなよ」


 琉太は子犬のように上目遣いのマオから目を逸らした。

 今まで何の問題もなく彼女の眼を見て触れてきたのに、指先が微かに触れただけで電気が走る。

 

「恥ずかしいだろ……」


 異世界であった時のマオ。それは優雅で美しい魔王であった。


 異世界であった時の琉太。それはたくましい勇者であった。


 そして今のマオ。それは頑張り屋で、かわいらしくもなった。


 そして今の琉太。それは優しく、信頼のおける身近な存在だ。


「すまぬ……我は、誰かにこうしてここまで自分を許せる、信頼を置ける者とともになる時が来るとは思わなかった」


 マオは異世界で琉太に対する気持ちが芽生えた。立場ゆえ、その恋の苗木は奥深くにしまわれていた。

 だが、全てが片付き、大きく育った気持ちは琉太によってこじ開けられた。


 琉太もマオと同様、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。


「あの時、ちょっと両親に嘘ついちまったな」

 

 琉太は匂わせるような感じで呟いた。


「まさかリュタ、我に言わせるんじゃないだろうな?貴様の母がこういうものは男が女に言うものだと言っていたぞ」

 

 マオは食い下がらない。大人しく自分の気持ちを先に言うものかと。


 マオの猛烈な視線に琉太は降参する。


「ああ、そうだな。俺から言ってやるよ」


 彼の声は少し震えている。


「マオこそ、俺のすぐ後に言うんだからな?」


 マオは頷く。


「よし……分かった」


 琉太は唾をのむ。

 異様に喉が渇いている。


 「よし……」


 深呼吸。


「お、俺はな……」


 また大きく深呼吸。


「マオ、俺はお前のことが――」


 ?!


 突然彼の声に何かがかぶさる。

 頭がクラクラするような激しい頭痛と吐き気。

 脳の裏から声が来ているみたいだ。


「お忙しいときに失礼します。勇者琉太様、お久しぶりです」

 

 琉太はこの声に聞き覚えがあった。

 女神だ。


 今じゃないだろ……!


 声色からして明らかにわざとだ。


「何かまずいことをしてしまいましたか?」

 

 何も知らなさそうに言う。


「いや……」


 琉太とマオが同時に言う。

 どうやら女神からふたりへの同時通信のようだ。


「そうですわ、魔王様。貴女がジュレタをなだめてくれたおかげで異世界との境界が安定しています。今なら戻れますわ、元の世界に」


 帰れる。

 マオは帰ることができる。元の世界に。


 だが考える時間は必要ない。もう彼女の心の中では決まっていた。


「いいや、我はここに残る」


 マオは琉太のことを見ていった。

 もちろんこれは彼にも聞こえている。


「そうですか」

 

 女神は少しうれしそう。


「では、また何かあったら」


 そう言って女神は消えてしまった。


「なあマオ……」


 琉太が何かを言おうとした瞬間、マオが彼を止める。


「安心しろ。十分に分かった」

 

「おう……それより、いいのか?」


 琉太はマオに聞いた。


「何がだ」

 

「ほら、元の世界に戻るって」


「ここが我の家だと言ってくれたのは先の貴様だろう。我の形で、魔王という使命(デスティニー)を捨てて貴様と暮らしていくと」

 

使命(デスティニー)を捨てて……」


 琉太はその言葉を小さく繰り返した。


「もう我は世界を破壊したり支配したりする魔王ではない。勇者の、貴様の魔王だ」


 そう言いながら、マオは琉太の肩にもたれかかった。

 

 ふたりの体が震える。


「向こうの世界でも、我はきっとこれを望んでいた。貴様がいれば他に何もいらない。そういうことだろう?」


「ああ。俺もだ」


 マオは一間置く。

 

「だから……これからもよろしく頼むぞ、我の勇者!」


「ああ。じゃあその勇者様が今日の晩飯作ってやるよ!」


「いやそれは……」


 ふたりは笑った。


 とても楽しそうに。


 生き生きと。


 窓の外では、いつものように街の明かりが瞬いていた。

 異世界を揺るがした戦いも、世界の命運を左右する選択も、もうふたりの間では過去の記憶だ。


 特別な力も、壮大な使命も、今この瞬間には必要ない。


 ただ、帰る場所があって。

 隣にいてほしい相手がいて。

 明日もまた同じように「おかえり」と言える。


「俺・我は幸せだ」


 ふたりが心の中と声で重なる。


 ▼▲▼▲▼▲

 

 勇者と魔王の出会いの物語は終わった。


 しかし――


 二人の日常は、これからも続いていく。

 少し騒がしくて、少し不器用で、そしてとても温かい毎日として。


 明日になれば、またコンビニの自動ドアが開く。

 勇者と共に住む魔王がバイトとして働く。


 今度コンビニに行ったとき、もし店員が帽子で頭を隠していたら、


 それは私たち人間と共にひそかに暮らしている魔王のマオちゃんかもしれません。


 明日のマオちゃんはどんな一日を迎えることでしょう……




【異世界で倒したはずの魔王がコンビニでバイトしていた件】第一章 完。

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