表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/93

44食目 冬の幕開け

 秋の空は、どこまでも高かった。


 選手権県予選、一回戦。

 まだ観客席には空席が目立ち、会場全体の熱も、本番前の余熱に留まっている。


 だが、ピッチに立つ者にとっては関係ない。

 ここから先は、負ければ終わりだ。


 センターサークルに立った蓮は、ゆっくりと首を回した。


 視界に入るすべての情報が、即座に整理される。

 相手の最終ラインの高さ、ボランチの立ち位置、両サイドの距離感。


 結論は一つ。


(問題ない)


 ホイッスルが鳴る。

 試合は、始まった。


 最初のボールタッチ。

 蓮は中央で受けると同時に半身で前を向き、ワンタッチで右へ展開した。


 その一瞬で、相手の守備が“遅れている”ことを確信する。

 戻ってきたボールを受ける頃には、すでに相手の中盤は置き去りだった。


 蓮は一歩、前へ運ぶ。

 寄せてきたボランチを、緩急だけで外す。


 視線は左へ。

 だが、足元は縦へ。


 次の瞬間、ディフェンスラインの間を正確に射抜くスルーパスが走った。


「ナイス!」


 桐生が抜け出し、そのままゴールネットを揺らす。


 開始三分、鮮烈な先制弾。

 これが常盤台の冬の幕開けとなった。


 相手のプレスは緩く、連動もない。

 ボールを奪いに来る意志はあるが、意図がない。


 崩し方はいくらでもあった。


 中盤で受け、ワンタッチで散らす。

 あるいは自ら持ち上がり、相手を引きつけてから解放する。


 どの選択肢も、最短で結果に繋がる。

 蓮は中央でボールを受けると、ワンフェイントで一人を剥がし、そのままペナルティエリア手前まで侵入した。


 誰も、止められない。

 右足を振る。


 低く鋭い弾道がゴール右隅に突き刺さった。


 二点目。


 スタンドがどよめく。

 だが蓮は、表情一つ変えなかった。

 まだ足りない。


 自分の武器は、ラストパス。

 この武器を活かすための策を練る。


 前半の残り時間。

 蓮は意図的にテンポを落とした。


 ボールを保持し、相手を走らせる。

 無理に攻めず、ただボールを支配する。


 相手の足が止まるのを待つ。

 そして、 止まった瞬間に、突き刺す。


 立て続けの三点目、四点目。

 すべてが、設計通りだった。


 前半終了。

 スコアは四対〇。


 ベンチに戻る途中、相手選手たちの表情が視界に入る。

 焦り、困惑、諦め。


 どれももう見慣れたものだった。


 後半に入っても流れは変わらない。

 むしろ差は広がる一方だった。


 相手はラインを下げ、守備に人数を割く。

 だが、それはただ“遅延”しているだけに過ぎない。


 蓮は無理に中央をこじ開けず、サイドを使い、再び中央へ戻す。


 崩す。繋ぐ。決める。

 時間は、ただ消費されていった。


 試合終了のホイッスル。


 六対〇。


 圧勝の一言の試合内容だった。

 整列を終え、ベンチへ戻る。


「おい、天根」


 桐生が隣に並ぶ。


「今日はずいぶん余裕だったな」


「相手の守備が甘かっただけです」


 蓮は短く答える。


「はっ、言うねえ」


 桐生は肩で笑った。


「まあでもな――上に登れば“消されるぞ”

 お前は言わなくても分かってるだろうが」


 蓮はわずかに視線を上げた。


 その意味は理解している。

 これまでも、何度も経験してきた。自分が起点である以上、対策されるのは前提になる。


「問題ないです」


 そう返すと、桐生は一瞬だけ口角を上げた。


「だろうな」


 ロッカールームに戻り、スパイクを脱ぐ。

 身体は軽く、呼吸も安定している。試合の消耗はほとんど感じない。

 今日の内容では、負荷としては足りない。

 タオルで汗を拭きながら、自然と次の試合へ意識が向く。


 二回戦、その先。 対戦相手のレベルは確実に上がる。

 だが、それも織り込み済みだった。


 ロッカーを閉め、立ち上がる。

 迷いはない。


 自分のプレーは、まだ崩れていない。

 ピッチを支配するための準備は、すでに整っている。


 蓮はそのままロッカールームを後にした。

 選手権は、まだ始まったばかりだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


「おもしろい」「続きが気になる」と思っていただけたら、ぜひ下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