14「破壊神はコンビニでバイトしていた」
早速ジュレタを制服に着替えさせる。
マオは初歩的な部分から教えるが、なかなか上手くいかない。
仕方ないので、マオの監視のもとで始める。
きっと店長も今のマオと同じような気持ちだったのだろう。
幸い、明らかにトラブルになりそうな客はマオがすでに片付けている。
「いらっしゃいませ」
誰かが入ってくるのを感じたマオは入り口に向かって大きな声で言った。
それに続きジュレタが、
「よくぞ我が新城へ来た……っんむ」
それ以上続けられる前にマオが彼女の口を塞ぐ。
「いらっしゃいませだけで良い!」
マオは小声で叱る。
「歓迎しようと思ってたのに」
とジュレタ。
店内に入ってきたのは、スーツ姿の男だった。特に変わった様子もない、ごく普通の客だ。
「ジュレタ、まずは教えた通りに真似をするのだ」
マオは彼女の口から手を離す。
男は、鞄を持っていない方の手に商品を抱え、レジに来た。
マオの監視下でジュレタはひとつずつ、バーコードをスキャンする。
順調だ。
画面に金額が表示される。
そして男が鞄を股の間に挟んで財布を取り出した時。
「金か?それなら要らないぞ。好きに持って行くが良い!」
などと言い出した。
「ちょ、ちょっと!」
マオがジュレタを押し除けて困った様子の男の接客をする。
「も、申し訳ない。新人でな……」
深く頭を下げながら、素早くレジを打ち直す。
「こちら、合計六百八十円になります」
「あ、ああ……」
男はまだ困惑した様子だったが、提示された金額をそのまま支払った。
彼はカバンの中に全て詰め込んでからマオたちをもう一度振り返ってから出て行った。
「ふぅ……」
男が去って行った後、ジュレタに再教訓してやろうかと思ったマオだが、すぐコンビニに人が入った。
昼の時間帯だ。
さっきの男のように朝弁当を買い忘れた会社員が押し寄せてくる。
ウィィィーン、と自動ドアがひっきりなしに開く。
「いらっしゃいませ!」
マオは声を張り上げる。
その横でジュレタも、
「いらっしゃいませ」
今度はちゃんと言えた。
次々と客が商品を持ってレジに並ぶ。
「ジュレタ、来るぞ」
「……うん」
最初の客が弁当と飲み物を置いた。
ジュレタはそれを受け取り、バーコードを通す。
ピッ。
ピッ。
「温めますか?」
マオに小声で促され、ジュレタが聞く。
「はい、お願いします」
優しそうな声で前に立つ女性会社員が言った。
にっこりしながらジュレタが電子レンジを使う様子を見ている。
きっとただの新人バイトとしか思っていないだろう。
女性は最後弁当を受け取ると最後に一言、
「その角の飾り可愛いね」
と言って出て行った。
マオは無意識に頭の帽子を触ったが、ジュレタのことを言っているんだと気づいた。
ジュレタが言う。
「こいつらは飾りじゃなぁい!」
マオはすぐに彼女を次の客に当たるよう言う。
別々に分かれてレジ二台で動いている時だった。
女神から脳内通信が。
ここまで来ればマオはもう酔いの感覚を振り切って話せる。
「ま、魔王?宇宙たちの破壊が止まったと思ったらこれは一体……」
「説明は後だ!今は……働かせている!」
マオは内心で叫びながら、目の前の客に袋詰めを続ける。
「袋はご利用になるか?」
「あ、はい……お願いします」
手は動かしつつも、頭の中では女神との会話が続く。
「働かせている……?あのジュレタを……?正気ですか!?」
「正気だ。むしろこれしかない」
マオはきっぱりと言い切る。
「私の見ていない間に何があったと言うのです?!」
「……我と同じ事が、だな」
「と言いますと?」
「もしかしてだが、ジュレタとやらは貴様が女神という存在の対に生まれたのではないか?」
女神は少し黙った。
マオは自分とジュレタを照らし合わせると、大差ない事がわかった。ただ違ったのは琉太や店長との出会い。
「女神よ、我々のような存在は生まれた途端に使命を与えられているのだ。だがそんなものに囚われる必要はないと我は考える。違った道を望むなら、使命を捨てても良いのではないか?」
女神はしばらく沈黙した。
