錬金術師と顔合わせ
雪の精霊の追加人員がようやく揃い、雪が止んだ日のことだった。
グランドマスターから呼び出されたぼくは送迎用の馬車に乗せられて本部へと向かっていた。
どうやら共同研究のお相手が到着したので、簡単な顔合わせを済ませておきたいらしい。
上級貴族の居留地がある5番街の中ほどにある、美しい街並みの中でもひときわ瀟洒な建物。
円塔をモチーフとした左右対称のデザイン。ここが小さな町であれば王城と勘違いするものすら出てきそうな荘厳さ。
それが世界に名だたる錬金術師ギルドの総本部だった。
酔いのダメージに倒れそうになりながら、馬車で迎えにきてくれたハリード錬師に手伝ってもらって建物へ入っていく。
足音が響く大理石の広い床を、多数の錬金術師が行き来しているのが目に入った。
本部は錬金術師以外の客人が訪れることはないらしいと聞いていた。その割にはずいぶんと人が多い。
「こんどは人混みで酔いそう」
「もう少々のご辛抱を、今は各地の錬金術師が集まっていますから」
中央階段をあがって目指すは3階の特別応接室。そこについたら椅子でぐったりさせてもらおう。
スフィたちが居てくれたら心強かったんだけど、流石に休みが増え過ぎると出席日数がきつい。ぼくの用事だって例の依頼の顔合わせだし、ハリード錬師が居てくれるなら大丈夫だろうとなった。
「こちらです……失礼します。アリス錬師をお連れしました」
ハリード錬師が廊下の先にある大きな扉のひとつをノックして告げると、少しの間をおいて静かに扉が開いた。
年若い錬金術師のコートを身に着けた青年が顔を見せ、ぼくを見てぎょっとする。
「か、顔色が悪いようですが」
「馬車酔いと人混み酔いと階段酔いと重力酔い」
「把握できていなかったものがいくつか混ざっていますが、あまり体調がよろしくないようです」
「は、はぁ……どうぞ」
困惑しながら青年が中へ迎え入れてくれると、円卓を囲むようにして座るバラエティ豊かな面々が目に入る。
「ほお、そいつが噂の生意気なクソガキか、死にかけじゃねぇか」
そう言ったのは椅子の上であぐらをかき、煙管を手に持つ男の子。年齢は13歳くらいで髪の毛は肩くらいで顔立ちは整っている、どこか影のありそうな雰囲気の美少年。なんか気に入らない。
「休ませるんが先じゃねんか、せっかくの才能がこんなんでぽっくりいっちまうんは悲しいぜよ」
声色からして心配そうなのは、三角帽子をかぶったヒゲモジャの小さなおじいさん。恐らく土精人だと思われる。白い髭がもじゃもじゃで表情は見えない。
「あれがそうか、ほんとにふわふわだ砂狼か珍しい種族だ食性や免疫系はどうなっているんだろう砂漠の植物についての知識があるならそれも問いたいそれにしても具合が悪そうだ早く話を終わらせて休ませてあげないと可愛そうだな病弱な子どもを呼びつけるのはあまりにも無体だ自分も加担している以上は責めることはできないがそれでも」
さっきから超小声かつ早口でぶつぶつ言っているのは、足まで届く長い髪の人。御札のような文字の書かれた短冊を体中に張り付けた謎の人物も錬金術師らしい。
「生意気だ天然だ不思議ちゃんだの聞いてたけど、今にも死んじまいそうじゃあないか。ほんとにこんなので大丈夫なのかい? あたしゃ足引っ張るようなのはいらないよ」
それから白衣を着た背筋のぴんとしたおばあさんと。
「お、おお、ハウマス老師のぉ、お、おで、うれし……」
その隣にいる、言葉のどもった猫背の大男。他にも数人いるけどみんな黙ってこちらを見ている。
「よくきたのう、アリス錬師」
「うん、来てやった」
最後に朗らかな笑顔を浮かべるグランドマスター『ローエングリン・ドーマ』にそう返すと室内の空気が凍った。
主にそれぞれの錬金術師の背後に控えている若い人たちが百面相をしていてちょっと面白い。
「目上に対して礼儀のなってないガキだね……ハウマスは何を教えてたんだい」
「いちおう教えてもらってる、いまは腕一本でどこまでゴリ押せるかチキンレース中」
「ははぁ……クソガキてめぇ、さてはバカだな?」
おばあさんが渋い顔をする一方で、少年っぽい見た目の錬金術師は褒めてくれた。
「ほっほっほっ。負けん気がつよい若者は好ましい、実力が伴っているなら尚更にの。では手短に紹介しよう左から……」
そうしてはじまったのは、本当に手短な紹介だ。
少年は第7階梯、『"神匠"ムラサメ』。大陸最高の鍛冶錬金術師と名高い山人。
ひげもじゃさんは第8階梯、『"奇跡の手"ホミット』。予想通り土精人の細工師。
錬成の技術という意味ではぼくよりも上にいるふたりで、つまり職人系の最高峰。
御札おばけは第10階梯『"救命"ヴァーグ』。夜道であったら命を持っていきそうな見た目なのに、命を救うために人生をかけている偉人である。
そしておばあさんが同じく第10階梯、『"重駆動"ウェンデル』。
他にも第7階梯以上の、いわゆる最上級に属する錬金術師だけが集まっているようだ。
「ぼくはアリス、第4階梯になったばかり……よろしく」
一通りの紹介を受けてから、ぼくも自分から名乗る。
「あたしゃ男どもと違って女に甘くないからねぇ、生半可な腕でその態度貫こうってんなら容赦なく礼儀から叩き直すよ」
「うん」
ウェンデル老師がぼくの挨拶に向かって礼儀に厳しいってところを見せようとするけど、結局腕や成果次第ってところに錬金術師の価値観が透けて見える。
それから後日打ち合わせする話を済ませて、ぼくの用事は終わった。
「というか、顔合わせってウェンデル老師とヴァーグ導師とだけだと思っていた」
「本来はその予定だったんじゃが、他の者達も直接会ってみたいと言いおってのう。この後も会議があるんじゃが参加していくかの?」
「疲れたから帰る」
「ほっほっほっ、そうかそうか。身体を大切にのう」
「ハリード、頼むぞ」
「わかりました」
穏やかに見守っていた偉丈夫に言われて、背後で控えていたハリード錬師が再びエスコートしてくれる。確かあの人がハリード錬師の師匠筋に当たる人だ。
それにしてもいきなりお歴々の前に引きずりだされてしまった。ぼくは見世物じゃないんだけどなぁ。
■
「状況的にグランドマスターに聞けなかったんだけど」
「はい?」
「例の物申してくれるやつ、どうなったの?」
お歴々が揃っている状況で聞けなかったけど、せっかく来たんだしローエングリン老師に頼んでおいた件について確認しておきたかった。
「あぁ、抗議の手紙は送ってあるそうです。祭りが近いのもありますからフィルマ家が実際に動くのは少し先になるでしょうね」
「そっか」
錬金術師相手とは言え被害者は平民の子ども、貴族のやりとりには時間がかかるのが常だ。
余計なことをされないのが一番で、やっぱりのんびり待つことにしたほうが良さそうだ。
そんなこんなで授業についてとか錬金術師ギルドについてとか、軽く雑談をしながら帰路につく。
「……ところで話は変わるのですが、雪の精霊がアヴァロンの街中にいるという噂が広まっているようです。心当たりはありますか?」
「心当たりしかない」
帰りの馬車の中で思い出したように言ってくるハリード錬師から目をそらす。
雪の精霊が街にいるという噂は、思った以上に広がっているようだった。




