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ミシハセ
遠くから呼ぶ声が聞こえる。
近くまで来てから声をかければ、そう喉に負担はかからないだろうに、幼児幼児というのは大きな声で呼びたがる。
その声に彼女は手を止めた。心待ちにしていたのか、やれやれ仕方ないと言った具合なのかは、そのゆっくりとした動作からはうかがい知れない。
「行くよー」
声の目的は外出の催促といったところらしい。続けて聞こえて来たかと思うと、戸が勢いよく開いて
「行くよっ! りさおばあちゃん」
「分かったよ、……」
孫でもない、近所の男児はにっこりとして戸は開けっ放しにしたまま駆けて行ってしまった。
りさと呼ばれた女性は、ペンを動かして、了と書いた。男児・まもるの声がきっかけとなったように、もうそうすることをあらかじめ決めていたかのようなペンのあまりにもスムーズな進み方だった。それまで一か月もの間、結末をどうするか悩みに悩んでいた。彼女はそれを書かないままにしたのだ。いや、もうすでに 出来上がっていたのかもしれない。「ミシハセ」というタイトルの小説は。