その沈黙の間にも、レジの音は止まらない。
ピッ、ピッ。
「ありがとうございました」
マオは機械のように動きながら、自分のため、そして誰かのために動いていた。
「……あなたは、本気で言っているのですね」
ようやく女神が口を利く。
「ああ」
「使命を捨ててもいい、と」
「捨てるだけではない。選び直すのだ。いわば、リサイクルされるこのペットボトルのよう」
マオは静かに答えた。
「我もかつては魔王として生まれた。破壊し、支配することが当然だった。だが今は違う」
女神は何も言えなかった。
心のどこかで、ジュレタが数知れずの世界を滅ぼしたのが、姉妹として見れず、彼女を破壊神としか思っていなかったからだと思っていた。
やがて、小さく息を吐く音が聞こえる。
「……少し、見てみます」
それだけ言い残し、女神の気配はふっと消えた。
マオの頭の中に静寂が戻る。
隣ではジュレタが、さっきよりも真剣な顔で商品を受け取っていた。
ピッ。
バーコードを通す手つきはまだぎこちないが、止まらない。
次の客。
次の会計。
ジュレタは一つずつ、覚えていく。
客が袋を受け取り、去っていく。
ジュレタはその背中を、じっと見ていた。
「……ねぇ、マオちゃん」
「なんだ」
「ちょっと……いいかも」
ぽつりと漏らす。
「だろう」
マオは短く答えた。
やがてピークが過ぎる。
客足が落ち着き、店内に静けさが戻った。
「はぁ……」
ジュレタがカウンターに寄りかかる。
「疲れたぁ。体が、じゃなくてなんかこう……」
「働くとはそういうものだ。すべてを壊して何も残らないのではなく、笑顔が残るだろう」
ジュレタは自分の手を見る。
「うん……」
ウィィーン。
その時、ドアが開いた。
入ってきたのは、見慣れた人物だった。
「おー、やってるやってる……って、おい」
私服の店長が足を止める。
「……増えてない?」
ジュレタは振り返り、堂々と言った。
「新人だよ!」
マオが即座に頭を下げる。
「すまぬ、我の判断で雇った」
「いやいや勝手に!?」
店長は頭を抱えたが、ふと周りを見る。
棚は整っているし、店に変わった様子はない。いつものコンビニだ。
「……普通に働いてたのか?」
ジュレタを見る。
「ああ。なんの問題もないぞ」
マオが答える。
店長はしばらく黙り込んだ後、大きく息を吐いた。
「……まぁいいや。忙しい時間乗り切ってるし」
そして苦笑する。
以前に自分が困っていそうなマオを助けた。そしてそのマオが他人を助けている。
そう見えた店長は、あの時の自分の行いが正しく、誇らしかった。
「あとでちゃんと話聞くからな?」
「ああ」
マオは頷いた。
しばらくして、ジュレタとマオは残りを店長に任せて帰る。
暗い道は、この世界で初めて琉太と会った時のよう。
マオはジュレタに黙って大きな饅頭を渡す。
ジュレタは驚いたが、何も言わずに受け取った。
「ご褒美だ。熱いぞ」
マオはジュレタの隣を歩きながら彼女が食べるところを見た。
一口目は具に届かず、二口目を大きく噛むも舌を焼かせる。
「ジュレタよ、この後どうするのだ?」
マオは彼女に聞いた。
「うーん」
ジュレタはこもった声で噛みながら答える。
「お姉ちゃんのところに戻ってみようかな。ちょっと今まで迷惑かけすぎてたかも……」
ジュレタの心の変わりようにマオは驚いた。そして女神がそれを聞いていることも気づいていた。
「戻ってくるか?ここに」
マオは言うが、本当ならいつ機嫌を損ねて世界を破壊しかねない者を呼びたくはない。それでも何か、過去の自分を見ているような気がしてしまったのだ。
「うん。今度はそのお金ってやつで何か買ってみようかな!」
ジュレタは残りの饅頭を口の中に押し込みながら言う。
そしてマオに手を振ると、すぐに夜の空へ飛び立って行ってしまった。
一瞬で見えなくなるジュレタをマオは目で追う。
しばらくした後に、自分でも気づかなかった緊張がほぐれ、肩が落ちる。
「はぁ……こんなに恐怖を感じたのは初めてかも知れぬ」
ガタガタの脚でゆっくりと帰る。
暖かい部屋と、琉太の待つ所へ。




