交差点
家に帰り着いたぼくたちはノーチェたちとこれまでの事をたくさん話し合った。
父さまと母さまとなんとかうまくやれそうなこと。
ノーチェが無事に予選を突破して、本戦に挑むこと。
父さまが護衛に幻霧竜をつけてくれたこと。
近くの家に騎士の人たちが駐屯していること。
次に帰る時は、友達も連れてきなさいと言われていること。
そんなに長い間離れていたわけじゃないのに、話したいことはたくさんあった。
ブラウニーが準備してくれた夕飯を食べながら、あっという間に夜が更けていく。
久々に404アパートの和室でみんなで雑魚寝して、次の日がやってきた。
「……やっぱり、ここが落ち着く」
だだっぴろいお姫様な部屋はたまに体験するくらいで十分だ。
ぼくにはこのくらいの広さが丁度いい。
「ふあ……ぁ」
あくびをしながらリビングに出て、冷凍庫の中の茶葉を使ってお茶をいれる。
「おはよ」
「チュリリ」
冷凍庫の中の一角に積もった雪の精霊たちと目が合うと、機嫌良さそうに囀った。
もはや仮眠室代わりにしているのは何も言うまい。
「ふぅ……粗茶」
家庭用で冷凍保存されている茶葉の質なんてお察しである。
味はほのかで香りも薄い、ちょっといい香りの白湯だ。
ブルジョワという忌まわしき穢れに汚染された舌が浄化されていく……。
「……さっっっむ!」
パジャマにしているワンピースでベランダに出ると、恐ろしく冷たい風がスカートをまくりあげた。
寒すぎて一気に目が覚めた。
そういえば今日は12月24日か、そりゃ寒いわ。
「んあああアリス! さむいからしめて!」
「さむかった」
起きてきたスフィに叱られてしまった。
ベランダの窓をしっかり閉じて、お茶を手にソファに腰掛ける。
「んぇー……なにごとなのじゃあ!? さむいのじゃ!」
「起きようとしてたノーチェちゃんがおふとんの奥に行っちゃったんだけど……」
続々とみんなが起きてくる。
やっぱり、もうしばらくはこんな朝がいいな。
■
「ふたりともぜんっぜん変わってないにゃ、特にアリス!」
「そりゃ10日も経ってないし……」
今生の別離になる可能性があっただけで、期間的には半月も経ってない。
中身が変わっているならもはやそれは偽物だ。
「ちょっとはお姫様らしくなって帰ってくるかと思ったにゃ」
「その成分はスフィに任せてるから」
お茶を啜りながら、持ち帰った服をフィリアとシャオに自慢しているお姉様を見る。
「ねえフィリア、お祭りにいくのにどうかなぁ?」
「……ええと、似合ってる、けど」
「この生地、姉様の一番高い服のと似てるのじゃ」
フリルのついたワンピースとジャケットを合わせた上品なデザインのワンピースに着替えて、くるりと一回転している。
「よくわかんにぇーけど高いのにゃ?」
「金だけで言うならセットで銀貨30枚くらいじゃね」
「…………にゃん?」
職人のスケジュールを確保出来ないだろうけど、値段としてはそのくらいだろう。
「服ってそんなにするにゃ?」
「貴族の服だとまぁそんなもの」
因みに侍女とスフィが選んだ"街でも違和感がない"程度のものである。
マリークレアとかが着ている良い方の普段着レベルだ。
「スフィ、たぶんそれも外周7区で着る服じゃない」
「ええー!」
「住んでる世界の違いを実感するにゃ……」
「ほんとだよね」
ぼくみたいなナチュラルボーン庶民にはついていけない。
「でもお祭り終わったらノーチェたちもくるでしょ?」
「今から怖くなってきたにゃ」
「昨日は現実感がなかったけど、私たちが本当に天星宮にいっていいのかな……?」
「くくく……故郷のあいつらを見返してやれるのじゃ」
なんか勝手にシャオが闇落ちしかけてるんだけど。
「友達の家にあそびにいくんだから、気負う必要ないとおもう」
「おかあさんもおとうさんも、みんなに会いたいって言ってたよ」
父さまたちはあまり身分というものに拘りはない。
娘の友人という枠組みなら、意図してよっぽど失礼なことをしない限りはスルーを決めるだろう。
今は娘の好感度を稼ぎたいだろうっていう打算もある。
「スフィとアリスの父ちゃんと母ちゃんにゃ、想像つかないにゃ」
「ノーチェちゃん、その呼び方はほんとに命に関わるよ……」
フィリアがマジの警告を出している。
あの感じだと父さまと母さまは気にしないと思うけど……。
公の場でやらかしたときに星堂関係者が排除に動きそうだ。
両親含めてそのあたりの信頼関係がまだ出来ていない。
「まぁ、いざとなればぼくが全力で守るから」
可能性としては低いだろうけど、友達に手を出すなら明確な敵になる。
血の繋がった親だろうとそこは譲るつもりなんてない。
みんなが"人間関係"からぼくを守ってくれるなら、"精霊関係"からはぼくが守ろう。
『ウルゥ』
「わっ!?」
「!」
スフィの背後で白い霧が竜の頭部を形づくった。
護衛につけられた幻霧竜で名前はしらない。
昨日のうちに身内への顔合わせと挨拶は済んでおり、みんなからは仮でミストさんって呼ばれてる。
「ちょっとびっくりしたにゃ」
「気配がなくてびっくりするよね」
「一番動じておらんかったじゃろう、おぬし……」
動揺を隠すのは戦闘の基本である。
「ミストさんって何か食べるの?」
「たぶん、亜精霊の能力で霧化してるだけで本体はあると思うけど……亜精霊だからこそ食事は必要なさそう」
飲食は必要ないけど、嗜好品は食べる感じじゃないかな。
「なにか欲しいものある?」
『ルルゥ』
喉を鳴らして白霧の竜が首を水道に向けた。
あぁ、水か。
「水道水でいいのかな」
コップに水を入れてテーブルの上に置くと、竜の頭部が近くに移動した。
そしてコップに口先を近づけ、勢いよく水が減っていった。
『ルルゥ』
「ひとまずはそれで我慢して」
あまり気に入ってはいないみたいだけど、満足できる程度ではあるようだ。
星降の谷の清涼な湧き水と比べたらさすがに分が悪い。
「次に戻った時に水を貰ってくればいいかな」
『ルゥ』
コップの水を飲み終えた霧竜は空中に溶けるように姿を消した。
「さて、朝ご飯食べたらお祭りを見に行こうよ」
「賛成にゃ」
「せっかくもってきたのになぁ。フィリア、いっしょにお洋服選ぼう」
「うん、いっしょに選ぼう」
「アリス、わし行きたいとこあるのじゃ」
朝から少しばたばたしたけれど。
こうしてぼくたちの星竜祭がはじまった。




