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 私たちが修練場に足を踏み入れる頃には、完全に決着がついていた。

 もちろん、立っていたのは予想通り、アラン(クラスメイト)だ。むしろ、他の人たちはよく戦ったと思う。


 死屍累々と積み上げられた参加者たちをざっと見渡し、想像していた以上に参加者が居たことに驚く。どうした?

 もしかして私が知らないだけで、女性の数が急激に減ったんだろうか? 結婚相手に困るくらい? だからみんな焦って参加しちゃったのかな?

 悠然と微笑みを(たた)えるお姉様の隣で、私は平然とした顔をしながら内心、ドン引きしていた。私の知らない誰かが私を知っていて結婚相手にと望まれたことを、少し……いやかなり、気持ち悪いなぁと思った。




「リディア嬢!」

 私に気づいたらしいアランが、やはり淡々とした表情でこちらに向かって手を上げた。

 だから、せめてもう少し何かしらの感情を表しなさいよ。私も人のこと言えないけど。


 お姉様に促され、渋々近づく。もちろん傍目には渋々なんて感じさせない、淑女らしい動きで。

「バーディア様、お疲れ様でした。見事な勝利ですね」

「……お疲れ様でした」

「ありがとうございます。苦労しましたが、良い経験になりました」

 なんの感動もない淡々とした態度に、私は疑念が湧いた。これ、やっぱり訓練と勘違いしてるのでは?


 降って湧いた疑念に、私は急激に心が軽くなるのを感じた。これなら、まだ結婚を急かされることはないのでは? まだしばらくお姉様の妹として自由で居られるのでは??


「この経験を活かし、今後もリディア嬢を誰にも奪われないよう、強さのため研鑽を積みます」

 はい違ったーーーーーーー。

 やっぱりそのままだった。全然勘違いしてなかったわ。普通に、なる早で結婚する流れだわ。読み違えた。

 それにしても全く変わらない表情に、本当に思ってるのか? という疑問は残る。でもなぁ。勝ち抜き戦で最後まで立ってたしなぁ。一応、私と結婚する意思はある……んだよね?



 私がぼんやりとアランを眺めていると、それに気づいたらしい彼が、私の目の前に跪いた。


「リディア・シェルド嬢。どうか自分、アラン・ミドラルの伴侶になってほしい」

「は………はぁ?」

 普通に返事をしかけてから、混乱のあまり淑女としてあるまじき返答になってしまった。


 ちょっと何言ってるかわかんないですね。なに? あなたバーディアじゃないの? ミドラルって……ミドラルってつまり……、

「隠していて申し訳ない。実は自分は、ミドラル第二王子なんだ」


 いやいやいやいや待って待って。

 ここに来て実は王族でしたぁ? しかも第二王子ぃ? 正直、もうお腹いっぱいです。

 というかですね、王族との婚姻を断るための口実が、皇族との婚姻の口実になるって、もう本末転倒では……。


「リディア嬢と同じく、自分も母方の姓を名乗っていた。それがバーディアだ。王太子になるつもりはないと意思表明するためにも、ミドラルを名乗ることはしなかった。それでリディア嬢を混乱させてしまったのは、本当に申し訳なく思っている」

 殊勝な態度でも全然表情変わってないから! 態度についても私でなきゃ見逃しちゃうね!! そのくらいうっすいからね。もっと感情を込めようね。


「同じ授業を受け、実技で対戦し、リディア嬢の真っ直ぐな心根に触れ、強く惹かれた。生涯を共にするなら、リディア嬢が良いと思ったんだ」

 この人もあれかな。剣で切り結んで拳で殴り合えばわかりあえると思ってるタイプの人かな。強さこそ正義的な。

 体術で投げあったときの話してんのかな。たぶんそうだよね。


「どうか、自分と結婚してほしい」

 私の手を取って真摯に求婚する様子は、たいへん好感が持てる。しかしながら、この状況で出自を暴露するということについては、たいへん印象が悪い。

 なんで王族からの婚姻を断るための大会で皇族が勝利してんの。やめてよね。



 どうやって断ろうかと思考を巡らせながら、お姉様が参加者を選別しなかったなんてあり得るだろうか、と思い至る。

 ……もしや、お姉様としては、この人(アラン)が最適解だった?


