永遠を謳う者
徐々に明らかになるアベルの影……。マコはフレディの記憶などを記録した手帳をルナへと託す。
一方でマミはある確信を胸に、アベルコーポレーションへと向かっていた。廃墟のような社屋に、誰もいない廊下、そして閉ざされた扉。隠されたものは一体何なのか──。
車内には低く唸るエンジン音だけが響いており、マコはぼんやりと車窓の景色を追っていた。
「……らしくないじゃない」
不意に、ルナの声が静寂を裂いた。彼女の視線は、応急処置で固定されたマコの右腕へと向いている。
それにマコは視線をルナの方へと向け、「落ちたんじゃない」と言い返した。
「落とされたんだよ、お前のところのスタッフボットに」
「どういうこと? あんたやマミはセキュリティプログラムの対象外にしてるはずなんだけど」
マコとルナの視線が交ざるも、答えの見えない疑問だけが残る。
「……とりあえず、そのスタッフボットは後でチェックしてみるわ」
「そうしてくれると助かる」
……車内には再び静寂が訪れる。互いの鼓膜にはエンジン音だけしか入ってこなかった。
車体の揺れが徐々に穏やかになり、エンジン音も次第に緩やかになっていく。ルナは横目でマコを見やり、「あんたさ」と口を開いた。
「色々分かりにくいのよ。一人で溜め込んで、何も言わない癖」
「……そうか?」
思い当たる節があるのか、マコは伏し目がちに答えていた。
「……なぁ」
「何よ」
「これ……」
マコが懐から取り出したのは、いつも彼が使用している手帳だった。
「フレディの記憶に関することとか、俺なりに整理してある。まぁ……検査中にでも目を通してくれてたら、助かる」
マコはルナの返答も聞かず、彼女の膝元に手帳を置いた。
「読みにくかったらごめん」
「……だから、もう少し分かりやすい行動しなさいっての」
「……ごめん……?」
マコは首を傾げて悪びれた様子もなく言った。そんな彼の無自覚な調子に、ルナは溜息を吐いていた。
程なくして車は病院の裏口に停車したようで、ドアが開かれる。
裏口にて待機していた医療スタッフたちが迅速にマコを車から降ろし始める中、彼はルナに軽く手だけを振ると、そのまま院内へと運ばれて行った。
「……」
「――行っちゃった?」
車を降りたルナの背後で凛とした声が届く。聞き覚えのある声にルナが振り返ると、そこにはマミがいた。
普段綺麗に整えられているマミの髪は僅かに乱れ、頬に大きく残った古傷の裂傷痕も見えており、彼女が急いで来たことを物語っていた。
「マミ! 私、まだあんたに連絡してなかったはずだけど……」
「フレディくんから教えてもらったの。マコが落ちた後も、暫く通話状態だったから」
「そうだったのね……」
マミはルナの持つ手帳に気づいたようで、「ちょっと開いてほしいページがあるのだけど」と頼み込んだ。
「どこ?」
「とりあえず昨日の診察記録のページ」
「ちょっと待って……」
ルナは手帳を開いて、ページを捲っていく。ページの一つにフレディの記憶に関する記録が走り書きで纏められており、その近くに『アベル』と書かれた文字が散見された。
「これで合ってる?」
マミはページを覗き込み、「間違いなさそう」と呟いて眉を顰める。
「……マコから何か頼まれた感じ?」
「……マコが言うには、ニンゲンだった頃のフレディくんを殺した犯人が今のアベルに瓜二つだったんですって」
マミは続けざまに言う。
「あの『魂と器』とかいう本を売り込みに来たのもアベルみたいでね……その時に古書店の店主へ冗談に聞こえないことを言われたらしいのよ」
「……なんて?」
「『永遠の命をお望みであれば、是非我が社に』……きな臭いと思わない?」
マミはボソリと吐き捨てた。
「……道を外れた者なんて退治されるだけだっていうのにね……」
「マミ?」
「……何でもないわ。嬉しくないけど、私やマコの予感も当たってる気がするから、アベルの会社に乗り込もうと思って」
「正気⁉」とルナが叫んだ。
「えぇ。相手がどんな立場だろうと……築いた秩序を乱す者に容赦はしない」
淡々と、しかし圧のある言葉を述べるマミの迫力に気圧されたルナは耳をペタリと畳んだ。
「……あぁごめんなさい、別に威圧するつもりはなかったの」
「……そういうところ、ホント妖怪って感じだわ」
「とにかく……証拠さえ押さえればこっちのものだから、そろそろ行くわね」
マミは「悪いけど、マコの検査が終わるまでお願いね」と言い残し、地を蹴ってアベルコーポレーションのある方角へと飛んで行った。
ルナはマミの背を見送ってから、そっと自分の頬を軽く叩いた。
「……私も、できることしなくちゃ!」
街の喧騒から外れた一角にアベルの会社――アベルコーポレーションはあった。
マミは近隣にあった施設の屋根の上から、建物全体を見下ろしていた。
建物の前には受付の姿がなく、周囲の建物もほとんどが空き家か閉鎖されたまま。まるで時代に切り離されているかのようだった。
マミは屋根から降りて会社の入口へと立ってみる。
「……」
自動ドアは反応を示さなかった。センサーの不具合か、あるいは……意図的に無効化されているのか。
マミはすぐに方針を切り替え、背後の細い路地を抜けて建物の側面へと回り込んだ。
(どこの窓も閉まっていそうだし……しょうがない)
マミは近くの窓を指さし、指先で上から下へとなぞるように動かした。すると彼女の目の前に、ぽっかりと裂け目のようなものが現れる。
そこへマミは自身の手を突っ込む。裂け目の先は窓の鍵へと繋がっており、彼女は器用に窓を開けた。
ひらりと中に飛び込むと、足元が沈むような感触。フロアの照明は落とされており、外からの陽光だけが辛うじて足元を照らしていた。
「……不気味なまでに静かね」
廊下に沿って並ぶドアを一枚ずつ確認していく。どこの部屋も大したものは並べられておらず、それどころか従業員らしき者の姿が一向に確認できなかった。
「まさかアベル一人で切り盛りしてるのかしら……」
調査を続けている矢先、マミは奥の扉にだけ鍵がかかっているのを見つけた。
他の扉は全て開いていたというのに、ここだけ閉まっているという不自然さに嫌疑を抱いたマミは、先程窓を開けた時と同じ手法で扉を開いた。
中にあったのは、簡素な事務机と棚のみ。机の上には使い込まれたパソコンと、乱雑に置かれた設計図やメモの束だけであった。
「!」
棚の一角に黒ずんだ古い本が一冊だけ、場違いな雰囲気を放って収められている。マミはそれをそっと手に取り、表紙をなぞった。
「手記……?」




