夜がくる
休憩を終えたあと、またひとりで展示会を見て回ることにした。
興味があった魔石のエネルギー利用に関する研究のブースを見つけた。
展示していたのは帝国の錬金術師だったけど、実用化寸前レベルまでいっているようだ。
軽い質疑応答のあと、カードを貰ってブースを立ち去る。
そのあとも軽く会場を冷やかしていると、知っているブースがあった。
「栄養飲料の従来の薬っぽさ、独特の風味による飲みにくさ。開発者の錬金術師はこれを炭酸を加えることで緩和し……」
テーブルの上に乗った見慣れた商品の説明をしているのは、つい先日ギルドであったパナディアのマリナ錬師。
今日は前見たような地味な格好……じゃない、錬金術師コートの下が派手だ。
いわずもがな、エナジードリンクの展示ブースだ。
「特徴的な缶のパッケージも相まって各地で……特にデスクワーカーからの高い評価を得ております。容器の強度をあげた冒険者向けの商品の開発も……」
開発製造の全権を預けてあるからか、かなり頑張ってくれているようだった。
広まるのが早いはずだ。
不意に視線が合う。
ハンドサインでブースに来るかと尋ねられたけど、そっと断った。
頑張れとエールを手を振りながら他の場所に移動する。
会場には他にも縁のあるものが展示されていた。
スライムカーボンとストリング。
花火に自転車。
ぼくが持ち込んだものが色んな人の手によって研究され、その成果を見たいろんな人たちが注目している。
ただ再現しただけだから自分のものって感覚はないんだけど、ちょっと不思議なくすぐったさがある。
「ちょっとやる気出たかな」
「チュルリ?」
「うん……そろそろ行こうか」
一通り見て回ったあと、奥にある精算受付に向かう。
最初こそ怪訝な顔をされたものの、受付の人に錬金術師ギルドのバッジを見せると一瞬で慇懃な対応に切り替わった。
「受付させて頂きます。配送場所はどちらにされますか?」
「外周7区の支部……あー、資料は結構多くなりそう?」
「そう……ですね、この量ですと箱4つ程度になるかと」
「支部と距離があるから……自宅のほうで」
最寄りの支部に送ってもらうのが本当はいいんだけど、家と距離があった。
示された箱はぼくが単独じゃ持ち上げられないサイズの木箱だ。
それを4つも持ち帰るのは骨が折れる。
「お支払いはどうされますか?」
「小切手ある?」
「ございます。発送は確認後となっておりますので、祭りが終わってからになってしまいますが……」
「それでいいよ」
「では、こちらをどうぞ」
錬金術師ギルドの印が入った小切手を受け取り、資料の購入代金を書き込む。
資料ひとつあたり複製代が銀貨2枚、配送含めた手数料が銀貨5枚。
銀貨85枚、すなわち85000グレド。
小切手は錬金術師ギルドが一旦立て替えて、後日支部で精算する形式だ。
ぼくの場合は未受取の権利料から相殺になるかな。
残高がいくらあるのか知らないけど、流石に金貨10枚くらいはあるだろう。
「よいしょ、お願いね」
「承りました」
小切手にサインを入れて、押印パッドの上に千切った紙を置き、押印欄に自分のバッジをギュッと押し付ける。
バッジには名前と会員番号が入っているのでこういう使い方もできるのだ。
今まであまり使う機会はなかったけど、なんだか大人になった気分。
「じゃあよろしく」
「ありがとうございました」
手続きを終えて、今度こそぼくは意気揚々と会場を後にした。
あまりゆっくりは出来なかったけど色々見れた。
資料が届くのが楽しみだ。
■
「魔導剣士団だ」
「チュルルル」
「はじめて見た」
会場の出口に、五芒星に剣が突き刺さったマークの入ったマントを羽織る集団がいた。
魔術師ギルドの戦闘部隊、戦闘魔術師の精鋭である。
ぼくがめったに魔術師ギルドに行かないこともあってこれが初見だ。
初見なのになんでそんなのに詳しいのかって?
ぼくは前世は男の子だったからだよ。
「やっぱかっこいいよね、魔術を使う剣士」
正直武器と魔術の相性はそこまでよくない。
戦闘においてはどっちかに寄せて……できれば武器を持って武技を使う方が強い。
それでもあえて剣と魔術の併用を目指すスタイルにロマンを感じる。
「ぼくもやってみようかな、魔導剣士」
「ヂュルルル」
「無茶じゃないし……」
「ヂュリリルルルピピッ」
「剣を振るだけで倒れたりしないし……」
小さな憧れだったのにシラタマに完全否定されてしまった。
かなしい。
「そろそろ宿に戻るか」
親切な通りすがりの人に紹介してもらった宿は民泊に近い紹介制みたいで、この時期で飛び入りにも関わらず安価で数日間の滞在ができるようだった。
みんなとの待ち合わせ場所もその宿である。
賑わう街の中が薄暗くなっていくと、設置されている錬金灯が灯っていく。
ブラウニーの背中に掴まって、暗くなりつつある道を歩きだす。
戦いといえば……ノーチェたちの話を聞くのが楽しみだ。
「ハァ、ぼくの活躍を見せられないのが」
「キャアア! ひったくり!」
「……そういうのもいるよね、そりゃ」
ブラウニーに牽引されてのんびり道を進んでいると、突然悲鳴が聞こえた。
外人込み込みの人の波、悪党がまったくいませんって方がむしろ怖い。
無理やり人混みを抜けて逃げようとする人間を見つける、見た目からアルヴェリア人じゃなさそうだ。
「アイス……」
白氷の茨で足を止めてやろうと手のひらを下手人に向けると、既にほかの人間も動いていた。
低い姿勢から足元をすり抜けて疾風のように迫る、和服みたいな格好の小柄な獣毛鼬人。
離れた位置から走ってくる軽鎧の衛兵たち。
走り出そうとして人混みに邪魔されて動けないハチマキをつけた青年。
「うぎゃあ!?」
「……せっかくの祭りに水差すんじゃねえよ、大人しくしときな」
最速で犯人を取り押さえたのは、酒瓶片手に歩いていた髪の長い小汚いおっさん。
ぼくが視認できるギリギリの速度で肩を打ち、足を引っかけて地面に引き倒した。
すげえなあのおっさん。
追いついた衛兵たちに男を引き渡し、おっさんは髪の毛を片手でかきあげて酒を呷る。
……ん、いやあのひとって。
「俺が捕まえようと思っていたのに!」
「いやはや、拙者としたことが先を越されてしまうとは。流石にござる」
「んん? いや、たまたまだろう。進行方向にふらついた酔っ払いがいただけさ」
「貴殿ほどのお方がご謙遜を」
ハチマキの青年と鼬人に声をかけられて、面倒そうにしているおっさんには見覚えがあった。
さすがのぼくでもそう簡単に忘れない。
Aランク冒険者、"凡百のヴァンベルト"。
前にシーラングでノーチェたちの昇格試験を担当して、色々世話を焼いてくれた人。
小汚いおっさんにしか見えないけど、それも含めて有名なようだ。
珍しいものを見たな、宿でノーチェたちにも教えてあげよう。
他に出番もなさそうなのでそそくさとその場を立ち去る。
見つかると長くなりそうだし。
「……流石によ。目があった上でスルーはないんじゃないか、砂狼のお嬢さん」
ダメだったか……。