 身分としてはミドラル皇国の第二王子、文句のつけどころはないだろう。それに、王太子になるつもりはなく、おそらくバーディア家に養子に入るなりして皇籍から抜けるはずだから、王子妃教育なんて面倒も無いだろう。そして何より強い。体も大きくて丈夫そうだし、頭も悪くない。顔は……整ってると思う、たぶん。

 我が辺境伯領にとって、最高の相手ではないだろうか。

 しかも、もし今後、王国の王族から何か言われても、皇国経由で文句が言える。……素晴らしい。


 先程までのお断り一択だった考えが一転、アラン以上に私の結婚相手として最高な人物は居ないのでは、とまで思えてきた。

 やはり王族に対抗できるのは皇族。


 ……え、最高では? この選択肢最高では??



 そっとお姉様を見ると、慈愛に満ちた瞳で私を見つめていた。

 やっぱり! お姉様は、この結末を望んでいたんだ!!


 私は心を決めて、アランに向き合う。

「謹んで、お受けします」

 私の返事に、アランはほんの少しだけ口角を上げ、その瞳に喜色を映した。なんだ。やればできるじゃん。これからもそうやって、きちんと感情を表してくださいね!


「生涯をかけて、リディア嬢ただ一人を愛し、守り、慈しむと誓おう」

 まるでプロポーズのようだなぁと思いながら、そういえばこれは結婚相手を決める戦いだったのだから、正しくプロポーズで合っているのかと思い直す。

 それにしても皇族なのに、ただ一人、ということは、やはり皇籍を抜けてくれるんだな。正直、王族やら皇族やらと(ちか)しくなるのは全力で遠慮したいので、とても助かる。


 白い結婚で即座に離縁しても良いや、なんて思っていたが、相手が元皇族となれば、簡単に離縁はできないだろう。その点は誤算だが、王族への対抗策を得たと思えば、何ら問題無い。

 幸い、私も相手を認識できないこともないのだし、親交を深めればそれなりに伴侶らしい行動や態度が取れるようになるはずだ。

 良かった、アランが強くて。さすがに結婚相手を認識できないとなると、悲劇しか予測できない。



「アラン様、疲れているところ申し訳ありませんが、一つお願いがございます」

「なんなりと」

 私は周囲を見回し、落ちている六尺棒を拾いあげ、何度か素振りをして構えた。


「どうか、私より強いことを証明してくださいませ」

 お姉様に倣い、毅然とした態度で宣言した私を、アランは一瞬だけ目を見開いてから、ゆるりと口角を上げた。

「リディア嬢との結婚にそれが必要だと言うのなら、よろこんで」

 さっと身を翻し、私から距離を取ったアランは、静かに剣を構えた。その隙の無い構えに、さすが最後まで残った一人だと感心する。

 そしてそんな強い人と戦える好機に、私はわくわくせずに居られなかった。やはり私も、辺境伯の娘なのだと思う瞬間である。



 互いに得物を構えた私たちを見て、チェルシー嬢が興奮したように黄色い声を上げた。何やらガリガリと書きつける音まで聞こえてくる。興奮しすぎじゃないかな。大丈夫かな。



「それでは、これより最後の戦いを始めます。両者、悔いの無いよう全力を尽くすように……、はじめ!!」

 お姉様の掛け声と同時に、私はアランとの距離を詰める。力では勝てない、だから先手必勝で短期決戦しかない。

 アランの手元を狙って棒術の技を素早く繰り出し、相手の武器を弾き飛ばして、あとは体術に縺れ込みたい。

 私は剣術よりも棒術が得意だが、アランは剣術の方が得意だった。だからこそ、相手の得物を早く奪ってしまいたかった。体術なら互角のはずだから、すぐに決着がつくことも無い……はずだ。

 せめて少しでも決着まで時間を稼ぎたい。お姉様の妹として、すぐに負けるような醜態を晒したくない。



 初動で剣を弾くことができなかったので、動きを混ぜることで武器を手放させる作戦に変更した。

 突く、払う、薙ぐ、あらゆる動きを変則的に繰り出す。なるべく動きが予測されないよう、目線はアランと合わせたまま、何度も訓練した動きを反復する。


 アランは冷静に全ての攻撃に対応してくる。さすが。悔しいがやっぱり、強いのだ。

 勝ち抜き戦をやったはずなのに、疲れてないんだろうか。男女で体力の差があるのは仕方ないが、ここまで疲労を見せないとなると、他の参加者は何をしていたのかと見当違いな憤りまで湧いてくる。

 もうちょっと体力削っておいてよね!


