雪の降った日
「キュピピ」
「チュリリ」
「チピィ」
しっぽ同盟の拠点に併設された工房の中、久しぶりに仕事道具を引っ張りだして魔道具の作成を行っていた。
といっても半分はリハビリというか、感覚を取り戻すための遊びなんだけど。
「チュピ」
「ピィー」
「ピピッ」
作るものは錬金術師ギルドに魔道具技師として登録するために出す技術の参考物品だ。別に既存物を出してもいいんだけど提出物って暫く帰ってこないんだよね。
ぼくの製作物は基本的にみんなが使うための武具なので、手元からなくなってしまうと少し困る。
「チュピィー」
「チピピピ」
「……うるせぇ」
さきほどから工房の窓枠にぎっちり詰まっている雪の精霊たちがやかましい。鳴き声の音が高いのもあって部屋の中に反響して平衡感覚が狂う。
ぼくは精神攻撃には謎の耐性があるけど物理攻撃には弱いのだ。
「ヂュリリリ!」
「チュピィ……」
頭の上のシラタマが邪魔するなと怒ってくれて、雪の精霊が解散していく。ひどくしょげた後ろ姿に罪悪感が刺激された。
「あとでおやつ持っていってあげて」
「チュピ」
シラタマにフォローを頼みながら、静かになった工房の中で作業を続ける。
吹き込む風で身体が冷える。工房は作業のために間取りを広く取っているから余計に風が寒く感じるのだ。
「はやく終わらせてもどろ」
「チュピ」
風邪でもひいたらまたスフィに怒られてしまう。細かいパーツの作成は404アパートで済ませているのであとは組み立てるだけだ。
錬成を使って流通している物をアレンジした魔道具を何種類か完成させる。
作業が終わる頃、工房の窓に視線をやってぎょっとした。
「……雪降ってるし」
「チュピピ」
片付け中のテーブルの上でシラタマが機嫌良さそうに体を揺すっている。朝から妙に雪の精霊たちのテンションが高いと思ったらこれが原因か。
最近妙に寒いと思ったらまさかこの時期に雪が降るとは。
「寒いと思った……もどろう」
かじかんだ手を脇に入れて少し温めてから、片付けのスピードを上げる。
精霊とは契約するだけでも恩恵が得られるという。普通の術者だと属性への適性が上がるとかのちょっとしたおまけ程度だけど、愛し子ならそこそこ強力だ。
身近な例だとシャオは自然の水では溺れない。たとえ大雨の中で川に落ちてもひどい目にあうだけで溺れ死ぬ危険はないらしい。
ぼくの場合もその恩恵は有効なようで、種族特性も相まって寒さには強い。シャツ1枚で雪の中で寝ていても凍死はおろか凍傷の心配すらない。
ただし冷気による直接的な肉体的ダメージが発生しないってだけで、そんなことをすれば凍えるほど寒いし普通に風邪を引く。
冷えている場所にあまり長居はしたくない。
「シラタマ、窓閉めて」
「チュリリ」
飛んでいったシラタマが工房の窓を閉め、鍵をかけて回る。その間に資材を片付け、完成品をポケットに詰め込んだ。
ポケットから手を引き抜こうとした時、生暖かくぬめぬめとしたものに指先が触れて身体がビクッとなる。
たまにあることだ。別に何かが付着したりするわけじゃないけど、不意打ちでやられるから未だに慣れない。
「チピッ」
「ありがとう、こっちも終わり」
戻ってきたシラタマを頭に乗せて工房を出る。外はかるく吹雪いているようだった。
「さぶっ」
工房の鍵をしめてうっすら雪の積もる庭を歩いて家に戻る。大体外で遊んでいるノーチェたちも流石に家の中にいるようだ。
加護をオンにして浮かび上がる身体を、杖を使って移動させていく。
家まで数秒ほどの距離もないのに、天気が悪いと妙に遠く感じてしまう。
■
「おかえりアリス、ほっぺたひえひえ」
「ただいま」
勝手口から家に入ると、台所に居たスフィが駆け寄ってきて頬を両手で挟み込む。
体温を感じながらそっと手を重ねると、スフィが慌てた様子で指をつかんできた。
「まってつめたい! ブラウニーちゃん、アリスにあったかいもの!」
かーんと何かを叩いた音が台所から聞こえてくる。見えないけどブラウニーが居たらしい。
「もう、お風邪しちゃったらタイヘンでしょ!?」
「ごめん」
スフィに手を引っ張られてリビングに行くと、みんなで揃ってカードゲームをしていた。
「お、戻ったにゃ?」
「うん、寒かった」
「雪降ってきたもんね」
「雪なんてはじめてみたゾ」
