├怪物
フィリアとシャオが連れ立って買い物に出たのは、大通りの商店街で冬の間に売り出された『ミルフォート』というお菓子を買うためだった。
ミルクとハチミツをたっぷり使ったカステラのような生地で、ミルククリームを挟んだスイーツである。
元となったものは中央3区の伝統菓子であるミルククリームのケーキ。
それが兎人族の伝統菓子ケスティラと出会ったことで産まれ、今年の星竜祭をきっかけに他の区へ伝わったものだ。
その噂を聞いていたフィリアが手紙を出すついでに買いたいと言いだして、シャオが同行することを決めて今に繋がる。
「アリスの手紙は多いのう」
「錬金術師様だからね、大変だよね」
スフィとノーチェに届いた手紙は学院で仲の良いクラスメイトからのもの、フィリアとシャオはそれに実家関係が加わった程度。
4人まとめて小さめの鞄ひとつに収まるのに対して、アリスの手紙は専用の鞄を必要としているくらいには多かった。
「えっと……アリスちゃんのは冒険者ギルドで鞄ごと渡せばいいんだっけ」
「たしかそうだったはずじゃ」
住宅地を出て商店街のある通りを過ぎ、暫く歩いて外周7区の冒険者ギルドへ向かう。
パーティで何度も通ったことがある道のりは慣れたもの。
程なくしてギルドにたどり着くと、ふたりは依頼の受付窓口へ向かう。
「手紙の配達をおねがいします」
「はい、送り先を確認させて頂きますね。こちらの札の番号でお待ち下さい」
朗らかに応対する受付の女性に手紙のはいった鞄を預けるフィリアたち。
確認はすぐに終わったのか、数分でフィリアたちの番号が呼び出された。
「確認が終わりました、こちらは錬金術師ギルドの発注伝票ですので料金は不要です。料金はこちらの分で大銅貨55枚となります」
「はい、大銅貨……55枚!?」
想定していた配達料を遥かに上回る金額にフィリアが素っ頓狂な声を出す。
アルヴェリアでは食料の価格が安く、大銅貨1枚あれば食堂でお腹いっぱい食べることができる。
大銅貨55枚ともなればひとりが最低半月は生きていける金額だ。
「た、高くない、ですか?」
「ええと……ラオフェン行きの手紙が含まれておりますので……」
動揺するフィリアに受付の女性が困ったように告げる。
ゼルギア大陸における郵便システムは冒険者ギルドや錬金術師ギルドのネットワークを共同で利用しているため、該当ギルドを頼れば非常に安価で利用できる。
しかし距離が開けば配達料も上がるのは当然で、大陸の上端から下端まで手紙を送るとなると"それなり"の額を要求されることになってしまう。
「そっか……シャオちゃんの! シャオちゃんお金持ってきてる!?」
「ぬ、ぬぅ……大銅貨が1枚、2枚……」
「ここではあまり財布を出さないほうがいいですよ」
慌てて懐から財布を取り出し、中を確認しはじめるシャオを受付嬢が止める。
アルヴェリアの冒険者は比較的行儀がいい。
荒っぽいが子どもの金を巻き上げるようなものは殆ど居ないだろう。
しかしながら品行方正な者ばかりではない。
それに加えて今は星竜祭の影響で流れてきた外部の冒険者も混じっていた。
幼い少女たちがお金を持っていることがわかれば、良からぬことを考える者たちもでるだろう。
少女たちを心配しての忠告だった。
「そ、そうじゃな……というかそもそも足りないのじゃ、ぬおぉ……」
「シャオちゃん……」
「そ、外に手紙なんて出したことなかったのじゃ…………いちども」
虐げられていても都市国家の姫君、シャオは立派な箱入りお嬢様である。
最近慣れてきたとはいえ、まだまだこういうことには疎い。
そのことを思い直したフィリアがため息をぐっと飲み込んで、申し訳なさそうに受付に相談する。
「ええと、シャオちゃ……ラオフェン行きの手紙以外ならいくらになりますか?」
「ラオフェン行きを除けば全部で大銅貨3枚ですね」
「大銅貨52枚もかかるのじゃな……」
「従来の方法である行商人や冒険者への個別依頼ならもっとかかってしまいますけどね」
愕然とするシャオの誤解を軽く訂正しつつ、受付の女性はラオフェン行きの手紙だけを抜き出してフィリアたちに返却する。
「ぬぉぉ、金子を取りに戻らねばならぬのか」
「私も遠くへ手紙を出したことなかったから……先に確認しておけばよかったね。今はそっちの手紙だけでおねがいします、ごめんなさい」
「いえ、またのご利用をお待ちしております」
フィリアが財布から配送代を支払いつつ、返却された手紙をシャオに渡す。
明らかにしょげた様子で耳を寝かせながら、シャオはため息をついた。
「大金を持ち歩かぬようにしておったのが裏目に出たのじゃ」
「仕方ないよ、別の日にしよう?」
