◇158 シンフォニアの田植え
春陽会が終わり、ルカとティファの一行は帰って行ったが、リーシャとレティシアさんたち帝国の人たちはまだこの国に残っている。
やはり帝都の方がきなくさいらしい。安全策をとって秋涼会までの半年間、この国に滞在することにしたようだ。それまでに決着がつくといいけど……。
すでに二人とそのお付きの人たちは、城の離れに部屋を用意されてホテルからそっちへと移ったようだ。
そして春陽会が終わるとひと月もしないうちに、今度はエリオットの誕生日が来る。
私がついこないだ七歳になったばかりだというのに、エリオットはもう八歳になる。誕生日がほぼ一年離れているからなあ。なんか悔しい。
去年は次期皇位継承者として認められたエリオットのお披露目も兼ねて盛大なパーティーをしたらしいが、どうやら今年は身内でこぢんまりとやるようだ。
まあ、やっと春陽会が終わったのに、また国中の貴族を集めて、となると大変だからね……。
去年の今頃、私は公爵家に来たんだな……。なんかあっという間の一年だった気がする。
エリオットの誕生日が終わったらすぐに建国祭だ。今年はリーシャもいるし、一緒に回ろうかな。いや、エリオットの仲を邪魔しちゃ悪いかしら?
それはそうとして現在、私たちはキッチンカーに乗って、公爵家領地へと向かっている。
七音の一族からの報告で、ついに水田ができたという。さっそく田植えをするときいて、見学に向かっているのだ。
メンバーは公爵家の家族に、メイドの律とアリサさん、護衛にターニャさんとビアンカ、それにユアンと騎士数人。
ユアンってアレだよ、スラムで私の腕を掴んでターニャさんにどつかれた騎士の兄ちゃん。お父様が出かける時は基本的にはあの人が護衛になる。ターニャさんの話だとそこそこ強いらしい。脳筋らしいが。
まあ、公爵家の水田を見にいくんだから、公爵家の連中はいいんだ。
問題なのはそれ以外もぞろぞろとついてきてるってこと。
エステルはまだいい。友達だし。そのお母さんのユリア先生もわかる。私の剣術の先生だし。だけど皇王陛下と宰相さん、そしてその護衛までついてくるってのはどうなんだ?
「我が国の新しい産業になるかもしれないものですからな。この目で確認しませんと」
「皇王たる余がそれを確かめんでどうする」
なんて、それっぽいこと言ってるけど、絶対に嘘だ。あの目は面白そうだから、自分たちもまぜろ、という目だった。
別にいいんだけどさ……。田植えだよ? なんも面白いことなんてないと思うけど。
皇都から二時間ほど走って目的地に着いた。フィルハーモニー領でも皇都に近い場所に作られた水田は、前世の学校のグラウンドほどの広さに作られていた。とりあえずはこの大きさから始めて、来年から本格的に広くしていくらしい。
久しぶりに田んぼを見たなあ。まだなにも植えられてはいないけど。
ちゃんと私のリクエスト通りに田んぼは四角い形になっている。雅楽国では地形に合わせた不規則な田んぼが多いらしい。主食じゃないから余った土地で作ってる感じなんだとか。
「ようこそいらっしゃいました。サクラリエル様」
キッチンカーから降りた私を出迎えたのは、律が頭領である七音の一族を代理で預かる弦じいだ。
今は忍者(?)とは思えない、まるで農民のような姿をしている。その後ろには同じような姿をした老若男女が多数いるけど、おそらく全員、七音の一族の人たちだろう。
田んぼの近くには何軒かの家が建っていて、ここで生活しているようだ。
お父様に聞くと、ここら一帯の土地を七音の一族に貸したんだそうだ。やがてここが新たな七音の里になるのかもしれない。すでにちょっとした村レベルにはなってきてるし。
「これが米の畑か」
「水田というらしいです」
同じように別のキッチンカーから降りて来た皇王陛下と宰相さんに、さすがの七音の一族もぎょっとしたようで、目を見開き、すぐにその場に跪く。ごめんね、うちの陛下が呼んでもいないのに来ちゃって。
「これから種を植えるのか?」
「種というか、苗ですね」
皇王陛下の言葉に、私は育苗箱に順調に育っている苗を指差した。
中身の詰まった良い種籾を選ぶために塩水につける塩水選とか、種籾に水分を吸収させる浸種とか、面倒なことは全部七音の一族がやってくれた。
小学校の社会科見学で訪れた、近所の農家で見た曖昧な記憶だったが、ちゃんと育ってくれたようだ。
田んぼにはすでに鉛筆のような六角形の田植枠を転がし、方眼紙のような目印が付いている。これも教えた。この交差したところに苗を植えていくわけだ。正条植えってやつね。
「よし、やるか!」
「あの、本当にサクラリエル様が植えるのでしょうか?」
弦じいがちらりとお父様とお母様の方に視線を向けたが、二人とも苦笑いを浮かべるだけだった。
「自分で食べるお米だもの。少しぐらいは手伝わないと。それに自分でやってみないと問題点がわからないでしょ?」
「はあ……」
わかってるよ。貴族令嬢が泥に塗れて農作業するなんて、って思ってるんでしょ。
だけどこれも体験だ。……本音を言うと、ちょっとやってみたかったってだけだが。
すぐそこの農家を借りて、私とエステル、ビアンカが汚れてもいいジャージに着替える。首元にはタオル、さらに麦わら帽子も装備して、農ガールに変身だ。
靴下を脱いで素足になり、泥の中へと踏み入れる。
「うわ、思ったより沈む!」
「足の指が変な感じです!」
ビアンカとエステルが初めての感覚に驚きつつも田んぼの中を歩いている。
まだ水は冷たいが、今日は日差しが強いので、そこまででもない。
みんなで横一列に並んで、一本一本苗を植えていく。
私たちはまだわかるんだが、なんでお父様と皇王陛下も田植えに参加してんの!? つか、二人ともジャージが似合うな!?
