家への道
どこまでも続く荒野を車が走り抜けていく。
仕組み的にどうなっているのかは謎だけど速度はかなり出ている。
「なんかすごいね」
「こういうの、実は好き」
オープンカーだから風が気持ちいい。
「そういえばアリス、これは酔わないの?」
「……そういえば、酔わないね」
言われてみれば精霊関係ではあまり酔ったことがない。
船なんて乗って5秒で酔うのに、不思議な力でも働いているんだろうか。
とにかく助かる。
「よかったね」
「うん」
途中で休憩を挟み、風景を眺めながらサンドイッチを食べたりしながら進む。
数時間かけて雲まで届くような巨大な壁にたどり着いた。
壁には入口らしき金網の扉があり、有刺鉄線でぐるぐる巻きにされている。
更にキープアウトと書かれた黄色いテープが大量に貼り付けられていた。
「ここ?」
「……………」
こくこくと頷いたブラウニーが車を止めて、扉の方へ向かう。
音を立てながらテープと有刺鉄線を剥がしはじめた。
「てつだったほうがいいかな?」
「危ないからやめとこう、ぼくたちが怪我する方がブラウは悲しむ」
テープも鉄線も結構な量があるようで、車の中から作業を見守ることにした。
有刺鉄線は大したことなさそうに見えてめちゃくちゃ危ないのだ。
封鎖を解除したブラウニーが扉を開け放ち、車に戻ってくる。
それにしてもこの量のテープと鉄線……異様に厳重な封鎖だ。
当然ながら精霊領域の産物だから、ただのテープに見えても強度は尋常じゃない。
本気じゃないとはいえ、ブラウニーが引き千切ろうとして苦戦していたくらいである。
「しゅっぱつー!」
スフィのかけごえに合わせてブラウニーが車を通路へと進めた。
下り坂をすぎると地下トンネルに入り、天井脇にある非常灯がつきはじめた。
オレンジ色の光の中を走る。
「なんだか不思議なきぶんだね」
「というか長いなぁ」
平たい道をほぼ直進で進んでいるにも関わらず、軽く2時間はかかっていた。
ブラウニーなら安全運転でも時速60キロメートルくらいはでてるはずで……。
「あ、出口だ」
道の先に光が見えた。
外に出ると、そこは見慣れた第0セクターの偽装市街。
痛々しい破壊の痕跡にはカバーがかけられ、様々な玩具たちが工事を行っている。
「ん?」
ぼくたちを見て、ヘルメットを被っていたぬいぐるみの一部が慌てた様子でどこかへ走っていく。
向かう先は見る度になんとも言えない気持ちになるパンドラ機関の建物だ。
「ブラウ、ちょっとまとうか」
「…………」
頷いたブラウニーが速度を落としながら近くの路肩に車を寄せ、突然ハンドルを切り街路樹にゴンッとぶつけて止まる。
もしかしてノルマなのそれ?
「喉かわいちゃった」
「水筒ちょっと残ってるよ」
「はんぶんこしよ」
ブラウニーのリュックから水筒を取り出して、残りをふたりで分け合う。
ひと休みしているところに、兎のぬいぐるみが走ってやってきた。
『おーい、どうしたでちか?』
「ちょっと街まで行きたくて」
『って、閉鎖通路を使ったでちか!? 未整備でちよ!』
「えぇ……」
どうやらあの荒野は整備が出来てない故の結果だったようだ。
もしかして危ない場所だったんじゃ。
「あぶないばしょだったの?」
『危険はないでちが荒野以外なにもないでち。あそこを使う予定はまだ先だったでちから……。変な場所に向かって遭難してたら大変でちた』
「ブラウニーがいてよかった」
そもそもブラウニーがいなければ父さまも提案しなかっただろうけど。
『使うなら整備したいでちが……』
「どう見ても手が足りないでしょ。頻繁に使うわけじゃないし、目立たずに星降りの谷と行き来できるならこのままでいいよ」
『せめて街の出入り口の補給所と乗り物だけは用意しとくでち』
「ありがとう」
話を終えたところで、ラフィが頷いた。
『出口はどこを使うでちか? こちら側から開ける場所は限られているでちが』
「無理やり開けるルートだとどこになる?」
『朝昼は学院内部とマイクの礼拝堂だけでち。君の家への直通路は夜じゃないと作れないでちね』
「あぁ……」
そっか、子供の場所につなげることができるのは夜限定だった。
しまった……夜に来るべきだった。
「家出は夜にこっそりするものってか」
「どうするの?」
「うーん……」
せっかくだから夜まで街の復興を手伝うか、それとも近場に出て家を目指すか。
「街の復興を手伝うとか?」
『むしろ適当な家で休んでいいでち』
夜までちょっとだけなんて中途半端に手伝われても迷惑か。
「どうする、街で夜まで待つ? それとも街を見て回る?」
「勝手に街を歩いてへーきかな?」
「父さま的にはそれを前提としてる気がする。護衛なしで送り出されたし」
父さまはぼくたちなら街で暮らすくらいは大丈夫だろうと言って送り出した。
へたに護衛をつけなくても自分の身を守れると思ってくれているのだろう。
…………あれ?