 アランは弾くというより、受け流すのが上手い。だから私もまだ六尺棒を握る手が痛くならずに済んでいる。悔しいが、強い。戦闘技術が高く私を気遣う余裕まである。

 これが実践なら、容赦なく全力で弾かれているだろうことまで予測できて、やはりこの人材は我が領地にとって、得難いものであると確信する。


 私から何度も繰り出される攻撃を受け流すばかりで、アランからは攻撃を仕掛けてこない。やはりこういうところも、いつも通りすぎて少し笑えてしまう。

 アランは防戦一方に見せかけて、相手が疲労して見せる一瞬の隙を的確に狙い、確実に仕留めるのだ。どこかの王太子殿下に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらい、素晴らしい戦士である。



 一向に手応えを得られない攻撃の数々に、普段ならムキになるだろう心を宥めつつ、湧き上がる高揚感は抑えられない。

 ……楽しい! 強い相手と戦うのは、やっぱり楽しい!!


 私も我が騎士団のことを言えないのである。強敵と戦う機会は滅多に無い、だからこの瞬間が楽しくて堪らない。

 授業での実践とは桁違いの緊張感に、背筋を経験したことのない震えが走る。これは、なんだろう。武者震い?


 つい、とアランからの目線を外し、少しだけ俯く。アランは下段からの攻撃を予測して、その構えを取った。

 ……今だ!!

 思い切り正面から手元を突き、ついにアランの剣を弾き飛ばすことに成功した。ついでに、アランの表情を引き出すことにも成功した。ほんの僅かではあるけれど、驚いた色が表れている。やった。


 そのまま六尺棒を握り直し、思い切り振り下ろす……と見せかけて、ポイと放り投げた。アランの顔が、さらに驚いたものになる。

 私は勢いをつけてアランの懐に入り込み、ぐっとその体を投げ飛ばす構えを取った。予定では、勢いを利用して、アランを投げ飛ばす……はずだった。


 ところがアランは私の勢いを逆に利用して、軽々と私を転がそうとした。私は背を付く前に体を捻り、手をついて跳ね上がった。ついでにアランの顎を目掛けて足を蹴り上げておく。

 しかし案の定アランは私の蹴りを安々と躱し、私から少し距離を取った。あぁ、やっぱり強い。


 私は体制を整えてから、乱れてきた呼吸を整えようと深く息を吐いた。そろそろ苦しくなってきた。早く決着をつけないと、もう体力が保たない。

 普段の訓練ならこのくらいなんてことないが、自分より格上と戦うのはこんなにも、気力も体力も削られるものなんだな。


 アランは先程と変わらず、やはり涼しい顔をして防御の構えを取っている。息一つ上がっていないのは、やはり男女の差なのか、それとも鍛え方の違いなのか。できれば前者であってほしい。



 はぁ、と深く息を吐ききり、気持ちを切り替える。

 恐らく次の一手で全て決まる。考えろ。確実に、一撃を食らわせられる手段を。

 たとえ負けるとしても、相手に一矢報いてやりたい。理想としては負けないことだけど、この少しの時間打ち合っただけでわかる、力量の差は理解していた。


 お姉様は、なんて言ってたっけ……。

 幼少期から指導してくれた、お姉様の教えを思い返す。自分より強い相手と戦うときの心得……何かヒント……。

 ふと、お姉様の言葉が耳元に蘇る。


『リディア、ときには自分より強い相手と戦わねばならない瞬間もあるでしょう。そのとき、自棄になってはいけないわ。たとえ一撃だけでも、食らわせてやるのよ。どんな形でも良い、とにかく記憶に残るようなものをね。そうすれば、たとえ負けたとしても、相手はこちらから食らわされたことを、忘れられなくなる』


 続き、なんだっけ……たしかそう、あれは……、

『相手が男であれば、簡単よ。抑え込まれる前に、キスの一つでもしてやれば、上手くいけば隙を作るチャンスにもなるわ』



 ぱっと目の前が開けた。

 そうだ、お姉様が言ってたんだから、試しもせずに諦めるものか。絶対に一撃食らわせてやる!


 私は構えを少し崩し、疲労で立っているのも辛い様子を装う。まぁ、実際疲労困憊だし、早く決着をつけたい気持ちは大いにあるのだが。


 アランは私の様子を見て、構えを防御のものから攻撃のものへ転じた。やはり、きた。次の一手で決めるつもりだろう。

 その一手を最大の隙にしてやる!!


 ややふらつきながら一歩踏み出せば、アランが一瞬で距離を詰めた来た。そのまま私を転がそうと、私の体を掬い取ろうとする。

 ……今だ!!!

 伸びてきたアランの腕を受け入れるように、私からも腕を伸ばした。


 私の行動に驚いたのか、アランの動きがやや鈍くなったものの、やはり体は掬い取られてしまう。いや、まだ作戦の途中だから。ここからなので!

