自由のその先へ
いつも読んでくださり、ありがとうございます!
「プログラム外の記憶」最終話です。
目を覚ましたフレディは、フォルテたちと再会。そしてマコとの再会で、自身の心に温かい感情を呼び起こす。
自分は何者なのかを問い続けたフレディは、家族や仲間との絆の中で、ついに「感情」の意味を理解し、真の自由を手に入れる──。
涙と笑顔、そして希望に満ちた感動の最終話。彼らの物語の結びを、どうぞお楽しみください。
暫くルナと二人きりで静かに話していると、やがてフォルテが一足先に目を覚まし始めた。
「フォルテ、おはよう」
「……フレディ……?」
眠そうに目を擦っていたフォルテだったが、フレディが起きていることに気がつくと、慌てて椅子から立ち上がった。
「メアリー! パレッタ! 起きて、早く早く!」
「うーん……」
起きるのを渋るメアリーとパレッタに、フォルテは「フレディが起きてるんだよ!」と思わず飛び起きるような一言を発した。
「んえっ⁉」
「おはよう、パレッタ」
「おはよう!」と快活な挨拶を返すパレッタ。先程までの眠気が吹き飛んだのか、彼は「もう大丈夫なのか?」とフレディに身体の具合を聞いていた。
「うん。もう大丈夫、心配してくれてありがとう」
「そっか!」
様子を見ていたルナが笑って言った。
「そろそろ朝御飯食べましょうか。皆お腹空いてるでしょうし」
「ボク、お手伝いします」
「それなら僕も……」
フレディはベッドから降りようとしたが、フォルテに止められた。
「フレディはまだ休んでていいよ。ご飯出来たら呼びに来るから、その時にもう一回メアリーを起こしてくれないかな?」
フレディは未だ近くで眠り続けているメアリーを見た。穏やかな笑みを浮かべたまま、幸せそうに眠っている。
「……分かった。お言葉に甘えて、もう少しだけ休ませてもらうよ」
「うん。ほら、パレッタも一緒にお手伝いしに行こう」
「はーい。フレディ、また後でな〜!」
部屋を出ていくルナたちの姿を、フレディは軽く手を振って見送った。
……それからどれくらいの時間が経っただろうか。メアリーの寝言に耳を傾けてみたり、窓の外に広がる景色を眺めていたら、扉をノックする音が響いた。
「フレディ、朝ご飯出来たよ!」
知らせに来たのはフォルテであった。
「分かった、今から行くよ。メアリー、起きて」
「ん〜……」
フレディはメアリーの背を軽く揺すった。
それでもメアリーは中々起きようとせず、「しょうがないな」とフレディはそっと彼女を抱き起こす。
「大丈夫? ボクが代わりにメアリー抱っこしようか?」
「平気だよ。こういうのは慣れてるから」
「そっか」
キッチンに向かうと、テーブルの上には温かいスープに焼き立てのパン、色とりどりな果物とシンプルなものだが、どこか懐かしさを感じさせるメニューばかりであった。
「美味しそう……」
「スープはパレッタがルナさんに教えてもらいながら作ったんだ。味見したんだけど、凄くおいしいよ」
「そうなのか。楽しみだな」
朝食の香りに気がついたのか、メアリーが漸く目を開けた。「いいにおい……」と表情を綻ばせている。
「メアリーも起きたみたいだし、皆で食べよう」
「あぁ」
手を合わせた後、フレディはスープを一口啜ってみた。優しい味が口に広がり「美味しい」と口にすれば、パレッタが笑って言った。
「料理? ってはじめてやったけど、楽しいな! フレディも喜んでくれてるし、今度また何か作ってみようかな〜」
「あらそう? 料理も科学と似てる部分があるから、慣れるともっと楽しいかもね」
パレッタはすっかり料理に対して興味津々になったのか、ルナに色々なことを聞き始めていた。
「……」
賑やかに交わされる会話を聞いて、フレディはそっと胸に手を当てた。……今、この場にあるものが本物の「安心」なのだと、漸く理解できた気がした。
食事を終えた後、ルナがふと窓の外を見た。
「せっかくだし、片付けを終えたら皆で外に出かけてみましょうか」
「外、か……」
フレディの不安を察したのか、ルナは「大丈夫よ」と囁いた。
「制限のこと、気にしてるんでしょ。その手のものは全部取り除いてあるから、安心して。フォルテたちに組み込まれてたものもね」
「……そう、なんだ」
フレディは外に広がる青空を見つめた。プログラムの制限があった頃、遠い世界のように思えたものが近くまで来ている。
