#1.お姉ちゃんの異変
この世でありながらも誰も辿り着く事が出来ない世界、魔界。
そこには数多くの魔物達が生まれ棲み付いている。
彼らの中のいくらか、いや大半は人間界へとやって来る。
それは彼らの主たる食料となるのが人間だからだ。
直接身体を食料とする者もいれば、絶望や魂・希望など、
人間から摂取する栄養素は多岐に渡る。
そんな中で、人間のリビドー(精力)を食料とする魔物、
それがサキュバス(インキュバス)である。
魔物達にも人間と同じような文明社会の発展があり、
原始時代にはただそれを自らの栄養として消化するだけで良かった。
しかし社会の中に身分が出来て来ると上の者は下の者達から
効率的に「税」として栄養素をかすめ取り始めた。
本来であれば生体から直接奪うのが最も美味であるのだが、
なるべくその新鮮さを失わずに密閉保存出来る魔法容器が開発された。
こうして一般的な身分のサキュバス達は貴族階級の同族達の為に
日々あくせくと精力回収に奔走していた。
そしてここにも、一般階級サキュバスとして誕生した姉妹がいた。
姉をリリス、妹をリリムと言う。
彼女達は人間社会の満たされないリビドーが一定値に達すると生まれる。
そうして一度生まれてしまえば後は数千・数万年とも言われる、
人間に直せばあまりに途方も無い時間の中を生きる事になる。
妹のリリムが生まれてから、二人は常に一緒に行動していた。
姉のリリスの経験値・技量ともに素晴らしく、リリムはそれを見て習った。
しかし結果的にはリリスが一人でやる方が効率が良く、リリムはいつまでも
半人前のままでリリスの手伝いとして付いて回った。
しかしそれが悪かったわけでは無い。
別に誰もそれを咎める者などいないし、好きに生きれば良いのだ。
そんな折に、リリスが突然体調不良を訴えた所から物語は始まる。
「リリム、ごめんね…。何だかお姉ちゃん体が動かなくて。
起きれないから、今日は一人で搾精に行ってくれるかしら。
本当はお姉ちゃんも行かなきゃなのに…ごめんね…。」
そんな突然の姉からの申し出にリリムは大変戸惑った。
「え、お姉ちゃんどうしたの?
今までウイルスとか魔界風邪とかにもかかった事ないじゃん?
何だろう、寝不足?だけど結構寝たい時には寝てるよね。
ハッ、もしかして間違って人間の精液を注がれて、妊娠したとか!?」
「・・・そんなワケないでしょう。
とにかく今はちょっと動けそうに無いの。
もう貴女もとっくに立派なサキュバスとして一人立ちして良い時期よ。
丁度良い機会だから一人でやれるか力試しも兼ねて行きなさい。
あぁでも、物凄く申し訳ないわ…。」
「・・・ハァーイ。それだったら最初から予告してくれた良いのに…。」
ぶつくさと文句を言いながらリリムは人間界へと飛び立つ。
しかしその胸中には多大な不安が付きまとっていた。
(どうしよう、一応了承して出て来てみたは良いものの、
一人で搾精出来る自信無いよ…。
そもそもどういう人間を選んだら良いかもわからないし…。
あーどうしよ、今日ちゃんと食料ゲット出来るかな…。)
そんなリリムの様子を上から見ていた半人半鳥の魔物、
ハーピーが降りて来た。
「あら、サキュバス姉妹の妹のリリムじゃない。
今日はお姉ちゃんのリリスはどうしたのかしら。
もしかして一人立ちしたの?」
「いえ、それが突然起きられなくなったとかで、
急遽私一人で搾精に行かなきゃならなくなったんです…。」
「ふぅん。突然起きられない、…ねぇ。
それ、もしかしたらだけど『鬱』かも知れないわよ?」
「え、鬱ってなんですか?魔物特有の病気ですか?」
「いえ、人間にもある病気よ。そうねぇ…アンタのお姉ちゃん、
滅茶苦茶頑張り屋だったじゃない?鬱って言うのは、
