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ミシハセ  作者: 金子よしふみ
第三章

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自己分析

 作屋守は自分を凡庸な男だと自覚している。特筆すべき才能なんてものはない。高校は進学校でもスポーツの強豪校でもない所を選んだし、他に選びようがなかった。成績は二百四十人いる学年で二十番台だから悪くはないかもしれない。ただそれも大学受験となれば話は変わる。大学で地理学を選んだのも、文系の自分が就職する時に文学や歴史学や経済学なんかのメジャーな文系出身だと埋没して就職できないかもしれないと思ったからに過ぎない。実際そのおかげで今の職場に就くことができたのだから、彼の予測はあながち間違いではない。そういう点を特徴と言うか性格と表したとしても、同学年・同期入社の中で抜きんでた、そう“光ものがある”なんてことは、ありはしないと自認していた。ゲームはする、いやしたことがある、ただ経験があるというだけのこと。漫画やアニメは見る、一通り。自転車に乗るが、それをスポーツライドにしようとは思わない。ツーリングと呼ぶのさえためらわれる。本は読む、さりとて本の虫ではない、ある特定の作家のファンと言うこともない。映画も観る、ただ眺めているのがいい、あのシーンがどうの、あのセリフがどうの、ライトがどうの、脚本がどうの、監督がどうの、そんなのはうっとうしい。ジョギングもする、時折。かといって市民ランナーとして大会でとか、マラソンで四時間を切るとかそういう目標があるわけではない。料理もする、炒め物、煮物、オムライス、シチュー、ロールキャベツ、ギョーザ、エビチリなどなど、かといってスパイスを求めて海外へとか、あの調理器具がネットに出てたけど高くてなんとことはない。家電はチラシを見ているとあれこれと気になるものがある、さりとてパンフレットやネットの商品紹介を机一杯に広げて比較するなんてことはしない。釣りもキャンプもカラオケも取り立てて本当にこれという趣味があるわけではないのだ。広く浅く、狭く深くとか趣味を表す、興味を表す言葉があるそうだが、そんなジャンルをつまむようなことすらないのだ。こだわったと言うのなら、大学三年の時、付き合っていた彼女と別れる時にどうにか回避できないかと話し合いを三回行ったくらいだ。いや、それはこだわりではなく執着だと作屋守は自嘲する。去年別れた彼女とは話し合いは一回だった。こだわりがなくなった。いや、それは無頓着だ、とその彼女が別れ際にあきれていた。あなたという人は、自分を分かりすぎている、もっと私を知ってくれる努力を見せてもらいたかったと言われた。会話が途切れることはあったが、彼女の身長や好きなブランドや口紅の傾向、選びがちなインテリアデザイン、胸や腰やヒップの変化をも知っていた、はずなのに、彼女には伝わってなかったのか。彼女が好きそうな装飾品をプレゼントしたし、ディナーの店もそうやって選んでいた、彼女も珍しがって喜んでいた、はずなのに。

 同じようなことは職場でもある。「作屋君、君はしっかりやっているんだが、どうもこう積極的な意見が少ないように感じる。業務の進行ばかりではなく、業績のことも考えるようにしてくれたまえ」なんて抽象的な意見を言われても。とはいえ、思い付きの企画がこれまでに二つばかり通っている、それは無視されるわけだ。それだって積極的とやらに含まれるのではないか。とはいえ、同期の、あるいは一つ下の後輩たちの営業畑からすれば会社への貢献とやらは見えにくいのかもしれない、と言わざるを得ないのが上役の仕事とも言える。ならば、作屋守がすることは一つ。粛々と業務を遂行することである。現地調査の報告書の進捗状況が芳しくない。自分らしくはないと、この点にだけは反省が著しい。いつもと違ってまとめる集中力が続かないのだ。今般を自らの特徴、特性とは言えない。自信がないからではない。恥ずかしいのだ。誰も気に留めないミシハセなんぞに心を奪われていたこと、当地で出会ったリサというもうお目にかかることができないと思われるほどの美麗な女性と過ごすことができたこと、それは誰にも言えないということ。

 その気恥ずかしさを糧として燃料として、作屋守が報告書をまとめたのは徹夜をしての翌日のことである。


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