「もう何も気にしないで大丈夫なのよ」とルナはフレディの背を軽く叩いた。
「片付けはやっておくから、皆と準備しておいで」
「……うん!」
……準備を整え、皆で並んでラボの外へと出る。
「眩しい……!」
目の前を行き交うヒトたちの声、工房から何かを造る音。聞き慣れない音ばかりがいくつも重なって、フレディたちはどこか落ち着かない様子を見せていた。
はしゃぐメアリーを追いかけて、パレッタが笑いながらその背を追う。
フォルテはというと、気圧されたように周囲を見渡しながら、フレディの腕をそっと掴んでいた。
「凄いヒトの数だね……」
「あぁ……それに、とても賑やかだ……」
目の前に広がる世界は鮮やかで、情報量が多すぎる。でもそれが――今のフレディには心地よかった。
「メアリーたちはルナに任せて、僕らはちょっと休憩しようか」
フレディは近くのベンチを指さした。
「うん」とフォルテは頷き、一足先にベンチへ腰かける。
「水でも貰ってこようか?」
「ううん、大丈夫。それより……」
フォルテはヒトの流れを見つめながら言った。
「こうしてみると……外ってホントに自由なんだね」
「でも……いざ自由になると、何したらいいのか分かんないや」
困った様にフォルテは言う。それにフレディは「……そうだな」と返し、空を見上げた。
「けど……マコなら、『ゆっくり見つけていけば良いんじゃないか』ってアドバイスしてくれるんじゃないかな」
「確かに。マコさん、そういうこと言ってくれそう」
「なんだかマコさんに会いたくなってきちゃった」と呟いたフォルテの言葉に、フレディも頷いた。
そこへメアリーとフォルテを連れて、ルナがやって来る。
「そんなに会いたいなら、メッセージを送ってみたらどう?」
「でも……迷惑にならないかな?」
「ならないと思うわよ」とルナは笑いながら答えた。
「僕……せっかくだから、今日のことを送ってみようかな。マコたちにちゃんとお礼も言えてないし」
「そうしなさいな。きっとマコたちも喜ぶわよ」
「うん!」
……その日の夕方、フレディは一日の出来事を振り返りながら、マコに向けてメッセージを作成していた。
――マコへ。今日はまた皆と朝食を取ってみた。パレッタが作ってくれたスープが凄く美味しくて、キミやマミにも食べてみてほしかったくらいだ。
朝食の後は、外にも出てみた。外の世界はとても眩しかったよ。まだまだ不慣れなことが多いけれど、『自由』というものが何となく分かった気もする。
……マコにまた会いたい。会ってちゃんとお礼を言いたい。
フレディは作成し終えたメッセージを、暫く画面の中で見つめ続けていた。
伝えたい言葉は、ちゃんと書き込めたはず。しかし、いざ送るとなると……少しばかり不安があった。
「……」
それでも――フレディは意を決して、メッセージを送ってみた。
画面上に表示された「送信済」の文字。メッセージの下部にはまだ、「既読」の文字がつかなかった。
(……きっと忙しいのだろう)
フレディはメッセージボックスを閉じ、窓の外へ目を向けた。
今すぐではなくとも、マコに気持ちが届くと信じて……。
……そう思ったものの、中々メッセージに既読がつくことはなく――気づけば一週間が経過していた。
「マコさんから連絡、まだ来ない……?」
「……うん……」
フォルテは心配そうに、フレディの隣からメッセージボックスを覗いていた。昨日は直接電話をしてみたものの、コール音すら鳴らず、マコの身に何かあったのではないかと悪い想像が次第に心を蝕んでいく。
「フレディ? 顔色悪いよ、大丈夫?」
ハッとフレディは我に返った。
「……大丈夫だよ」
……そう答えながらも、フレディの胸は少し締め付けられていた。
その時。メッセージボックスに新たなメッセージが一件追加され、フレディはマコからではないかと淡い期待を抱きつつメッセージを開いた。……が、それはルナからで、「二階の会議室へ集合」とのみ書かれている。
「……どういう意味だろうね、これ」
「もしかしたら、また何か発明したのかもしれないな。行ってみようか」
フォルテと話しつつ、指定されていた場所へ向かうと――そこには懐かしいヒトが椅子に座っていた。
「……マコさん‼」
「……久しぶり……」
