第4階梯(フィロソファ)
雪が降った日の翌日、天気も良くなったので製作物を提出するという名目で錬金術師ギルドの外8支部まで出向くことにした。
外8支部にした理由は大きな支部の中で一番近かったからだ。寒いし長時間出歩きたくなかった。
事前連絡していたので手続きはスムーズで、スフィたちにラウンジで待ってもらいながら応接室へ入る。その中で待っていたラグワーズと名乗る壮年の担当者に製作物と専攻分野の登録申請書を渡した。
「はい、ではこちらがアリス錬師の第4階梯のバッジとなります」
「…………」
軽く書類をチェックした担当者の男性が机から出してきたのは、高級そうな木製の箱に入った銀製のバッジ。銀色で1枚羽のフラスコは第4階梯の証。
想定外の事態に唖然としてしまった。
「こんなぽんっと渡されるものなの……?」
「私は詳しく存じ上げないのですが、上層部の方で事前に取り決めがあったようです。登録を受理すると同時に階梯を上げ、バッジを授与するようにと……連絡を通達した途端に高速便で送られてきましたよ」
支部の間で高速通信手段があることは把握してるけど、同じ都市内とはいえ物品のやり取りはそう簡単ではなかったはずだ。
苦笑する担当者にぼくも返す言葉がない。
「当初は半信半疑でしたが、これを見せられるとやむ無しですね」
担当者はぼくが提出した魔道具をしげしげとながめ、末恐ろしいと呟いた。
「着火も流水も美しい刻印です、魔力がロスなく流れていきますね。そしてこちらは虫除けですか」
バックルに付けられるようにした小さめの箱の中に、内部パーツとして立方体の核を組み合わせて構成した魔道具だ。
従来は拠点に設置して使う比較的大型の設備の効果を、大人の手のひらサイズで再現できる。
何種類かの虫に対応していて切替可能で燃費も良い。ただ効果範囲と持続時間が大きく落ちてしまっている。
刻印そのものに流し込まれた魔力を保持する効果があるので、一度の魔力補給での稼働時間が減ってしまう。
このやり方だとこういう形でデメリットが発生してしまう。おじいちゃんが頭を抱えていた部分でもあった。
まだ解決の目処は立っていない、魔石を動力として利用する技術が確立されていればなぁ。
「製造用の魔道具を用いずにこれほど精密なコアを作るとは、感服致しました」
「それはどうも」
受け取ったバッジを眺めながらなんともいい難い気持ちを飲み込む。
おじいちゃんから引き継いだものを再現しただけでここまできてしまった。頑張ってはいないせいかバッジに愛着や執着をあまり感じない。
自分の黄金を見付けられたら、もうちょっと嬉しく感じられるのかな。
「いやはや、引退する前に追いつかれてしまいそうです」
「心配ないとおもう、今のところは技師止まり」
担当者の人のバッジは第6階梯の位階にあることを示すもの、魔道具学の教授クラスかな。
第5階梯から上は研究の内容が重視される世界だ、腕がいい職人と優秀な研究者の間にある壁でもある。
「それを理解できているなら心配は無いでしょう、私の眼から見ても魔道具の錬金術師として素晴らしい力量をお持ちです。確認は完了ですね」
「ありがとう、じゃあ人をまたせてるから」
「はい、お疲れ様でした」
話を切り上げ、担当者は用意していたらしい箱に魔道具をしまった。
軽く挨拶を済ませて部屋を出た頃ラウンジはいつもより人で混み合っていた。
「アリス、用事おわりー?」
「うん、何かあった?」
「外が雪だってー」
さっきまで天気が良かったのにまた吹雪いたようだ。たしかに硝子窓越しに外を見ると大量の雪が風に舞っている。
昨日の雪で雲は散ったと思ったのにまた何で急に……と考えていたところ、大窓から外を見ていた誰かが「あ!」と声をあげた。
敷地内に植えられた樹木の枝の上にシマエナガのような白くて丸い鳥が複数いた。
……ひととおり記憶してるけど、家に滞在してる雪の精霊じゃない。
「雪の精霊だ」
「本当だ」
「かわいい……」
「なぜ雪の精霊がこんなところに、永久氷穴に居るんじゃなかったのか」
幻の存在として認知度の高い雪の精霊だ、気づいた人が話題にしたことで滞在者がこぞって窓に近づいていく。
何人かは関連を疑ってぼくの頭の上を見ている。そして雪の精霊たちも明らかにぼくを見ている。
「追加人員……かな」
「雪の精霊さん、たくさんくるね」
