お家拡張計画
帰宅してからは開けていた家の掃除やチェック、備品の入れ替えに時間を割いた。
騎士たちが手伝ってくれたこともあって力仕事なんかもスムーズに終わり、2日も経つ頃には片付けも落ち着いた。
スフィたちは訓練ついでに広場まで駆けっこしたり、騎士に稽古をつけてもらったり充実して過ごしているようだ。
そしてぼくは――404アパートの自室にこもって手紙の処理に追われていた。
「資料は……あ、リビングだ。ブラウ、ちょっとテーブルの上に置いてあるやつ取ってきて、ぜんぶ」
「…………」
書き上げた手紙は既に30通、簡単に終わるものはすべて終わった。
ここからは錬金術師の質問に対する返答で資料が必須になる内容だ。
うなづいたブラウがリビングに行き、革張りの分厚い本と大量の紙の束を運んできて机の脇に置いてくれた。
「ありがと、あとお茶ほしい」
並べられた本を除けて紙の束から必要な資料を抜き出して、確認しながら返事を書き進める。
「ご質問の通り、単一のスライム素材のみではなく、繊維との合成によって……よって……羽根ペンッ!」
文字を書いている途中で使っている羽根ペンの先が引っかかって文字がかすれた。
動物皮紙と羽ペンの組み合わせは書きにくいことこの上ない。
ちゃんとした手紙には頑丈な皮紙とインクが定番なのだけど、均一な植物紙に慣れたぼくには扱いづらい。
新しい羽ペンを数本まとめてインクに漬けて、先にパソコンで内容をまとめる。
キーボードで打ったものがそのまま出力できればどれだけ楽か……!
これ学院がはじまるまでにちゃんと終わるのだろうか。
そんな不安を抱えながら手紙と格闘すること数時間……没頭していたおかげで外で起こっている厄介事に気づくことができなかった。
■
もうやだ、しばらく手紙は見たくないし考えたくもない。
「アリス様、執務中に申し訳ございません。確認させて頂きたいのですが、おふたりのお部屋はどちらにあるのでしょうか?」
「依頼されていた荷物を運び込みたいのですが……少々要領を得ず」
「…………」
そんな事を思いながら手紙の執筆作業に目処をつけ、休憩がてらブラウを伴ってしっぽ同盟ハウスのリビングに戻ったところで問題に直面した。
真剣な顔で尋ねてくるのはジルオとヴィータのふたり。
近衛と夜梟の代表として来たのだろう。
自分たちの部屋のこと……完ッ全に失念していた。
ふたりの背後でスフィがごめんと両手を合わせて耳をパタパタさせている。
一番快適な部屋を占拠させてもらっているから問題視していなかったのが敗因だ。
さてなんて答えよう。
離れの工房は論外。
階段下の収納は問題外。
ノーチェたちに部屋を譲ってる……は今の立場で言ったら地獄の門が開く。
だって3人ともスフィとぼくの本来の身分知っちゃったもんね。
「アリス様?」
「実はノーチェたちと共同で部屋を使ってる、色々言われるのが嫌で言い出せなかった……ね?」
「うんうん、そうなの!」
ぼくの言葉にスフィが乗っかってきた。
誤魔化しに入ったことを即座に察知してくれたようだ、双子の以心伝心ってやつか。
「……そうでしたか、しかし共同というのは」
「言いたいことはわかるけど、街に来たころに決めたことだから。これ以上部屋を増やすなら家の拡張をしなきゃだから後回しにしてた」
「直ちに手続きを致しましょう」
やー残念だなぁという流れにしたかったのに、ぼくの思惑を即座にジルオが断ち切った。
実際のところ仕方ないんだけどさ。
「家の工事って周囲の土地の利用権とか色々手続きが……」
「教会が周辺で住人の居ない土地の居住権をすべて召し上げたので問題ありません。ふたつ隣まで空き家となりましたので、そこと合わせれば土地も十分かと」
「権力ぅ……」
パワープレイが過ぎるってばよ。
「あれ、隣って人住んでなかったにゃ?」
「近隣の方はよりグレードの高い代用地を提案されて喜んで承諾したそうです。教会は少し離れた場所にですが、時期を見て教会支部を建設するつもりのようですね」
「……待って、この土地も?」
「居住権の持ち主は喜んで手放したようです。お嬢様がたの利用契約については教会本部がそのまま引き継いでいます。このあたりの処理は慣例通りなので不自然さについては問題ないかと」
「ちょっとまって、その場合書面での通達があるんじゃないの? ぼく把握してない」
流石に権力のある教会や国側だからってそこまでやりたい放題はできないはずだ。
そう思って突っ込んでみたところ、何故かノーチェが「ぁ」と声をだした。
「…………もしかしてこれにゃ?」
「見せて」
リビングにある棚から書類の入った袋を取り出して見せてくる。
たしかに教会と役所からの通達のようだった。
……土地の権利保有者が教会本部に変わったこと、契約内容については一切変更無く引き継ぎされること。
今後何かあった場合は教会へ連絡すること……か。
「いっかい教会騎士の兄ちゃんに聞いたら、現状と何も変わらないから心配しないでいいって言われたにゃ」
「契約に変更がない場合は通達のみでいいっていうのは確かにあるけどさ、ジルオ?」
「教会には既に抗議してあります。区画ごと整理するにあたって必要な作業ですが、姫様に申し送りをせずに進めるのは少々強引過ぎますので」
この家の周囲を固めるなら全体的にアプローチしなきゃいけないのもわかる。
逆に1件だけ教会側が何もしないっていうのが不自然なのもわかる。
でもさ、結果的に受け入れるにせよ居ない間にやられると不信ポイントが上がるじゃん。
こうなったら仕方ない、教会上層部にしか伝わらない猛抗議をしてやろう。
「直筆の抗議文おくりつけてやる」
「アリス……書くお手紙増やすの?」
「……! あ゛あ゛あ゛あ゛」
ちくしょうそうだった!