軽く話しながらリビングのソファーに腰掛けると、ちょうどブラウニーが温めたミルクを持ってきた。
お礼を言ってちょうどいい温度のミルクをちびちびと飲みながら、ババ抜きのような遊びで盛り上がっているみんなを眺める。
「さっき見たら吹雪みたいだった、アルヴェリアってこんなに雪降るんだねー」
「……うーん、あんまり聞いたことないけど」
隣に座ったスフィが閉じられた窓を見て言うと、フィリアが首を傾げる。
「秋に雪って珍しいかも」
「なんでだろう」
フィリアの反応を見ると、どうやらこの時期に雪が降るのは珍しいようだ。
原因は……と考えて、みんなの視線が頭の上に集まっていることに気づく。
「……シラタマ?」
「チュピ」
雪の精霊が渡りに使った雪雲がアヴァロン近くの霊峰に引っかかってしまい、そのせいで雪が降り始めたとか。
……まぁ星竜のお膝元だし街の機能に打撃を与えるなんてことにはならないだろう。たぶんきっと。
「一時的に降る珍しい雪ってことで……」
「えー」
「積もったら遊ぶにゃ、永久氷穴では遊べなかったからにゃー」
一応危険地帯なので抜けることに専念したけど、ノーチェ的には雪遊び出来なかったのが心残りだったようだ。
街中なら安全だし、なんなら庭にいる精霊たちに頼んで思い切り雪で遊ぶのもいいかもしれない。
「そういえば、朝から工房で何作ってたにゃ?」
不意にノーチェが話題を切り替える。
「生活魔道具系、発火棒とか虫除けとか」
魔力を込めると小さな火を発生させる道具、虫系統を追い払う簡易結界を作る道具。
発火そのものの術式はシンプルだから一般的なのは名刺サイズの金属板。これは特にいじらずに流通品と同じ規格で作った。
虫除けは虫が忌避する力場を発生させるもので、水場が近いこの家でも採用されているもの。
簡単なものでも1種類につき長辺1メートル、幅70センチと結構な大きさの板になるため流通品は持ち運びには適していない。
ハウマスキューブの技術を使って3センチ前後の正方形でコアを作り、それを並べることで複数種類の結界を切替可能にしながら手のひらサイズにまで圧縮した。
技術のサンプルとしては十分じゃないかなと思う。
今までは武器ばかりだったから頑丈さと両立させるために複雑なものは作れなかったけど、こういう作り方はプログラミングに似ていて面白かった。
「今度からみんなの冒険用の道具もつくっていくから」
「頼りにしてるにゃ」
そんな話をしていると、きょとんとしながらテーブルの上に置いた魔道具を眺めていた獅子人姉妹のうちエルナがぼくを見た。
「……あの、この魔道具をアリスちゃんが作ったみたいに聞こえるけど」
「うん」
「ってことは錬金術師様なの……!?」
「え、アリス錬金術師だったのか!? すごい!」
驚愕する姉妹に、ぼくの方が首を傾げてしまった。
「プレイグドクターの中身だってことはバレていたと思ってたけど」
「……誰かの指示を受けて、見習いの子が変装してきていたのかと思ってたわ」
「あたしたちの村にも薬の扱いに詳しいばあちゃんがいて、弟子の女の子がいたゾ」
ぼくてきにはとっくに錬金術師だとバレているからと気にしていなかったけど、どうやら見習いの子だと思いこんでいたようだった。
獣人の集落には薬草学を学んでいる人が居て、その薬師が弟子を取る形で技術が引き継がれているらしい。ぼくもその類だと思ったのだそうだ。
「精霊様と一緒にいるし、凄い力を持っている子だとは思ってたけど……その歳で錬金術師様でもあったのね……そうなのね」
「姉ちゃん元気だせー」
「エルナの姉ちゃんはなんでそんなに落ち込んでるにゃ?」
風船がしぼむような勢いで落ち込みはじめたエルナをリオーネが慰めている。
「姉ちゃん、村に居た頃に錬金術師になろうとおもって旅の錬金術師に弟子入り志願したんだ」
「それでどうしたにゃ?」
「才能がないからって断られたんだ」
「…………うぅ」
いたたまれない沈黙の中で、エルナが耳を寝かせながら恥ずかしそうに呻く。
「……まぁ弟子入りルートって難易度高いから」
我ながら薄っぺらいなと思いながらかけたフォローは、やっぱり響かず虚しく消えていった。
大変おまたせしました、体調も少しよくなってきたので更新再開です
また隔日ペースですがのんびりお付き合いくださればありがたいです