そういう頑張り屋さんほどかかり易い病気なの。
身体や心が危険信号を出すのよ、もう頑張らないでってね。」
「お姉ちゃん、確かに滅茶苦茶頑張ってた…。
毎年、スペルマ税の納付率が断トツの一位で表彰されてたよ。
だけどあまりに頑張り過ぎてるから、心配ではあったんだ。」
「そうねぇ...、そもそも一般の魔物はあまり頑張った所で
どうせ上に搾取されるだけでしょ?だから結局の所、
自分の食い扶持プラス少しの税を納めるくらいで抑えるのよ。
だけど時々、アンタのお姉ちゃんみたいな頑張り屋がいるのよね。
別に悪い事じゃないけれど…こうなった時が大変なのよね。」
「そうなんだね…。だけどどうしよう、私一人で搾精した事無くて。
ハーピーさん、良い人間を見繕ってくれないかしら?」
「うーん…、だけどアタシは食べ物や財物を貪る魔物だから、
正直人間ってあまりわからないんだよね…。
まぁでも魔物人生経験はアタシの方が上だし、
適当に良さげな人間を見繕ってやるかぁ。
その代わり、アタシの食料探しも手伝いなさいよ?」
「うん、わかったよ。ハーピーさんありがとう、助かるよ!」
こうして二人は夜の街を徘徊した。
しかしハーピーは本当に人間に対する目利きが無く、
精根尽き果てた老人を見繕ってしまう。
「んー...あ、アレとか良いんじゃない?
動きが鈍間だし、アンタでもすぐに捕まえられそう。
やっぱり食料は確実に仕留められなきゃね。」
「オッケー、それじゃあ行くよ、バビューン!!」
リリムは自慢の悪魔の羽根を使い老人の元へと飛んだ。
そして早速搾精宣言をしてしまった。
「おい、人間!私はサキュバスのリリム。
悪いけど今宵はアンタの精力を吸わせて貰うからね。
まぁ吸われてる時は滅茶苦茶気持ち良いと思うから、
案外悪くない魔物に見つかったと思って観念してね。」
「あ、いや、ワシはあの、その…」
老人の言葉を聞かず、リリムは尻尾を用いて老人のズボンを脱がす。
ボロンと壊れかけの石灰で固めたような臭いイチモツが現れる。
「うわ…年季入ってるね、でも仕方ないかぁ。」
そう言うとリリムは老人のイチモツに口を付けて吸い取ろうとする。
しかし、そのあまりの臭さにえずいてしまった。
「ヴぉお”ぉえ”ぇ~!!!!」
リリムは昨日搾精した分まで胃の中から吐き出してしまった。
「ありゃあ、コレは派手にブチ撒けたわね…。
もしかして、腐ってたのかしら?いやぁ中々、
やっぱり新鮮でイキの良い人間の選別って難しいわねぇ。」
ハーピーは他人事のように呑気にそう言って眺めていた。
一方でリリムは胃の中のものを全て吐き出してしまい、
ゼェゼェと肩で息をしていた。
「何、コレ…滅茶苦茶臭いよぉ…。
そして美味しくも無い…いやそもそもコレ、精液じゃないよね。
おしっこだよ、確実にコレ…。」
老人はようやく喋れる余地があると思い、話し始めた。
「あの、ワシはもう精液とか出ないぞ…。
年金は全てパチスロや競馬に賭けてるから風呂も入らん。
若者に流行の風呂キャン界隈とか言うヤツじゃわい。
お前さん、新人サキュバスかいの?災難じゃったのぅ。」
リリムは愕然とした。
ハーピーが見繕ってくれた人間は既に勢力が枯れていたのだ。
リリムはこの時、心底これまでの事を後悔した。
「お姉ちゃんと一緒に搾精の狩りに行く時、もっとちゃんと
搾精対象を細かく見ていれば良かった…。
お姉ちゃんがあまりにも綺麗過ぎて、胸やお尻ばかり見てた…。
私のバカバカ!!こんなんじゃ搾精出来ないよ…。」
結局この日はリリムは成果0でアジトの居所に戻るしか無かった。
戻ると姉のリリスが寝込んでいた。
「あら、リリムおかえり。搾精は上手く出来たかしら?