も、いいや。気にするのをやめて、私は黙々と苗を植えることにした。
一本一本丁寧に田んぼの中へと植えていく。確か、稲一本分からお茶碗一杯分のお米が取れるんだっけかな? 秋になったらたくさん収穫できるといいなあ。
「むむ……。これはけっこう腰にくるな……」
「ははは、兄上はもうお年なのですから、無理はしない方がいいかもしれませんね」
「あ゛!? お前も三つしか変わらんだろ! そっちこそ足腰が鈍ってるんじゃないか!? みんなより遅れてるぞ!」
「くっ、これから本気を出すところですよ!」
なんか知らんが皇王陛下とお父様がヒートアップしている。相変わらず仲の良い兄弟だ。
『うおおおおォォォォ!』と、二人ともハイスピードで苗を植えていく。あーあーあー、そんなにハッスルすると……。
「「うっ!?」」
急に二人とも腰を押さえてよろよろと畦道の方に這っていく。言わんこっちゃない。二人ともデスクワークが多いからたぶん運動不足だと思う。
「ごめん、エステル。頼める?」
「はーい。いってきます!」
エステルが駆け寄り、二人の腰に『ギフト』【聖なる奇跡】を施していた。
どんな怪我も治してしまう『ギフト』だ。二人はすぐに回復してエステルに礼を言っていた。世間的にはただの回復『ギフト』だと思われているけどね。
腰が回復した二人は再び田んぼへと戻ったが、今度は注意深く、そろーっ、と、ゆっくりと苗を植えていた。よほど腰の痛みがきつかったらしい。
「そろそろ休憩しましょう」
お母様の呼びかけに、作業を一旦止めて田んぼから出る。ふう、意外と時間がかかるもんだなあ。
宰相さんが魔法で作り出してくれた水球に手と足を突っ込んで泥を落とし、タオルで拭いてレジャーシートの上に腰を下ろした。
「はー……。こりゃ大変だわ……」
思ったよりも重労働だ。地球なら田植え機とかあるんだろうけど、それだって五、六十年前までは手植えが主流だったわけだし。農家の方々にはもっと感謝しないといけなかったなあ。
「はい、サクラちゃん。お昼ご飯よ」
そう言ってお母様がおにぎりの入った重箱を並べる。これはおにぎり屋のおにぎりだが、秋には炊き立てのご飯でおにぎりを作ってみせるぞ。
あ、ご飯を炊く釜がないな。雅楽国では家畜の餌らしいから、炊くわけはないし。飯盒でも……いや、バレイさんに頼んで羽釜でも作ってもらうか。
ちなみに雅楽国ってなにが主食なの? と律に聞いたら普通にパンだった……。納豆とかふりかけとか海苔の佃煮とかは無さそうだ。
田んぼを見ながらのんびりと食べるおにぎりが美味しい。これはネギ味噌だ。ご飯の美味しさが一層際立つ。
皇王陛下も焼きおにぎりを食べてご満悦のようだ。
「やはり美味いな。これを量産できれば食糧問題もある程度解消できよう」
「連作障害が起こらず、温暖で水が豊富であれば作れるらしいですからな。王国でも作れましょうが、帝国と女王国では難しいでしょう」
宰相さんの言う通り、寒帯が多い帝国や乾燥帯である女王国で米を育てるのは難しいだろう。
つまり、ご飯を食べたければうちから買うしかなくなるのだ。まあ、ルカのところのプレリュード王国が同じように米栽培を始めるかもしれないけど、それでも大きな収入源にはなる。
すでに帝国も女王国も上層部の人らには米の美味しさは嫌ってほど伝えているからねえ……。くっくっく。
リーシャやティファ、そしてそのお付きの人たちにまでおにぎりを配った甲斐があったってもんだ。
このままシンフォニア皇国を一大お米大国に変えてやろう。お米の美味しさの前にみなひれ伏すがいい!
我が野望、止められるものなら止めてみよ!
「ふははははは!」
「サクラちゃん? 御行儀が悪いわよ?」
「はっ、すみませぬ」
大声上げて不敵な笑いを上げた私に、お母様からぴしゃりとお叱りのお言葉を受けた。
いかんいかん、妄想が先走り過ぎた。慌てずに着実にやっていこう。千里の道も一歩からだ。