ちょっとまて、父さまだけじゃなく母さまたちも普通に見送りしてきたような。
『え、護衛なしでちか?』
「んゅ? うん、スフィたちだけだよ」
『じゃあそこの幻霧竜はどこからついてきたでち』
はい?
ラフィが杖を取り出してぼくたちの背後に向ける。
『ルゥ』
視線の先で白い霧の粒が揺らめくように集まって西洋竜の形を作った。
独特な甲高い鳴き声をあげて、竜が首を左右に振る。
霧の塊だからかまったく音がしないけど、動作から敵意は感じられない。
「……父さまこのやろう」
なんだかんだ言ってちゃっかり護衛はつけてやがったよあのドラゴン。
護衛無しの出発なのに母さまや侍女がまったく心配しなかったのはこのせいか。
街に戻ることにばっかり気が向いて気づいてなかった。
「スフィ全然きづかなかった……いつもよりちょっと精霊さんの気配が強いなとは思ったけど」
「ぼくの警戒もまだまだだなっておもいました」
こういう手合に狙われたらまずいだろう、あまり調子に乗るなよという父さまからの警告を感じる。
「父さまのつけた護衛だよね」
『ウルゥ』
白い霧の竜が頷きながら近付いてくる。
コミュニケーションを取れる程度に人語は理解できているようだ。
『星降の谷の雲海に生息する希少種の亜竜『幻霧竜』でち。亜精霊化してるでちね』
「護衛としてはよさそうだけど」
どこでも傍についていくことが出来て、煩わしい気配もない。
「戦闘力は?」
『似たような魔獣が冒険者の討伐ランク制度ではBと評価されてるでちね』
「討伐にBランクのパーティが必要なレベルか……」
『ウルゥ』
『オウルノヴァがつけたのなら多分その中でも強い個体でち』
亜竜の強さはいまいちよく読めないけど、護衛の騎士と比べても上に位置しそうだ。
「おとうさんもいってくれたらよかったのに、護衛さんよろしくね」
『ルゥ』
手を伸ばしたスフィに頭のあたりを撫でられて、竜は目にあたる部分を細める。
「バレる予定はなかったか、自力で気づけって話かのどっちか」
玩具の街に送り出す時点で精霊同士は感知するからバレるのは前提だ。
それができるなら当然のように……。
「シラタマとブラウニーは気づいてた?」
「チュルル」
「…………」
揃って肯定の意を示された。
そうか、普通に護衛だからスルーしてたのか。
「……いいや、ありがたく力を貸してもらう。よろしくね」
『ウルゥ』
竜はぼくの手にも頭を押しつけてくる。
霧のように何も感触がないのかと思ったけど、しっかりと弾力があった。
その感触も手を離す時にはなくなったので、自由に霧化できるのだろう。
『夜まで休むのなら適当な家まで案内するでち』
「居座っても気にして邪魔になっちゃうだろうから、街を見ながら家まで歩きたいと思ってるんだけど……スフィはどうしたい?」
「スフィもそれでいいよ、お祭り見たいし」
『なら7番街……じゃなくて外周7区のマイクの礼拝堂がいいと思うでち、近くまで案内させるでち』
「忙しいのに悪いね」
『構わないでち』
ラフィにお礼を言って車の後部座席に戻ると、垂れた耳の犬のぬいぐるみがやってきてブラウの代わりに運転席に座った。
どこにもぶつけることなく発進した車が、ゆったりした速度で復興中の街を進んでいく。
ちなみにブラウニーは助手席に座っている。
「みんながんばってるね」
「直るといいね」
力になれることがあればいいけど、求められてないのに押し売りするのも違う。
何も言ってこないということは、今の段階じゃぼくが役に立てることがないんだろう。
ブラウニーの運転よりも明らかにパワーが落ちているけど、それでも時速20キロメートルくらいはでている。
数十分ほど走って少し具合が悪くなってきた頃、ようやく車が停車した。
駐車場に止めた車から降りて建物を見上げる。
デフォルメされた熊の絵が描かれた看板のある三角形の屋根の建物だった。
「この建物が外への出入り口なんだ」
「…………」
頷いたブラウニーが建物の扉を開けて、中へ入るように促す。
「送ってくれてありがとう」
「犬さん、ありがとね」
「…………」
深々と頭を下げた犬のぬいぐるみに見送られ、建物の中へ入った。
部屋には祭壇のようなものだけがぽつんとあって、その向こう側に玩具の扉が見える。
奥に向かったブラウニーが扉を開けると、やっぱり漆黒が広がっていた。
まいどまいど向こう側が見えなくて怖いんだけど。
「アリス、いこっか」
「うん」
とはいえもう慣れたものだ。
手を繋いだまま扉をくぐると、そこはどこかの建物の裏側だった。
「見たことない場所だね」
「……たぶん、外周7区の中央あたり」
見える建物から推測すると、街の中央からやや外壁に近い位置にでたようだ。
ここからなら大通りを越えて家までは……ええと、たぶん1時間と少しくらい。
「シラタマ……」
「あ、いいよ、スフィが引っ張ってあげる」
「そっか、ありがと。シラタマごめん、今日はスフィに引っ張ってもらう」
「チュルル」
シラタマは少し不満そうだけど、気配からして人通りも多いだろうしスフィの提案を受けたほうがいいだろう。
そんなわけで、ぼくたちは賑わう街へ踏み出した。