「しばらくは雪が続きそうだにゃ」
流石にこれ以上は増えないと思いたい。暫く足止めを食らい、雪が落ち着いたところで食料を買い込みながら家へと戻る。
雪の精霊たちは当然のようにあとをついてきて、ぼくの家に雪の精霊がまた増えた。
『降雪により通学は危険なので、天候が落ち着くまで通学組は休学扱いとする』という連絡が学院から届いたのはその日の夕方だった。
学院側の教師陣が頭を抱える姿が頭に浮かんだのは言うまでもない。
■
「アリスの昇格を祝って乾杯にゃー!」
「おめでとー!」
「おめでとう」
「めでたいのじゃ!」
「……おめでとうございます」
「ありがとう」
雪の降り積もる中、我が家のリビングではちょっとしたごちそうを並べたお祝いが行われていた。
できるだけサラッと言ったのに、たまたま訪問してきたマクスまで巻き込んでお祝いの流れになってしまった。
「第4階梯……7歳で第4階梯……」
「おおげさだしもうすぐ8歳だし」
乾杯のあと、うつむいてしまったマクスがぶつぶつとうるさい。
「おおげさじゃな……ありません、地方貴族なら後継者の成人式並に祝われる出来事……ですよアリス錬師」
「ぼくへの態度が改まるレベルなのはわかった」
そのあたりの風習は詳しくないけど、次期当主の成人とくれば盛大にお祝いされる気持ちはわかる。
「他者と比べても仕方ないことはわかってるんですけどね……」
「マクスも十分すごいと思うけどね」
あれからも頑張っていたマクスは、ネックだった錬成技術も既に及第点になっている。次で確実に第1階梯にあがれるだろう。
ぼくのはズルみたいなものだしという考えは口に出す前に飲み込んだ。考えてみれば前世の記憶を思い出したのは錬金術師に"なった後"だ。
「それにしても、ちょっと見ない間に雪の精霊が増えてますね」
リビングの窓から庭を眺めてマクスがため息をついた。気持ちも態度も切り替えたみたいだ。
彼の中で何かの決着がついたんだろうか。
「たぶんまだ増えそう」
「ちょっとした騒ぎになってます。アリス錬師と関連付けている人も多いので気をつけたほうがいいと思いますよ。アルヴェリアは星竜様の庇護下にあるからか精霊に対する畏敬の薄い人間が多いですから……特に商家や外様は」
外様と解釈したのは歴史が浅いとか薄いとかいう意味合いの言葉だ。たぶんアルヴェリアの国民となってまだ短い権力者を指しているのだと思う。
「三代続かずって言葉、知ってますか?」
「意味はわかる」
名家三代続かず。初代が立派な功績をあげても、だいたい三代目あたりで家が傾くという意味合いの言葉だ。こっちにも似たような例はたくさんあるらしい。
「……星竜様がお近くにおられるのに精霊様へ不敬を働く人間がいるのですか?」
貴族で年上相手だからか、近くのエルナが丁寧な口調で質問を投げかけた。
「星竜様の庇護があるからこそ、精霊との揉め事が起きにくいので怒らせると危険だという意識が弱い人間もいるんだよ」
気楽に答えるマクスに対してエルナの顔は暗い。エルナたちの村は精霊信仰だったらしいし、余計に理解しづらいのかもしれない。
精霊たちは縄張り争いを嫌うから、自分以外の精霊がかわいがっている生き物や場所には積極的に攻撃をしかけない。
愛し子が精霊相手の交渉役を務めることができる理由であり、重宝される理由のひとつ。
アルヴェリアは国土そのものが星竜の縄張りなので多少のことでは精霊との争いにならない。
未踏破領域そのものも少ないし、厄介さをいまいち理解できてない人もいるんだろう。
「目の前でこれを見せられると俺も麻痺しそうになるけどな……」
「ん?」
思考に耽っていると、マクスとエルナが呆れたようにぼくを見ていた。
何かあるのかと自分の状態を確認する。
頭の上にはシラタマ、膝の上ではフカヒレが魚を噛じり、ソファに投げ出された腕にはいつの間にか雪の精霊たちが止まってせわしなく首を動かしている。
重さを感じないから気づかなかった。
確かにこれをみていると精霊がとても身近でフレンドリーに思えるのも無理はない。
「自分で言うのもなんだけど、ぼくは特別」
「わかってますよ」
「わかってるわ」
同時に言われてちょっと落ち込んだ。身内にわかってもらえていることだけが不幸中の幸いか。
いまはただ、ここが何も知らない部外者に観光地扱いされないことだけを祈ろう……。




