25食目 最良の証明
準決勝も、圧倒的の一言に尽きた。
相手は昨年のインターハイ予選の準優勝校。常盤台が昨年県内で唯一敗北した高校。
これまでの試合のスカウティングで、蓮にマークをつけて止めることは不可能だと判断した相手は、最終ラインにブロックを敷き、蓮からのパスを止める対策を打った。
それでも、蓮は止められない。否、止まらなかった。パスを受けた蓮が前線へと目を向けると、視界には、それぞれが最善と思う地点へと走り込む3人のFWの影が映っていた。
蓮の判断は常に合理的だ。味方の動き、相手の陣形、マークの強度、目標地点の予測......。全ての情報から判断し、最も確率の高い地点へ迷いなく通す。
供給先として選ばれたのは左サイドの選手。中に切り込む形で走り込んだ彼は、PA中央でヘディングで合わせた。
スタンドにいる観客たちも、常盤台の強さに圧倒されていた。
「なんだよあれ……チートだろ」
「好き勝手動くFWとそこに合わせるトップ下とか、どうなってんだよ」
「あんなん県内で止められる高校いないだろ……」
今のゴールで常盤台は、2対0とリードしている。
そのまま常盤台の勝ちで終わると誰もが思った、後半アディショナルタイム。
ーー蓮が動いた。
蓮への警戒とサイドへの揺さぶりによって疲労のピークに達していた相手の隙を見逃すはずがなかった。
生まれたスペースにいち早く移動すると、パスを要求した。
「しまっ……」
相手の中盤がやや遅れながらも詰め寄ってくるが、もう遅い。
蓮のトラップに誰よりも早く動き出した桐生の足元へ、ボールを供給。
「待ってたぜ!」
蓮のアシストから、桐生が本日初ゴールを奪い。試合は終了。
――止められない。蓮の体はコンディションの最高潮にいた。
そのコンディションの礎を築いた少女は、静かにスタンドから見守っていた。
ここ数日間の連戦による疲労や、上がりつつある気温・湿気による倦怠感も見られない。それどころかピッチ上で最も高いパフォーマンスを見せている被験体。
その事実が、ここ2ヶ月間の自身の成果として表れたことに、微かな自信をいだいていた。
迎えた決勝戦。
スタンドは満員。テレビカメラも入り、県内のサッカーファンすべての視線が、ピッチ上の十番に注がれていた。
相手校は一ヶ月前に対戦した誠和高校。
一ヶ月前の試合での敗北を糧に、周到な蓮対策を敷いてきた。三人一組の包囲網。付かず離れずの距離で、蓮にボールが入る瞬間にのみ一気に包囲を縮める変則的なマークだ。
だが、その対策は、今の蓮にとってはあまりに古すぎた。
あの試合では、蓮はまだAチームに合流して一週間程度の異分子だった。しかし、今の常盤台は違う。蓮という怪物を中枢に組み込み、その動きに連動して十人が最適化された「天根蓮のチーム」へと進化を遂げていた。
チームは知っている。蓮に3人つけようが、パスを受け、足を振るスペースがあればこの怪物には十分すぎる広さであることを。
蓮がボールが渡るだけで、相手の守備ブロックに亀裂が走る。その一瞬の隙間を突き、蓮は相手の裏側へと針の穴を通すようなパスを供給し続けた。
それでも終盤、マンマークが得意な選手を投入し、蓮対策を即座に修正してきたのはさすがだった。
ただ、遅すぎただけ。すでに勝敗は決していた。
二対〇。
終了のホイッスルがスタジアムに鳴り響く。
常盤台高校、インターハイ予選優勝。
歓喜に沸く選手たちの中心で、蓮は首にメダルをかけられながら、次の舞台を見据えていた。
その夜。マンションの廊下。
金色のメダルを無造作に手に持った蓮と、買い物袋を提げた椿が鉢合わせた。
「……優勝、おめでとう」
椿はいつもと変わらない、フラットなトーンで声をかけた。
蓮は足を止め、メダルをポケットにしまいながら視線を合わせる。
「ありがとう。この大会のどの試合でも、九十分間、一度も体が重くならなかった。橘さんの調整のおかげだ」
「……ありがとう」
椿の口から漏れたのは、意外なほどに重みのある言葉だった。
蓮が不審そうに首を傾げる。
「なんで橘さんが……?お礼を言うのは俺の方だ」
「いいえ。私がお礼を言いたいのは、私の仕事の結果を見せてくれたから。あなたが高いコンディションで活躍し続けてくれたおかげで、私のやってきたことが間違いじゃないって、初めて自分に自信が持てたの。だから、ありがとう」
「……それでもやっぱり、礼を言うのは俺だ。正直に言えば、ドイツのユースにいた頃よりも、今が一番コンディションがいい。君がいてくれて助かった」
蓮は一歩踏み出し、自分の部屋のドアノブに手をかけた。
「次は全国だ。橘さん。これからも、よろしく頼む」
「ええ、もちろんよ。あなたのコンディション、もっと高めてみせるわ」
互いの専門領域を尊重し、最高の結果を出すためのパートナー。
全国というさらなる高みへ向けて、二人のストイックな協力関係は、もはや代わりの利かない強固なものへと昇華していた。
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