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57食目 管理士のルーツ

「天根くん、冬休みって空いてるかしら?」


 冬休みを目前に控えたある日のこと、椿が切り出した。


「冬休み……? 部活だけど……」


 蓮は短く答える。


 右脚の状態は問題ない。

 軽い負荷なら違和感も出ていない。


 そろそろ復帰できる。

 その認識だった。


 椿はそのまま蓮を見ている。


「部活復帰、冬休み明けにできない?」


 その言葉に蓮は、少しだけ眉を動かした。


「なんで?」


 理由が分からない。

 復帰を遅らせる意味がない。


 椿は一度だけ視線を落とし、すぐに戻す。


「前に言ってたでしょ?トレーニングのコーチ、探すって」


「……ああ、まだ見つかってないけど」


「紹介できるかもしれない」


 蓮はバッと顔を上げる。


「見つけてくれたのか!?」


「知り合いにいるから、当たってみただけよ」


 椿は、食事の準備をしながら淡々と告げた。

 それ以上は何も言ってこない。


 蓮は息を一つ吐いた。

 テーブルに視線を落とす。

 ノートは開いたまま。


 書きかけの文字が、途中で止まっている。


「それで、なんて?」


「冬休みの間なら、都合がつくって」


「なるほど、それで冬休み中の予定を聞いてきたのか」


「……そう。どうする?私が勝手に当たってみただけだから、断ることもできるけど」


「いや、お願いしたい」


 蓮は迷いなく答えた。

 その回答の速さに、椿の手が思わず止まる。


「……いいの?ボール、蹴りたいんじゃないの?」


「大丈夫だ。ボールはどこでも触れるし。

 それよりもフィジカルトレーニングだ。さすがにそろそろ見つけないとって思ってたんだ」


 窓の外に視線を向ける。

 日が落ち始めている。


 グラウンドの照明が、遠くで点いている。


「……それで、なんて人なんだ?有名な人?」


 蓮の問いに、椿がややためらった後、答える。


「……橘 賢崇って名前よ」


 蓮は手元のスマホを操作し、名前で検索する。


「たちばな けんしゅう……あ、出た。

 すごい人じゃん、プロの顧客もいるし。よくこんな人繋げれたな……

 ……ん?橘って……」


「......私の、栄養管理学の師匠(せんせい)


 気まずそうに椿が答える。


「お父さんなの、私の」


 蓮はスマートフォンから視線を上げる。


 椿はキッチンに立ったまま、こちらを見ていない。

 包丁も、火も止まっている。


「……そうか。それで......」


「天根くん?どうかしたの?」


「いや、ずっと気にはなってたんだ。橘さんの栄養管理のルーツが。

 いくら橘さんが頭いいとはいえ、独学のみで辿り着ける領域じゃないよなって」


「そういうことね。確かに昔からお父さんの仕事について回ってたわ。お客さんには出せないけど、栄養管理表をお父さんに見てもらったりね。

 そんなことより、どうする?無理にとは言わないわよ」


「言わないよ。ますますお願いしたい。橘さんのお父さんだろ?

 見ず知らずのトレーナーよりはるかに安心できる」


「……そう。それなら良かったわ」


「ああ。場所はどこになるんだ?」


「私の実家。お父さんのジムと併設されてるから……」


「了解、じゃあ後で家の場所教えてくれ。近場のホテル抑えなきゃな」


「ちょっと待って。先にお父さんに天根くんのトレーニングの件、伝えるわ」


 そう言うと椿は携帯を取り出し、電話を始める。

 電話はすぐにつながったようだ。


「もしもし……あ、お父さんいる?……そう、前お願いした天根くんのトレーニングの件、お願いしたいって……

 え?うん、そのつもりみたいだけど……はぁ?あっちょっと…… 切られたわ」


「どうした?なんか揉めてたみたいだけど……」


「えぇ、それが、電話出たのお母さんだったんだけど……」


 椿は頬を紅潮させながら、電話越しの会話を伝える


「天根くん、うちに泊まりなさいって」


 蓮は一瞬だけ黙る。


「……いや、さすがにそこまでお世話になるのは」


 椿はすぐに返さない。

 スマートフォンを持ったまま、視線を外す。


「お母さん、言い出したら聞かないから。

 それに部屋も空いてるわ」


「いや、だとしても」


「それに」


 椿は遮るように息を吐く。


「ホテルぐらしするとして、移動はどうするの?朝からトレーニングして、その後ホテルに戻る?

 それに、食事はどうするの?栄養管理面的にも、うちにいてくれる方がありがたいのだけど?」


 捲し立てるような椿に気圧されるように、蓮は渋々合意した。


「……わかった。確かに、その方が効率がいいのは確かだしな。

 すまない、世話になる」


「ええ。……こちらこそ、ごめんなさいね」


「いや、いいんだ。何から何まで、ありがとう」


 誤魔化すように、椿は調理を再開する。

 蓮も、テーブルに目を落とし、開いたままのノートに目を向ける。


 そこにあるのは、自身のフィジカルの不足と目標とする姿。


「橘さん」


「なに?」


「いつから行くんだ?」


「冬休み入ってすぐね。終業式のあと、荷物まとめて出発しようかしら」


「わかった」


 キッチンの音が続く。

 同じ空間の中で、互いに手を動かす。


 この先に進むための手段は、もう目の前にある。

 あとは、それを掴むだけだ。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


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