結果とデブリーフィング
『ふむぅ……ダメだな……完全に痕跡が消えておるわ』
地面に手を当て、速攻魔法『探知の力』によって何かを探っているエルは痕跡がある場所から完全に消えている事をムギに伝える。
エルはエルフとしても上位の力がある故に――この我すら掻い潜って痕跡無く逃れる者がいるとは……とその隠密行動能力の高さに驚きを隠せないでいた。
彼女の探知能力は直径15kmにも及んだが、その範囲には敵やその痕跡とみられる者はいなかった。
この探知の力は敵と思われる者達のマーキングすら可能で、魔力さえ用いていれば移動してもどこに敵がいるのか見分けることすらできた優秀なものだったが完全に範囲外に移動している事になる。
『――足跡も途中で消えている。例の影移動または座標移動だろう――』
敵が逃げて行った森の中に入ったカヤからの連絡も入ってくる。
『影移動ねえ……ところで影移動って何さ?(忍者じゃあるまいし……)』
『古いタイプの座標移動ですよ。座標移動はX、Y、Zの座標を打ち込んで移動する瞬間移動ではありますが……飛ぶ先の座標をきちんと設定しないと大変な事になります』
『深き深き湖の底に移動したら水圧で圧死する可能性だってあるが、地面の中に入って出られなくなる可能性もあるからのう』
エルは肩膝立ちの状態から立ち上がり、膝についた土を落とした。
そもそも座標移動というモノ自体の原理を知りたかったムギはそれについて聞きたくなって口を一瞬開きかけるが「話が長くなってまとまらない」気がしたのですんでで自身を抑制させる。
『だから、自身の影に座標を常に打ち出すよう魔法を施して……座標入力を省いて移動するんです。特に昔は今みたいに地形データを情報端末で入手できませんでしたから、座標移動する前に移動する先の座標点を探らなければならなかったので、移動先に移動地点の座標を見出したりするのが大変で――』
『移動先にもう1名配置して、その場所の座標点を飛ばすマーカーを配置し、そこに座標移動を行う者が魔力を飛ばして接続することで座標点を読み取って移動を容易にさせたりな』
『ようは何らかの手法で影にあたる部分に座標点を自動的に出すようにしていて、そこを基点に移動するのが影移動ってことね。影ならそこを基点にZ軸とか配置しとけばまず地面の下にもぐる事もないだろうし』
――俺はてっきり影ならどこでも基点にできて出入りできるのかと思ってたが、ようは人の影を基点にしてんのか……そういえば襲われた夜も最初は窓側から、次にドア側という順だった。どうやってか窓側から影を差込み、そいつを基点に4人出てきたってわけね……もしくはそのために街の明かりを消したか?……。
ムギはおもむろに自分の影を見つめて今の影の状態を一瞬見つつ、影移動について理解したことを周囲に示す。
『ビーコンとかは詠唱とか必要なんですけど影移動は魔導具とかで座標点を常時算出しておく事が可能なんです……だから座標点の抽出処理速度によっては高速移動している物体からさらに移動とかも出来ますし、』
『汎用性は高かった割には古いって……今は何が変わった?』
『今はメディアン世界の地形は常に地図情報から最新の座標点を見ることが出来るような情報社会ですし、その端末情報を出力させる魔導具があってその魔導具に魔力を通せば座標点入力作業を省くことが出来るのであまり使われなくなったと聞いてます……』
エクセルは彼らが影移動に拘った理由がわからず神妙な表情となる。
何かありそうだと頭の中ではムギのためにその頭脳をフル回転させていた。
ムギは技術の発展の間には当然、「より早く、より便利に」しようとして進化するのは当たり前であり、影移動は現代から見ればその途上にある移動方法であることが見えてきていた。
『……出入口は影になってるわけ……か』
『いや? 基本は出口であるな』
ムギの反応にエルは即座に反応して異を唱え、ムギはピクッと反応してしまう。
『へ? この間、敵が逃げる際に影に入り込んでたように見えたけどな』
『我も見ていたが、アレは恐らく転移中の一瞬を狙われないために前に立って庇っただけであるぞ』
『そうなのか……いちいち影に入りこんで移動するような不便なものじゃないわけね……そういえばあくまでビーコンだと言ってたか』
ムギ達はこれ以上の痕跡も見つからないのでムギが倒した謎の兵器の残骸を回収した上でその場を後にした。
彼らが唯一残したのが謎の兵器の残骸であった。
