◇137 新人教師二人
え? なんで福音王国に帰ったはずのルーレットさんがここにいるの?
「帰りましたが、新年のご挨拶にとまたまかりこしました」
「そーですか……」
ゴスペル福音王国の運営する教会には転移門がある。つまり、福音王国の人間は教会のある国に一瞬にして行き来することができるのだ。
本来ならそんなもの侵略を恐れて設置の許可などとてもできないが、なにせ神々が目を光らせている国である。他国への侵略、もしくは自国の勝手な利益のために使おうものなら、間違いなく天罰が落ちるからね。だから国としても設置を認めている。
それに転移門は『学院』にも繋がっているため、教会を置かないと自国民を入学させることもできなくなるからね。
便利だよね、転移門……。私らも自由に使わせてくれりゃいいのに。今度九女神様に会ったら頼んでみようか……? うん、怒られるかもしれないからやめとこ。女神様相手に図々し過ぎるよね……。
「サクラリエル様の活躍を教皇猊下もお喜びでございました。我が国の神獣様も大変興味を持って聞かれておりましたよ」
活躍って……。リーシャの夢の中に入って、起きるように説得しただけなんだけれども。また尾鰭背鰭胸鰭付けて、大袈裟に話したんじゃないでしょうね……?
それよりも神獣様って……? あ、前に聞いた福音王国にいるっていう琥珀さんとはちがう神獣か。確か猫の神獣なんだっけ?
「それで、その……。我が国の神獣様が、琥珀様にご挨拶に参ってもよいかと……」
「要らぬ。あやつにはあやつの勤めがあろう。我に気を遣うことはないと伝えよ」
「そう、ですか……」
あれれ? なんか福音王国の神獣さんって、琥珀さんと知り合いみたい。神獣って神様の使いだから、仕える神様同士が知り合いなのかしら。
「やはり琥珀様はかなり上位の神に仕えるお方なのですね。そしてその神が気にかけるサクラリエル様……。うふふ、これはますます見逃せませんね……」
なんかヤバい人にロックオンされたような気がする……。違います。私を気にしているのは琥珀さんの御主人様じゃなくて、九女神様たちです!
……とは言えんよなぁ……。言ったら言ったで大変なことになるし。
本気で福音王国の干渉をやめてもらうように九女神様たちに頼みたくなる。
福音王国は国に対して干渉してはこないけれども、個人に関してはその限りではないからね。【聖女】の資質があるなら招き入れて、神様たちの声をより多く聞けるようにしようって考えてるから。
神様が強く望まない限りは、本人の意思を尊重してはくれるみたいだけど……。
福音王国って宗教国家っぽいけど、実際は全く違うからなあ。『学院』を運営しているのも、人を育ててより良い世界を目指すためって話だし。
神の名を都合よく使って人を支配したり、戦争を起こしたりするようなことは、本当の神様から禁じられているからね。
逆に言えば神様に『やっちまえ』って言われたら、なんでもしちゃう狂信者の国に変わってしまうのかもしれないけど、あの九女神様ならその可能性はほぼないと思う。まだ会ってない女神様が四人いるからわからんけどね。
そのうち豊穣の女神・ルーリエット様はまだいいが、残りの三人が九女神の中でいわゆる武闘派と言われる方たちだからな……。
武を尊ぶ勇気の女神、エルゼヴェール様。嵐を纏う剣刃の女神、ヤエーテ様。誇り高き高潔な正義の女神、ヒルダルテ様。
九女神の神話には、悪しき魔物を退治するお話もあって、そのほとんどがこの三女神様によって倒されている。『武の三女神』と呼ばれているほどだ。
戦争好きとは伝わってないけど……まあそんな女神様なら今の福音王国は存在しないか。
「本当に一度、我が国にお越し下さいませ。国を上げて歓待させていただきますわ」
「そ、ですね。機会があれば……」
国に足を踏み入れたら、『ワッショイワッショイ』とたちまち【聖女】に祭り上げられそうで怖いんだが。
【聖女】と認定するだけなら、本人の許可はいらないらしいからなあ。福音王国に所属するかしないかってだけで……あれ?
ルーレットさんの後ろから見覚えのある男性がこちらへとやって来る。ジェレミー先生? なんで?
ジェレミー先生は貴族籍を抜けたから新年の宴には出席できないんじゃ?
