リサとの会話
「なぜ、マモルさんはミシハセを調べているのですか?」
リサと約束したとおりに会った。昨日と同じ飲み屋だった。リサは着物ではなかった。流行のファッションに疎い作屋守が見ても彼女のシックな装いは、上品と言うか奥ゆかしさを感じさせるものだった。
昨日と同じ客が来ていた。他に客は来ないのかと思ったものの、馴染みと言うのはこういうことなのかもしれないと思えてきて、そんな些末なことよりもリサと飲み、話しをしていたかった。
作屋守は仕事の話しのついでにミシハセの話をした。
「何か気になっていることでもあるの?」
リサが彼の顔を覗きながらそんなことを聞いてきたからだ。こんな綺麗な女性と飲んでいるのに、心ここにあらずな表情が彼女に漏れてしまっていたことを無念に感じられるほどになって、正直に言うしかなかった。そうしたら、リサは真面目な顔になって聞いてきた。
「さあ、なぜだろうね。明確に言えるのなら俺も気が楽になる。けれど、よく分からないんだよ。仕方ない、とまではいかないんだけれども気になるんだ。前歯でも奥歯でもない辺りの歯に筋が挟まって舌でこそげようとしても取れなくて、ずっと歯を舐めてしまうような」
「爪楊枝でも糸ようじでもお使いになればすっきりするじゃない」
「そうだね。確かに使うんだよ。もう歯間には筋もなくなって風も通るようになっているというのに、その歯をやはり舐めてしまう」」
「歯医者さんに行かれたら? 歯石でも残っているのでなくて?」
「そうだね。歯石とか歯垢とかだね。削って取るのだね。痛いんだよね。それでもすっきりするよね。それでもね、俺は筋のあった歯を舐めてしまうんだよ」
「それがミシハセなの?」
「いや、分からない」
「分からないのに、どうして気になるの?」
「ツチノコのようなものさ、あるいは幽霊とか」
「怖いだけじゃないの」
「怖いだけじゃないさ」
「そうなの? 私は怖いわ。そんなものをあなたはいつまでお探しになるの?」
「探すわけじゃないさ。分からないから、ミシハセと言っているんだろ? だから、せめて自分が納得できる図柄を見つけたいだけなんだ」
「ほら、探しているじゃない。それに、そんなのは歯に挟まった筋ではないんじゃない?」
「そうだね。一体俺はどうしてミシハセなんぞを気にしているのだろう」
「ミシハセの魔術とでも思うのかしら」
「ああ、いいね。悪くない。悪くないけれど、安直だね」
「まあ、なんておっしゃるのかしら。それなら、あなたはあなたを気にさせているものは一体ミシハセの何だと言うつもり?」
「ミシハセの体臭だよ」
「筋ではなくて?」
「ああ、ミシハセを食ってないからね」
「人間て、本当に雑食なのね。そんなものまで食べようとするなんて」
「食べはしないよ。筋はミシハセの筋じゃない。ささくれか噛んだ爪だと思うよ」
「筋じゃないじゃない。一体誰のよ、誰のを噛んだって言うの?」
「俺のさ、俺の好奇心て言う体の一部さ」
「私の、じゃなくて?」
「いいね。君のならなんだって噛んでいたい」
「それなら私もあなたを噛みたいわ。歯に挟まるくらいにあなたを筋だって」
「こんな会話をするなんて俺たちはもうミシハセになっているんじゃないか?」
「あら、いやだ。あなたこそ安直だわ」
こんな堂々巡りのような会話でさえ作屋守は楽しくて仕方なかった。ビールは飲まずに、しょっぱなから焼酎のロックを飲んだせいか、しゃべり疲れたのか、徐々にろれつが怪しくなってきたようで、
「そんな様子じゃ、今晩も帰らなくてはね」
リサから優しく背中を二度ほど叩かれて、千鳥足にもなりかけている自分が情けなくなった。
「ごめん、こんなになるまで飲んだつもりはないのだけれど」
「結構飲んでいるわよ、私が送ってあげましょう」
「いや、女性にそんなことをしたら男が廃る」
背中をピシャっと伸ばすが、そんな動作はすでに酔っている証以外にはない。たどたどしく店を出る。
「それなら気を付けてね」
答える代わりに警察官のような敬礼のポーズをした。
「バカなことはしてないで、ほら、転ばないようにね」
叱られたことさえもうれしい。楚々としたリサにそんな言葉を言わせてことが誇らしくなるくらいだった。作屋守は赤い顔ではにかんで帰り始めた。
そんな拙い足取りの男をリサはじいっと無表情で見つめていた。