 いざ転がされる、という瞬間、私は精一杯伸び上がり、アランの唇に自分のそれを重ねた。戦いの最中に似つかわしくない、ちゅ、というリップ音が響いた。


 やってやった!!!!!!!


 私は狙った通りの行動ができたことに慢心してしまい、完全に気が緩んでしまった。一言で言えば、油断した。

 軽く転がされるだろうと予想した私の予測は大きく外れ、アランに力いっぱい投げ飛ばされてしまった。え?



 大きく傾いだ視界の中で、私を投げ飛ばしたアランがひどく慌てている様子が見えた。自分が全力で投げといて、それは違うのでは?


 お姉様も珍しく目を見開いて驚いているし、チェルシー嬢に至っては絹を裂くような悲鳴を上げつつ、メモ帳に何かを書きつけている。器用な人だなぁ。



 ひどくゆっくり感じる落下の最後は、当然だが強かに背中から打ち付けられた。いたい。

 一瞬、息が止まる。目の前がチカチカする。

 こんなに強く投げられるのは、本当に久しぶりすぎて、上手く受け身も取れなかった。

 ……いや、違うな。油断したからだ。気を緩めずに警戒していれば、きちんと受け身は取れたはず。

 だからつまり、これは自業自得というやつなのだ、残念ながら。


「リディア嬢!!」

 ひどく焦ったようなアランの声が聞こえる。珍しい。そんな声も出せるんだ。

 私はまともな返事一つできず、何度も浅く呼吸を繰り返した。痛いのだ。洒落にならないくらい、とにかく痛い。

「すまない、驚いてしまって、加減できずに全力で投げてしまった。頭は打って無いと思うんだが、気分は悪くないだろうか? 返事はしなくていいから、とにかくしっかり呼吸をしてくれ」


 そっと私を抱え起こしたアランは、この世の終わりみたいな顔をしていた。今日だけで、この人のいろんな反応を引き出せているなぁ。

 そう思うと、なんだかおかしくなってしまって、堪えることができなくなった。



「ふ、ふふ……っ、いた……、ふ……」

 笑うと全身痛い。まぁ笑わなくても痛いんだけど。でも込み上げる笑いを我慢できない。

「リディア嬢……?」

 突然痛がりながらも笑いだした私を見て、アランは困惑しているようだ。あぁ、この人は表情が変わらないんじゃなくて、わかりにくいだけだったんだ。


「負けて、しまいました。さすが、アラン様は、お強いですね」

 勝負には負けてしまったが、晴れ晴れとした気分で私が告げれば、アランは少し照れたようだった。

「いや……たしかにリディア嬢との勝負には勝ったんだろうが、なぜだろう。あまり勝った気がしない」

 ほんの少しだけ悔しさのようなものを滲ませたアランの言葉に、私は口端が緩むのを感じた。


 やっぱり! お姉様の言う通りだった!!


 残念ながら私の場合、隙を作るチャンスになるどころか、全力で投げ飛ばされてしまったわけだが。

 相手に忘れられない一撃の記憶を残すことには成功したのだ。これは、すごいことなのでは?!



