ただいま
マイクの礼拝堂には子供が訪れてお参りしているようだった。
晴れ着の子供が表口から嬉しそうにでてくるのを見ると、ぼくもちょっと嬉しくなる。
出入りする人たちに紛れるようにスフィと礼拝堂の敷地から出て、しばらく歩いて大通りに向かう。
「わぁぁ!」
たどり着いた大通りは飾り付けられており、本番を迎える準備はバッチリのようだ。
観光客の姿は殆ど無い……って当たり前か。
本番も明日だし、外周7区は言ってしまえば下町だ。
外から来た人は特色のある他の区に集まるだろう。
「いいにおいするね!」
「そういえばお昼食べそこねたっけ」
サンドイッチはおやつとして渡されたもので量も多くはなかった。
6切れのうち1切れもらって残りはスフィにあげたけど……あれじゃ足りないだろう。
ここ最近で食欲が随分落ちてるから気が回ってなかったな。
「せっかくだから、何か食べながら行こうか」
「うん!」
通りを歩きつつ手近な串焼きの屋台に近付いて、財布を取り出す。
「大きいのひとつください」
「はいよ、銅貨1枚ね」
銅貨と引き換えに紙に包まれた串焼きを受け取り、スフィに渡す。
「アリスはいいの?」
「ぼくはまだおなか減ってないから」
「そっか……」
「なあお嬢ちゃん」
財布をしまうぼくに、おじさんが声をかけてきた。
「あんまり下町うろうろするもんじゃねぇ、食ったら親御さんか護衛さんのとこへ戻りな」
「……え?」
心配するようなおじさんの言葉にスフィが首を傾げた。
やっぱりかと思いながら、おじさんに頷いて見せる。
「家に帰る途中だから、大丈夫」
「そうかい、気を付けてな!」
納得したようにニカッと笑うおじさんに手を振って、スフィと一緒に歩き出す。
たしかに大通りにでてから視線がちょっと気になっていたな。
「ねぇねぇ、なんだかみんな、スフィたちのこと見てる?」
「…………ちょっとあそこで休もうか」
スフィが串焼きをぺろりと平らげるのを待ってから、ぼくが指さしたのは大通りにある製麺所。
腕の良い麺打ち職人がやっている店でたまーにパスタを買っているところだ。
店内で食事が出来る場所でもある。
「おかみさん、おじゃまします」
「おひさしぶりです!」
「おんや、砂狼のお嬢ちゃんたちじゃないか」
ちなみに出立に際してちゃんと砂色に髪の毛を染め直している。
侍女たちが……特に獣人の女性たちが、染める作業中のぼくたちを見てこの世の終わりみたいな顔をして、手をワナワナ震わしていた。
「しばらく見なかったねぇ、随分と元気そうで良かったよ。何か食ってくかい?」
「ぼくはいい、飲み物がほしい。スフィはどうする?」
「いいにおい……お肉?」
店に入ってからハッキリと感じるようになった肉とトマトのいい香り。
鼻の利くスフィが料理の匂いを嗅いでしっぽを揺らしていた。
「あぁ悪いね、匂いの元はまだ煮込み中なんだよ。牛頬肉のラグーソースさ、明日の星竜祭から"ふるまい飯"で出すから、よかったら食べにおいで」
「またえらい豪勢な……」
そういえば本番の祭りでは聖王がふるまい飯を用意するんだっけ。
申請を出した国中の店に資金を出して料理を作らせるらしいけど。
「7年に1度のお祭に聖王様が客にうまいもん食わせろって金貨だしてくれてんだ。料理人が気合入れなきゃ嘘ってもんさね」
けらけら笑う女将さんは料理が上手な40代の女性で、旦那さんの打った麺に合うソースを販売している。
「お……おうさま、金貨だしてくれるんだ」
さては"おじさま"って言いかけたな。
「たしか申請が通った料理店にふるまい飯の資金として日に金貨1枚分が出るんだっけ」
普段は大銅貨1枚でパスタとソースが大盛りにサラダもつく。
金貨1枚が大銅貨100枚相当だから、店によるけどざっくり100から200食分ってところか。
それが様々な店にかつ7日間に渡ってだから相当な出費だ。
本当に豊かな国なんだなって実感する。
「よく知ってるね。まぁ腕に自信のある店ならここぞとばかりに多少持ち出しでやっちまうんだがね」
がっはっはと笑う女将さんの気持ちは、ぼくも職人側として何となくわかってしまう。
「宣伝にもなるしね」
「そういうことだよ! 適当なジュースと、スフィちゃんはボロネーゼでいいかい?」
「はい!」
「お紅茶は」
「うちにはぶどうジュースとコーヒーしかないよ!」
まぁ大衆店で紅茶なんてもの扱っているわけもない。
ポット一杯で大銅貨2枚は取らなきゃ割にあわないからね。
「ほい、ぶどうジュースとペンネボロネーゼ。大銅貨1枚だよ」
「ペンネなの?」
ペンネはペン先みたいに端が斜めにカットされた穴開きショートパスタだ。
ボロネーゼならぶっといロングパスタが出てくると思っていたのか、スフィが首を傾げた。
「そんなきれいなお洋服汚すわけにいかないだろう、ほらナプキン貸してあげるから」
「あ、ありがとうござます」
ぼくがそっとテーブル脇に置いた大銅貨を回収しながら、女将さんは大きめのナプキンを前掛けみたいにスフィの首元につけてくれた。
スフィはナプキンを確認してから、スプーンを手にペンネをすくいあげる。
ここのソースは獣人が食べられない食材は避けているため、ぼくたちでも安心して食べられる。
美味しそうにパスタを頬張るスフィを見ながら、ぼくもぶどうジュースに口をつけた。
……さ、酸味が強い、甘みとのバランスが悪い。
違いすぎる……! 朝に飲んだヤツと比べて……ジュースとしての"格"が……!
