45・栞と颯太のゴールデンウィーク⑥
新釈ピュグマリオン・45
『栞と颯太のゴールデンウィーク⑥』
生徒一人が自殺しても、学校はいつものように授業をやっている。なにか理不尽だ。
わずかにイレギュラーなことはある。四時間目、栞のA組は授業を中止して瑞穂の葬儀に参列する。校長、教頭などの管理職、生徒会やPTAの代表も。他のクラスでも瑞穂と交友関係があった元の……と言っても数日前までのほんの半月足らずのクラスと、一年生のときのクラスメートに限られる。
部活などで一緒だった仲間も参加できるが、瑞穂が入っていた演劇部は、三月に三年が卒業してしまい、部員は瑞穂一人で、事実上壊滅していた。
朝からスクールカウンセラーが三人来ていた。
「相談のある人は、授業抜けても公欠扱いだから。カウンセラーは相談室にいらっしゃるから、希望者は言ってね」
一時間目の途中、担任のミッチャンが入ってきて言った。
――だれも相談に来ない――
当惑しているミッチャンの気持ちが伝わってきた。
「あたし、行きます」
栞は手を挙げて、教室のドアに向かった。背中にみんなの奇異な眼差しを感じる。
そりゃあ、そうだろう。栞は瑞穂とは特別な交友関係もなかった。でも、栞は、行かなければと決心していた。美奈穂は手を挙げなかった。多分「政治的に無意味」と感じたんだろう。
「あたしが、最初なんですね」
そう切り出すと、カウンセラーのオバサンは職業的な笑みを浮かべた。
「なかなか改まっては、来にくいでしょうからね」
「……ええ」
「で、あなたは瑞穂さんとは、どういう関係だったのかな?」
「ただのクラスメートです。この四月に転校してきたばかりで、瑞穂さんとは面識もありませんし、話しをしたこともありません」
カウンセラーのオバサンは、微かに意外な顔をしながら、ボールペンを走らせた。
「転校したてで、こんなことに出くわしたら、ちょっと堪えるわよね」
「いいえ、学校って、こんなもんです。システムとマニュアルで動いて、カウンセラーの先生もここにいらっしゃるんです。でしょ?」
「ええ、そう言う面もあるわね。でも100%の弔意や混乱なんて、そうそうは無いわ。でも、みんな心にいくらかのわだかまりを持っている。あなたもそうじゃないかしら」
「混同しないでください。新学年早々クラス替えを平気でやる学校はおかしいと思うんですけど、瑞穂さんには特別な感情は湧いてこないんです。ただ、だれも相談に来ないんじゃ、先生方困りますから。お葬式の時間まで居らせてください。スマホいいですか?」
そうことわってから、美奈穂にメールを打った……。
さすがに、葬儀会館に着くと涙ぐむ子が出てきた。
でも、栞は、ただムードに酔っているだけにしか感じられなかった。
「火葬場まで、どうかいっしょに行ってやってください」
仮位牌を持ちながらお母さんが頭を下げた。中坊の弟も遺影を胸に、ぎこちなく頭を下げた。
誰も送迎バスに寄ろうとはしなかった。
火葬場に行くのは、親族だけという常識に縛られているのと、そこまで付き合いたくないという気持ちの表れだ。瑞穂の家は母子家庭で、親類づきあいも少ないようで、送迎バスは半分も埋まっていなかった。
「あたし、行きます」
みんなが意外な顔をした。これでは、あまりにも可哀そうだと、栞は衝動的に手を挙げた。
「あんたたちも」
美奈穂と、水分咲月も目で促した。
火葬場は、無機質と言っていいほど近代的で、清潔だった。
十幾つの窯が整然と並び、なにか近代的な工場の見学に来ているようだった。
でも、最後のお別れに棺の小さな窓が開けられた時、瑞穂は、その死に顔で居並ぶ人たちを支配した。瑞穂が十七年に満たない人生で、こんなに人の注目を浴びたのは初めてだろう。顔の横に置かれた演劇部の台本が、まるで瑞穂の短い一生を書いた記録簿のように見えた。窓が閉められた時、一瞬引きつったかと思うと、母親の目から大粒の涙が一筋流れ落ちた。
骨上げは、さらにショックだった。
瑞穂の骨は子供のそれのように小さく焼け崩れ、形も定かではなかった。
「……人間、あんな風になっちゃうんだね」
ポリティックなものの見方しかしない美奈穂がしみじみと言った。
「不思議だね、こんな風に生きてるのが……」
咲月の言葉は、咲月自身、瑞穂のそれと変わらないところまで追い詰められていたので、重みがあった。