フィリアは落ち着かせるためにシャオの頭を撫で、並んで冒険者ギルドをあとにする。
アルヴェリアに外交に来ていた姉からの資金援助もあって、シャオはお金自体は持っている。
しかし街中での暮らしに慣れてきた彼女は大金を持ち歩かないように気をつけていた。
庶民の金銭感覚と防犯意識が身についてきたが故の悲しい失敗だった。
シャオの腰下で元気無く垂れる金色のしっぽ。
受付の女性は微笑ましくそれを見守りながら、頭を撫でたい欲求をぐっと堪えるのだった。
■
「うまっ、うまいのじゃ!」
「うん、すごく美味しい」
ギルドを後にしたフィリアたちは商店街に出店しているアンテナショップで『ミルフォート』を買い、あっという間に機嫌を回復させていた。
甘いクリームはお子様のメンタルを回復させる効力があるらしい。
「おみやげこれで足りるかな」
「スフィじゃろ、ノーチェじゃろ、アリスはあまり食わぬし……十分ではないかのう。精霊たちでこういう甘い菓子を好むものもおらん」
紙箱に詰められたミルフォートを数えながらシャオがうんうんと頷いてみせる。
しっぽ同盟ハウスで甘いお菓子を喜ぶのはアリス以外の4人である。
嗜好品としての好みもシラタマは氷菓、フカヒレは魚類と分かれていて。
それ以外の精霊たちはシャルラート含めて飲み食い自体を好まない。
「騎士さんたちはいいのかな?」
「それを考えるのはスフィとアリスじゃろう」
護衛の騎士たちの分はいいのかと言外に尋ねるフィリアに、シャオは意外にもしっかりとした返事をした。
「主を飛び越えて他人の臣下に褒美を与えるのはよくないと聞いたのじゃ」
「なるほど……」
護衛たちはあくまでもスフィとアリスの護衛である。
「何かを贈るなら双子のどちらかを通すべきじゃろうな」
「こういう話をすると、シャオちゃんってお姫様なんだなって実感するね」
「わしは普段からお姫様のつもりなんじゃが……?」
疑問を浮かべるシャオを華麗にスルーしながら、フィリアはお土産のお菓子を崩さないようリュックにしまいこんだ。
「風が強くなってきたのじゃ」
「寒いしそろそろ帰ろうよ」
「そうじゃな、次は金子を忘れぬようにせねばならん」
「大金を持ち歩く時はスフィちゃんかアリスちゃんにお願いして、騎士さんにもついてきて貰えたらいいんだけど……」
徐々に強くなる冬風が髪を揺らし、肌を冷やす。
ふたりは白い息を吐きながら手にしたミルフォートの残りを口に入れ、家へ向かう道を歩きはじめる。
道中の会話はお菓子の感想から学院の話へ移り、住宅地を目前としたあたりで増築の話に変わる。
「増築工事となるとしばらくうるさくなりそうじゃなぁ」
「大きめのお屋敷を隣に建てるって言ってたよね、今のお家が壊されなくてよかった」
「ふたりのご両親を考えるとあの一帯全部を屋敷にしてもおかしくなかったのじゃ」
「それでも格的には全然足りないからね」
「本来なら王族用の離宮じゃろう」
雑談しながら歩くふたりだったが、風がどんどん強さを増してくると口数も減っていく。
家までまだあるというのに、街路樹の葉がこすれて音を鳴らすほどになっていた。
「さ、流石にさむくなってきたのじゃ」
「空も曇ってきたし、雨でも降るのかな。スフィちゃんなら匂いでわかりそうだけど」
「どっちにせよ家に戻れば関係ないのじゃ……のわ、手紙が!?」
冷える口元をマフラーに埋めようとしていたシャオだったが、引っ張り上げると同時にコートの中から手紙の入った封筒が落ちる。
運の悪いことにひときわ強い風が吹き、封筒を飛ばしてしまった。
「ぬおおぉ、待つのじゃ!」
「あ、シャオちゃん!」
慌てて追いかけるシャオとその後を追うフィリア。
風に足を取られながら宙を舞う封筒を追いかけて辿り着いたのは、住宅地と商店街の中間地点にある雑木林だった。
権利者の管理が行き届いていないのか冬でもなお鬱蒼とした林を前に、ふたりの少女は立ちすくむ。
「ど、どうする? 手紙は書き直しても」
「あの中には姉さまへのお土産も入っているのじゃ、シャルラートと作った押し花の栞じゃ」
冒険者ギルドを経由した手紙の配達は、送り先と届け先が主要な都市であれば無事に到着する確率が高い。
それ故に安価かつ軽量なものであれば手紙に土産をいれるのも一般的だった。
「一番良く出来たものじゃったから、可能ならば見付けたいのじゃ」
「……うん、わかった。少し探してみてダメだったら戻ろう? スフィちゃんかアリスちゃんなら見つかるアイデア出してくれるかもだから」
「そうじゃな」
意を決したふたりは目を合わせて頷きあった後、風にざわめく雑木林へと足を踏み入れることになった。
■