「どんな形であれ、勝ちは勝ちです。わたくしはアラン様と婚姻を結ぶことを約束しましょう」

「ありがとう」

 私の言葉に、アランはその瞳に溢れんばかりの喜色を浮かべて、真っ直ぐに私を見つめた。なるほど、この人はもしかしたら、瞳に感情が出やすいタイプなのかもしれない。

 今まで感情がわかりにくかったのは、私が真っ直ぐアランを見ようともしなかったことも、大いに影響していそうだ。



「リディア」

 お姉様の声に顔を傾けると、アランが私の身体をそちらへ向けてくれた。助かる。

「お姉様……負けてしまいました」

 正直めちゃくちゃ悔しいが、一矢報いることができた達成感から、私は清々しい気持ちで負けを報告した。

「えぇ、けれどシェルド辺境伯の娘として、立派に戦いました。わたくしの言ったことを、きちんと活用してくれて、嬉しく思います」

 お姉様が優しく頭を撫でてくれるので、私は思わず涙ぐんでしまう。あぁ、そうだ。昔からこうして、私が何か失敗したとしても、必ず褒めてくれたのだ。


「勝負したことで、蟠りも解けたことでしょう。これからは二人でよく助け合い、頑張ってね」

「はい、お姉様!」

「ありがとうございます」

 私とアランの手を取って、お姉様はそう締めくくった。


 もちろん、視界の端に積み上げられた、死屍累々は無視した状態で。

 可哀想ではあるが、仕方ない。我が領地では敗者に情けは不要なのである。そして残念なことに、私はその敗者たちのほとんどを認識できなかった。

 だから、労りの言葉すらかけることもできず、申し訳ない気持ちはあるけれど、そもそも認識できないのだからどうしようもない。


 頑張っていた隊長クラスの人たちには、頑張っていたねと声をかけておいた。私を見て咽び泣いていた。

 どうやらアランとの戦いを見て、私には勝てないと理解して悲しくなったらしい。それは……まぁ強く生きてね。



 余談ではあるが、チェルシー嬢はこの時の出来事を本に(したた)め、なんとベストセラー作家となってしまった。

 この後もなんだかんだと付き合いは続き、彼女が男爵家を飛び出して出版社の男性と駆け落ち同然で結婚する手伝いまですることになる。

 また、このベストセラー本のおかげで、私とアランの仲について広く知られ、以後余計な横槍が入ることは皆無となったのだ。感謝するべきだとは思うが、少し複雑だ。




 こうして私とアランは婚約を結び、学園を卒業後に結婚することが決まった。

 お父様に報告すると、笑顔で祝福してくれた。やはり領地を出ないことがかなり大きいようだ。


 アランのご家族にも挨拶した。

 皇族との挨拶かぁ……と憂鬱になる私を気遣ってくれたのか、ミドラル皇家ではなく、バーディア家での顔合わせだった。

 私との婚約が決まったことにより、アランは正式にバーディア家の養子に入り、卒業後は私と結婚して、婿に来てくれるのだ。

 私は卒業後、我が家にある子爵位を譲られることになった。これによって、侯爵家の嫡男ではないアランを迎えることができるようになったのである。

 それにしても、もと第二王子なのに、子爵になっちゃって、良いんだろうか。

 どうもミドラル皇国は……というか、ミドラルの皇族は、伴侶と一緒になるために身分を(なげう)つ人が多いようだった。旅の踊り子のために出奔した王弟殿下もいらっしゃるらしい。それに比べると、子爵はまだ貴族だし、良い方……なのかな?




 これまで単騎で駆けていた帰省が二人でのものになり、アランは騎士団に混じって訓練し、どんどん周囲と打ち解けているようだ。


 私は今まで以上に領地運営についてお姉様から学び、卒業後に譲り受ける辺境伯領の一部を正しく運営できるよう、励んでいる。

 もちろんアランも訓練だけでなく、運営について一緒に学んでくれる。机を並べてお姉様から指導を受け、しっかり治めていけるよう、日々切磋琢磨した。




 月日は流れ、もうすぐ卒業が迫ったある日。

 二人で馬を走らせる途中、習慣となった朝陽を眺める丘で、アランが私を呼ばう。

「リディア、聞いても良いだろうか」

「なに?」

 宵が灼かれ、朝が来る。濃色と淡色の混じり合う美しいグラデーションに、心が洗われるようだ。


「その……自分が結婚相手に決まったあの日、対決の最後で、キ、キスをしたのは、なぜだろうか」

 朝陽のせいではない赤味の浮かぶ顔で、アランが問うた。以前に比べると、随分とこのわかりにくい表情が読めるようになってきた。


「いや、決して嫌だとか、そんなことはなく。むしろ嬉しかったんだが、その……。どうして、唇を許してくれたんだ?」

 相変わらず、空気は読めないようだけど。最近ではこんなところも、可愛らしいと思えるようになってきたのだから、不思議なものだ。


「そんなの、決まってるでしょう」

 頭が良くて察しが良くて驚くほど聡い人なのに、なぜかときどき、こうしてポンコツになる鈍いアランが、とても愛しい。


 私はこんなときのための、お姉様の言葉を思い出していた。



『いいこと、リディア。たとえ一矢報いてやろうと仕掛けたキスだとしても、それを正直に伝えてしまっては、相手は傷つくことになります。男心とは、得てして不可思議なものですからね。もし、どうしてキスしたのかと問われることがあれば、』



「もちろん、アランが大好きだからよ」

 私は精一杯の笑みを浮かべてから、伸び上がってアランの頬へキスをした。

 するとアランは比喩でなく真っ赤になって、私を抱きしめて唇を重ねた。素直な人で、本当に助かる。




 その後、私たちは恙無く卒業とともに結婚し、お姉様の補佐をしながら領地のために尽くした。

 始まりこそ突然で、この人で大丈夫だろうかと不安になった結婚相手(アラン)だけど、宣言した通りに私を大切にして、慈しんでくれた。


 それもこれもみんな、お姉様が教えてくれた通りに物事を進めたからである。



 私のお姉様は、やっぱりすごい!!

これで完結です。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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