13「破壊神も食いしん坊」
そして、奴は予告通り来た。
前回のインシデントからちょうど一週間。マオがコンビニでバイトをしている最中だった。他のものを介さず、ジュレタは直接マオのところに現れた。
ジュレタが狙って来たのか、それとも偶然なのかその日は店長がどうしても店に居られないと空けていた日なのだ。バイトを始めてから随分と経つマオを信じ、朝からマオの帰るまでマオ一人でコンビニを経営していた。
店を開ける店長に全て一任されたと誇りに思っていたマオのところに、女神からのウォーニングサイン。
「もう直ぐ、彼女が来ます。過去のインシデントからして、彼女があなたに興味を持っているように思えます。直ぐに消し飛ばされるようなことはないでしょうけど、地球が粉々にされないよう頑張ってくださいね」
今介入してはジュレタを苛立たせ、余計に世界の破滅が早まると予想した女神は地球、もしかしたらこの宇宙の未来をマオひとりに託した。
「ああ……うっ」
どれほどの命が自分に託されているか知らぬマオは次の瞬間、とても嫌な気配を感じた。
一瞬にして鳥肌が全身に立つ。鼓動が早まる。
そして、自動ドアが開く。
ウィィィーン。
ドアのチャイムと同時に入って来たのはこの途轍もない覇気の持ち主、ジュレタだった。彼女は相変わらずの服装で、マオの魔王衣装に似た様な、絶対王者を連想させるものだ。
「来たよー!そうかそうか、此処がマオちゃんのいつもいるところなんだね?」
ジュレタはゆっくりと入り、数々の棚と商品を見る。
「なんだかいい匂いがするな」
通路を歩くジュレタを見るだけで、マオは何も言わずに立っていた。
ジュレタは人差し指で商品を空でなぞりながら歩いた。
モデル雑誌、漫画を通り過ぎて奥へ。
ドリンクを見てから、アイスを通り越して前のお菓子コーナーのあるコンビニの前へ。
今度はパン菓子コーナーの前を通って奥へ。
コンビニの全てを一度回ったジュレタは満足そうにレジの方を見る。そして奥の方から一歩ずつレジへ向かった。
そこにはカウンターの裏で、見られていない足をビクビクと震わせているマオがバイトの制服で立っていた。
「物が多くて狭い、食べ物が多いね。マオちゃんはこんなところで毎日何してるの?めっちゃ食いしん坊なの?」
ジュレタはカウンターに手をつける。数々の宇宙を消して来た破壊神という本性とは無関係に思える彼女のはつらつとした態度は可愛らしいが、その無関係さがさらに恐ろしい。
「わ、我はここで働いているのだ……」
マオは普段の自信に満ちた声ではなく、小声で呟いた。
逃げる機会を伺うかの様に自動ドアをチラチラと見る。
「ふーん、はたらく?マオちゃんは魔王じゃない。哀れな人間と違って、欲しいものは取っちゃえばいいのに」
ジュレタは奪うことが普通かの様に言う。いや、彼女に取ってはそれしか普通がないのだ。マオもまた、そちら側だったのだから。
「マオちゃん遊ぼうよー」
答えないマオの顔にジュレタが覗き込む。
「ねえ、どうしてはたらくの?つまらなさそうじゃん」
それにマオはこう答えた。
「分からない」
と。
「なにそれ」
「我にも分からない。働いたことがなかった。だが、一生懸命な人間たちを見るたびに、彼らが何のために働いているのかが知りたくなった。感じたくなった」
「ふーん。で、はたらくって何をするの?」
働くことを知らない悪魔に抽象的な質問をされ、マオは何と答えればいいか分からず戸惑った。
「何を、か……」
足の震えが少し収まる。
「働くと言うことはひとつのことじゃない。他の人の為にする事もあれば、自分の為にする事もある。ペースも、カタチも様々だ」
マオは例を挙げ始めた。
「例えば、リュタは毎日パソコンと言うものに向かって仕事をしている。我は店長の代わりに店の物を売ったり、管理したりする仕事をしている。そして、トオルの様な子供はガッコウと言うところで学ぶ、と言うことが仕事であるらしい」
マオの背筋が伸び、震えが止まり、鳥肌が収まる。
「仕事と言うものは、人それぞれであり、人間たちはコミュニティーの中で帰属感を獲得する為に自分の仕事を見つける。集団で生活し、役に立っていると言う気持ちが必要な人間にとって仕事は大切なのだ。そして、それを我も、我もその気持ちを好きになった」
ジュレタはとても真剣なスピーチをするマオに少し動かされた様だったが、あまり表情には出さない様にしていた。
「そ、そうなんだね。あっ、これ凄くいい匂いがするよ」
ジュレタは話を逸らし、レジの隣にあるチキンを手に取ろうとした。
その瞬間、マオは反射的に声を上げた。
「ま、待て!ダメだ!」
ジュレタの手が止まる。
「なに?」
「それは……勝手に持って行ってはならぬ」
ジュレタは首を傾げた。
「なんで?」
「それは商品だ。欲しいなら金を払わねばならない」
「かね?」
ジュレタは初めて聞く言葉のように繰り返した。
「そんなの面倒だよ。取ればいいじゃん」
そう言って再びチキンを取ろうとする。
マオはホットスナックのケースの扉を手で止める。
「ダメだ」
ジュレタがマオを見る。
その光景。マオは数週間前の自分を見ているかのようだった。
この世界に来たばかりの時、店長にこっぴどく怒られてしまった。
あの時は意味が分からなかった。
だが、今なら分かる。
この店は、人が働いて、人が来て、人が買って。
それで成り立っている。
勝手に奪えば、それは全部壊れてしまう。
マオはジュレタを見つめ続ける。
今のジュレタはまさに昔の自分。他人のことなど考えず、自分の欲しいことだけやり、ほしいものだけ取る。
だがそれは今になって思い返せば、とても退屈で意味の無いことだった。
ジュレタや昔のマオのように暴君になってしまうのは、ただその何もない溝を何かで埋めたかったから、何で埋めればよいかわからなかったからだ。
力があるなら奪えばいい。
世界など壊してもいい。
そんな考えしか知らない存在。
しかし今のマオの中の溝は埋まっている。店長、バイトの貢献、琉太との出会い、暮らしで。
「……ジュレタ」
「なに?」
「貴様は働いたことがあるか?」
「ないよ」
即答だった。
「だって必要ないもん」
「そうだな」
マオは小さく頷いた。
「我もそうだった」
ジュレタが少し興味を示したように眉を上げる。
「でも、今は違う」
マオはチキンを棚に戻した。
「欲しいなら働け」
「は?」
「働いて金をもらい、それで買う」
ジュレタはしばらく沈黙した。
「面白いか?破壊より」
「ああ。頑張ったという証拠の金で買うチキンはどんな破壊よりも気持ちがいいぞ」
「ふーん」
少し考える。
「じゃあ」
マオを見る。
「マオちゃん」
「なんだ」
「私もそれやってみたい」
「働きたいのか?」
「うん」
その言葉にマオは安堵の胸をなでおろす。地球はまだ続きそうだ。
どこかで女神が溜め息をつくのが聞こえる。
その瞬間、コンビニのドアが開いた。
ウィィィーン。
「いらっしゃいませー」
マオが反射的に言う。
客は普通のサラリーマンだった。
「ジュレタ、さっそく出番だ」
店長にビシバシ鍛えられたマオは、今度は後輩を持つのだった。