「あれコップ1杯でいくらするんだろ……」
よく考えたら味としてはこっちの方が普通というか一般的だ。
ぼくはたった数日で穢れてしまったのかもしれない。
「もぐ……アリス、だいじょうぶ?」
「ぼくは特売のジュースを素直に美味しいと喜べる人間でいたかった……」
「女将さんのソース、すごく美味しいけど……比べちゃうのはちょっとわかるかも」
くすくすと笑いながら、スフィがナプキンで口元についたソースを拭う。
「比べるといえば、見られてるのは服のせいだよ」
「お洋服……? そんなに変かな」
「変じゃなくて、生地の質が良すぎるの」
スフィが食べ終えた皿の中にスプーンを置き、ナプキンを外して畳みながら自分のワンピースを確認する。
侍女たちが街歩きならばと選んでくれた、簡素だが上品なデザインで装飾もあまりついていないシンプルなものだ。
だけど、そのぶん生地と縫製の良さが目立つ。
たとえ素人でも何となく生地が違うことはわかるだろう。
そして目端の利く人間なら服としての値段の桁がふたつくらい違うことを悟るだろう。
因みにここは既にぼくたちの生活圏内。
大型シラタマも、すぐ後ろを荷物を持ってついてくるブラウニーもここらじゃ見慣れた光景だ。
「値段まではわからないだろうけど、高そうな服を着てるってことだけはわかるから警告されたんだよ」
「そっか、そうだったんだ」
残念そうなスフィだけど、この服で問題なく外を歩けるのは中央区か外周5区の中央付近くらいだ。
祭りの本番は普通の服で過ごすことになるだろうなぁ。
「食べ終わったなら、はやめに戻ろうか」
「うん……おかみさん、ごちそーさまでした!」
「女将さん、ご馳走さま」
「はいよ、またきてくれな」
残ったジュースを飲み干して店を出る。
街の人達はいつも通りで安心した。
あとは飾りつけを流し見ながらスフィと一緒に人目のある道を通り、家路を急ぐ。
どんどん見慣れた光景が目に入ってきて、ぼくたちの家が近付いてくるのがわかる。
こころなしかスフィの歩く速度も上がったみたいだ。
そこをまっすぐすすんだ先を右、そうすると左手側に崖とその上の雑木林が見えてくる。
3つ先の民家の脇道を左折して砂利道を進んでいくと、右手には……。
「チュリリリリ!」
「チュルルル!」
ぼくたちの家がある。
家を囲う壁の上には、お揃いのスカーフをつけた白い鳥たちがずらりと並んでいる。
走り出すスフィに引っ張られて、家が近付いてくる。
慌てた様子で飛び出してきた3人が、周囲を見ているうちにぼくたちに気づいた。
「ノーチェ! フィリア! シャオ!」
「スフィ! アリス!」
名前を呼び合いながら、スフィがノーチェたち3人に飛びついた。
振り回されて少し目が回ったけど、まぁいいや。
「おかえりなさい!」
「おかえりなのじゃあ! 会いたかったのじゃあ!」
「――おかえりにゃ」
鼻の奥がつんとするのも、ノーチェの眼からぽろぽろと透明な雫がこぼれているのも。
ぼくの視界が滲んでしまっているのも。
「「ただいま」」
目が回ったせいだってことにしておこう。