ジェレミー先生を見つけて、エステルが警戒心を露わにする。それに対して彼は苦笑するのみだ。
「新年おめでとうございます、お嬢様方」
「おめでとうございます……。なんでジェレミー先生がここに?」
「ハハハ、見習いとはいえ、俺も『学院』の教師なんでね。ルーレット様の付き添いで出席を許されてるんですよ」
ああ、そっか。シンフォニアの貴族ではないけれども、福音王国所属の『学院』の一教師として呼ばれたのか。出身国なんだからそりゃ連れてくるよね。
「それとパメラの晴舞台を見にね」
お、婚約者のためにですか? それはポイント高いよ。
……なんだろうなあ、この人私の憧れの人なんだけどな。やっぱり違うんだよねえ……。まるで双子の兄弟を見ている感じ。チャラい雰囲気がどうしても受け入れられない。
そういえばパメラ先生は……と振り返ると、いつの間にかコンミスの席に戻って演奏をしていた。休憩終わったのかな。
そんなことを思っていると、唐突に金管楽器演奏者が立ち上がり、ファンファーレを鳴らし始めた。
「シンフォニア皇国皇王、ウィンダム・リ・シンフォニア陛下、並びにリシェル・ラ・シンフォニア皇后陛下御入場!」
会場に大きな声がして、メインホール近くの二階へと続く両階段から皇王陛下と皇后陛下が手を取り合って下りてきた。
会場にいた全員が男性は深く頭を下げ、女性は深いカーテシーで二人を出迎える。
皇王陛下が前に出て、給仕からワイングラスを手に取った。その前には私の店で買ったマイクとマイクスタンド、そして電池内蔵のアンプスピーカーが置いてある。
『皆とこうして新年を迎えられたこと、嬉しく思う。今年も国のため、民のため、一丸となって勤めに励んでもらいたい。それではシンフォニアの益々の発展を願って……乾杯!』
「「「乾杯!」」」
みんなの掛け声を合図に、宮廷楽団の演奏が再開される。
あれ? これってチャイコフスキーの『花のワルツ』?
正確には『くるみ割り人形』というバレエ組曲の中の一曲である。
【店内BGM】を耳コピしたのか、楽器店に楽譜が売られていたのかわからないが、完璧に演奏しているように思える。
いや、プロでもない私の耳では間違っていても判断できないんだけれども。
実際、ほとんどの貴族が演奏に聞き入ってしまっているもの。問題はないんだろう。みんな聞いたこともない音楽に興味津々だ。
「ありがとうございます。サクラリエル様」
「え?」
不意に隣に立つジェレミー先生からお礼を言われた。なんのお礼?
「貴女と出会えてパメラはまるで生まれ変わったようだ。子供の頃の、まだ音楽を習い始めたあの頃のように、毎日が楽しくて仕方がないといった顔をしている」
ジェレミー先生に言われてパメラ先生を見てみれば、確かに楽しそうに演奏している。真剣さがないわけじゃない。その上で音楽を楽しんでいるように見えた。
「俺とは違い、メキメキと頭角を現していった彼女だけど、ここ数年はとても悩んでいた。伝統と柵、同僚からの嫉妬、繰り返される変化のない作業と化した演奏……。自分の殻を破ろうとして破れず、もがき苦しんでいる彼女に、俺は何もしてやれなかった……。そんな彼女に救いの手を差し伸べてくれたんだよ、君は」
「私は何もしてませんよ。必死にもがいて、何かを掴もうとしたからこそ、パメラ先生はチャンスを掴み取ったんです」
実際に私自身は何もしてないしね。確かに【店内BGM】での地球の音楽はきっかけになったと思うけど、パメラ先生なら自分で新しい音楽を見つけたような気がする。
逆にその機会を奪ったようでちょっと後ろめたいくらいだ。
最高潮に盛り上がった曲が終わると同時に、会場から万雷の拍手が宮廷楽師たちに送られた。
まさかチャイコフスキーも異世界で自分の曲が大絶賛されるとは思わなかっただろうなあ。
続けて静かな音楽が流れ始める。聞いたことがないのでたぶん異世界の音楽だと思う。会場の人たちの注目も先ほどよりは薄まり、食事や歓談をする余裕ができたようだ。
あくまでもこれは新年パーティー。コンサートじゃないからね。陛下が来てからの最初の一発は景気付けというか、インパクトを与えるためにだろうが、音楽が主役になってしまってはいけないのだろう。
……そういえば。
「……あの、『学院』の教師として来たと言ってましたけど、他の先生方も来ているんですか?」
「うん、何人かね。毎年新人教師は顔見せのためにこういったパーティーに連れて行かれるらしいよ。生徒の親としてもどういった教師か知りたいだろうからね」
「えーっと、同期の女性教師とかって来てます? 眼鏡をした……」
「え? テルミン女史かい? 来てるけど……なんでサクラリエル様がテルミン女史を知ってるの?」
いる! この会場にジェレミールートの悪役令嬢(役)の女性教師が!
「えーと、大変優秀な先生なんですってね。いくつもの外国語をお話しになられるとか。家庭教師のストラム先生が話しておりました」
私は不思議がるジェレミー先生に、それっぽい口から出まかせを述べてその場を誤魔化す。
「ああ、ストラム老か……。あの人も元『学院』の教師だし、そういった話は流れてくるか……。お? 噂をすれば……。ほら、あそこにいるのがテルミン女史ですよ」
ジェレミー先生がパーティー会場の一角に佇んでいる一人の女性に視線を向ける。
オレンジブラウンの髪をアップに纏め、オーバル型の銀縁眼鏡をした、いささか厳しい雰囲気を纏った女性。
ジェレミー先生と同期だから今は二十二歳か。若いけど確かに面影がある。
クラリッサ・テルミン。
ジェレミー先生ルートでエステルの前に立ち塞がる、悪役令嬢役の女教師がそこにいた。




