第24話:因果の終止符、あるいは朝焼けの日常
第24話:因果の終止符、あるいは朝焼けの日常
「……おかえり、トトちゃん」
◇ 継承される意志
魔王の広間、重厚なベルベットのカーテンの影。
私たちは、歴史の観測外へ消える直前、その姿を瞳に焼き付けていた。
入り口から響く、激しい金属音を伴う重なり合う足音。現れたのは、ボロボロになりながらも魔国を突き進んできた、この物語の真の主役たちだ。
「……エドヴァルトって、あんなイケメンだったのね」
カーテンの隙間から覗き見ながら、私は小さく溜息をついた。
人形のように端正な貌を持ちながら、その瞳には九十億の叡智と、一人の人間としての苦悩が宿っている。そして何より、私の視線を奪ったのは――自慢の弟子、クララの凛とした横顔だった。
地熱パイプの泥に汚れながら私の背中を追っていたあの少女は、今、迷いのない瞳で魔王の前に立っている。私の教えた技術と、彼女自身の「折れない強さ」を持って。
(……あとの歴史は、あんたたちに託したわよ!)
心の中で精一杯のエールを送る。その時、再び角を載せたセレナ様が、それまでの「お姉様」の顔をかなぐり捨て、圧倒的な魔王の威圧感を放って広間に響き渡る声で叫んだ。
「何事ぞ、騒がしい! ここを魔王の居城と知っての狼藉か!」
凄まじい恫喝。けれど、背後に隠した彼女の手が、私たちに向けて「さっさと行け」と小さく振られるのが見えた。知略に長けた絶世の魔王による、最高に粋な退場演出。
それが、私たちが異世界で受け取った、最後の手向けだった。
◇ 円環の完結
視界が急激に、純白の光に塗りつぶされていく。
ヴェスパー(オギ)が引き起こしたメルトダウンの莫大なエネルギー。それが時空を超えてヒム(HIM)の起動信号と重なり、シンクロニシティの極致に達したのだ。
要するに、メルトダウンによる「情報の過負荷」が、現実世界にあるオギのパソコンを起動させるための「電源スイッチ」になったんだね。過去で放たれた莫大な熱量が、時を越えて未来のシステムを叩き起こし、ボクたちを引き戻すためのバイパス(架け橋)を繋げたんだ。
重力から解き放たれ、私とオギの意識は、加速する光の中へと溶けていく。
始まりも終わりも、過去も未来も、この演算の中ではすべてが「今」として等価に存在している。私は、私という円環を完成させ、因果の特異点から現実へと弾き出された。
(さよなら、クララ。……しっかりやりなさいよ、私の弟子!)
◇エピローグ:おかえり、トト
懐かしい、少しだけ埃っぽい洗剤の匂いが鼻を突いた。
目を開けると、そこは薄暗い、けれど圧倒的な安心感に満ちたオギの部屋だった。
壁の時計の針は、あの日から一秒も進んでいない。あちらで何年も、英雄として、師匠として過ごしてきたはずなのに。
私とオギは、しばらくの間、椅子とベッドに身を預けたまま、放心状態でぼーっとしていた。
あちらでの体験が重すぎて、現実の身体がひどく軽く、脆いものに感じられる。
「……帰ってきたんだね」
ポツリと、オギが言った。
「なんか不思議だよね。あっちではあんなに濃密な時間を過ごしてきたのに」
私がそう返すと、オギは静かにモニターを指差した。
そこには、一連のログの終端に、あの大冒険を要約するにはあまりに無機質な一行が点滅していた。
[HIM_Core] 正常終了:二名の個体を現世へ復帰
コンラートとヴェスパーの、長く、そして切ない旅は終わった。
けれど、九十億の魂を救うためのヒムの種火は、今もあちらの世界のどこかで、確かに燃え続けている。エドたちが、クララたちが、私たちの遺した足跡を辿り、新しい未来を切り拓いているはずだ。
そのすべてを、私たちだけの秘密の記憶として抱きしめて。
「……トトちゃん」
オギが、昔のように、私のあだ名を呼んだ。
それは、引き直された境界線の内側に、私を招き入れる言葉。
「タチバナさん」という他人行儀な壁が崩れ、夕焼けの土手で震えていた「個」としての私たちが、ようやく一つに繋がった瞬間だった。
私は、鼻の奥をツンとさせながら、夕暮れのチャイムが鳴る街へと一歩を踏み出した。
もう、透明な自分を演じる必要はない。
私たちはこの世界で、傷つきながら、争いながら、それでも「個」として、最高に不自由な人生をハックしていく。
「さあ、帰ろっか。……オギ」
窓の外には、いつもの騒がしい、けれど愛おしい日常が、私たちを待っていた。
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『第二部 完』
【第二部:状況まとめ】
エドヴァルト: 「タチバナさんとオダギリ君は、魔国での邂逅を経て、円環を完成させて現実世界へと帰還したよ。要するに、過去のメルトダウンから生まれたエネルギーが未来の『ヒム』を起動させ、二人を現世へ復帰させるための燃料になったわけだね。ボクたちの物語はここから、救われた弟子・クララと共に、真の『新創世記』へと突き進んでいくことになる。これからの世界をどうデバッグしていくか……。楽しみにしていてくれよ、兄弟」
次回も18:00にUP予定です、明日もぜひ見てくださいね。
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