マコは気まずそうに挨拶をした。彼の右腕は相変わらず布で固定されていたものの、以前より怪我の具合は良くなっているようだった。
「……?」
頬が熱くなり、視界がぼやける。何事かと手を添えると、手が僅かに濡れていた。
それが何なのか分からず、フレディは呆然としていた。するとマコが椅子から勢いよく立ち上がり、彼へと駆け寄る。
「マコ、何フレディを泣かせてるのよ‼」と叫ぶルナの声が聞こえた。
「フレディ、大丈夫⁉」
「すげぇ冷却液出ちゃってるよ! 俺タオル持ってこようか⁉」
「っ……大丈夫、大丈夫だからっ……!」
フォルテたちが何度も声をかけたり、頭を撫でて慰めるも、フレディの瞳から溢れる涙は止まりそうになかった。
「マコ、とりあえず一週間も顔を出さなかった理由を話しなさい!」
「あぁ……あの後、皆と別れて姉さんと一緒に、家へ戻ったんだよ。そしたら、母さんに『大怪我しているのに仕事をしたのか』って怒られて……一週間も自宅謹慎を言い渡されちゃったんだよ……」
「メッセージの……既読がつかなかったのは……?」
嗚咽混じりにフレディは尋ねる。
「それは……階段から落ちた時に割れた端末が、電源すら点かなくなって……」
マコは自責の念に駆られたのか「心配させちゃってごめんなぁ」とハンカチでフレディの目元を拭っていた。
それを見ていたルナが「フレディが落ち着くまで、暫く傍に居てやりなさいよ」とマコに言った。
「此処の部屋使ってもらって構わないから。皆はマコが持って来てくれたお菓子を先に食べておきましょう」
「悪いな……」
「じゃ、また後でね」
皆が席を外し、部屋に残ったのはマコとフレディの二人だけであった。
「……フレディ、本当にごめんな。端末、新しくしてすぐに今までのメッセージを見たよ。事件のフラッシュバックも起こってないみたいで、安心した。……皆といろんなことに挑戦したり、話をしたんだな」
「……うん。マコが居ない間、ルナにニンゲンの頃のデータをどうしたいか聞かれたりもしたよ」
「断ったけどね」とフレディは間髪入れずに言った。
「皆の代わりに、覚えておきたいと思ったんだ」
フレディの言葉を聞いて、マコは呆気に取られていたが、すぐに「そうか」と彼の意思を尊重してあげていた。
「マコ、改めてお礼を言わせてほしい。キミが治療をしてくれたから、僕は記憶を取り戻せた。本当に……ありがとう。僕が父さんに壊されそうになった時も、助けてもらえて……凄く嬉しかった」
「……怖くなかったか?」
「……怖い? 何が?」
マコは罪悪感を抱きながら、左手を眺めていた。
「俺のことだよ。キミを助けるためとはいえ、その……強硬な手段を取ってしまった。俺のことも……怖いヒトだと思っただろう」
「……でも、キミは僕を助けてくれたじゃないか。ニンゲンだった時は……どれだけ助けを求めても、誰も助けに来てくれなかった。また一人で、誰にも助けてもらえないかと思っていたのに、キミとマミが来てくれた。そんな優しいヒトたちを、僕は怖いヒトだと思わない」
フレディはマコの左手を取った。
「キミのようなヒトに出会えて、僕は幸せだよ」
……随分と綺麗な、屈託のない笑顔だとマコは思った。
(……もうこの子に治療は必要ないだろう)
「――フレディ。もしもの話をしておくよ。もし今回のキミのような症状がフォルテたちにも出た時は、すぐに俺を呼んで」
「絶対に治すから」とマコがフレディの手を強く握り返すと、フレディは「ありがとう」と返した。
「……これからキミは、もっと沢山のことを経験するだろう。キミだけじゃなく、フォルテたちも。それは楽しいことだけじゃないかもしれない。でも、それを自分だけで抱え込もうとはしないで。家族と共有することを試みてほしい」
「……家族に言えそうもなかったら?」
「その時は俺の所へ話しにおいで。電話でも何でもいい。いつでも待ってるから」
フレディは「いいの?」と尋ねてきた。続けて「もちろん」と笑って返すと、「もう治療が終わってしまったから、マコに会う理由を考えるところだった」と彼は恥ずかしそうに目を伏せていた。
「これからは自分で、自由に行動をしていいんだ。徐々に慣れていけばいい……さ、皆の所に戻って一緒にお菓子でも食べよう」
「……うん!」
顔を輝かせるフレディの表情は、機械らしからぬ、希望に満ちた表情だった。彼を縛るプログラムはもう、何もない。