やだ! やだ! これ以上お手紙増やすのやだ!
「おねえちゃん、ぼくの代わりに抗議文書いて……きつめのやつ……」
「う、うん、わかった。スフィがんばるね?」
そんなこんなで抗議文はスフィに託し、ぼくは渋々お家拡張を承諾する。
なおスフィの抗議文は翌朝には届けられたようで、昼には教会の地区担当だというお偉いさん数人が馬車を飛ばして五体投地みたいなことをしにきたので許した。
星竜教にも五体投地って概念あるんだね……。
■
そんな騒動があったりしつつ、手紙も片付き謝罪も受けた翌日。
しっぽ同盟ハウスのリビングでは錬金術師ギルドを巻き込んだ増築計画の話し合いが行われていた。
「まさか作って1年経たずに増築することになるとは思わなかったよ」
「ほんとにね」
急な呼び出しにもかかわらず快く応じてくれた建築専門の錬金術師、以前も家作りを手伝ってくれた人が苦笑しながらお茶を飲む。
「詳しくは聞かないが、貴族のお嬢様となると色々大変だろうからね」
「ふ……ふふ……」
対外的には使用人も居ない娘たちを憐れんだハートランド伯爵が使用人を送り込むことを決め、そのために増築をすることになったという話で通している。
費用も伯爵を通して出るらしい。
「今回は費用もたっぷり頂いているし、期待していてほしいね」
「お願いします」
いったん現状の建物はそのまま、塀で囲う部分を拡張してぼくたちと使用人が使うための本邸を作る。
短い期間とはいえ思い出もちゃんとあるので、この建物は残したかった。
最終的にはこっちが離れみたいな扱いになりそうだ。
「希望を取り入れた図面を引いてくるから数日待っていてほしい。工事についてはいつ頃から始めたほうがいいかね」
「出来るだけ早いほうがいい。あと現場確認はこっちのジルオかその部下がやるから」
背後で控えているジルオに確認作業を押し付けると、彼は当然だといった様子で慇懃に頭を下げた。
「ご紹介に預かりました使用人のジルオと申します。主に雑事を担当させて頂いております。以後よろしくお願い致します」
「あぁ、これはご丁寧に。よろしくお願いするよ」
錬金術師の男性は朗らかにジルオと挨拶を交わし、お茶の残りを飲み干して立ち上がる。
それを見送って一息ついたところで、ブラウがぼくのお茶のおかわりを持ってきた。
「ありがとブラウ……」
お茶を受け取ったあと、ソファの隣に座らせたブラウに抱きついて脱力する。
天日干ししたふかふかの布って感じだ。
「お嬢様、ご負担をおかけして申し訳ございません」
「まぁ、部屋問題は突っ込まれるのも仕方ないから」
謝罪するジルオに軽く手を振って気にするなと伝える。
404アパートを教える気はないし、部屋についてはいずれ起こる問題だった。
この世界にきちんと存在する"自分たちの部屋"はあったほうがいいだろう。
ごたごたの原因は教会のパワープレイにびっくりしただけだ。
「建築については信用できる人だから、軽いやりとりだけで済む分負担も軽いよ。大変だった手紙もようやく終わったから……ね……」
疲れているのは主にお手紙ラッシュによる精神的疲労のせいである。
とはいえそれも終わっているし、あとは冒険者ギルドまで手紙を出しに行くだけだ。
ブラウを枕にうつらうつらしていると、スフィの足音が近づいてきた。
「ねぇアリスー、フィリアとシャオがお手紙出しに行ってくれるって。アリスの分はどうするの?」
「あー……あとは出すだけだから、任せようかな」
封蝋も終わっているし、宛名も書いてある。
フィリアなら任せても大丈夫だろう。
「騎士を遣わせましょうか?」
「フィリアたちね、欲しいものあるんだって、帰りに買いたいって」
気を使ったジルオにスフィが微笑みながら答える。
たぶん買い物のほうがメインの用事なのだろう。
「じゃあ、こっそり護衛だけつけてあげて。ちゃんとつけると気を使って寄り道できないだろうから」
「かしこまりました、手配いたします」
「あ、フィリアには"ぼくの手紙は階段裏の収納に置いてある"って伝えて、鞄のマーク見ればわかるから。伝票も中に入ってる」
「承知しました」
伝言を引き受けたジルオが立ち去るのを見送りながら、スフィがブラウを挟んで反対側に座った。
「ねぇねぇ、スフィもそれいい?」
「うん」
「わっ、ふかふか~、おひさまの匂いだ」
反対側から抱きついたスフィが、ブラウのお腹あたりに顔を埋めてしっぽを揺らすのが見える。
そういえばふたりで一緒にブラウに甘えるのってはじめてかもしれない。
「……スフィがブラウに抱きつくのってはじめてだっけ」
「うん、ブラウニーちゃんはアリスのくまさんだもん。羨ましいけどかってはできないの」
「そっか、じゃあふたりのときは遠慮しないで。いいよね、ブラウ」
「…………」
ブラウの足を枕にして見上げると、視界に映ったブラウが頷いているのが見えた。
「えへへ~、じゃあえんりょなくーっ」
そう言いながら、スフィはぼくもろともブラウに抱きついてきた。
巻き込めと言ってないけど……まぁいいか。
まだ寒い冬にはありがたい暖かさ。
それを感じながら、ぼくは静かに目を閉じるのだった。




