記憶の断層
『永遠』を求めた者は、代償に何を手放したのか。
積み重ねた罪の記録は静かにマミの前へと姿を現す。
一方真実へ近づき始めたフレディは、自らの記憶に怯え、居場所を見失い始めていた。
――かつてニンゲンだった私は、崩れゆく肉体の恐怖に耐えられなかった。
老いに抗い、不老と不死の理を追い求め、東の果てへと渡ったこともある。だが――そこに待っていたのは、時代に取り残された者たちの、呪術と信仰に縋る言葉ばかりだった。科学こそが未来を切り拓く時代に、命の仕組みを「祈り」で語ろうとするなど、滑稽を通り越していた。
私はすぐに帰国し、本業に専念した。孤児院の院長という肩書きは、偶然にも研究にとって、理想的な環境を提供してくれた。「素材」が自然と集まってくるのだ。中でも偶然出会ったフレディという子供……あの子は他の子供より年長者だったためか、私の手を煩わせることがなかった。
おかげで計画は順調に進み、二年程で器となる機械人形の製造にも成功した。あとは自身の生体データなどを移す……それだけだった。しかし私は、その一歩を中々踏み出すことができなかった。己の身体を捨てることに、本能が最後の一線で私を引き留めたのだ。
そんな折、フレディに器を見られた。私は咄嗟に誤魔化し、彼にお使いを命じた。それでも不安を拭えなかった私は、彼がここに戻って来る途中で手をかけた。
その夜、私は遺体を見て、子供たちにも生体データを記録したチップを埋めていたことを思い出した。――我が身を差し出す前に、テストを試してみてはどうだろう。人格はきちんと再現されるのか、記憶や感情の変化は?
興味が勝った。私は新たに器を造り、実験を始めた。
……ここまで過去を綴ったが、結論から言うと、私以外の成功例は出なかった。何人も試したというのに、あのフレディでさえ再現は不完全であった。
時代は変わり、私は機械の身体で生き永らえ、目的も果たされた――はずだった。
最近になって、フレディが「身に覚えのない記録がある」と言い出したのだ。私はまたも不安に駆られた。人格の揺らぎが見え始めていたのだ。
定期メンテナンスの際に詳しく調べようとしたが、フレディは他の三機を連れて姿を消した。
まさか記憶が完全に戻ったのだろうか? ニンゲンだった頃の、あの日々が。だとすれば――見つけ次第、確実に処分せねばならない。私を――永遠を脅かす存在となる前に……。
マミは慌てて手記を閉じ、棚に押し戻した。
「最っ低……」
声に出すと、その怒りに応えるように自身の周囲を黒い電流が迸り、マミは軽く額を押さえて冷静さを取り戻そうとする。
何人もの子供を「素材」として使い、命を捨て駒のように扱う記録を、淡々と書き連ねるアベルの精神が信じられなかった。
「想定以上の狂者ね……放置してられないわ」
マミは懐から端末を取り出し、ルナの番号に連絡を入れた。しかしいくら待てども繋がる気配はない。
「あぁもう!」
マミは舌打ちをして電話を切り、そのまま部屋を出た。
――その頃、ラボの一室では。
「あんたが検査受けてる間に、例のスタッフボットについては調べ終えたわ」
「……それで?」と頭と右腕に包帯を巻いたマコがソファーに腰かけた状態でルナへ尋ねる。
ルナはタブレットを操作しながら渋い表情で答えた。
「長年活動してくれた子だったから、寿命かと疑ったんだけど……違った。プログラム内に知らないコードを入れられてた」
「ハッキング……だっけ」
「そう。コードの解析は叔父様に頼んだんだけど……どうもアベルの所のコードに似てるそうなのよ」
ルナは机を爪先で軽く叩きながら続けた。
「そのハッキングされた子だけど……よくフレディの部屋の周辺を警備してくれてたのよ。考えたくないけど……色々情報を抜かれてた可能性がある」
「……!」
二人の間に沈黙が落ちた。
……部屋の外。扉の前では、フレディがドアをノックしようとしたところで手を止めていた。
扉の向こうから漏れ聞こえる、自分に纏わる言葉の断片。
(……情報が抜かれていたかもしれない?)
フレディはなるべく音を立てずに手を下ろし、その場からそっと離れた。
彼の足取りは重く、まるで地面に縫い止められているかのようだった。
……その少し後、廊下の先でスタッフボットの一体が一瞬だけ首を傾げた。
音もなく視線を彷徨わせるその様は、何かを認識しかけていたようでもあった。
「……」
――ずっと、どこかで抱いていた違和感。身体の奥から聞こえ、自分ではなかったはずの記憶。
壊れてしまうのが怖くて、見て見ぬ振りをしていたが……もう逃げられない。
フレディは自身の胸元を押さえ、呟いた。
「僕が家を出たのは……父さんから逃げるためだったんだ……」
言葉に出した瞬間、膝が震える。かつての自分と同じように、今の自分もまた、怯えていた。
(……どうしたらいいのか、分からない)
相談しようにも、頼れるマコは大怪我を負ってしまったし、ルナの発明品にも迷惑をかけた。マミも、父の件できっと忙しい。……頼れるヒトが、傍に居ない。
「……どうしよう……どうしたら皆を守れる……?」
救済を求める声に、別の声が被さった。
「――どうしたんだい、フレディ」
背後からかけられた声に、フレディは反射的に振り返る。その瞬間、首筋に走る衝撃。
電流のような痺れが神経を焼き、視界に星が散る。フレディはその場に崩れ落ちた。
「一週間……とまではいかないか。会えて嬉しいよ、フレディ」
倒れ込んだフレディの視界に映っていたのは、彼にとって非常に見覚えのある顔だった。
「ッ……父、さん……‼」
「心配したんだぞ。さぁ、家に帰ろう。お前には色々話を聞かせてもらわないといけないからね」
「い、やだ……!」
フレディは震える身体で床を這う。そんな彼の様子を見て、アベルは嘲笑うように言った。
「随分ワガママを言うようになったじゃないか……いつまでも他所様のお世話になる訳にもいかないだろう?」
「ほら、行こう」とアベルは手にしていたスタンガンを再びフレディの首筋に押しつけた。
ビリ、と短い音と共にフレディの身体が僅かに跳ね、そのままピタリと動かなくなる。
「……よし」
微かに満足気な吐息を漏らしながら、アベルは静かにフレディの身体を抱え上げた。
「壊れかけの機械は、開発者が責任を持って直すものだからね」
フレディは既に意識も力も抜け落ちているものの……顔だけは、苦悶にも恐怖にも捉えられるような表情を残していた。
「しかし……すぐにここから出ていくつもりだったんだけどなぁ」
廊下を曲がったアベルは小さく呟いた。フレディの身体が重く、思うように行動を取れなかったのだ。
このままフレディを運び出すのは目立ちすぎる……そう悟ったアベルは周辺を見渡した。
「おや……?」
廊下の隅に無造作に積まれた、何の変哲もない空き箱の山。
「これはまた……随分と良いものを置いているじゃないか」
アベルはフレディの身体をゆっくりと床に下ろすと、手早く箱の中身を確認し、不要な梱包材を退かし始めた。
用意周到などではなく、ただのその場しのぎ。だが……そういう即興にアベルは慣れており、箱の蓋を閉じるその手は、どこまでも静かで正確だった。
「残りの三機も回収したかったが……また後にしよう。なに、すぐ会えるからね」
アベルは箱を荷台に乗せると、慈しむような手つきで表面を撫で、そのまま廊下を歩き始めた。