聖王国アルヴェリアの首都である『聖都アヴァロン』。
大陸有数の霊峰ロンデニオンの麓に扇形に広がる街は、王城のある聖王区を頂点として、貴族街、商業区、行政区が含まれる8つの中央区、主な商業施設や市民の居住地がある9つの外周区で成り立っている。
星降の谷に近い聖都は大地の力が強く、自然も豊か。
きちんと整備されて自然公園として公開している場所もあれば、殆ど手付かずのまま放置に近い状態となっている場所もある。
国の制度上、手入れが行き届いていなければ土地の占有権を失うことになるが、現実的に手が回らないこともある。
フィリアとシャオが足を踏み入れた雑木林も、お世辞にも手入れがされているとはいえない土地だった。
背の高い木の上の方では、強風に煽られて木の枝がざわざわと不気味な音を立てている。
徐々に日が落ち始めた薄暗さも相まって、今にも何か恐ろしい怪物が飛び出てきそうだった。
「お、おもった以上に、こ、怖いのじゃが」
「な、なんか……暗いね」
ふたりは耳をぺたりと寝かせながら身を寄せ合い、おそるおそる雑木林の中を進む。
道を通るたびに目には入っていたが、内部がここまで怖いとは思っていなかった。
もちろんこれは時間帯と天候の影響が大きい。
「雨まで降ったら大変かも」
「うーむ、風もぜんぜんやまぬ……おぉ、あったのじゃ!」
おそるおそる落ち葉の降り積もった地面を進んでいると、シャオが不意に前方を指差した。
指差す先をフィリアがじっと見つめるものの、該当するものは見付けられない。
「どこ?」
「あそこの枝に白いものが引っかかっておるのじゃ、たぶん手紙じゃ」
「あ、ほんとだ」
言われてはじめて白くはためくもの気付いたフィリア。
ふたりが風の中を近づいていくと、確かにシャオがなくした封筒のようだった。
「よかった、見つかったのじゃ」
――ァ
「そうだね……じゃあ早く帰ろう、ほんとに雨が降りそう。風も強くなってきたし……?」
――……ギャア――
不安そうな表情で枝ごしに曇り空を見上げたフィリアの耳がピクりと動く。
風と草木の音に混じってこの場に不釣り合いな音が聞こえた気がした。
「どうしたのじゃ?」
「う、ううん、何か聞こえたような気がして」
フィリアが寝かせていた耳をピンと立てて音に集中しはじめる。
兎人であるフィリアの聴力はアリス以上。
アリスのような音に対する異常な解像度と分析力こそ持っていないが、音を拾う能力ならばしっぽ同盟の中で最も優れている。
――ァ、オギャ――
そんなフィリアが風に紛れて聞こえる音の方向へ視線を向ける。
程なくしてソレは薄暗い木陰からのっそりと姿を見せた。
遠目には巨大な芋虫のようにも見える細長い身体、灰色にも見える身体からは無数の手のようなものが蠢き、頭部にあたるであろう部位を少女たちへと向ける。
『オギャァ、オギャアァ!』
例えるならば濁音混じりの猫の鳴き声か、あるいは赤子の泣き声か。
奇っ怪な存在が神経を逆撫でするような叫び声をあげた。
「キャアアアアああああああ!!」
「ぬわぁあああああああああ!!」
少女ふたりが悲鳴をあげながら走り出した。
獣人特有の素早さを遺憾なく発揮し、足場の悪さも物ともせず木の間をすり抜ける。
雑木林の入口に戻るまでにかかった時間は1分にも満たなかった。
■
「どうした!?」
「ぴぎゃああ!?」
「あっ、騎士さん! あの、あの、あっちで、あっちで!」
雑木林から飛び出したふたりに背後から声をかけたのは、市民に見える男だった。
シャオが腰を抜かした一方で、フィリアは振り向いてすぐに正体に気付いた。
"夜梟騎士団"の団員である。
「落ち着け、何があった?」
距離を取って少女たちの護衛をしていた男は、雑木林に入ったふたりを追いかけている途中で悲鳴を聞きつけた。
現場を目指す途中で爆速で入口に向かう少女たちに気づき、慌てて進行方向を変えてようやく追いついたのだった。
「お、おばけ、おばけが!」
「もももモンスターがでたのじゃ!」
「……この天気だ、ひとまずは家まで送ろう。雑木林は我々の方で調べておく」
「は、はい……」
「のじゃ……」
男に落ち着いた声色で宥められて、ふたりはバクバクと騒ぐ心臓のあたりを押さえる。
「雨も降りそうだ、歩けるか?」
「わ、私は大丈夫です……けど」
「……腰が抜けたのじゃ」
「私がおぶっていきます」
「頼んだ」
ふたりが少し落ち着いたところで、フィリアがリュックを前に移動させ、シャオを背負って家に向かって歩き出す。
「うぅ、すまぬのじゃ」
「アリスちゃんで慣れてるから、気にしないで」
"強い大人"と合流できたことで少しは安心したのか、フィリアの震えは止まっていた。