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『報告します。先の活動による被害は試作実験機のクシャーナ一機を喪失。部隊員に負傷者無し。敵の被害は投射機と思われる武装を喪失したことを確認。負傷は回復された模様でそれ以外の被害は不明。以上です』
司令室の中で先日ムギを襲った小隊の小隊長の声がこだまする。
机に座る司令に向け、彼はビシッと背を伸ばして言葉を述べていた。
作戦は失敗したが、特に自身に何ら大きな否があるという様子は見せていない。
『《ランディー》中尉。先に提出された簡易報告書には目を通しておいた。率直に伺いたいのだが、君はクシャーナが撃破された要因をどう見るかね?』
司令室の机に腰掛ける部隊の司令官はパサッと報告書の紙を置きながら率直な意見を求めた。
『1つ、訓練機会などがまるでない練度不足であったこと。上層部は訓練地域と時間を限定させすぎです。歩兵とまるで連携できない不都合な兵器であったため我が隊での運用にはそれなりの錬度が必要であったはずです。1つ、対魔獣を想定しすぎた武装構成は対人に向いていなかった事。多くの武装は的の大きいモノへ向けて攻撃する武器ばかりで再装填も遅く、一撃離脱を主とした武装構成でした。対魔獣には有効ですがそれは対人に有効とは言えません。最後に1つ。総合的な敵の防御力が尋常ではありません。ここが一番大きいかと』
『うむ、そこは私も気になっていた。上層部から取り寄せた報告書と随分と奴の戦闘力に乖離がある』
司令は机に両手の肘をついて手を合わせた。
『我々はありとあらゆる手段でもって敵の防御力を減退させ、周囲に察知されないような攻撃方法で暗殺または確保を行うための組織。根本的に高過ぎる防御力をもちえる人間との戦闘は苦手と言えます。そういう武装や技術をもっていませんし直接的な対人戦闘が得意な者は少ないです。敵の隙を突いて要人などを確保することが部隊の設立目的だったはず。潜入とかは大得意ですがね……上層部は我々で十分な人間と判定したようですが……それは一切の武装を持たぬ状態であってはじめてそう言えたこと。彼の武装が一切無い状況は殆ど無く、周囲にも我々を大きく凌ぐ仲間がいて襲うのは簡単ではなかった……完全に想定外の敵を相手にしておりました』
『あー、一応聞くが、風呂や生理現象を起こした際に攻撃することは考えたのだよな?』
『当然ですよ。でもあの防具は普通に持ち主の場所まで飛んでいく仕様でよほど上手くいかないといけませんし、彼は風呂の最中でも魔導カートリッジは肌身離さず持っているので防御力の高さは殆ど変わりません。あの異常なまでの耐久力をもつ魔力障壁を貫く方法が我々にはありません。おまけにあのやたら戦闘力の高いエルフはなぜか眠りませんし……ガンドラに展開するスタンダール治安維持部隊の合間を縫っての行動もかなり厳しかった』
『上層部はクシャーナがこうも容易に撃破されたことで私が提出した彼らへの作戦行動の撤回願いを受諾した。これ以上彼らを追っていると本来の活動に支障が出るからな』
キィという音と共に司令官は背もたれにもたれかかる。
汚名を被せるぐらいならもっと早い段階からそう判断しろよと言いたげに司令室の壁にかかった歴代の司令官の写真を眼にしていた。
司令官はその写真に泥を塗る行為に自己嫌悪するほどだった。
『司令。クシャーナは恐らく辺境の単なる冒険者やそこそこの歩兵部隊では倒せなかったと思いますよ。アレの攻撃を防ぎきる魔力障壁を展開できる人間が辺境にどれだけいるのかと問いたい。魔獣だってあんな凶悪な魔力障壁を展開する事はない。中級以上の魔獣ならわかりませんけどね……クシャーナの攻撃がまるで通じない段階で撤退しておくべきでしたかね……』
小隊長であるランディー中尉は、機密とされる秘密兵器を見られたことで戦闘を継続する他なかったので自身が撤退命令などをギリギリまで出さなかったのを部下の負傷が無かったことを理由に悔いる事はなかったものの、
その時点で引いておけばクシャーナは撃破されなかった事は認めていた。
『いや、いいんだ。君も内心あんなもの破壊されてしまえばいいと思っていた事だろう? だから撤退させなかった。私も破壊されて清々している』
『確かに心理的な影響が多分にあったことは否めません。ですが、一度魔獣にぶつけてみたかったとは思いますがね……』
『それで暴走してしまっては元も子もないからな……よろしい。下がりたまえ』
『はっ。』
ランディー中尉はビシッと敬礼するとそのまま去っていった。