今日は一緒に行ってあげられなくて本当にごめんなさいね。」
「お姉ちゃん…ごめんだけど、ダメだったよ。
臭くて石灰がボロボロになったみたいなイチモツのヤツだった。
精力が枯れていて何も搾れなかったよ…。」
「あら、そうなのね…。だけど仕方ないわ。
貴女はまだ最初だったんだもの。これかれ上手くなれば良い。
そんな事よりもごめんね。お姉ちゃん、ちょっと眠いの。
もう少しゆっくり寝させて。明日には一緒に行くから。」
実はリリスはリリムが帰って来るまでずっと寝ていた。
しかし寝ても寝ても眠気は取れず、また眠りに入ってしまった。
(お姉ちゃん、本当にどうしちゃったんだろう。
もしハーピーの言った通りに鬱だったとしたら…。
治療方法とかわからないや。人間の資料を読み漁ろうか…。
いや、魔物とは対処法が違うかも知れない。
明日、魔界医の所に行って聞いてみよう。
もしかしたら簡単な投薬で治ったりするのかも知れない。
それか、少し安静にしたら治る案外簡単な病気だったりして。」
このように、リリムはこの時まだ楽天的に考えていた。
食料は得られず先程の嘔吐により腹の中はスカスカだったが、
明日また頑張れば良いとリリムは姉の隣で寝る事にした。
姉のリリスはストレスからか歯ぎしりをし、悪夢を見ていた。
その度に何度も目が覚めてしまい、目の下にはクマが出来ていた。
「あぁ、ヤバいわねコレ…。何とかしなきゃだけど、
何もしたくない…。あ、ダメだ。また眠ってしまいそう…。
今度こそ、搾精に行かなきゃなのに…。」
こうして気絶するようにしてリリスはまた眠りに就いた。
翌夕方頃にリリムが目覚めた時、リリスはまだ眠っていた。
「お姉ちゃん、一体いつまで寝てるのよ…。
だけもしかしてコレが鬱の症状なの?
お姉ちゃんが起きたら、魔界医の所に連れて行こうかしら。」
こうしてリリムが起き出してから数時間後、リリスが起きた。
「おはよう、リリム…。
あーコレもしかして、ナルコレプシーかしらね。
睡眠障害かも知れないわ。魔界医の所に行ってこようかしら…。
あぁそれにしても、二日間も搾精をサボるなんて…淫魔失格ね。」
「お姉ちゃん、待って。昨日ハーピーに会ってさ、それでもしかしたら
お姉ちゃんは鬱なんじゃないかって言われたの。
寝ている間にも寝言で『頑張らなきゃ』って言ってたよ。
お姉ちゃん、頑張り過ぎなんだよ。
だから、もし魔界医から鬱だと診断されたら素直に従って。
わかった?」
「…えぇ、わかったわ。だけどアタシは鬱じゃないわよ。
単なる睡眠障害よ。投薬治療で治るはずだわ。」
リリムからするとこうしたリリスの態度が既に典型的な症状だった。
彼女なりに調べた魔界鬱の症状の中には、中々病気を認めない、
というものがあり、リリスもその典型例に当てはまっていたのだった。
「さぁ、それじゃあ行くよ。
お姉ちゃんが本当に単なる睡眠障害なのか鬱なのか、
ちゃんと診断を貰いに行こう。」
こうして二人の姉妹は魔界医の門を叩く事になったのだった。




