◇149 春の訪れ
「まだ蕾って感じね」
私は公爵家に植えられている桜の木を見上げながらそんな感想を口にした。
この桜は私が生まれた時に、お祖父様の御屋敷と領地にあったものを土魔法を使って移植したんだって。お母様が子供の頃からあった桜らしい。
お祖父様から娘への出産祝いだったんだろうね。そして私の誕生祝いでもある。
にしても、植え過ぎなんじゃないかしら……?
公爵家の一角が完全に桜で埋め尽くされている。まるで桜の森だ。たぶんコレ、やらかしたな、お祖父様……。
ま、まあ、自宅でお花見ができるのはいいよね。
「きっとサクラリエル様のお誕生日には満開になっていますよ」
「だといいな」
律の言葉に私は笑顔で返す。私の誕生日は今月末だ。そしてその十日後に春陽会がある。
一応、ルカとティファ、リーシャには招待状と共にその旨を伝えておいた。予定を早めて無理してまでは来なくてもいいからね、とは遠慮がちに書いたけど、三人とも必ず出席するとの返事をもらえた。
ティファはお姉さんのネロさん、リーシャもお姉さんのレティシアさんを連れて来るとのこと。
まあ彼女たちはいいんだ、うん。
問題はルカのお兄さんもやってくるってことだ……! 『2』の攻略対象の!
どうやらルカの話を聞いて、興味を持ってしまったらしい。それが『私』になのか、『私の店』に、なのかはわからないが。どうか店であってほしい!
えーっと確か、アルフォート・ゼ・プレリュード王太子殿下。
私たちより一つ年上のはず。私はじきに七歳になるから、現在八歳かな?
この王太子殿下のルートだと、私は逮捕され、禁錮ウン十年の破滅フラグが立つ。
だけど『2』でのサクラリエルは、『1』で国外追放されたあとにルカ付きの侍女として登場し、彼女にあることないこと吹き込んで悪事を働いた結果、ブタ箱行きになったわけで。
今の私には逮捕される理由がないと思うんだけど……。思うんだけどぉ~……。
変なフラグが立ったりしないか心配だ……。理不尽な理由で逮捕とかされたりするかも……。考えすぎかな?
実を言うとリーシャの方も兄である皇太子殿下がこちらに来たがったらしい。命の恩人に是非とも礼を、ってね。
さすがに第二王子と政権争いをしている最中、国を空けるのはマズいということで考え直してもらえたようだが。
病気だった皇太子殿下を治したのは、エステルの『ギフト』を付与したポーションであって、私じゃないんだけどなあ。なんとも複雑である。
「ああ、忘れていました。雅楽国から稲禾の種籾が届きましたよ」
「えっ、ホント?」
雅楽国では稲禾と呼ばれてはいるが、この世界でのお米である。稲である。
雅楽国では主に家畜の餌に使っているらしく、それならばこっちの国で美味しくいただいてしまおうという野望を私は抱いていた。
人も食べる人は食べるらしいんだけど、とても貧しい人が、ドロドロとしたスープにして食べるらしい。重湯かな……?
田植えって五月から六月だっけ? とりあえずフィルハーモニー領の中で、皇都に近いところに田んぼを作らないといけないな。
土魔法を使えばすぐにできると思うけど、なにぶん私のうろ覚えの知識だ。きちんとできるか不安である。
「稲禾の作り方なら私たちも知っているので大丈夫ですよ? 家畜の餌でしたけど、隠れ里でも作っていましたから」
マジで!? 助かる! じゃあ七音の一族で農業をやってもいいって人に任せちゃおう。
それがうまくいったら来年から領地のいろんなところでもお米を作る。領都は観光地に、そこから離れている地方は田園地帯にするのだ。
皇王陛下も米を国中に広めようと考えているらしいから、賛成してくれるはずだ。
あとはお米の食べ方を広めないといけないかな。すでに貴族の間では知られてきているけど、貴族だけの食べ物にする気はないからね。
そこらへんは宰相さんや皇王陛下も考えてはいると思うけど。お釜みたいなものが必要になるかもね。鍋でも炊けないことはないんだけどさ。
そんなことをいろいろと考えながら、桜の木が並ぶ一角にあるガゼボでお茶を飲むことにする。桜の花が咲いたら梅酢と塩で漬けて、桜湯を作ってもいいかもね。
「そういえばちょっと皇都で気になる話がありまして」
「気になる話?」
律が紅茶を淹れながらそんな話を口にする。皇都中に散らばっている七音の一族からは、毎日新しい情報が流れてくる。どこそこの店で新商品が出たとか、それこそ貴族の黒い噂まで。
一応、私が彼らの仕える主人となってはいるけれど、実際にはお父様へと情報は流れている。子供の私では対処できないことが多いからね。
それでもこうして律から色々と聞いたりしているのだが。聞きたくない話でも、知らないよりは知っていた方がいいし。
「怪盗が出るんだそうです」
「は?」
怪盗って、あの怪盗? シルクハットにマントを着てたり、レオタード三人組とかの怪盗?
「そんな話、聞いたことないけど……」
「それがどうにも妙な話で……。いくつかの屋敷に忍び込まれたのは確かなのですけど、その貴族たちからは被害届が出ていないのだそうです」
被害届が出ていない? それって盗まれたことがバレると、『なぜそんな物を持っている?』と罪になるような物だったのかしら? 御禁制の品とか?
