46・栞と颯太のゴールデンウィーク⑦
新釈ピュグマリオン・46
『栞と颯太のゴールデンウィーク⑦』
薄着のカットソーにして正解だった。
連休ど真ん中の京都は、着いた時には、もう30度近くになっていた。
セラさんは、さすがに着るものは洗練されていて、生成りのチュニックにサンバイザーが似合っていた。そこへいくと颯太のダサいポロシャツは仕事着のまんま。まるで遠足の引率でやってきた学校の先生だ。
「もうちょっと、ゆっくり歩こうぜ」
タオルハンカチで汗を拭きながら颯太が弱音を吐く。
「目的地が近くなったらね」
夏の嵐山は芋の子を洗うような人ごみだ。
人ごみは中之島から渡月橋を渡り、天竜寺のあたりまで続いた。
「ここ曲がると、嵯峨野名物の竹林。午後からは、ここから大河内山荘。今は、とりあえず大覚寺」
颯太は、そう宣言すると、やっとゆっくり歩き始めた栞とセラに追いついた。
「お昼は新幹線の中で済ませておいて正解だったわね」
セラさんが言う通り、食べ物屋さんは、老舗の懐石料理から、今出来のお手軽な店まで、どこも一杯。お客の回転はファストフード並の早さの様子。
大覚寺も、それなりに人は居たが、境内が広く、バラけてしまうと、それほどではない。大沢池が一望できる張り出しの縁に腰を据えた。さすがに大きな池を吹きわたってくる風は、程よい春風だった。観光客の嬌声も、このあたりまでくると、ここちよいさんざめきに落ち着いている。
三人は、東京からのせわしなさを鎮めるように、しばらく沈黙でいた。
「セラさんて、こういう雰囲気にも自然に溶け込めるんですね」
「風俗やってるとね、こういう程よい静けさがいいの。適当に人の気配がして、栞ちゃんたちみたいな気の置けない連れがいて……いい旅になりそうね」
「そうですね……」
栞は、しみじみと答えると、まだ汗の引ききらない颯太にパステルカラーのタオルを渡してやった。
「あのね、顔や首まではいいけど、腋の下拭くのやめてくれる?」
「だって、汗が出るんだからしかたないだろ……うん、返す」
「やだ、返さないでよ。今夜ホテルで洗うから」
「ええ、それまで持ってるのかよ」
「オッサンらしく首にでも巻いといたら」
「栞、おまえな……」
「ハハハ、なんだか兄妹って言うより、結婚十年目ぐらいの夫婦みたいね」
セラさんが、コロコロと笑った。
一瞬二人の胸に火が灯りそうなったが、互いにおくびにも出さない。
「瑞穂って子も、生きてりゃ、こんな爽やかさにもなれたんだろうけどな……」
「そうね……」
同意の言葉ではあったが、拒絶の響きがあった。葬式は、ほんの昨日のことだ。栞は触れて欲しくなかった。
「あら、あの立派な門、勅使門なのね」
セラさんが、自然に話題を変えてくれた。白砂の向こうに菊の御紋が付いた立派な唐門があった。
「あの門は、皇族や天皇のお使いでないと通れないんだ」
颯太が先生らしく説明した直後、なんと勅使門が小さく開いて、箒と塵取りを持った作務衣姿のお坊さんが入ってきた。
「アハ、あんなのもありなんだ!」
三人大いにウケた。セラさんの言葉は聞きようによっては、人間の心理をついている言葉だった。
「オレ、ちょっと大阪に調べものにいくから、晩御飯には合流する。このあとは大河内山荘がお勧め。保津川と嵯峨野の街が一望できる」
そう言い残し、パステルカラーのタオルを首に巻いたまま颯太は、大覚寺をあとにした。
読もうと思えば読める颯太の心だったが、軽いバリアーが張られていたので、あえて栞は読まなかった。