家庭教師のストラム先生に聞いたけど、魔導具の中にはとても危険な物もあって、国が管理すべき物もあるという。
特にダンジョンとか、遺跡などで見つかる古代遺物なんかにはヤバげな物も多いとか聞く。
確かメヌエット女王国にある砂漠の古代遺跡にも、そんなヤバい古代遺物があったなあ……。
「その怪盗とやらは、貴族が表に出せないのを見越してそういった物を盗んでいるのかしら?」
「その可能性はあります」
ふーむ……。しかし怪盗、怪盗ねえ……。『スターライト・シンフォニー』シリーズにはそんなキャラは出てこなかった……はず。
盗賊というキャラなら何人か出てきたりはしたけど。やられ役で。ジーンとかにやられてたな、確か。
私がプレイしていない作品でも、主要キャラにはいなかったと思う。一応ゲーム雑誌とかでチェックはしてたし。
まあ、未プレイの作品中に出てくる脇役まではわからないけどさ。
知り合いでいうと、宰相さんとか、騎士団総長さんとか、皇王陛下でさえもゲーム内じゃ脇役に近いもんね。スチルの一枚絵にチョロっと出てるくらいでさ。
ゲームのキャラとは違うんだろうか? あのシリーズ、ボイスドラマとかもあったからな……。単なる泥棒なら私の出る幕じゃないと思うけど……。
だけどこの情報はお父様を通じて騎士団の方へと知らせておいた方がいいな。
公爵家にはそういう後ろ暗い物はないから盗みに入られる心配はないと思うけどね。まあ、盗みに入ったとしても琥珀さんが気付くだろうけども。
しかし怪盗か。
いわゆる義賊であったとしても泥棒に変わりはないからなあ。騎士団の方々に頑張って捕まえてもらいましょう。
────なんてその頃の私は、どこか他人事のように考えていたのである。
◇ ◇ ◇
「お兄、本当に行くの?」
「行くよ。異界の店をこの目で見てみたい」
ルカの言葉に兄であるアルフォート・ゼ・プレリュードははっきりとそう答えた。
プレリュード王国の第一王子であるこの少年は、ルカと同じような銀髪に碧眼、年の割には長身で、そして一つ年下の妹から見ても美しい少年であった。
さぞかし『学院』に入学すれば、年若い少女たちの耳目を集めることになろう。
そんな兄のことをルカは誇りに思ってはいたが、不安も持っていた。
なんというか、この兄は直感で動く。興味を持ったものに対して遠慮や容赦という言葉がない。とことんまで究め、追求しようとする。
その矛先が、大事な友達へと向けられてしまったことを申し訳なく思っていた。
「お兄は春陽会に出席できないのに……」
「でもルカはフィルハーモニー公爵令嬢の誕生日会に呼ばれたんだよね? 兄として妹をエスコートするのは何もおかしくはないよね?」
「おかしくはないけど、お兄は少しおかしい」
ダメだ。こうなったら何を言っても無駄なことを賢明な妹はわかっていた。
サクラリエルの話を詳しくしたのは失敗だったかと彼女は思う。
でも行商人や吟遊詩人、外交官の口からもサクラリエルの噂は届いている。フィルハーモニー公爵家での新年の宴では、聴いたこともない異界の音楽を奏でたらしい。
正直言って、ルカもその曲を聴いてみたかった。なんでも今度は楽器を売っている店を呼び出したんだそうだ。
ルカは春陽会に行って、絶対にその店で自分の楽器を買うとすでに決めていた。
王女としてルカも楽器演奏を嗜んではいるが、習っているフルートはあまり楽しくない。なんというか合わないのだ。楽しくないから練習もほどほどになり、腕前も上がらない。
ルカとしては変わった楽器を演奏したかったが、王女に相応しくないとのことで今までは反対されていた。
しかし皇王陛下の姪であり、公爵令嬢、さらには【聖剣の姫君】にして神獣の守護を受けるサクラリエルが嗜む楽器なら、誰からも文句は出まい。
ルカは自分ができないことをあっさりとやってのけるサクラリエルを羨ましくもとても尊敬していた。
「サクラリエルに迷惑をかけることだけは許さないから」
「迷惑なんかかけないさ。召喚した異界の店を見せてもらって、できるならば買い物もさせて欲しいってだけさ」
そう言いながらルカの兄はグラスに入った冷えたコーラをぐいっと一口飲んだ。ルカがサクラリエルの店で買ってきたコーラは兄のお気に入りである。
サクラリエルの店にこだわるのは、コーラ目的もあるとルカは睨んでいる。兄があまりに飲むので、買い溜めていたコーラがそろそろ尽きそうなのだ。
「サクラリエルの話だとコーラは太るらしいから、あまり飲まない方がいい」
「うっ……わ、わかってるさ。ちゃんと運動もしているから大丈夫だよ」
サクラリエルのコーラのせいで、美形なこの兄がまんまるになってしまったら、我が国の令嬢たちの怒りが彼女に向きかねないとルカは余計な心配をしてしまった。さすがにそれはない……と思うが、兄はあり得なくもないと思わせてしまうほどの美少年なのである。
「【聖剣の姫君】、サクラリエル・ラ・フィルハーモニー公爵令嬢か……。どんな方なのか楽しみだな」
まだ見ぬ話題の令嬢に思いを向けながら、アルフォートは再びコーラのグラスを傾けた。
◇ ◇ ◇
かくして季節は巡り、再び春へと至る。貧民街の幼き少女は、数奇な運命に翻弄されながらも一年を生き延び、新たな世界へと足を踏み入れようとしていた。
物語は回る。悪役令嬢の望む望まぬに関係なく。




